相思相愛の夫婦
しゃらん、しゃらん、と会場を取り囲む巫女様たちが手にした
参列者の両脇に並ぶ飛竜騎士で編成された
儀式を取り仕切るのは、ヨルテニトス王国の巫女頭であるマドリーヌ様。儀式の後見人は、三人の親友が務める。
そして、マドリーヌ様の正面には、ヨルテニトス王国から
参列している場所からは彼の後姿しか見えないけど、緊張した雰囲気がこちらにまで伝わってきていた。
りぃん、と錫杖の音と共鳴するような鈴の音が鳴り響く。
ゆっくりとした足取りで、参列者の間にできた花道を祭壇へと進んでいく。
不思議な衣装とお化粧だった。
何種類もの布を幾重にも身体に巻くように身に纏い、顔や首、露出した肌に見たこともない文様を
これは、古い呪術師の家系に伝わる伝統的な正装なのだとか。
長い裾を引きながら進む花嫁、クリーシオはいつも以上に美しい。
その独特な衣装と雰囲気も相まって、参列者から感嘆のため息が漏れた。
スラットンが振り返る。三段の階段を登ったクリーシオの手を取り、傍に導く。
先導していた巫女様たちが鈴を鳴らしながら両脇に離れて、会場の全員が祭壇に佇む人たちへと視線を向けた。
錫杖と鈴の音が鳴り続けている。浄化された空気が
マドリーヌ様の透明な声で
雲ひとつない青空の下。
アームアード王国の王都。大神殿が建立される予定の地。おそらく中庭になるだろう場所に特設の儀式場が設けられていた。
奥の建物も神事用に飾り付けられていて、神殿側が全力で二人の結婚を祝福しようとしていることがわかる。
それもそのはず。
スラットンとクリーシオの結婚の儀が、復興中の大神殿で初めて執り行われる大きな
リステアや王侯貴族は、副都アンビスの大神殿で儀式を行う。それどころか、王都の大神殿でなければ駄目だという格式の高い式典以外の全てが副都に移行していた。
王都の大神殿に身を置くものとして、勇者の仲間であるスラットンとクリーシオの結婚の儀は、だからこそ余計に大切なものになっているんだね。
長いマドリーヌ様の奏上が続く。
スラットンとクリーシオは二人仲良く並んで、マドリーヌ様の奏上に合わせて同じように言葉を
厳かな儀式に参加した僕たちは、列席した要人や親友たちの間で二人を見守る。
これから半日をかけて、巫女様の
儀式は神殿の敷地内で続くけど、その様子は遠くの敷地外からでも見学することができた。
大神殿は、まだ建立途中だからね。柱や一部の壁なんかは建ち始めているけど、まだまだ更地と言っていいくらい。
大神殿の敷地に入れなかった王都の人々が、遠巻きに結婚の儀を見学していた。
いや、結婚の儀以上に大人気なのは、大神殿前の広場に整列をした飛竜たちと地竜のドゥラネルかもしれない。
竜騎士の結婚の儀ということで、ヨルテニトス王国から飛竜騎士団が二十騎も来訪していた。
竜騎士は僕たちの脇で旗を掲げているけど、飛竜たちは広場に待機している。式典用の特別な装備で化粧をした飛竜は、僕から見ても格好良く見える。
そして更に。
王都の上空を優雅に旋回する、巨大な黄金の翼竜に多くの人たちは魅入っていた。
スラットンとクリーシオを祝福するために、特別大使としてフィレルが参加していた。
ヨルテニトス王国では、竜騎士の結婚の儀には必ず王族が参列するらしい。だけど、王様は体調面であまり無理はできないし、グレイヴ王子は行政を取り仕切っていて手が離せない。キャスター様の地竜では間に合わないし、ということで、
フィレルは今年十五歳になったので、本来は旅立ちの一年の真っ只中なんだけどね。
でもまさか、スラットンとクリーシオの結婚の儀がこれほど盛大になるなんて。
アームアード王国とヨルテニトス王国の関係者が揃った儀式は盛大に、しかし厳かに進められていった。
「二人とも、おめでとう!」
「おう、ありがとうな」
「エルネア君、ありがとうね」
長い儀式を終えて。
王城の敷地に場所を移しての披露宴となった。
