穏やかな日
大きくなったニーミアに乗せてもらい、みんなが寝泊まりをしている都市の一画へと戻る。
空から見ると、僕が消しとばしてしまった死霊城の近く、つまり都市の中心付近で僕たちは寝泊まりしていたことがわかる。
まぁ、それはそうか。
負傷者や子供、僕のように倒れた人が居るなかで、誰もいなくなった都市を大きく移動する必要はないからね。
僕たちが戻ってくると、周囲の家々から竜人族の人たちが出てきたり、道路に集まってきだした。
「あれが古代種の竜族か」
「あの小さくて可愛い竜ちゃんだろう?」
「話に聞いていた通りだな」
「暴君や黒竜よりも大きいのか……」
もしかしなくても、ニーミアの大きな姿を見るのが初めてなのかな。僕が寝込んでいた間に巨大化はしなかったんだね。
ニーミアは僕の指示で、集まり始めた人たちから少し離れた場所に着地する。
近すぎて、準備した朝食に埃が入ったら申し訳ないからね。
僕とプリシアちゃんを降ろしたニーミアは、すぐさま小さくなって定位置に戻った。
「おはようございます。みんな、ただいまー」
「ただいま」
プリシアちゃんと手を繋いでみんなの場所へと歩いて行くと、突然大勢の人たちに取り囲まれた。
おおう、なんでしょうか?
突然すぎて、ぴっくりしちゃう。
「竜王よ、先日は戦士たちのためにありがとうよ」
「助けてくれて、本当にありがとう」
「ミストラルやあの美しい女性陣が全員、君のお嫁さんだという話は本当なのかね?」
「
どうやら、みんなは僕にお礼が言いたかったみたい。
僕だけは戦いの後すぐに衰弱で倒れてしまったからね。
竜人族の人たちに囲まれてお礼を言われるのはとてもこそばゆいけど、恥ずかしいからお礼を断るなんてお馬鹿なことはできない。感謝の気持ちをきちんと受け入れなきゃ、この人たちの想いを踏みにじっちゃうことになる。
笑顔でお礼を言ってくる人たちに、僕も笑顔で返した。
目覚めてから今までにも時間はあったんだけど、慰霊の準備などで僕も忙しく働いていて、竜人族の人たちと接する機会がほとんどなかった。
代表の数名にお礼は言われていたんだけどね。
「君があの巨人の魔王を動かしてくれたのだろう?」
となぜか、変な風に話が
……若干、へんな言葉が聞こえたけど、きっと気のせいだと思うんです。
僕が取り囲まれてお礼を言われている間中、プリシアちゃんは「どういたしまして」と愛想を浮かべて可愛く返事をしていた。
プリシアちゃんの愛らしさと、ニーミアの可愛らしさで、集まった人たちに明るい笑顔が浮かんでいる。
良かった。
誘拐された
みんなの笑顔を見ると、悪い方向へとは向かっていないように思えて、ほっと胸を撫で下ろす。
「エルネアお兄ちゃんのおかげだにゃん。巨人の魔王を味方につけて、魔族にも色々と事情や感情があるとみんなが知ったにゃん」
ニーミアの言葉に、みんなは頷いていた。
囲みのお礼がいち段落すると、僕たちはみんなで朝食へと向かう。
散歩をしていたから遅れたかな、と思ったら、みんなは待っていてくれたらしい。
みんなの優しさと、この人たちを助けることができて良かったという嬉しい想いで胸がいっぱいだよ。
そして、朝食は賑やかに過ぎた。
黒翼の魔族の人たちも朝食に誘ったんだけど、丁重にお断りされちゃった。
竜人族の人たちの様子を見る限り、巨人の魔王が
どちらかというと、魔族側が若干気を使いすぎて距離を開いているように見える。
今回のことがきっかけになって、いつか竜人族と魔族が仲良くなるといいね。
そうしたら、禁領にも向かい
朝食後は、何をしようということになった。
巨人の魔王が戻ってくるまでは、死霊都市から移動することはできない。
警備も黒翼の魔族の人たちが行ってくれているので、僕たちは手が空いちゃった。
オルタのことをまた相談するのも良いかな、と思っていたら、朝食の後片付けをしていたルイセイネがやって来た。
「エルネア君。わたくしともお散歩をしませんか?」
「ん? 僕は嬉しいけど」
ちらり、と片付けの様子を見る。
ミストラルやみんなは、まだ片付けの途中。
こういうことに一番きっちりとしているルイセイネが外れて僕を誘ってくるなんて、珍しい。
みんなはルイセイネが抜けたことを気にしていない様子で、和やかに作業をしていた。
もしかして、みんなで申し合わせていたのかな?
