魔王とエルネア

 ここ最近、衰弱で倒れることが多いなあ。

 ヨルテニトスで一回。魔族の国に来て二回。

 少し自重しなきゃ。と思って、ふと疑問に思う。魔族の国に来てからの衰弱は、絶対に巨人の魔王のせいだよね。

 あの呪われた宝玉は危険すぎます。

 単発的な戦闘だったからまだ助かったけど、連戦のときに呪いで止まらなくなったら危険極まりない。

 ということで、早速魔王に相談しなきゃ。


 僕は仕方なく、まぶたを開く。

 そして周囲の状況を見て、やっぱり目を閉じた。


 うん。いま起きる勇気が湧いてきません!


 もう少し。もう少しだけ眠っていようかな……


「いつまで狸寝入たぬきねいりをしているつもりだ」


 寝台の側。枕元から聞きたくない声を聞いて、僕は絶望した。


「お、おはようございます」


 観念して、僕は起きることにした。

 そして、やっぱり起きなきゃ良かったと後悔をする。


 じつは随分と前に、衰弱の眠りから覚めていたんだよね。だけど、周囲の状況があまりにも異常で、寝ていればきっと状況が変わると信じていたんだ。

 だけど、現実は非情でした……


 僕は、どこかの建物の寝台に寝かされていた。

 一般的な個室。とりたてて飾り気もなく、実用的な家具が幾つかある程度の普通の寝室。

 ここはどこだろう、と思う前に。

 なんでこんな状況なのだろう、と首をひねってしまう。


 枕元の椅子には、巨人の魔王が腰を掛けている。その背後に、直立不動でルイララが立っていた。

 部屋の入り口側の壁には、黒翼の魔族がルイララと同じように直立不動で何人も並んでいた。


「ええっと、僕はなんで囚われているのでしょうか?」

「奇妙なことを言う。其方そなたはどこをどう見て、そのような奇想天外な思考になる?」

「だって……ねぇ……?」


 誰にともなく問いかけてみたけど、誰も返事をしてくれない。

 あのルイララでさえ、彫像のように固まっていて視線さえ動かなかった。


「説明が欲しいです!」


 勇気をもって、室内で唯一の動きを見せる巨人の魔王に質問してみた。


「ふむ、特段に変わった状況ではないと思うが。其方は衰弱で倒れた。だから死霊都市しりょうとしの居住を拝借して、休ませておった」

「じゃあ、ここはまだ死霊都市?」

「そういうことになるな。今や死霊どもは全て消えたゆえ、正しくは元死霊の都市だと思うがな。其方が城を吹き飛ばさなければ、城のなかでもっとまともな寝台を用意できたと思うのだが」

「いやいや、あんな不気味なお城で寝泊まりしたくないです」

「そうか。その辺りは好きにするが良い。ここは既に其方が支配する都市だ。どこを消し炭に変えようと、どこで寝泊まりしようと自由だ」

「そうなんですね。僕の自由に……。ん? はいぃっ!?」


 今なんて言いました?

 よく聞こえませんでした。理解できませんでした!


 魔王の言葉を振り払うように頭を振ったのに、魔王は有難くもなくもう一度親切丁寧に、今の言葉を繰り返してくれた。


 死霊都市が僕の支配下……


「そうだろう。其方の指揮のもと攻略し、住民どもを皆殺しにして占領をしたのだから」

「いやいやいや。死霊は元々が死んでいますし、僕は浄化しただけです。占領なんてしていませんよ!」


 断固拒否!

