手がかりを探せ
急いで実家に戻ると、外の様子は普段通りだった。だけど門番の人は緊張で顔を強張らせていて、敷地に入ると三人ひと組の衛兵の人たちが大勢で警備に動き回っていた。
誰もが険しい顔だ。
敷地内の緊張が庭にいる飛竜たちにも伝わっているのか、どことなく臨戦態勢の緊迫感がある。
「エルネア様、こちらへ」
見知った使用人の男性に案内されて、お屋敷に入る。
お屋敷の広間では、武人ではない使用人さんや母さんたちが不安そうに寄り添い合っていた。母さんの傍には使用人のカレンさんがいて、気を使ってくれていた。
春先から滞在している獣人族の人たちも、どうして良いのかわからない様子で
みんなに戻ってきた挨拶をして、男性に案内されるままに屋敷内を進む。
「これは……」
連れてこられたのは、プリシアちゃんの部屋だった。
僕の実家は、無駄に広い。それは敷地だけの話ではなくて、お屋敷自体にも言えること。
僕や両親だけではなく、ミストラルたちのようなお嫁さんになる女性陣ひとりひとりにも部屋が与えられている。それだけではなく、お客さんである獣人族や住み込みの使用人さんの部屋も個室だ。
獣人族の人たちが寝泊まりしている部屋は、そもそも客間で広い。だけど、使用人さんの部屋も、元々の実家の居間より大きな部屋があてがわれている。
しまいには、複数人用になるけど、泊まり込みの衛兵さんの宿舎なんかも併設されていて、ちょっとした宮殿みたい。
そんな豪華なお屋敷のなかで、プリシアちゃんの部屋へと来て、足が止まってしまう。
「小さなお子様の部屋だということで、もともと、というわけではないですよね?」
「うん。これはさすがにね」
プリシアちゃんの部屋のなかで調査をしていたらしい騎士の人が聞いてきたので、返事をする。
寝台の布団が剥ぎ取られ、大小のぬいぐるみが散乱している。棚が倒され、絵本やお人形さんが散らかっていた。
プリシアちゃんはまだ小さい子供だし、部屋を散らかしてはミストラルに怒られる。だけど、こんな風に部屋をめちゃくちゃにするようなことはない。
これは、散らかっているとは言わない。荒らされていると言うんだ。
「なんで、プリシアちゃんの部屋が……?」
侵入者の目的が思いつかない。
物盗りなら、もっとそれらしい部屋を荒らすと思うんだけど。
「プリシア様の部屋だけではなく、エルネア様のお部屋も荒らされています」
「僕の部屋も? 他には?」
「いいえ。その二部屋だけでございます」
「なぜ……?」
狙って荒らしたのか、侵入した部屋がたまたま僕とプリシアちゃんの部屋だったのか。
調査が終わったら、披露宴からみんなが帰ってくる前に部屋を元の状態に戻してもらうように使用人さんにお願いして、次に自分の部屋へと行く。
僕の部屋も、プリシアちゃんの部屋と同じような荒らされ方をしていた。
「なにか盗まれた物や違和感などはないでしょうか?」
「ううーん」
家具や調度品が散乱した部屋を丁寧に調べてみる。
だけど、荒らされている点以外の気になるようなところは特にない。
そもそも、僕たちは私物なんてそれほど所有していないんだ。
昨年の春までの物は、王都ごと綺麗さっぱり消え去ったし、竜峰から降りてきて調達した物は少ない。しかも元来が裕福じゃないので、高価な品なんて持っていないし買えないです。
値の付かないものといえば装備品だけど、これはアレスちゃんが管理してくれている。今日のように華やかな席などで普段と違う格好のときは、アレスちゃんが謎の空間に装備品を保管してくれているんだよね。だから、盗まれて困るようなものは最初から部屋にはないんだ。
お屋敷の家具、調度品。使用人さんや警備の人。維持管理に必要になる全ての物が国からの支給であり、両親を含めて個人的な財産なんて持っていない。それが僕の家族の実情だった。
逆に言うと、国から支給された調度品や家具はそれなりの一品ということになるけど、わさわざ厳重な警備をかいくぐって盗るような品物ではないと思う。
では、賊の目的とはいったい……
「それで、侵入した人は捕らえることができたんですか?」
「それが……」
警備の人や騎士さんが表情を曇らせた。
「申し訳ございません。実は、捕らえるどころか足取りさえも……。庭の飛竜が騒いで、それで賊の存在にようやく気づけた有様でして」
庭には、ヨルテニトス王国から飛来した飛竜たちが滞在していた。復興中の王城では対応しきれないということで、スラットンの結婚の儀式が終わった後の飛竜たちは、竜族に慣れた僕の実家でお世話をしていた。
飛竜騎士団の人たちは仮設王宮で寝泊まりしているので、本当に飛竜だけのお世話になっていた。
その飛竜たちが、お屋敷内の異変に気付いてくれたんだね。
「警備を預かっている身として、どうお
「ううん、気にしないでください。庭の竜族でさえも、侵入者に気づけなかったんですから。それを人族の僕たちが気づけという方が無理だと思いますよ」
只者じゃない。
竜族の警戒心は、竜人族でも敵わない。それは竜の墓所に侵入したときに、僕自身が強く実感していた。その竜族の警戒網を抜け、お屋敷に侵入して部屋を荒らした侵入者は、悪い意味での超一流だ。
では、その超一流の侵入者は、わざわざ侵入しておいて何も取らずに部屋を荒らしただけ?
