ひとときの休息

 衰弱から回復し、宿泊していた建物から出ると、竜人族の人たちに囲まれて、たくさんお礼を言われた。


 気のせいかな。女の人が寄ってたかって僕の頭を撫でたりする。

 僕は愛玩動物じゃないですよ、と声を大にして言いたい。

 でも、やっぱり撫でられたりすると、気持ちが良いんだよね。


 そして、魔族との摩擦まさつ杞憂きゆうしていたんだけど、どうも魔王から聞いて心配していたほどの事態ではないみたい。

 自主的に僕の寝ていた建物内に留まった魔王たちだったけど、外の竜人族の人たちは、ぜひお礼が言いたいと僕にしを求めてきた。


 ええっと、もしかして。

 魔王は、お礼を言われたりするのがわずらわしくて、逃げたんじゃないのかな?


 その辺はともかくとして。


 僕たちは、今後のことについて話し合う。

 竜人族の人たちをどう扱うのか、ということだね。

 選択肢は幾つかあった。


 ひとつは、このまま死霊都市に残ってもらう。そして僕たちが竜峰へと向かい、囚われていた人たちを助け出したと、北部の人たちを説得する。

 でも、戦士でもない人をここに残して、周囲の魔族から攻撃されたらどうなるのか、という問題が出た。

 僕たちの戦力を分散して、誰かが護衛をする?

 魔王に協力してもらい、警備をつけてもらう?

 どちらも駄目だね。

 僕たちの戦力を分散させる余裕はない。そもそも、何十万という軍勢で大規模に魔族が攻めてきたら、防ぎきれないかもしれない。

 かといって、これ以上魔王に協力してもらうのも気が引ける。

 ここは巨人の魔王の領国じゃないんだ。敵地に軍を展開するのは、色々と問題が生じる可能性もある。


 では、ふたつ目。

 竜人族の人たちを、安全な場所に移動させてかくまう。

 真っ先に思いついたのが、つい先日ミストラルが貰った禁領。

 でもこれは、魔王の厳しい拒否であえなく廃案になった。

 魔王は言っていたよね。

 禁領には、僕たちが心から信頼する仲間や家族だけしか入れてはいけないと。

 一時的だとしても、竜人族の人たちをあの場所へ入れることは許されなかった。さらに言えば、場所の存在自体さえ伝える事を止められた。

 禁領は、魔王にとって本当に大切で秘密の場所なんだね。

 それともうひとつ、失念していたこと。

 もしも禁領に匿うとして、そこまでどうやって竜人族の人たちを連れて行くのか、という問題。

 ニーミアたちに頑張ってもらったとしても、何十人もいる人たちを全員運ぶことは、さすがにできない。

 あれ?

 もっと多いかな。もしかすると百人を超えているような……

 それもそうだよね。北部のいろんな村から誘拐されてきたんだから、多いよね……

 救出したときは衰弱で、どれくらいの人数かを把握していなかったよ。


 というわけで、ふたつ目の案も却下。


 続いて出た三番目の案も、採用されることはなかった。

 巨人の魔王の国か、占領しているクシャリラの国の魔都に匿う、という案だね。

 これはふたつ目と同じ。どうやって大勢の人たちを安全に避難させることができるか、という部分が一番の問題で、解決できない部分だった。

 ニーミアたちに何度か往復してもらい、全員を運ぶ、ということは難しいらしい。

 魔族にも誇りはある。そう何度も自分たちの住む空を我が物顔で竜族に飛ばれて、黙っているはずはない。

 下手をすると、竜族は竜峰の奴ら。という考えから、いま以上の無用な争いを生む可能性もあるからね。


 では、どうするのか。

 考えを巡らせながら東を見たときに、思いつきました!

