犯人を探せ

「屋敷の所有者が判明した。エメドラルという地方貴族の別邸だな」

「それじゃあ、その人が黒幕?」

「まあ、そう焦りなさんな。酒でも飲みながら、最後までのんびりと聞いてくれ」

「いやいや、お酒は飲みませんからね」


 不審者の侵入は、瞬く間に国の上層部まで話が上がっていった。なにせ、警備責任を担っているのは国軍だからね。その不祥事が伝わるのは、あっという間だ。

 そして、僕たちの情報をもとに、新たな手がかりを持ってルドリアードさんがやってきたのは翌日。

 動きが早いね。さすがは優秀な部下を抱える王子様です。


 ルドリアードさんと僕たちは、広い応接間で顔を向き合わせていた。

 参加者は、僕とミストラルとユフィーリアとニーナ。ルドリアードさんと部下の人。犬種の男性と豚種の女性と、猫種の女性。あと、実家を警備してくれている騎士さんや衛兵の人が数人。

 ルイセイネ、ライラ、プリシアちゃんとニーミアは、耳長族の村にお出かけ中。

 プリシアちゃんには「たまには帰らないとね」という理由をつけて、安全な場所に避難してもらっている。

 侵入者の目的は、未だにわかっていない。だけど、プリシアちゃんの部屋が荒らされたのは事実だ。犯人の目的か安全が確保されるまでは、なるべく僕の実家から離れておいた方がいいかもしれない。


「それで、そのエメドラルという貴族は何者なのかしら?」


 今にもくだんの邸宅に突撃しそうな気配のミストラル。ミストラルの部屋は無事だったけど、僕の実家に侵入されたということは、自分たち竜人族に対しての宣戦布告と受け取っているらしいです。

 僕は、竜峰同盟の盟主だからね。その顔に泥を塗った、と怒り心頭気味だった。


「あ、ああ……。エメドラルっつうのは、シューラネル大河に面した領地を持つ貴族だ」

「小さいとはいえ、領地を持つ貴族は珍しいわ」

「今の時期に、早々に王都に別荘を再建させる地方貴族は珍しいわ」


 ミストラルの気迫に押され気味のルドリアードさん。追加の情報を口にしたのはユフィーリアとニーナだった。


「領地持ちが珍しい?」

「そうだよ、ミストラル。ヨルテニトス王国の貴族社会と比べて、アームアード王国の貴族はそれほど力を持っていないんだ。貴族という地位を持っていても、村や町といったはっきりとした領地を持つ身分の人は少ないんだよ」

「エルネア君の言う通りだな。荘園しょうえんや大規模な私有地を持っている者はそれなりに居るが、政治力を持つ領地持ちの貴族は少ない」

「ふうむ。未だに人族の国の仕組みは勉強不足だが。つまり、そのエメドラルなる者は、地方とはいえ領地を持てるほどの特権階級身分であり、何かしらの理由で王都に別邸を素早く完成させたわけだな?」

「おお、ジェガシン殿は察しがいいな」


 ジェガシンとは、犬種の男性の名前。ルドリアードさんとジェガシンさんの間には、なにやら酒飲み友達といった雰囲気がある。

 ちなみに、豚種の女性はクウァウラさんで、猫種の女性がリェンジさん。


「エメドラル卿は、建国当初からの有力者だな。それで、大河の近くに領地を持っている。そこそこの規模の都市をひとつ。これがエメドラル卿が住む拠点だな。他に漁村がふたつに山あいの村をひとつ。あとは幾つかの荘園が国内にちらほらと。地方貴族とは言っても、地位的にはけっこうなお偉いさんだな」

「第二王子のルドリアードさんがお偉いさんと言っても、凄みがわからないよ?」

「はっはっはっ。そういうエルネア君だって、泣く子もさけぶ権力者じゃないか」

「いやんっ。権力なんて持ってないし、泣く子はそれ以上叫ばないで!」


 ルドリアードさんの例えが意味不明です!


「こほん。話が逸れているわよ?」

「ご、ごめんなさい」

「も、申し訳ない……。んでだ。君たちが臭いを追ってたどり着いたという屋敷なんだが。そのエメドラル卿の、王都の別邸ということになる」

「所有者もわかったのだし、ここは一気に攻め込むべきでは?」

「待て待て、ジェガシン殿。人族の国ではそう簡単には物事は進まないんだ。明確な証拠がない状態でそんなことはできんのさ」

「ふうむ。なるほど」

「でも、怪しさ満点だよね。まだ復興途中の王都で、もう別邸を完成させているだなんて」

「そうね。何かしようとしている気が満々ね」

「ああ。それで俺も、もう少し詳しく調べてみたんだが」

「兄様じゃなくて、部下の人よ」

「兄様は働いてないわ」

「お前ら、酷いな……」


 本人の自己評価は知らないですが、残念ながらルドリアードさんは身内公認のなまけ者です。


「と、とにかく。調べてわかったことだが。あの屋敷はどうも、エメドラル卿本人が利用しているものじゃない」

「と言うと?」

「言ったろう。エメドラル卿はシューラネル大河近辺に領地を持つ大貴族だ。そこそこの都市も抱えている。すると、その都市には豪族や大商人が住んでいるわけだ。王都の別邸は、そうした者たちの子女しじょがこちらで一年の旅立ちの期間を過ごす拠点に利用されているらしい」