なにか違うような気がする。
騎士の人たちも違和感があるのか、荒らされた僕とプリシアちゃんの部屋を綿密に調査してくれていた。
この場は専門の人にお任せして。僕は、侵入者の存在に気づいたという飛竜に話を聞いてみることにした。
庭に出ると、飛竜たちの方から近づいて来てくれた。
「長旅、おつかれさまです。待遇は改善された?」
『おおう、竜王よ。其方やユグラ伯のおかげで、すこぶる快適になったぞ』
『飯が美味くなった』
『太り気味で、空を飛ぶのが
「いやいや、それは飛竜としてどうなのかな?」
軽く挨拶を交わし、すぐに本題へと入る。
『やはり、賊であったか』
『なにやら不穏な気配を感じてな』
「それって、お屋敷のなかから? 侵入されたときにはなにも気付かなかった?」
『侵入時は、残念ながら』
お屋敷は広い。飛竜たちが滞在しているお庭以外にも、裏庭やちょっとした庭園がお屋敷を囲んでいる。飛竜たちが気付かなかったということは、違う方角から侵入されたのかな?
まあ、飛竜が居る場所からわざわざ侵入するお馬鹿さんはいないか。
「それで、他になにか気づいたことはないかな?」
『ふむ。人どもが騒ぎ出すと、賊はすぐに屋敷を抜け出したな』
『自由の身であったなら、追っても良かったが』
『ここで勝手に飛ぶと、ユグラ伯に叱られるからな。理解してもらえるとありがたい』
『そういや、賊は四人だな。逃げて行った方角はあっちだ。残念ながら、それしかわからぬ。姿も見ていないぞ』
「うん。侵入者に気付いてくれただけでも感謝だよ。ありがとう」
『むふふふ。礼は肉で』
「鶏肉でいいかな?」
『しくしく、ひどい』
僕は飛竜たちと別れて、使用人さんにお肉をお願いしておく。もちろん、意地悪をせずにお好みのお肉を。
ええ、国費ですから。どうぞ贅沢に。
王国の人たちの血税をこうして浪費する僕は、悪魔かもしれない。
だけど、悪魔でも家族や身内を大切に思う気持ちはしっかりと持っている。けっして侵入者を許すわけにはいかない。絶対に捕まえてやるんだ!
「だけど、手がかりが無さすぎるなぁ……」
今わかっていることは。荒らされた部屋は、僕とプリシアちゃんの部屋だけ。目立った盗品はない。飛竜たちも侵入後からしか気づけずに、衛兵さんたちが騒ぎ出すとすぐに逃げ出している。目撃者なし、手がかりになるような証拠なし。
唯一の収穫は、飛竜たちが察知した賊の数は複数人ということと、逃げていった方角くらいだった。
「エルネアよ、ちょっと良いだろうか?」
ううむ、と唸っていると、声をかけてきたのは獣人族の人たちだった。
獅子種のフォルガンヌと数人は、国の使節団と一緒に近くの街へと視察に出かけて行っている。
お屋敷に残っているのは、国の成り立ちや仕組みを勉強している頭の良い人たちだ。
「すまぬな。侵入者の気配に気づくのが遅れた。いや、妙な気配は気づいていたのだが、この屋敷には大勢の者が働いているからな。区別できなかった」
「うん。みんなはお客さんなんだし、気にしないで」
「とは言われてもな。エルネアや人族にはいつも世話になっている。俺たちもきっと、役に立つはずだ」
犬種の男性と、豚種の女性がにやりと笑みを浮かべた。
どういうこと?
「俺たちは鼻が効く。空を飛んで逃げない限り、俺たちの追跡からは逃げられん」
「おお、なんということでしょう!」
そういえば、犬は鼻がいいんだよね。犬種の獣人族も、そうした獣の特性を持っているらしい。
でも、なんで豚種の女性まで?