スラットンも、一応は勇者の相棒だからね。こういう場面では国が動くらしいです。
挨拶回りに来た新郎新婦を祝福する。
スラットンは、竜騎士の正装からクリーシオが着ていたような独特の衣装に衣替えをしていた。
「でもまさか、スラットンがクリーシオの家に入るとは思わなかったよ」
「まあな。クリーシオの家系は代々続く呪術師の名門だからな。ぽっと出で竜騎士になった俺よりも格は上だ」
「じゃあ、子供ができたらやっぱり呪術師として育てるの?」
「どうかしら?」
クリーシオは伺うようにスラットンを見た。
とても幸せそうなクリーシオの表情が
「まあ、男か女かはわからないが、最初の子供はそうなるのかもな。だが、見込みがある子供なら、俺の跡も継がせてえぜ」
「呪術を使える竜騎士っていうのも、格好いいかもね」
「おおう、いい考えだ。そんときはお前のところに修行に出すから、よろしくな」
「ええっ。自分で育てないの!?」
「育ててぇが、お前に預けた方が正解なのは俺でもわかる。悔しいがな」
「うん、それなら任せてよ。ユフィとニーナがしっかり育ててくれるはずだよ!」
「エ、エルネア君、それだけは許してぇっ」
クリーシオの悲鳴に、ユフィーリアとニーナが頬を膨らませる。
「クリーシオ、失礼だわ。立派な冒険者に育てるわ」
「クリーシオ、失礼だわ。立派な英雄に育てるわ」
ちょっと語らいましょうか、と言ってクリーシオを拉致するユフィーリアとニーナ。
僕たちは笑って見送った。
スラットンも笑っていたから、きっと大丈夫だろう。あとの愚痴は、
「俺の次は、リステアだな。そのあとは、いよいよお前だ」
「うう。どうしよう……」
スラットンの立派な儀式を見て、僕もちゃんとしたものを準備しないといけないという思いが一層強くなっちゃった。
「はっはっはっ。期待しているぜ」
スラットンは僕の背中をばしばし叩くと、また挨拶回りに戻っていった。
「素敵な儀式でしたね」
次にやって来たのは、ヨルテニトス王国第四王子のフィレルだ。
こちらは、式典用の豪華な王子様衣装です。
周囲にアームアード王国の貴族や豪商の娘さんたちを従えて、人気っぷりを遺憾なく僕に見せつけていた。
「やあ。お久しぶり」
握手を交わす。
「僕はてっきり、フィレルは旅立ちの一年間を竜峰で過ごすと思っていたよ」
「はい。僕も最初はそのつもりだったんですけど。僕なんて、まだ全然、竜峰に入っていいような実力じゃないです。ユグラ伯やジックリーズたちの力を借りて竜峰で生活するのは何か違うと思って。まずは、基礎からじゃないですか! なので、僕は今、ヨルテニトスの東の国境で修行しています」
「頑張っているんだね。僕も負けないようにしなきゃ」
フィレルもしっかりと前に進んでいるみたい。
ユグラ様のお世話役として付いてきている竜人族の三人に鍛えられているのかな。すこし筋肉が付いてきて、たくましく見える。
それにひきかえ、僕ときたら……
おかしいです。
筋肉がつくような鍛錬なんかもしているはずなのに、全然体格が大きくなりません。いつまでたってもミストラルの身長に追いつけない。とほほ……
今日も、結婚の儀に招かれていた友人たちに「相変わらず可愛いな」なんて悲しいことを言われたよ。
「そうそう。陛下からの言伝です。エルネア君の結婚の儀には、陛下自らが参加するから、早めに連絡を入れるように、とのことです」
「は、はい。肝に銘じておきます」
ライラの件があるしね。絶対に来るとは思っていました。でも、はっきりと言われちゃうと、余計な緊張を生んじゃいます。
困った……
披露宴会場には豪華な食べ物や飲み物が並び、プリシアちゃんたちは口の周りをいっぱい汚しながら楽しんでいた。ライラはプリシアちゃんとアレスちゃんに振り回されている。ライラは本来だと、こういう華やいだ場では恥ずかしくて隠れていたいはずだけど、今日の幼女組の面倒見役は彼女なので、仕方がない。
