きっと祈りは届きます

「巫女様!」

「巫女様が来てくれたぞ」

「お願いします!」


 誰もが、期待の眼差まなざしでわたくしを見つめます。

 祝詞を奏上しながら冒険者が作る包囲に飛び込み、臨戦態勢を整えたわたくしの全身に、重く期待がのしかかってきました。


 魔剣の呪いに支配された二人の男性。

 手にした魔剣は、キーリいわく「身体能力を限界以上に引き出す種類の量産型」とのこと。


 魔剣に呪われた者は、自我を失います。そして、破壊と殺戮さつりく、血を求めて暴走します。

 ですが、魔剣といえども人を根本から作り直す、というような有り得ない性能では有りません。いくら身体の限界を超えた力を引き出すとはいっても、呪われた者の元々の技量や能力が基本になります。


 二人の男性は、魔剣を手にしているということは迷宮の深部にまで潜った凄腕すごうでの冒険者なのでしょう。それでも、この二人が周囲に集った人々のなかで最も強い、ということはあり得ません。

 周囲を囲む輪のなかには、竜人族とおぼしき竜気を放つ人や、獣の身体を持つ獣人族も見て取れます。

 それなのに、誰もが二人の魔剣使いを倒そうとはせず、遅れて駆けつけた戦巫女いくさみこのわたくしに期待の視線を向けます。


 理由は明白です。


 みなさんは、わたくしにわずかな希望をたくしているのです。

 同じ冒険者仲間。迷宮を踏破とうはするという共通の目標を持つ者。

 なかには、二人の魔剣使いとは面識のない人もいるかもしれません。ですが、同じ場所で同じ目標に挑む者として、仲間意識があります。


 そんな彼らが祈る希望。


 どうか、呪われた魔剣使いを救ってほしい。

 もとの、真っ当な冒険者へと戻してほしい。


 遠巻きに輪を作る人々の視線は、そう物語っていました。


りゅう戦巫女いくさみこ、ルイセイネ。まいります」


 わたくしは、魔剣使いのひとりへと牽制の月光矢げっこうやを放ち、もうひとりへと向かって間合いを詰めます。そして、躊躇ためらいなく薙刀を一閃いっせんさせました。


 ごめんなさい。

 わたくしは心のなかで謝罪します。


 人々の期待。みなさんの願い。

 聖職者であるはずのわたくしは、それを裏切るのです。


 冒険者だけではありません。竜人族も獣人族も、誰もが知っています。

 魔剣によって完全に呪われた者を元に戻すすべはありません。

 それでも、彼らは願うのです。祈るのです。もしかすると、巫女ならば助けられるのではないかと。


 世界中、全種族のなかで他者を術によっていやすことのできる唯一の存在。それが巫女です。

 創造の女神様の力をこの世界に体現する者。

 ですが、万能ではありません。

 癒しの術であっても、受ける者は大きな負荷を背負うことになります。死者をよみがえらせることはできず、欠損した身体の一部を再生することもできません。

 そして、魔剣によって呪われた者を正常へと戻す方法も、持ってはいないのです。


 もしも、わたくしが神殿都市に御坐おわしま巫女長様みこおささま巫女王様みこおうさまといった高貴な者であったなら。最上級の法術を使うことができる術者であったのなら。

 助けられるのかもしれません。方法を知っているのかもしれません。

 ですが、わたくしは知りません。救えないのです。

 わたくしだけではありません。アームアード王国、ヨルテニトス王国を含めても、魔剣使いへとちた者を救える巫女はいないのです。


 ですので、わたくしは裏切ります。

 祈る者たちの想いと希望を。


 仲間意識の強い彼らに、魔剣使いへと堕ちた者を手にかけさせるような辛い役目を担わせるわけにはいきません。

 罪は、巫女であるわたくしが背負います。


 薙刀の一閃は、たがわず魔剣の刃と交差しました。

 僅かな抵抗感が両手に伝わります。

 そして直後には、薙刀の刃が魔剣を真っ二つに両断していました。


 あっ、と何方どなたかが喉の奥から息を漏らしました。


 遠巻きに取り囲む人々の視線のなか、わたくしはもう一度薙刀を振るいます。


 血飛沫ちしぶきが高く舞いました。

 魔剣に呪われた者でも血は赤く、胴を深く袈裟懸けさがけに斬られては生きてはいられません。

 まさか、手にした魔剣があっさりと無力化されるとは思っていなかった魔剣使いの男性は、理性を失ったはずの赤く光る瞳を呆然ぼうぜんとわたくしに向けたまま、地面へと崩れ落ちました。