「なるほど。特に今だと、王都周辺の宿泊施設は混雑しているからね。そういう時に住む場所を提供すれば、地元の有力者にいい顔ができて恩も売れるわけだね?」

「そういうことだな」

「それじゃあ、あのお屋敷を利用しているのは、十五歳になった人たちなんだね?」

「まだ大雑把おおざっぱな調べだが、利用しているお子様は十人から十五人。使用人が二十人程度。利用の際に、国への届け出なんて必要ないからな。昨日きのう今日きょうで調べられたのはこの程度さ」

「いやいや。昨夜の情報からそこまで調べられるなんて、すごいと思いますよ。さすがは優秀な部下の人たちですね!」

「お、俺が指示したんだからな!」


 焦るルドリアードさんを、全員で「へえぇ」という目で見つめてあげた。

 獣人族の人たちにまでそういう目を向けられていたということは、つまり彼らにもルドリアードさんの性格は伝わっているのでしょう。

 残念です。


「じゃあ、これからどうするのかしら?」

「うん、そうだね」


 ミストラルが聞いてきたので、僕たちは作戦を練ることにした。






「こんにちは、セフィーナ姫」

「あら、今日も来たのね。でも無理ね。資格のない者を竜峰に行かせるわけにはいかない」


 赤髪の少年が三人の仲間を連れて、セフィーナさんに挨拶をする。その様子を、僕とジェガシンは遠目に見ていた。


 王都の西側。西砦跡に建てられた検問所。

 セフィーナさんは、普段はそこに詰めてる。

 昨年の騒動。僕の旅立ちの一年間。そういったものを耳にした冒険者や腕自慢の人が無謀に竜峰に入ろうとするのを防ぐのが、彼女のもっぱらの役目だ。

 昔は西と東を分断するように西砦と外壁があって、否応なく通行の妨げをしていたんだけど。魔族の襲来で綺麗さっぱり消し飛んでしまった。今では、王様の通行証を持たずに、検問所の目を盗んで竜峰に入ろうと思えば、幾らでも入れる状況になっている。

 だけど、現実はそう甘くない。

 検問所の目を盗んで竜峰に入った者。セフィーナさんたちの注意を聞かなかった者。そうした無謀な人たちの、検問所以西での身の安全は保障されていない。

 遭難しようが、怪我をしようが。立ち往生になろうが。人族も竜人族も関知しない。つまり、検問所で正式な手続きを取らずに竜峰に入る者は、完全な自己責任ということだ。


 逆に、王国側の正式な通行証を持って竜峰に入ると、最初の村までは面倒を見てもらえる。

 とはいっても、自力で最東端の村まで行かなきゃいけないんだけど。ただ、もしも途中で無理だと判断したり、立ち往生した場合。通行証を持っていれば、竜人族か人族が救出してくれる。

 今年に入って、そうした協定がアームアード王国と竜峰側で結ばれていた。


 ちなみに。

 竜族や魔獣に襲われた場合。通行証を持っていても、そうした種族には通用しない。

 竜族や魔獣は、基本的に人の枠には収まっていないからね。たとえ僕が竜峰同盟の盟主で多くの魔獣と仲が良くても、彼らから見れば他の人なんて有象無象の一部。容赦なんてしてくれない。

 そして、竜人族であっても竜族は手に負えない。竜峰同盟の仲間ということで、余計に普段の営みに口出しはできないし。


 つまり、通行証を持っていても、ここから最東端の村までで何かの問題が生じた場合は、面倒を見てもらえるけど、結局のところ実力がないと命がいくつあっても足らない。

 だから、セフィーナさんたちが検問所で実力を見極めているわけだ。


 話に聞くところによると、これまでに数組の冒険者が資格を得て竜峰に入ったらしい。だけど、最東端の村のさらに先へと進めた人は、スタイラー一家の三人以外はいないらしい。


