答えを探せ

「翁、今日から改めてお世話をさせていただきます」

「うむ。汝は母に怒られておったが、我はそこまで気にしてはおらぬ」

「おじいちゃんはむしろ、除け者にされていたことの方が悲しいんだよね?」

「ようわかっておるな」


 みんなで笑いあう。

 頭上に広がる霊樹の傘から朝陽が差し込むなか、妻たちはミストラルの指示に従って作業に取り掛かる。


 昨日は予定通り、ミストラルの村でお泊まりだった。

 年が明けて、僕の家族が揃って顔を出したのは昨夜が初めてになる。それで、村をあげての歓迎会になった。

 賑やかな宴会は夜遅くまで続き、熱気は積もった雪を溶かしそうなほど。飲めや歌えの大騒ぎだったけど、翌朝のお務めをないがしろにするわけにはいかない。

 コーネリアさんに怒られたばかりだからね。

 それで、全員で早朝から苔の広場へとやって来ていた。


 ミストラルたちは、スレイグスタ老の黒く艶やかに輝く鱗を拭いたり、漆黒の体毛を解いたりと、朝から頑張っている。


 そういえばさ。スレイグスタ老がリリィに霊樹の守護を引き継いだら、今度はリリィのお世話をしなきゃいけなくなるんだろうね。

 リリィのお世話……

 お世話というか、遊び相手にならなきゃいけないんだろうね。

 将来、ミストラルから役目を引き継ぐ人は大変だ。


 そうそう。そのリリィとレヴァリアだけど。

 レヴァリアは、僕たちを苔の広場へと送り届けると、そのまま竜峰に帰っちゃった。

 カルネラ様の村にリームを預けっぱなしにしているから、気になっていたんだろうね。

 リリィも、東のお土産を持って魔族の国へと戻っていった。

 いずれスレイグスタ老のお役目を引き継ぐとはいっても、まだまだ子供だね。魔王が恋しくなっちゃったのかな?

 ま、まさか……

 変な報告はしないよね!?


「優秀ではあるが、隙も多い。任せるにはまだ時間がかかるであろうな」

「おじいちゃんから見れば、リリィもまだまだなんだね」

「左様。汝も同じである。日々、研鑽けんさんを深めよ」

「はい、頑張ります。それで、今日は質問があるんですが……」


 僕はお世話に奔走する妻たちとは違い、スレイグスタ老の巨大な顔の前に佇んでいた。


「ほうほう。新たな妻をめとる相談か」

「いやいや、違いますからね!」

「ふむ。我はてっきり、背後に控える耳長族を新たに迎え入れるのかと思ったのだが」

「たしかに家族へと迎え入れましたけど、節操せっそうもなくお嫁さんにしたりはしないですよっ」


 僕と同じく背後に佇むのは、ユンさんとリンさんだ。

 二人の賢者は、小山のようなスレイグスタ老の姿を前に緊張した面持ちをしている。リリィも大きな身体をしているけど、スレイグスタ老の方が遥かに巨大で、しかも計り知れない気配を放っているからね。

 ユンさんとリンさんは畏怖いふを感じているのかもしれない。昨日はあんな悪戯にあったというのにね。賢者だからこそ、スレイグスタ老の存在を強く感じているのかもね。


 ミストラルたちは、スレイグスタ老のお世話をしつつ、力を割いて二人を召喚していた。

 もちろん、僕も頑張っています。

 プリシアちゃんが居ないので、その分は全員が平等に負担している。

 ただ召喚しているだけだけど、結構な消耗だ。プリシアちゃんがどれだけ精霊力で負担しているのかがよくわかるね。


 ユンさんとリンさんの紹介や事情の説明は、昨日のうちに終わらせていた。

 それで、今日はいよいよ本題です。


「ユンユンとリンリンには、なるべく姿を見せていてほしいんです。それで、なにか良い方法はないなかぁ、と思って」


 先にミストラルと話したように、正攻法でいけば、素直に僕たちが力を付ければ良いだけなんだよね。でも、一朝一夕いっちょういっせきで能力が向上するなんて美味しい話はない。