それなら、遠慮することはないよね。
僕は頷いて、ルイセイネと本日二度目の散歩に出かけることにした。
ちなみに、僕はお手伝いをしなくても良いんだよ。何でもかんでも手伝おうとすると、みんなに余計な気を使わせてしまうみたい。
なので、家事全般は僕は手を出さなくても良い、という取り決めができていた。
アームアードの実家では毎日、母さんのお手伝いをしていたから、ついうずうずしちゃうんだけどね。
そんなわけで、ルイセイネと並んで、住民が浄化された無人の都市を歩く。
「ルイセイネはどこか行きたいような場所はある?」
できれば、プリシアちゃんと散歩をした場所とは違うところに行ってみたい。
「ふふふ。じつはひとつあるのです」
「どこ?」
「黒翼の魔族の方に聞いたのですが、この都市にも神殿があるみたいなのです」
「魔族の都市に神殿が? 本当なの?」
「はい。魔族の国でも、人族の宗教は容認されているみたいなのです」
「ええっ!」
予想外です。魔族の国でも宗教の自由がある?
「なんでも、宗教まで弾圧してしまうと、人族が暴徒化する恐れがあるそうです。遥か昔に、それで大騒動になったことがあるらしくって、今では認められているらしいですよ」
魔族がそこまで
そして、もうひとつ。
僕もまだまともに日常会話を交わしていない黒翼の魔族の人から、そんな情報を聞き出しているルイセイネに驚きです。
「じゃあ、その神殿に行ってみよう。あ、でも。僕は神殿の場所を知らないよ?」
「大丈夫ですよ。わたくしが教えてもらっていますから」
ということで。ルイセイネの道案内で、死霊都市の神殿へと向かうことになった。
でも、待ってほしい。
場所を決めてもらったり、案内してもらったり。男としてこれは、ちょっと情けないんじゃないのかな!
よし、ここは僕も男として、ルイセイネを引っ張っていかなきゃ。
意を決して、並んで歩くルイセイネの手を握る。
ルイセイネは少し驚いたように瞳を大きくして僕を見たあと、嬉しそうに笑ってくれた。
「ふふふふ」
ルイセイネは僕の肩に触れるように密着し、少しだけ顔を赤らめる。
僕もたぶん、顔が赤いだろうね。
久々にルイセイネと二人っきり。というか、他のみんなとも個別に出かけたりした記憶がほとんどないことに気づく。
そういえば、リステアたちも言っていたっけ。みんなと行動することはよくあるけど、個別で出かけるような時間がないって。
なんてこった!
僕もリステアと同じような状況じゃないか。
しかも、僕はもう女の人には慣れて、一人前の対応が取れると思っていたのに。いざ誰かと二人だけになったら、ものすごく緊張してきたよ。
高鳴る胸の鼓動。
手に変な汗はかいていないよね?
予期せぬ緊張に、僕は挙動不審になってしまった。
「ふふふ。エルネア君、面白い動きになってますよ?」
「ううう、ごめん。緊張しちゃって」
でもおかしいな。別に今回が初めての二人だけでのお出かけじゃない。
年が明けたばかりのときにルイセイネと二人で買い物に行ったこともあるし、ヨルテニトスでも二人きりになったことはある。竜の森でも二人になったよね。あ、あのときは魔獣たちがいたか。
でもなんで、今回はこんなに緊張しているんだろう?