 こうなったら、みんなで竜峰へと移動しちゃえ。

 死霊都市は、竜峰の近くにあるらしい。東の彼方に竜峰の稜線は見えないけど、近いのなら、手っ取り早くみんなで竜峰に戻った方が良いんじゃないかな。

 そうすれば、助け出したという証人と共に、北部の人たちを説得するのも容易くなると思うんだ。

 魔王も、竜峰に戻るまで程度ならば護衛をしてくれると言ってくれた。

 問題はただひとつ。

 食糧だね。

 でもこれも、魔王が召喚魔法でどうにかしてくれるらしい。


 召喚魔法ってすごいな。と思ったけど、それなりに準備だったりが必要らしい。

 魔王はルイララと配下の黒翼の魔族たちを残し、準備のために一度、死霊都市から姿を消した。

 もちろん、空間転移魔法で一瞬にして。


 これからの行動も決まり、魔王の準備が整うまでの間、ひとときの休息が訪れた。


 僕は衰弱からの寝起きだけど、みんなは開放した人たちのお世話や、死んだ戦士たちの埋葬などで忙しかったみたい。


 寝てばかりで、みんなに申し訳ないよ。

 ということで、ねぎらいになにかできないかな?

 ミストラルに相談すると、ひとつ提案された。


 労いではなかったけど。


 呪われた戦士たちは、死霊都市に埋葬されたらしい。亡骸を竜峰まで連れて帰ることはできないからね。

 埋葬に当たって、死骸をゴルドバのような死霊使いに悪用されないように、荼毘だびして、ルイセイネが浄化の儀式を行ったらしい。

 でも、竜人族は人族の宗教信者じゃないからね。

 ルイセイネには申し訳ないけど、改めて葬儀を執り行いたいのだとか。

 そしてその葬儀に、僕の竜剣舞を捧げてもらいたいらしい。


 僕ひとりの力じゃないんだけど。死霊都市の亡者たちを全て浄化した僕の竜剣舞で、戦士たちを送って欲しいと、竜人族の人たちに強くお願いされた。

 竜剣舞は竜人族の秘伝の剣術でもあるので、戦士たちへのせめてもの手向たむけとして、僕は心よく承諾しょうだくした。


 星の綺麗な夜。

 ミストラルが聖属性の竜気を墓地に張り、ルイセイネが死者への祈りを捧げる。そして僕が竜剣舞を舞って、死者の魂を送った。


 二度目の葬儀ということもあり、竜人族の人たちは静かに僕の舞を見届けていた。

 そして意外だったのは、黒翼の魔族たち。

 竜人族の戦士たちを送る葬儀だったんだけど、同じ戦士として参加させてほしいと強く願われた。

 竜人族の人たちの了承を得て葬儀に参列した黒翼の魔族たちは、姿勢を正し紳士的な対応だった。

 これには、僕だけじゃなくてみんなも驚いていた。


 ちなみに、ルイララは先の罰として、未だに建物内で直立しているらしい。

 正しく罰を受けているルイララにも驚くけど、あのルイララを完全に命令下においている巨人の魔王にも驚きです。


 そして、竜剣舞がこんな風に役に立つだなんて、なんだか感慨深い。

 僕に竜剣舞を授けてくれたスレイグスタ老には、感謝してもしきれないね。


 しんみりとした葬送そうそうは幕を下ろし、僕たちは黒翼の魔族や竜人族の人たちを交えて、つつましいうたげを開催した。

 食糧は、僕たちが持ってきた分と、黒翼の魔族たちが自分たち用に持っていたものを持ち寄った。

 数日後には魔王が戻ってくるらしいので、それまでの食糧事情に影響はないみたい。


 夜遅くまでみんなと語らい、眠りに就く。

 僕は、衰弱中に泊まっていた建物ではなくて、みんなが寝泊まりしている場所で一緒に寝ることができた。


 うん。ルイララには独りで寂しく立っていてもらいましょう。






 翌朝。

 お腹あたりにいつもの重さを感じて、目を覚ます。


「プリシアちゃん、ニーミア、おはよう」

「おはよう」

「にゃあ」


 僕のお腹に乗っていたのは、プリシアちゃんとニーミアでした。


 プリシアちゃんは、なにかを期待するようなきらきらと輝く瞳で、僕をじっと見ている。


「うん。お散歩に行こうか」

「やったぁ」

「お散歩にゃん」


 プリシアちゃんとニーミアは、僕のお腹の上で飛び跳ねる。

 ううっ。苦しいです!