 欲しいなら魔王にあげます。なんなら、ルイララでも黒翼の魔族でも誰でもいいから、無料で差し上げます。


 僕の困惑した様子に、くすくすと巨人の魔王は笑っていた。


 くっ。恐るべき魔王だ。僕は魔王にもてあそばれている。


「え、ええっと……。死霊都市のことは置いておいて。それで、なんで魔王たちが僕の寝ている寝室に居るんですか?」

「ふむ、簡単な理由だ。私らは魔族。外の連中は竜人族、それだけだ」


 むむむ。と頭を捻らせる。

 つまり、この部屋にいる僕たち以外の人たちも、死霊都市にとどまっているわけか。

 それはそうだよね。というか、みんなが僕を置いて移動していたら、とても悲しい。


 そして外の竜人族とは即ち、僕たちが救出した、竜峰北部の囚われていた人たちのことだね。


 救出作戦で協力をしてもらったとはいえ、囚われていた人たちから見れば、魔王たちも同じ魔族。倒れる前に、代表のお爺さんは感謝の言葉を述べていたけど、心情的には、完全な納得はできないはずだよね。

 そんななかで一緒に顔を合わせて何日も生活するなんて、お互いに気が滅入るのかな。

 そして、その状況で一歩身を引き、建物内に魔王たちの方がこもったわけだ。


 人族として、幼い頃から「魔族は残虐無比で恐ろしい存在」とり込まれてきた僕にとっては、違和感だらけ。

 だけど、ここ何日か巨人の魔王と行動を共にしてきて、この魔王ならそういったこともあり得るのかな、と思えるくらいにはなってきていた。


「信用されているようで、なによりだ」


 いやいや。完全に信用はしてませんからね!

