空の覇者
「みんなに見られるとまた騒動になりますので、離れますね」
死霊都市の神殿をルイセイネと訪れたあと、その周囲をもう少し散策して、みんなの場所に戻る途中。
あとひとつ角を曲がれば、みんなが寝泊まりしている一画が視界に入る。そこで、ルイセイネは僕の腕に回していた自分の腕を離す。
ルイセイネの体温が離れ、冷んやりとした外気が僕の腕から温もりを奪っていく。
もう少しだけルイセイネの柔らかい気配と体温を感じていたかったな。
少しだけ名残惜しそうにしたら、ルイセイネは恥ずかしそうに微笑んだ。
「また二人でお散歩しましょうね」
「うん。また一緒にね」
微笑み合いながら最後の角を曲がると、遠くに竜人族の人たちの姿が見えた。
腕巻きはなくなったけど、ルイセイネと並んで話しながら戻る。
「やあ、おかえり」
「ただいまー」
竜人族の人たちに声をかけられて、返事を返す僕とルイセイネ。
みんなはどこかな、と見渡す。
双子王女様の姿は見えない。建物のなかかな? あの二人はどこに居るのかわからない方が怖いね。なにをしているんだろう……
ミストラルは竜人族の人たちの輪のなかにいた。ミストラルは竜姫として、囚われていた人たちの心の支えになっているみたい。
今は、僕やみんなよりも、竜人族の人たちのお世話が大変そうだ。
ライラとプリシアちゃんは? と探していると、少し離れた場所にある公園に居ると教えてくれた人がいた。
僕とルイセイネは公園へと向かう。
公園には、レヴァリアたちも居た。そして竜人族の子どもたちが、いっぱい居ました!
大人も少しだけ居るね。
子どもたちは、プリシアちゃんと遊んでいる。その輪のなかに、フィオリーナとリームの姿があった。
子どもたちは、幼竜に興味津々みたい。
フィオリーナとリームは、幼竜とはいっても、背丈は僕くらいある。体長も尻尾までを含めると結構長くて、翼を広げればそれなりの大きさになる。でも、子どもたちはそんな幼竜を恐れることなく、楽しそうに遊んでいた。
リームの四枚翼に触れてみたり、揺れる尻尾を追い掛け回してみたり。フィオリーナの背中に乗って、低空を飛んだり。
きゃっきゃっと騒ぐ様子は、見ていてほっこりとしてくるね。
ちなみに、ニーミアはプリシアちゃんの頭の上で、いつものように寛いでいる。女の子に大人気みたいで、ニーミアごとプリシアちゃんの頭を撫でたりしていた。
フィオリーナとリームも、集まってきた子どもたちに警戒心を見せることなく、楽しそうだね。
「あんまり強く叩いちゃ駄目ですよ」
プリシアちゃんは腰に手を当てて、フィオリーナとリームを雑に扱おうとする男の子に注意をしている。でも、その男の子はプリシアちゃんよりも明らかに年上なんだよね。
だけど、プリシアちゃんに注意をされた男の子は、素直に言うことを聞く。
男の子も意図的に雑な扱いをしようとしたわけじゃない。竜族相手に、どう接したら良いのかわからない感じに見えた。
「フィオちゃんに乗りたい方は、きちんと並んで順番待ちですわ」
低空だけど空を飛べるとあって、フィオリーナの空中遊覧には順番の列ができていた。そして、それを仕切っているのがライラみたい。
「乗せてもらったら、お礼を言ってくださいませ。みなさんは竜族の方の言葉はわからないかもしれませんが、竜族は人の言葉を理解していますわ。きちんと心を込めてお礼を言えば、また乗せてくれますわ」
『うわんっ、お礼も良いけど、お肉が欲しいよっ』
『リームもぉ』
そういえば、レヴァリアたちが好みそうな、生の牛肉や羊肉を最近食べることができていないね。
巨人の魔王が運んでくるはずの食糧を待つ僕たち以上に、レヴァリアたちには食べ物で苦労を強いているのかもしれない。
僕はライラに手を振って挨拶をしながら、もう少し離れた場所で静かに丸まっているレヴァリアとリリィのもとへと向かうことにする。