賑やかな披露宴が続く。そんななかで僕は、スラットンとクリーシオを祝福しつつも、自分のことを考えるとお腹が痛くなってきてしまい、せっかくの料理も喉を通らない。
「大丈夫?」
会場の隅で気配を消して休憩していると、ミストラルが来てくれた。
「うん、大丈夫だよ。二人のことを見ていて、僕もちゃんとした儀式を挙げなきゃな、と思ってね」
「ふふふ、気負わずに。貴方の儀式ということは、わたしたちの儀式でもあるのだから。みんなで相談しましょう?」
「そうだね。歴史に残るようなものにしよう!」
「それはやりすぎ」
握りこぶしを作って気合を入れたら、ミストラルに小突かれた。
「わたしたちはどんな形でも良いと思っているから」
「とは言われても、僕はみんなに喜んでもらいたいしね」
「それじやあ、少しだけ期待していましょうか」
「むうう。少しだけ?」
「じゃあ、いっぱい?」
ミストラルと笑いあっていると、こちらに向かっておばあちゃんが歩いてきた。最初は、ただ会場の隅に来ただけかと思ったけど、おばあちゃんの視線は僕とミストラルに向けられていた。
むむむ。
僕は今、気配を消している。ミストラルもそれに合わせてくれているので、普通の人だと遠くからだと意識外になるはずなんだけど。
「今日は孫たちのために、ありがとうね」
僕の前まで来たおばあちゃんは、曲がった腰を一層曲げてお辞儀をした。
クリーシオが着ているような独特な衣装。会場には、呪術師の正装をしている人がちらほらと見て取れた。そのなかで、孫たちということは。
「もしかして、クリーシオのおばあちゃんですか?」
「おっほっほ。クリーシオはひ孫になるかしらね」
「うわっ。失礼いたしました」
おばあちゃんは腰が曲がっているせいか、僕の胸元あたりまでの背丈しかない。下から僕たちを見上げて優しく微笑むおばあちゃんの顔には、深い皺が刻まれていた。
僕とミストラルは屈んでおばあちゃんと挨拶を交わす。
「君がエルネア君。貴女が竜人族のミストラルさん」
「僕たちのことを知っているんですか?」
「知っていますとも。なにせ人族の英雄ですからね」
「え、英雄だなんて」
照れちゃいます。
「ですが、初対面ですよね。どうしてわたしたちのことがわかったのでしょう?」
「ミストラルさん。貴女たちはとても不思議な気配をしています」
「気配ですか?」
竜人族の気配。竜気の気配。思い当たるものはいくつかある。だけど、それって普通の人族だとわからないものだと思うんだけど?
もしかして、他種族が持つような種族を見分ける直感を持っているのかな?
でも、僕は人族だし……
「なにかこう、人の枠を超えた気配。そう、ずっと昔に似たような人を……」
僕とミストラルを見上げ、おばあちゃんは記憶を辿るように瞳を細めた。
僕たちもなにか重要なことが聞けるのでは、と固唾を飲んで見守る。
その時。
披露宴会場の外から男性が慌てたように駆けてきた。
たしか、僕の実家で働いている人だ。
男性は、会場内を焦った様子で見渡す。もしかして、僕か家族の誰かを探している?
男性の意識に入るように、僕は気配を戻す。
「エルネア様!」
すると、すぐに僕を見つけた男性は駆け寄ってきて、息切れをした声で言った。
「お屋敷に、
「えっ!?」
顔を見合わせる僕とミストラル。
僕の実家は、滞在している人たちの重要性から、厳重な警戒が常時なされている。警備しているのは私兵ではなく王国軍の人や衛兵さんたちだし、働いている人も元々は王宮の人たちだ。
その
「エルネア、念のために戻りなさい。この場はわたしがどうにかするから」
「うん、ごめんね」
嫌な予感がする。
ただの賊じゃない。
僕の本能がなにかを叫んでいた。
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