 でもだからといって、ユンさんとリンさんへの対応を先延ばしになんてできないからね。

 簡単な攻略方法を教えてもらって、楽をしたいわけじゃない。ただ、二人のためにより良い方法がないか知りたいんだ。


「ふうむ、召喚の維持か。なぜ耳長族のユーリィにではなく我に聞こうと思った。召喚術であれば、耳長族がよく知っておるだろう」

「はい。たしかに、精霊の召喚であればユーリィおばあちゃんが詳しいかな、と思うんですけど。ユンユンとリンリンは特殊ですし。二人は、精霊と存在は似ていますが、違います。それに、顕現させるために使う力も特殊です。精霊力だけではなくて、竜気や法力、霊樹の力も使っているから」

「むふ。特殊であるから我に聞こう、と?」


 ユーリィおばあちゃんは、精霊術に関しては最も知識があると思う。千年以上生きてきて、しかも若い頃は魔女さんと冒険をしていたくらいだし。

 でも、ユンさんとリンさんは正確にいうと精霊ではない。そうなると、ユーリィおばあちゃんの倍以上生きてきて、更に世界を飛び回ったというスレイグスタ老の方が適任だと思ったんだよね。


「たしかに、我は多くの知識を蓄えておるし、様々なものを見聞けんぶんしてきた。しかし、精霊の世界へと引き込まれた者を使役する、というのは初めてであるな」

「えええっ、そうなんですか!?」


 どうやら、僕たちがやったことは前代未聞のことらしい。

 そうなると、さすがのスレイグスタ老でも知識を持っていないかな?


「くくくっ。それは早計であるな。我が叡智えいちに不可能はない」

「おお、すごい! なんでも知っているんですね」

「なんでもは知らぬ。知って……いや、口にするまい」

「?」


 よくわかんないけど、それは置いておいて。

 僕とユンさんとリンさんは、スレイグスタ老の知恵に耳を傾けた。


「ひとつは、汝らが持つ答えと同じであるな。全員が力を付ければ良い」

「でも、それだと時間がかかっちゃいます」

「左様であるな。長い目で見ればこれが最適解ではあるが、汝らは別の答えが欲しいからこそ、我に相談を持ちかけたのであろう」

「はい」

「ならば、別の方法がある。汝らは複数人でその者たちを召喚している。ならば、負担する者を増やせば良い。ひとりひとりの負担が減れば、維持もしやすくなるであろう」

「そういう方法もありましたね。でも……」


 現在は、僕と妻たち、それとプリシアちゃんと霊樹とアレスちゃんで力を負担している。

 その負担する者たちの数を増やす。そうすれば、たしかにひとりひとりは楽にはなる。

 だけど、それはなんか嫌だ。


 見ると、ミストラルたちも手を止めて僕の方を見ていた。全員が拒否感を持った表情をしていた。


 ユンさんとリンさんに対する独占欲とか、そういうものじゃない。

 身内以外からの干渉を避けたい、という気持ちが強いのかもしれない。

 まあ、ニーミアが帰ってきたら彼女にもお願いする、ということくらいは許容できるけどさ。


 ううーむ。これって、わがままなのかな?