 わたくしは、彼の最期さいごをしっかりと見届けます。

 どうか、この方が女神様のもとへとめさされ、安らぎを得られますように。

 わたくしが彼にしてあげられることといえば、こうして祈ることだけ。

 そして、仲間を殺された者たちからの恨みを背負うことだけです。


「ルイセイネ!」


 そのとき、危険を知らせるキーリの叫びが響きました。


 限界を超えた身体能力で、初撃の月光矢を回避したもうひとりの魔剣使いが、素早くわたくしの背後を取ると、禍々しい気配を放つ魔剣を振りかぶりました。

 わたくしは、死者への最後の祈りを捧げた直後で、回避できるような体勢ではありません。


 誰もが、息を呑む気配が伝わってきました。


 背後へと振り返ったわたくしの視線には、こちらへと振り下ろされる魔剣が、なぜかゆっくりに見えました。


「ルイセイネーッ!」


 イネアの悲鳴が届きます。


 わたくしは迫る魔剣の切っ先から、殺気を向ける呪われた男性へと視線を移します。

 そして、そっと瞳を閉じて、祈りを捧げました。


 どうか、この方にも安らぎが訪れますように。


 ずんっ、とにぶい音がしました。

 空気が震えたのでしょうか。背中でまとめていたわたくしの髪が流れ、法衣ほうえがひらりと揺れています。


 わたくしは、ゆっくりと瞳を開きました。


 大きな背中でした。

 わたくしの視線の先をさえぎるその背中からは、銀色の美しい翼が生えていました。

 太い尻尾がお尻の上のあたりから生えていて、こちらも美しい銀色。

 すぐ目の前で燃えているはずなのに、身を焼くような熱を感じない銀炎ぎんえん


「まるで、俺が助けに入ることを最初から知っていたかのような動きだな」

「……いいえ、違いますよ。最初からではありません。直前です」


 わたくしの視線を遮る大きな背中の男性が振り返りました。

 頼もしい男性。エルネア君が兄としたう竜人族の戦士。


 ザンさんです。


 竜眼りゅうがんとらえていました。

 わたくしが躊躇いなく魔剣使いの男性へと間合いを詰めた直後。意を決したように、周囲で輪を作る人たちのなかでザンさんが竜気を解放した姿を。


「やはり、お前でも救えないか。ならば、お前だけに辛い想いをさせるわけにはいかん」

「ありがとうございます。ですが、これは巫女であるわたくしの役目ですので」


 わたくしを護るように眼前に広がるザンさんの大きな背中。そこから抜け出たわたくしは、もうひとりの魔剣使いの男性へと対峙しました。

 ですが、そこはザンさんです。

 わたくしが出張る前に、既に勝負は決していました。


 ザンさんは、左手で魔剣の握られた腕を掴み、右で魔剣使いの男性の頭を鷲掴わしずかみにしていました。

 そして、ザンさんが全身で放つ銀炎は魔剣使いを包み込み、燃やしていました。


「あとは、わたくしが」

「もう動かないとは思うが、油断するなよ」


 言ってザンさんは、魔剣使いから手を離します。

 魔剣使いは銀色の炎に包まれたまま、崩折くずおれました。

 ですが、まだ息絶えてはいません。

 燃えながら、地面へと沈みながら、それでも動こうとします。

 苦しそうに。憎らしそうに。思い残すことがありそうに。


「いま、楽にして差し上げます」


 わたくしは、心を込めて祝詞を奏上しました。

 淡い青色の光の柱が男性を包み込みます。


「ああぁぁぁ……」


 男性は空へと手を仰ぎながら、ゆっくりと動かなくなりました。

 魔剣は、男性の右手からこぼれ落ちると、鈍い音を立てて地面に転がります。

 光の柱は、息を引き取った男性と魔剣を包み込んだまま。すると、魔剣は禍々しい気配を薄れさせていき、最後にはなんの変哲へんてつもない片手剣へと変貌しました。


「女神様。二人の魂が御身おんみ慈悲じひにより浄化され、平穏と安らぎを得られますよう」


 最後にもう一度、祈りを捧げました。


 なすすべもなく見守っていた冒険者や包囲を作る人々は、静かにわたくしの祈りを聞いていました。


「終わったんだな?」

「はい。ザンさん、ご協力をありがとうございました」


 謝意を伝えるわたくし。ザンさんはそれに頷きつつも、地面に落ちた魔剣を見つけていました。


「そちらの剣は、もう呪われてはいませんよ」


 これも、不思議なことです。

 普通の魔剣であれば、呪いをはらったと同時にさびついたり、原型を留めないほどちたりするのですが。量産型と呼ばれる魔剣は、呪いが祓われたあとも、こうして普通の武具になるだけなのです。


