再会
自身よりも速く、そして上空を飛ぶニーミアを見て、威嚇するように暴君が
「こらっ。あの子は僕の友達だから威嚇するんじゃない」
僕は暴君の背中を叩く。
子竜は呆気に取られたように、雲の上を見上げていた。
「おおいっ! 僕だよっ」
僕は再度、上空のニーミアに向かって大きく手を振る。
するとニーミアは、ゆっくりと旋回しながら下降して来た。
ぐぐぐ、と暴君が唸る。
わかる気がするよ。
暴君は、飛竜の中でも巨体だと思う。黒焦げになった飛竜の巣で見た死骸の中にも、暴君ほどの体格の者はいなかった。
それなのに、降りて来たニーミアは暴君よりも更に一回りは大きいんだから。
暴君の口が紅蓮に染まる。
そして、険しく
威嚇行為だ。
暴君は、明らかにニーミアを警戒している。
竜峰では見かけない竜族だから、何者かと警戒しているんだね。
暴君は、僕がニーミアは友達だと言っても、はいそうですか、と素直に頷くような性格ではないしね。
仕方ない。ニーミア、君の力を見せてあげるんだ!
戦うのが怖い、嫌いだと言うのなら、今の段階で圧倒的な力を見せて、暴君を黙り込ませるしかないよ。
降下中のニーミアが僕を見下ろした。
そして。
「にゃっ」
巨体に似合わない、なんとも迫力のない鳴き声。
しかし、暴君と子竜は度肝を抜かれたはず。
暴君が火炎放射で焦がした岩肌。その数倍の範囲が一瞬で白い灰に変わり、崩れ落ちた。
「言ったでしょ。貴方より強い竜族と知り合いだって」
暴君に言うと、悔しそうに歯ぎしりをする。
ニーミアはさらに高度を下げ、暴君と並んで飛ぶ。
「あっ」
僕はつい声を漏らす。
ニーミアの背中。
長く柔らかい毛が揺れる中に、ミストラルが居た。
ミストラルはニーミアの背中に跨り、警戒したように暴君を睨み据えていた。
「ミストラル!」
僕が手を振ると、ミストラルはようやく僕の方に視線を向ける。
「どうして」
ミストラルは僕を見ても、険しい表情を崩さない。
「どうして貴方が暴君の背中に乗っているの?」
「ええっと、これはね……」
暴君は、竜峰では全ての者が知るほどの悪者なんだろう。その背中に悠然と跨る僕に、ミストラルは疑心を持っているに違いない。
『我は行いを改めよう。竜姫に誓う』
暴君は言った。
いやいやいや。僕に誓ってよ。
「色々あって、暴君はもう悪いことはしないんだ。僕をミストラルの村まで運んでくれるくらいには改心してるんだよ」
僕の言葉に暴君は不満そうな視線を向けたけど、否定はしない。
「……」
ミストラルは僕と暴君を交互に見る。
そしてひとつ、大きくため息を吐いた。
「まったくもう」
と
「やっぱり貴方をひとり旅に出すんじゃなかった。こんな結果になるなんて、翁も予想していなかったわ」
やれやれ、といった感じで肩を落とすミストラル。
「ごめんなさい」
とんでもない旅の結果になったことは自覚しています。
良いのか悪いのかは、僕には判断できないけどね。
ミストラルは一度頭を横に振り、そして真剣な表情で暴君を睨んだ。
「わたしたちは貴方の悪行を身に染みて知っている。改心した。はいそうですかとは納得しない。だけど、貴方は竜姫のわたしに誓った。ならば信じましょう。貴方の竜族としての誇りと意志を」
『誓い違わぬ事を、生涯をもって証明してみせよう』
暴君も負けじとミストラルを睨み返すけど、そこに敵意はなかった。
なんだろう。暴君がミストラルに向ける視線は、人族の平民が王族の人に向けるような眩しいものでも見るような、そんな感じがする。
「竜姫ミストラルは、貴方の意志を受け取った」
それでミストラルと暴君の睨み合いは終わった。
「さて、エルネア」
言ってミストラルは、今度は僕を見る。
「どんな旅をしてきて、どうやって暴君を改心させたのかは村で聞きましょう」
「うん、いっぱい言わなきゃいけない事があるよ」
頷く僕。
「わたしとニーミアが先導します。貴方はそのまま暴君の背中に乗って村に降り立ちなさい」
「えっ!?」
大丈夫なの? さっきの竜人族の村では大騒ぎになって、みんな気配を消して隠れちゃったんだよ?