 安易な方法を模索しているくせに、提示された解決案は受け入れられない、と思っている。

 とはいえ、スレイグスタ老の示した二つ目の案は拒否したかった。


「それで良い。ときには手段を選ばず、と教わっているであろうが、その『とき』を見誤ってはならぬ。考える余裕があるうちは必死に考え、別の道を模索せよ」

「はい!」


 戦いの場においては、じっくりと考える余裕なんてない場合が多い。でも、今は違うよね。

 僕はスレイグスタ老の言葉に従って、じっくりと思考を巡らせた。


 どうすれば、ユンさんとリンさんを召喚し続けられるのか。

 一番の問題は、賢者と呼ばれる偉大な二人の実体を維持するためには、膨大な力を消耗するってことだ。

 ただ顕現させているだけの今でも、感じ取れるほどに力を消費し続けている。

 いざという時には二人にも力を行使してもらう、と考えると、消耗は更に大変なことになっちゃう。


 効率の良い維持。負担の少ない方法。それが問題だ。


 むむむ、と悩んでいると、苔の広場を囲む古木の森から、元気な声が響いてきた。


「おはようだよっ」


 プリシアちゃんだ。

 いつもならミストラルか誰かが村まで迎えに行くけど、どうやら自力で来る手段を見つけたらしい。

 保護者役の光の精霊さんに手を引かれて、ぴょんぴょんと跳ねながら苔の広場にやって来た幼女は、顕現してきたアレスちゃんと早速遊びだす。


 朝は、苔の広場に行けば誰かがいる、と学習しているのかな。それは間違いないんだけど、村を飛び出してきちゃって大丈夫なの?

 帰ったら、またお母さんに怒られるんじゃないかな。


 光の精霊さんは、主人であるプリシアちゃんを苔の広場まで送り届けると、こちらに丁寧なお辞儀をして、還ろうと輪郭を薄くし始める。


「あっ」


 そのとき、ふとひらめきが頭をよぎった。


「光の精霊さん、ちょっと待ったーっ!」


 僕の突然の叫びに、びくり、と肩を震わせる光の精霊さん。だけど帰還を取りやめてくれて、不思議そうにこちらを見返してきた。


「ねえねえ、光の精霊さん、質問なんだけど」

「はい。わたくしになにか御用でしょうか」

「あのね、光の精霊さんがプリシアちゃんに使役される前って、どうやって存在を維持していたのかな?」


 光の精霊さんは、元々は禁領にある迷いの森に住んでいた。

 遥か昔。迷いの森に住んでいた耳長族に使役されていた光の精霊さんは、最後の命令として、迷いの術を維持する宝玉をひとりで護り続けていたんだ。


「わたくしは宝玉に込められていた精霊力によって、宝玉を護っておりました。前の主人様がそのように精霊術を施しておりましたので」

「……ということはさ。もしかして、精霊を召喚したり術を行使させる場合において、術者がその都度力を注ぎ込まなくても問題ない? 宝玉とかを準備しておいてさ。そこから力を引っ張って来られれば……?」

「良い着眼点であるな。しかし、膨大な力を消費して宝玉へと先んじて力を蓄えておくことと、普段から力を消費し続けて召喚するのと、変わりはあるであろうか。結局は、召喚に割く力の消耗は同じであるな」

「そ、そうですね……」


 前もって力を消費して宝玉に力を溜め込んでおくか。それとも、召喚のときに力を消耗するか、の違いか。

 緊急時には良いかもしれないけど、いま僕たちが求めている答えじゃないね。


「エルネア。二人の問題も大切だけど、貴方は別の問題も抱えているわよ。霊樹の精霊のもとへと遊びに行かないと、人族の都が大変になるんじゃない?」

「そうだった!」


 ミストラルの指摘に、はっとする。

 彼女に大切なお役目があるように、僕にも課せられた役目があるんです。

 スレイグスタ老が大切に護り続ける霊樹の巨木。その根もとにいる霊樹の精霊王に会いに行かなくちゃいけない。そうしないと、アームアード王国の王都が森に侵食されちゃう!


 ここ最近は、色々とあって訪れていない。

 もちろん、事情は説明しているんだけどさ。精霊は僕たちの常識とか考えの範疇はんちゅうを越えた動きを見せることがあるから、油断はしちゃ駄目なんだよね。だから、訪問出来るときには行っておいた方が良い。


「其方は、いつも忙しいな」

「大変だねぇ」


 ユンさんとリンさんが苦笑している。


「うん。二人とも、ごめんね。解決策はまた今度、じっくり考えるから。それと、光の精霊さんもありがとう」


 急いで準備をする。

 自然の精霊たちが喜びそうなお土産を背負い、霊樹の精霊さんへの言い訳も考えて……


 そのとき、また僕の頭に考えが過った。


 そういえば……


「ふうむ。どうやら新たな道を見つけたようであるな。汝は、我から答えを訊き出さずとも自ら己の道を見つけ出せる。あとは自信を持って進むだけである」

「はい。行ってきます!」


 僕は、プリシアちゃんからアレスちゃんを回収すると、急いで古木の森の奥へと駆けた。

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