「そんなに、俺たちは実力がないように見えますか?」

「残念ながら。一端いっぱしの腕はあると思うけど、竜峰で生き抜けるほどとは思えないわね」

「腕試しもしていただけないのに、残念な評価ですね」


 赤髪の少年は、セフィーナさんと言葉を交わしている。

 身なりがしっかりしているし、装備も申し分ない。見るからにお金をいっぱい持っている家柄の少年少女たちだ。

 そして、セフィーナさんが直接対応しているということは、やはりそれなりの身分なのだ。


 僕たちは作戦会議のあと。早速行動に移った。

 侵入者をいつまでも放っておくつもりはないからね。

 各自がそれぞれの役割をになって、活動している。


 僕と犬種の男性ジェガシンは、エメドラル様の別邸を利用している人を探る役目で、遠目に確認できている赤毛の少年の一行を尾行していた。


「希望者全員を相手にしていたら、身がもたないわ。そんなに竜峰へと入りたいのなら、まずは目を向けてもらえるほどの実績を積みなさいな」

「俺たちはその実績を、竜峰で積みたいんですがね?」


 赤毛の少年は、第三王女のセフィーナさんに気後れすることなく、逆に不遜ふそんな態度を示す。

 セフィーナさんはいつものように格好いい仕草で、それを軽くあしらっていた。

 赤毛の少年たちは尚も食い下がろうとしていたけど、セフィーナさんは相手にしていない。


「ちっ。なぜあのひ弱そうな奴が入れて……」


 少しのやり取りのあと。愚痴ぐちを口にしつつ、赤毛の少年たちは検問所から立ち去っていった。

 僕の竜気を宿した耳でも、彼らの愚痴までは聞き取れなかった。


 やれやれ、と肩をすくめて赤毛の少年たちを見送るセフィーナさん。

 少年少女が立ち去ると、すぐに別の冒険者がセフィーナさんに近づいてきた。彼女は、きりっとした姿勢にすぐさま戻り、それに対応する。

 セフィーナさんはああして、毎日頑張ってくれていんだね。


「セフィーナさん、こんにちは」


 赤毛の少年たちは、人混みのなかに消えていった。僕とジェガシンは尾行を中断して、セフィーナさんへと近づく。


「あら、エルネア君。いらっしゃい」


 セフィーナさんは冒険者への対応を他の人に任せて、僕たちの方へと来てくれた。


「良かったんですか?」

「なにがかしら?」

「冒険者の人の対応とか」

「ああ、いいのよ。毎日のように来て、昨日はなにをした、どんな魔物を倒したと報告してくるの」

「セフィーナ殿、質問させて欲しい。かの者はなぜ、毎日のようにそのような報告を?」

「ジェガシン殿、こんにちは。それはほら。腕前を証明してみせて、竜峰への通行証が欲しいのよ」

「なるほど、なるほど」

「セフィーナさんとジェガシンは初対面じゃないんだ?」

「宮殿で何度か」

「セフィーナ殿の腕前には、感服しました」


 さすがはセフィーナさん。獣人族の人と、すでに腕試しを済ませたわけですね。


「それで、今日はなにか用かしら? 君と旅のお誘いなら、今すぐ職務を投げ出して行きたいところだけど?」

「いやいや、セフィーナさんと冒険だなんて、身が持ちません」

「あら、残念」


 検問所で立ち話をしていると、周りの人たちが「なんだ、なんだ」と騒ぎ始めた。

 なにせ、同伴者のジェガシンは獣人族の特徴丸出しの装いだし、僕は王女様と気軽に話しているし。

 おおっと、こんなところで目立ちたくはありません。

 セフィーナさんも僕たちが訳ありと知って、個室へと案内してくれた。


「さっきの少年たち?」

「はい。盗み聞きをしてごめんなさい。でも、竜峰のことについて話していたようなので」


 赤毛の少年たちは、どうしても竜峰に入って一旗上げたい様子だった。

 竜峰と僕と、実家への侵入者。色々と繋がる点があるように思える。


「赤毛の子はグラウス。確か、地方の豪族の嫡男ちゃくなんじゃなかったかしら」

「エメドラル様の領地の?」

「そう、そこの地域ね。よく知っていたわね」


 僕たちはセフィーナさんに事情を説明した。


「そうね。グラウスは確かに十五歳で、旅立ちの一年の期間中になるわ」

「周りにいた三人も?」

「同じ学校の仲間みたいよ。全員、そこそこの腕がありそうに見えたわね」

「でも、竜峰への許可はしていないんですね」

「そりゃあ、ね。装備もいいし、腕前もある。でも、所詮しょせんはそこそこ、よ。そもそも、本当に実力があれば、許可証なんて必要ないのよ」

「……セフィーナさんがそんなことを言うと、身もふたもないと思うんですが」

「でも、そうじゃないかしら? 本当に実力があったり、確固たる決意があるのなら、誰の許しも必要ないわ。許可証が欲しいという者は、少しばかりの身の安全のどころがほしいというような軟弱者。そんな者が、はたしてあの竜峰でやっていけるかしら?」

「セフィーナ殿は、なかなかに手厳しいですな」

「そりゃあね。身をもって体験したことだし」


 セフィーナさんの言い分は確かに、と思える。

 フィレルだって、許可証を貰わずに、強い意志を持って竜峰へと入ったんだ。大変な目にあってはいたけど、ああした覚悟や実力がない人ほど、許可証を欲しがるのかもしれない。


「それで、エルネア君たちはどうやって犯人を突き止めようとしているのかしら?」


 セフィーナさんが身を乗り出して聞いてきた。今にも僕を押し倒しそうな迫力を両手で制しながら、これからのことを伝える。


「ふぅん。面白いわね。それじゃあ、私はその協力者に加勢すればいいわけね?」

「そのときは、お願いします」


 僕たちは個室で、密かに協定を結んだ。

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