 事情を説明すると、ザンさんは納得したようにもう一度頷きました。


「それでは、もう一振りの魔剣も浄化してしまいますね」


 言ってわたくしは、改めて法術を使いました。

 最初に倒した男性が最後まで手にしていた魔剣からも、呪いが祓われます。

 これで、魔剣使いと魔剣への対応は終わりです。


 わたくしは、亡くなられた二人の男性へととむらいを手向たむけ、二振りの剣を回収します。

 呪われていた武具は、念の為に神殿が回収することになっています。そして、後程のちほどまとめて処分いたします。

 呪いが祓われたとはいっても、そのまま再流通させるわけにはいきませんので。


 魔剣を回収し視線を上げると、周囲で遠巻きに輪を作っていた人々は、まだ解散することなく残っていました。

 そして、わたくしを見つめています。


 視線が痛い、とはこのことです。

 仲間を殺された。同胞を見捨てられた。祈りを聞き届けてくれなかった。

 わたくしは、彼らの責める視線を真っ向から受け止めます。


 人は都合よくはできていません。

 理解はしていても、納得のいかないことなんていくらでもあるのです。

 彼らが、わたくしを責め恨むことで少しでも心を軽くすることができるというのなら、喜んでこの重圧に耐えましょう。


 わたくしは包囲の中心で、二振りの剣を抱えたまま、しっかりと立っていました。

 すると、輪のなかからひとりの屈強な男性が進んできました。

 いかがたの、見るからに強面こわおもての男性です。

 男性は、わたくしを真っ直ぐに見据えて近づいてきます。

 ザンさんが、無言でわたくしと男性の間に割って入ろうとしました。それを制し、わたくしは真正面から男性へと対峙します。


「巫女様……」

「はい」

「この二人は、俺の古くからの仲間だった」

「……おやみを申し上げます」

「旅立ちの一年の時から一緒に旅をしてきて、幾度となく危険な冒険もしてきた。その最期が、このありさまだ……」


 男性の、喉の奥からしぼり出すような声に、わたくしの胸は締め付けられます。

 神職に身を置く、といいながら、なんて無力なのでしょう。こうして悲しむ男性の心を癒す法術も言葉も持っていません。


「……こいつらは、幸せだったのだろうか。こうして魔剣使いへと堕ちる最期のために、俺たちは旅をしてきたのだろうか」


 男性は、わたくしから地面に横たわる二人の男性へと視線を移します。涙こそ浮かべてはいませんが、とても悲痛な表情です。


「竜族は、いずれ母なる竜神様りゅうじんさまのもとへといたるために叡智えいちを深め、何百年という長い竜生りゅうせいまっとうするのだそうです。このお二方や貴方も、いつの日か女神様のお膝元ひざもとへと至り、祝福を得るために日々を頑張ってこられたのだと思います。ですので、どうか胸を張ってくださいませ。お二人は、貴方より先に女神様のもとへと向かう旅路に就いたのでございます。貴方は、先に出発されたお二人に、いつかこれからの物語を自慢できるように、またしっかりと人生を歩んでください」


 わたくしの言葉は、はたして男性に届くのでしょうか。

 大切な仲間の命を絶った、憎き相手です。


 男性は、仲間の遺骸いがいからわたくしへと、また視線を戻します。

 じっと、高い位置から見つめてくる男性。

 わたくしは、しっかりと男性の瞳を見つめ返しました。


「巫女様」


 もう一度、男性はそう呟きました。

 そして、わたくしの前でひざまずいたのでした。


「ありがとうございます。貴女のような高貴な巫女に最期を導いてもらったのです。こいつらは幸せに旅立てたと思います」

「いえ、わたくしは……」

つらい役目を押し付けてしまった。俺は大切な仲間の堕ちた姿から逃げ出したんだ」

「違いますよ。わたくしは、巫女として……」

「竜の巫女ルイセイネ様、心より感謝を申し上げる。二人に代わり、旧来の仲間である自分が代表し、貴女の勇気と慈愛に感謝いたします」


 男性が跪いてわたくしに手を合わせると、続けて包囲の輪を作っていた方々からも感謝の言葉が降り注ぎました。


 恨まれるだろうと覚悟していただけに、みなさんの感謝がわたくしの心に深く響きました。


「良かったな。お前は立派に勤めを果たしたのだ」

「はい……」


 ザンさんは、もうわたくしの身を案じる必要はない、と判断したようです。

 ぽん、とわたくしの肩を軽く叩くと、軽快に去って行きました。


「ルイセイネ、お疲れ様」

「頑張ったねー。お疲れ様」


 負傷者の治療を終えたキーリとイネアがやってきて、わたくしを労ってくれます。


「あとは、我々が」


 手の空いた神官たちも駆けつけて、亡くなった二人の男性の遺体を運んで行きます。

 わたくしは二振りの剣を神官に預けると、キーリとイネアをともなって、大神殿へ戻るのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る