少しだけ考えて、結論に達する。
ルイセイネの積極さが僕の胸を躍らせているんだ。
ルイセイネは巫女らしく、お
そんなルイセイネが、今日に限って積極的に僕に密着してきたからか。
ルイセイネって、本当は積極的な性格なんだよね。僕をお使いに誘ったり、いつの間にか魔族といろんな会話をしていたり。
よし、僕も積極的に行こう。女子のルイセイネには負けてられないからね。
僕がぐいっとルイセイネを引き寄せると、抵抗することなく更に密着してくれた。
「ふふ、ふふふ。エルネア君成分充填中」
「な、なんですかそれは!?」
ルイセイネの意味不明な言葉に、僕たちは二人揃って笑った。
「戻ってきてから色々とあって、少し疲れていたんです」
「大丈夫?」
「はい。いま一杯エルネア君の成分を吸収しているので、また頑張れます」
「ルイセイネは今回、大変だったからね。なぜかミストラルから法力が流れてきたり、僕からも竜気が流れちゃったり」
突然の変化に、受け側のルイセイネが一番苦労したと思う。なぜ自分に力が流れ込んでくるのか。その力をどうすれば良いのか。
きっと笑顔の奥で、疲弊していたんだね。
じゃあ、いっぱい僕の成分を補充してもらいましょう。
密着して散歩を続ける僕たちは、楽しい時間を過ごす。そしてルイセイネの案内で、とある建物の前へとたどり着いた。
建物前の石畳の広場。石造りで立派な
見た目や装飾こそ違うけど、まさに僕たちが知る神殿だった。
「本当にありましたね」
「うん。魔族の国でも、普通に神殿が
「あるとしても、きっと小さくてお飾り程度のものだと思っていました」
「僕もだよ」
二人して、立派な神殿を見上げる。
「なかに入ってみる?」
「はい。なかも見てみたいです」
頷きあうと、神殿のなかへと向かう。
広場の先は礼拝堂。だけど、入り口の扉は閉められてはいなく、簡単に入ることができた。
「なかも作りは一緒ですね」
「ヨルテニトスの神殿もアームアードと同じような造りだったし、世界共通なのかな?」
「
二人で進み、綺麗に掃除が行き届いた礼拝所へとたどり着く。
僕の浄化の竜術で、この都市の住民は全て消滅してしまった。ゴルドバによって、無理やりこの世に繋ぎ止められていた人たち。そのなかには、神殿で奉仕をする巫女様や神官様も居たんだろうね。
僕とルイセイネは礼拝所に二人並んで膝をつき、この都市に縛りられていた人たちへ祈りを捧げた。
ううむ。そういえば。こうして神殿の礼拝所でお祈りをするのは、いつ以来だろう。
竜の森でスレイグスタ老に出会い、苔の広場へと毎日通うようになってからは、行ってないような気がする。
ごめんなさい、女神様。
スレイグスタ老やたくさんの人たち、心優しい魔獣や楽しい竜族との出会いを導いてくれたのに、礼拝を
女神様にこれまでの行いを
そして、願う。
どうか、誰もが笑って新年を迎えることができますように。
竜峰や魔族の国。そしてもしかすると、人族の国でも多くの血が流れ、たくさんの人が犠牲になるかもしれない。
でもどうか、できるだけ被害が出ませんように。不幸な者が現れませんように。
僕やみんなは全力で頑張ります。
だから、どうか幸せな結末になるように、女神様は見守ってください。
深く深く、祈りを捧げた。
礼拝を終え、眼を開ける。
隣でルイセイネが優しく微笑んでいた。
「きっとエルネア君の祈りは届きますよ。巫女のわたくしが保証します」
「ええっ! ルイセイネは僕の心が読めるようになったの?」
「ふふふ。違いますよ。でも、エルネア君の
「うん、僕もちゃんとルイセイネを見てるよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
二人で見つめ合い、お互いに赤面する。
そしてもう少しだけ、僕とルイセイネは礼拝所の前で甘いひと時を過ごした。
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