ライラは僕の方へと来たそうだったけど、子どもたちの相手で身動きが取れないみたいだ。
「わたくしはライラさんのお手伝いをしてきますね」
ルイセイネが気を利かせて、ライラの方へと向かっていった。
僕はルイセイネにお願いをして、レヴァリアとリリィが丸まっている場所へと向かう。
暴君レヴァリア。これはどうしても、竜峰に住む者には心に深く刻まれてしまっている畏怖の名前。
最近では改心してくれて、色々と竜峰のために活躍をしてくれている。とはいっても、その姿を初めて間近で目の当たりにすれば、恐れない者はいない。
子どもに大人気なフィオリーナとリームとは違い、レヴァリアに気安く近づく竜人族はいない。大人の竜人族が遠巻きにレヴァリアとリリィを見ながら話をしていた。
「あれが暴君か……」
「あの恐ろしい暴君を手懐けるとは、あの少年はやはりジルド様の後継者か」
「隣の黒竜も大きいな」
「巫女さんの話だと、あれは巨人の魔王に懐いているらしいぞ」
「さすがは魔王なのか。古代種の竜族を
「おいおい、それを言うなら、あの耳長族のプリシアちゃんの頭の上にいる可愛い子も古代種らしいぞ」
「お、恐ろしい子……」
なんか変な会話をしているけど、それを無視してレヴァリアに近づく。
レヴァリアにとっては、人が近づいて来ないことは逆に好都合みたい。野次馬なんて気にした様子もなく、四つの瞳を閉じて静かに丸まっている。
「レヴァリア、おはよう」
僕が挨拶をすると、レヴァリアはひとつだけ瞳を開き、僕を睨む。
「なんで睨むのさ?」
『貴様に手を貸したせいで、我は面倒を被ってばかりだ』
「うう、それは謝るよ。ごめんね」
瞳と鼻の間の鱗を優しく撫でてあげると、レヴァリアはぎっと口の奥の方を上げ、鋭い牙を見せた。
「ひぃっ」
竜人族の人の悲鳴が聞こえてきた。
でも僕は怖くないよ。
「周りにいる人たちを怖がらせちゃ駄目だよ」
『なぜ我が人ごときに気を使わねばならぬ』
「もうっ」
この辺は変わらないね。でも、口では攻撃的なことを言っても、レヴァリアが悪さをしないことは、僕が一番わかっている。
ばしっ、とむき出しの牙を叩いて口を閉じさせると、また瞳と鼻の間の鱗を撫でる。
するとレヴァリアは、不満を口にすることなく、僕にされるがままで大人しくなった。
「ごめんね。この騒動が落ち着いたら、必ず恩返しをするからね。だからもう少しだけ頑張ってね」
『ふふんっ。東の国でもそう言って我を騙したな。もう貴様には騙されぬぞ』
「ううう……ごめんよ」
ヨルテニトス王国では、少しだけしか恩返しができなかったんだよね。レヴァリアたちの活躍を比較すると、僕はもっともっと恩返しをしなきゃいけないんだ。
でも、いまできる恩返しはない。せいぜい、レヴァリアを労って撫でてあげることくらい。
だから僕は、優しくレヴァリアを撫でてあげた。
「撫でてもらうと、気持ちが良いですよねぇ」
『黙れ、小娘めっ』
レヴァリアの隣で一緒になって丸くなっていたリリィがにやりと笑う。そしてレヴァリアが咆える。
暴君の大迫力の咆哮に、遠巻きにこちらを眺めていた大人の竜人族だけではなく、離れた場所で遊んでいた子供達まで悲鳴をあげて逃げ出した。
「こらっ。みんなを驚かしちゃ駄目でしょ」
『ふんっ、そんなこと知らぬわっ』
「やれやれですねぇ」
「まったくだよ」
僕とリリィは一緒になってため息を吐いた。
『貴様らの相手をしていると、疲れてしまう』
レヴァリアはばさりと、大小四枚の翼を大きく広げる。
あ、空に逃げる気だ!
「ま、待ってくださいませっ」
レヴァリアが飛び立とうとする気配に気づいたのか。ルイセイネが代わりに子供の相手をしてくれているおかげで手の空いたライラが、慌てたように駆け寄ってくる。
『ふははは。貴様らなんぞに捕まるものかっ』
だけど、レヴァリアはライラを待たずに、荒々しく空へと上がる。
僕は駆け寄ってきたライラの手を取る。
ふっふっふ。逃がすものか!