 着替えを済ませて、ぼさぼさの寝癖を整えて、泊まった家を抜け出す。

 女性陣は朝から、朝食の準備に忙しそう。

 ミストラルの村では、いつも共同生活なんだ。だから、料理もみんなの分を大量に作ることに慣れている。ミストラルたちが率先して、全員分の料理を作っていた。


「おはよう」


 僕が声をかけると、みんなは笑顔で挨拶を返してくれた。


「ちょっとプリシアちゃんたちと、散歩に行ってくるね」

「急用を思い出したわ」

「ちょっとお腹が痛くなったから、抜けるわ」

「こらっ」


 妙な言い訳で抜け出し、僕たちについて来ようとした双子王女様を、ミストラルが叱る。それを横目に笑いながら、僕はプリシアちゃんと手を繋いで、朝の散歩に出かけた。

 ニーミアは久々に、僕の頭の上で寛いでいる。


 そういえば、こうしてプリシアちゃんに構ってあげるのは久々なような気がするよ。

 ずっと張り詰めた行程だったので、僕自身に余裕がなかったんだ。


 プリシアちゃんも、久々の僕との散歩を楽しんでくれているのか、軽やかな足取りで歩いていた。


「んんっと、んんっとね」


 プリシアちゃんは、一生懸命にいろんな話をしてくれた。

 禁領で僕が衰弱中。ライラや双子王女様と少しだけ禁領内を冒険したこと。

 なんと、千の湖のなかに温泉があるらしい。そこでニーミアと一緒に泳いだと、楽しそうに話す。

 ニーミアも、プリシアちゃんの話に補足を入れながら、楽しそうに長い尻尾を揺らす。

 禁領の森では、さっそく動物たちとたわむれたのだとか。そしてあそこには、多くの精霊が居たらしい。

 全てが落ち着いたら、僕もプリシアちゃんと一緒に、禁領を冒険してみたいな。

 未開の地の冒険は、男の夢です!


 そしてこの死霊都市でも、プリシアちゃんはルイセイネたちといろんな所に行ったらしい。


 プリシアちゃんは耳長族で、本来は竜の森の奥深くで自然と精霊と共に生活をしている。だから、こういった大きな都市は物珍しいみたい。

 ヨルテニトス王国も大きくて華やいでいたけど、あそこでは思う存分に街を見て回ることはできなかったからね。

 亡者という住民が全て居なくなり、ある意味平和になったこの都市は、プリシアちゃんの都市観光にはうってつけだったみたいだね。


「あっちにね、大きな公園があるの。椅子がいっぱいあってね。噴水があってね。木がいっぱいあるの」

「あの高い建物からの風景が綺麗だにゃん」

「あの大きなおうちにはね、食べ物がなにもないんだよ」

「亡者に食べ物は必要ないにゃん」

「あっちでね、みんなで隠れんぼと鬼ごっこをしたよ」

「竜人族の子供が悲鳴をあげてたにゃん」


 プリシアちゃんとニーミアの楽しい話に、想像が膨らむ。

 鬼ごっこ……ミストラルの村の戦士でも悲鳴をあげていたんだから、子供じゃあね。


 それと、亡者だけが住んでいた場所なのに、いかにも生者のためのような都市の造りに驚く。

 しかも、何気にアームアード王国の王都よりも整地されていて、美しい街並みなのがくやしい。


 この都市の支配者は、あの死霊使いゴルドバだったんだよね。

 ゴルドバはなぜ、こんな死者の街を造ったんだろう?

 そして、都市の住民を丸ごと召喚し、生活をさせていたことを思うと、やっぱりゴルドバは恐ろしいほどの魔力を持った魔族の魔将軍なのだと知る。


 僕とプリシアちゃんとニーミアは、いっぱいお話しをして散歩を楽しんだ。

 ぐうう、とプリシアちゃんのお腹がなった所で、ちょっと裏技を使う。

 目的地などもなく、知らない土地を歩いた僕たちは、自分たちがどこに居るのかさえ把握できていない。

 だから、ニーミアに大きくなってもらい、戻りは空の旅。


 空から見えた亡者のいない死霊都市は、朝の日差しに照らされて美しかった。

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