「あら、知らないの? 私たちの方が犬種の奴らより鼻が効くのよ」
「ええっ、知らなかったよ」
ひくひく、と自慢そうに鼻を動かす女性。ちょっぴり桃色のお肌、愛らしい耳と、くるりとした細い尻尾が可愛い、小柄の女性です。鼻は、普通の人の鼻だった。
「とはいえ、
「臭いって、消えたりしないの?」
「なあに、大丈夫だ。微かな匂いでも逃さんよ」
頼もしい獣人族の人の協力に、しっかりとお礼を言う。
よし、肉だ。お礼に豪華なお肉を振舞おう!
お屋敷の警備は、厳戒態勢へと移った。
敷地の周囲には国軍が追加投入されて、お屋敷内も終日の警戒態勢。
観光に来た人たちが、敷地周辺の警戒態勢に驚く。それで、飛竜騎士団の飛竜が滞在しているから、という理由を後から発表した。
スラットンとクリーシオの披露宴に参加しているミストラルたちは、今日はこのまま仮設王宮に泊まるらしい。ミストラルの配慮かな。
嬉しい気遣いです。お屋敷の人たちは片付けや侵入者への警戒で気が立っているので、この雰囲気はプリシアちゃんには悪影響しかないからね。
スラットンとクリーシオには、また後日、謝罪と再お祝いをしよう。
僕たちは太陽が竜峰の奥に沈むのを待って、動き出した。
事前に、獣人族の人が僕の部屋で賊の臭いを分析してくれていた。
くんくん、とまさに犬のように鼻をひくつかせて、犬種の男性が屋敷内を嗅ぎまわる。豚種の女性も可愛く屈んで、床についている臭いを辿った。
「ひとつは北の庭園の方に続いているな」
「もうひとつは、南の前庭の方ですね」
「飛竜の話だと、南の方に逃げたって言っていたから。北から侵入して、南に逃げたんだろうね」
「では、南の方へ行きましょう」
残り
超一流の賊ではあるけど、まさか獣人族の鼻が脅威になるとは思わなかっただろうね。
犬種と豚種の二人を先頭に、臭いを追っていく。
敷地を抜けて、暗がりが広がる道へ。
外壁と植え込みを軽く越えて臭いは続いているので、侵入者の身体能力も相当に高いようだ。
慎重に臭いを追って、夜の王都を進む。
「観光の人とかの臭いと混ざらないの?」
「ふむ、確かに多くの臭いで追うのは難しい。だが、大した問題じゃないよ」
「獣人族の凄さを見せてあげましょう」
胸を張る犬種の男性と、微笑む豚種の女性が頼もしい。もしも獣人族の人がいなかったら、お手上げ状態になっていたかもしれない。
二人は交互に臭いを確認しながら、確実に犯人たちへと近づいていく。
どこかに拠点があるのか。もしくは、王都の外から侵入してきた賊なのか。
答えは、意外なものを示した。
「どうする? 一気に攻め込むか?」
「ううん、ちょっと待って」
物陰に隠れ、様子を伺う先。
実家から続く臭いの辿りついた場所。それは、王都郊外にある、一軒のお屋敷だった。
建物自体はさほど大きくはない。だけど、立派な造りだ。一般庶民のお屋敷じゃない。
そもそも、この時期にしっかりとした家を完成させているのは、大物の貴族の人や、一部のお金や人脈のある人たちだけだ。
「これは、慎重に動いた方がいいかもしれないね」
「そうだな。賊がこの屋敷も狙って侵入した可能性もある」
「いや、それはないでしょう。臭いは正門へと続いています。侵入者が真正面から堂々と入るものですか」
「ということは、このお屋敷の住人が犯人の可能性が高いよね?」
「わかっているなら、さっさと行って捕まえた方が早いと思うが?」
「うん。問答無用ならそれで良いと思うんだけど」
立派なお屋敷。つまり、有力者が犯人だとしたら、僕たちだけで押し入ると、逆にこちらが賊として扱われかねない。
なにせ、証拠がないんだ。獣人族の人が臭いで追ってくれたけど、それを証拠に、というのは人族の社会ではさすがに通用しない。
「どうする?」
実力行使なら手伝うぞ、と犬種の男性の瞳が光っていた。
「いったん、戻ろう。拠点かもしれない場所がわかっただけでも大成果だよ。あとは、慎重に調べてからだね」
これはどうも、協力者を集めないといけないかもしれない。
一度戻って、衛兵さんや国軍の人と相談することを決めると、この夜は身を引いた。
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