 なにせ、僕を騙して白剣に呪いの宝玉を取り付けたんだから。

 魔王に悪態をつきながら、それでも一応は状況を理解する。


「それじゃあ、ルイララたちが固まっている理由は?」


 僕の質問に、魔王は背後のルイララを振り返る。


「ルイララはお仕置きだな。遊びすぎだ」


 うん、遊びすぎだよ。お仕置きなら、もっと苛烈なものを僕は強く望みます。


 どうもルイララは、僕を襲った罰を今更ながらに受けているらしい。どうせ罰を与えるくらいなら、あのときに止めて欲しかった……


「じゃあ、黒翼の魔族は?」

「其方は私を何者だと思っているのだ」

「巨人の魔王!」

「そうだ。人族は王を前に不敬を働くのか?」


 そういえばそうでした。

 魔王って畏怖いふの象徴だよね。恐ろしい魔族を力で支配する、極悪非道な支配者。

 少しでも意に沿わなければ。ううん、そうじゃなくても、気分で殺戮さつりくを起こすような恐怖の存在なんだ。


 じつは黒翼の魔族の態度が、一番もっともらしいものなのかもしれない。


「でも、数が少ないような?」

「全員は建物に入りきらない。他の者は都市の警備に当たっている。一応、都市の周囲はクシャリラの支配する土地だからな」

「そうだった。じゃあ尚更、こんな都市は要りません!」

「くくく、そうか。要らなければ捨ててしまえば良い。どうせ住民もいない都市だ。それに其方らには、禁領を与えたであろう」


 どうせ貰うのなら、断然あの禁領の方が良いに決まっています。

 とても綺麗な湖があったり、気になる霊山と呼ばれる山があったり。この騒動が落ち着いたら、みんなで一緒に、あそこでのんびりとしてみたい気もする。


 それなら、早くこの騒動を沈めないとね。

 囚われていた人たちを救出したことがわかれば、北部で嫌々魔族に加担している竜人族は、ほこを収めてくれるはずだ。

 そして、竜峰に侵入した魔族軍をみんなで協力して蹴散らし、オルタをどうにかすれば、一件落着だよね。


 オルタか……


 魔族の軍勢も悩みの種だけど、一番の問題は、やはりオルタのような気がする。


 オルタを倒すためには……

 やっぱり、呪われた宝玉をこのままにしておくわけにはいかないよね。

 戦いだしたら、もう止まらない。それじゃあ、オルタがその不死性を活かして長期戦に持ち込んだときに、対処できなくなる。


「お願いです、魔王。白剣の宝玉を外してください」

「ほう?」


 魔王は片眉を上げて、興味深そうに僕を見る。


「其方の竜気との相性は良いだろう? 上手くかせば、上級魔族ともそれなりに戦えると思うが」

「はい。あの宝玉のおかげで、僕はものすごい攻撃力を手に入れることができたと思います。でも、やっぱり呪いが……」

「何事も、容易く手に入るものには、必ず負がある」

「理解しています。でもこの宝玉の場合、手に入れた攻撃力よりも呪いという負の方が、僕にとっては負担になります」


 竜剣舞を舞うたびに、宝玉を使うたびに衰弱で倒れていては駄目だと思うんだよね。


「先日。この都市を浄化するために舞っていたときは上手く制御できていたように見えたが?」

「でも、ルイララが襲ってきて。目の前に強敵が現れて、必死に戦いだすと制御できなくなりました」

「ならば、修行をすれば良かろう」

「時間があれば、それでも良かったかもしれません。でも、僕たちにはあまり時間がないんです」


 今この瞬間、オルタが竜峰で暴れて、多くの人たちや竜たちが犠牲になっているかもしれない。そう考えると、悠長に制御の修行をしている暇はないんだ。

 今の僕は、この呪いが勝る宝玉の力を当てにせずに、オルタと対峙することが求められている。


 返却したいという僕の強い意志を受けて、魔王は寝台に立てかけてあった白剣を手に取った。


「ふむ、目先の欲望に惑わされぬ良い心を持っている」

「欲望?」

「魔将軍を葬り、死霊の城を一撃で消し去るほどの破壊力」


 なるほど。僕が呪いのことを軽く考えて力を求めていたとしたら、確かに魅力的な攻撃力だもんね。


 魔王は親指と人差し指で、白剣の鍔にはまっている青白い宝玉をつまむ。すると、簡単に宝玉が外れた。

 宝玉が外れた鍔には、嵌っていたような痕跡や傷は一切なかった。


 どうやってはめ込まれていたのだろう?


 僕の疑問をよそに、魔王は取り外した宝玉を握り締める。


 今の僕には、なぜか魔力の流れがわかる。

 巨人の魔王の手のなかに、計り知れないほどの魔力が収束していた。


 そして魔王は、何事もなかったかのように宝玉をまた鍔に埋め込んだ


「えっ!?」


 困惑する僕に、巨人の魔王は笑ってみせる。


「心配するな。今度は呪いなしだ」

「信用できません!」

「ならば、外で舞ってみるが良い」

「……」


 僕の断固拒否の姿勢にも、魔王は気分を害した様子もなく笑っていた。


「だが、注意せよ。前回ほどの魔力は込めておらぬ。一撃や二撃程度では、上位の魔族には通用せぬと思え」

「あ、ありがとうございます」


 呪いを無くす代わりに、威力が下がったってことだよね。魔王の言葉を信じればだけど……


「ふふふ。よくもまあ、魔王相手にそのような思考を容易く浮かべるものだ。本当に面白い」

「うっ。ごめんなさい」


 なんでだろう。巨人の魔王相手だと、ついスレイグスタ老と同じような態度を取っちゃう。

 怒らせると絶対に怖くて、僕なんて羽虫程度にさえならないはずなのに。でも、なんとなく、この程度の思考なら怒られない気がするんだよね。


 やっぱり巨人の魔王は、どことなくスレイグスタ老の存在と似ているような気がした。


「ふふん、あのような鼻垂れ小僧と一緒にするな」


 おや? もしかして、巨人の魔王とスレイグスタ老は知り合いなのかな?

 スレイグスタ老は、若い頃に世界を回ったことがあると言っていたから、もしかしたらその時に戦っていたりして。

 ……ちょっと待って。

 ということは、この魔王も二千歳以上ってこと?

 というか、今、スレイグスタ老のことを「鼻垂れ小僧」っ言った!?


 勝手な想像から発展してたどり着いた憶測に、顔が引きつる。


 なるほど。計り知れない存在ってわけですね。

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