僕はライラと手を繋いだまま、全力で空間跳躍を発動させた。
一瞬の後には、僕とライラはレヴァリアの背中の上にいた。
『ちっ』
悔しそうに舌打ちをするレヴァリア。
そして僕たちを振り落とそうと、空の上で暴れる。
「レヴァリア、無駄な抵抗は辞めるんだ」
「私たちを振り落とそうとしても、ぴっちり張り付いてますわ」
『くっ。貴様ら……』
ライラのひっ付き竜術は、対象のものに完全に張り付いちゃうんだ。いくら暴れても、振り払えないよ。
レヴァリアは観念したのか、空高く上昇すると、普通に飛行を始めた。
「レヴァリア様、ありがとうございますですわ」
ライラは屈み込み、レヴァリアの背中を優しく撫でてあげる。
だけど、楽しい空の散歩とはならなかった。
「魔族どもだ」
上空に上がったからこそ、遠くが見えた。
死霊都市のずっと南の方で、魔族の軍勢が集結しつつあることに、僕たちは気づく。
下方で死霊都市の警戒に当たっていた黒翼の魔族たちも、頭上のレヴァリアの緊迫した雰囲気に気づき、続いて魔族の軍勢に気づいた。
「ちょっと蹴散らしてきますねぇ」
地上からリリィが上昇してくる。
古代種の竜族で黒竜とはいえ、子供のリリィが戦いに
レヴァリアとリリィは高速で南下し、まだ態勢が整いきれていない魔族軍に迫る。
あれは間違いなく、クシャリラの国軍だね。自領へ侵入し、死霊都市を制圧した僕たちに対して、近くの守備軍が動いたんだ。
だけど、不意打ち気味に高速接近してきたレヴァリアとリリィを見て、地上の魔族軍は大混乱に陥る。
魔族軍の恐ろしさは、圧倒的な兵数にあるらしい。
一国だけでも数十万から、下手をすると百万以上の軍勢が
圧倒的な数での大規模戦争が魔族軍の恐ろしさなのだと、昨年の座学で先生に教わった。
更に、追加で巨人の魔王にも教わったことがある。
どんなに大軍でも、本隊となる軍属の魔族以外は、有象無象の雑魚なんだとか。
争いや暴力を好む魔族といえども、常時数十万の軍隊を保持するのは難しい。だから、本隊となる軍はそれほど多くない。
では、どうやって数十万以上の軍隊を作り出すのか。
それはつまり、争いや暴力を好む魔族は、戦争となると一般市民までもが武器を取り、兵士となるらしい。
魔族らしい事情に、巨人の魔王に教えてもらったとき、僕は
でも、雑魚とはいっても下級魔族。人族にはそれだけでも脅威なんだよね。アームアード王国の王国騎士が五人がかりでも、下級の小鬼に苦戦したくらいだから。
だけど、どの種族よりも優れた戦闘能力を持つ竜人族や竜族にとっては、そんな魔族たちさえも、蹴散らすだけの
だから、クシャリラ配下の魔族軍が大軍をもって竜峰に入ったことは極めて異例だと言っていた。
付け加えて、足手纏いの下級魔族の兵士を引き連れて、あえて竜峰に入ったということは、それなりの思惑があるから注意しろとも言われた。
魔族軍の実情と動きはともかくとして。
急襲したリリィとレヴァリアは、上空で恐ろしい咆哮をあげる。
すると、上昇して迎撃をしようとしていた有翼の魔族たちが悲鳴をあげて、空に散って逃げていく。
地上でも、軍属ではない魔族たちが散り散りになって逃げ始めた。
そしてそこへ、レヴァリアが無慈悲に煉獄の炎を落とした。
瞬く間に火の海へと変貌する地上。
悲鳴をあげ、逃げ惑う魔族軍。
リリィは上空から狙いを定め、集まっていた魔族軍の本隊へと、闇の光線を浴びせる。
一瞬にして欠片も残さず消滅する魔族軍の本隊。
本隊を失って、魔族軍の混迷が更に深まった。
今の先制攻撃だけで、レヴァリアとリリィに勇ましく向かってくるような魔族はいなくなった。
逃げ惑う魔族軍のあちらこちらから、降参の意思を示す合図が上がる。
上空で旋回しながら様子を伺っていると、地上の魔族たちは北以外の方角へと逃げていき、いつの間にか地上には、レヴァリアの炎に巻き込まれた魔族の死体だけが残った。
これだけ圧倒的な戦闘力なら、竜峰に侵入している魔族軍も蹴散らせるかな?
「そればどうですかねぇ。魔将軍に率いられている軍は、この程度じゃないですし。魔将軍も強いと思いますよぉ」
「そうだね」
リリィの言葉に、納得する。
油断は大敵です。
竜峰に侵入した魔族軍の動きは、竜峰では以南の竜人族と竜族同盟のみんなが追っている。魔族の国方面からは、巨人の魔王の配下がその行動を探っていた。
僕たちも竜峰に戻れば、戦火に身を置くことになるはずだ。
しばしの心安らぐ休息を、空の上でライラと過ごした。
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