コーアさんは、暴君を村の上空に飛ばしちゃ駄目だと言っていたけど、大丈夫なのかな。
僕の困惑した表情に、ミストラルは微笑む。
「騒ぎになるでしょうけど、仕方ないわ。だけど、貴方がひとりで竜峰を旅して得た結果が、その状況なのでしょう」
暴君に跨る僕、ということですね。
「ならば堂々と村に降り立ちなさい」
そう言うと、ミストラルはニーミアに指示を出して反転し、先に見える小さな森へと飛行しだした。
暴君は無言で後を着いて行く。
僕の旅の結果。
暴君の命を助け、改心させた。とはいっても、今までの悪事を簡単に許せる人なんて居ないだろうね。
僕はミストラルの村で審判を受けるだろう。
でも僕はそれを受け入れる。
暴君を生かした責任は、僕自身にあるのだから。
暴君はミストラルに誓った。僕はその誓いを誰よりも信じよう。
徐々に近づいてくる小さな森の全貌がわかってきた。
北側、だと思う。南下している形になる僕たち側に小さな森。その先に半円の緑の村があり、南側に残りの半円となる泉があった。
村は木造の家が円の外周に沿って建ち、泉と村を隔てるように横一線に長い建物が建つ。
つまり、半円を囲む様にして全ての建物が建っているんだ。
そして建物に囲まれた半円の中は、新緑色の芝生に満たされた広場になっていた。
『うわぁ。泉の真ん中にある小さな岩場の社(やしろ)が
「物知りだね?」
子竜の説明に僕はびっくりする。飛竜が竜人族のことに詳しいなんて驚きだよ。
『あそこは特別なの。だから知っているよぉ』
「ふうん、そうなのか」
暴君の背中に一緒に乗っているせいか、子竜が少し懐いてきたように感じる。それと同時に、子竜の口調から警戒心がなくなっていき、なんとも子供らしい可愛い話し方に変わってきた。
きっと、こういう少し間延びした喋り方が、この子竜の話し方なんだろうね。
僕は子竜の話に感心しながら泉を見る。すると、確かに泉の中程に岩場があり、朱色の社が建っていた。
森や村の緑、透き通る水色の泉。その中で朱色の社は、何か特別な気配と存在を示していた。
ニーミアが村の上空に達し、ゆっくりと降下していく。
広場には数人の人影が見えた。
最東端の村のように全員が身を潜める、という事にはなっていないみたい。
竜姫のミストラルがニーミアと出たから、様子見で隠れなかったのかな。
ニーミアは広場の中央に着地すると、ミストラルを下ろす。
そして一瞬で消えた。
『うわぁっ』
暴君よりも巨体だったニーミアが消えたことに、子竜だけじゃなくて暴君までもが驚く。
よく見れば、ニーミアはいつもの様に小型化して、ミストラルの頭の上に乗っていた。
『恐ろしい竜め』
暴君が言うな、という突っ込みはしない。
ニーミアは、まだ子供とはいっても、やっぱり古代種の竜族なんだね。
戻ってきたミストラルに、様子を伺っていた人たちが群がる。そして村の上空を旋回する暴君を指差して何やら騒いでいた。
ミストラルはそんな彼らを下がるように指示し、暴君に向かって降りてくるように促す。
ミストラルの周りで騒いでいた人たちは、降下してくる暴君を見て慌てて散っていき、建物の陰に隠れた。
暴君は自分の存在を誇示するように殊更ゆっくりと降下し、最後は地響きを上げて着地した。
芝の葉と埃が舞う。
暴君は、隠れて様子を伺う竜人族の人たちを威嚇するように睨むけど、攻撃する気配は見せなかった。
着地した暴君にミストラルが近づいてくる。
僕は暴君の背中から空間跳躍で降りると、ミストラルを待つ。
子竜が僕の側に飛んでくる。
するとミストラルの頭の上に乗っていたニーミアが飛び立ち、僕と子竜の上を可愛く飛んだ。そして最後は、僕の頭へ。
「にゃあ」
暴君の恐ろしい迫力なんて、ニーミアの可愛さの前では効果なしだね。
ミストラルもニーミアの愛らしさに苦笑していた。
「わたしの村に、いらっしゃいませ」
「あ、お邪魔します」
ミストラルの歓迎の言葉に、僕は照れながら他人行儀のようにお辞儀をする。
「馬鹿な」
「暴君の背中から人族が降りてきたぞ」
「瞬間移動だ」
「あれが噂のミストラルの……」
様子を伺う人たちの会話が微かに聞こえてくる。
さて、僕はこの人たちにどう挨拶をして、説明しようかな。と思案する暇もなかった。
「んんっと、おかえりっ」
突然、僕の前にプリシアちゃんが空間跳躍してきた。
僕は慌ててプリシアちゃんを抱きとめる。
「おかえりって、僕は初めてここに来たんだよ」
「プリシアっ、隠れていなさいと言ったでしょう!」
「あのね、プリシアはちゃんと隠れてたよ? でもお兄ちゃんが来たんだもん」
ぶんぶんと頭を振ってミストラルの言葉を否定するプリシアちゃん。頭を振る度にふわふわと舞う柔らかい栗色の髪と、抱きしめた小さな温もり。それと頭の上の程よい重さのニーミアに、僕の表情は自然と
ああ、僕はまたみんなに再会できたんだね。
竜峰を旅している間、いろんなことがあった。数日間の出来事とは思えないくらい多くの経験を積んだ。
まあ、その殆どは失敗の経験なんだけど。
アレスちゃんが
だけど、今こうしてミストラルやプリシアちゃんを目の前にすると、僕は人の、みんなの温もりを欲していたんだな、と深く実感してしまう。
「ただいまただいま」
アレスちゃんが現れると、プリシアちゃんは僕の腕の中から離れて小躍りしだす。もちろん、アレスちゃんと一緒にね。
暴君はもう唸ることさえしない。
目の前で繰り広げられる能天気な幼女二人の小躍りを、げんなりとした表情で見つめていた。
暴君の悪名も威圧も、幼女二人には効かないらしい。
「ねえねえ、真っ赤な竜さんだよ?」
プリシアちゃんは暴君を興味ありげに指差す。
あ、嫌な予感がします。
ミストラルも感じたのか、慌ててプリシアちゃんを捕まえようとした。
しかし、間に合わず。
一瞬後には、プリシアちゃんとアレスちゃんは暴君の背中に跨っていた。
「おわおっ。おっきな鱗。でもおじいちゃんみたいに
きゃっきゃと暴君の背中ではしゃぐプリシアちゃん。
「こらっ、プリシアっ!」
ミストラルの注意も、暴君の威嚇を込めた唸りも効き目無し。
猛獣使いプリシアちゃん。暴君さえ下僕にするんですね……
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