楽しくない夕食会

 負傷した有翼族の人たちをルイセイネとマドリーヌ様が診てくれていると、騒動中いつの間にか避難していたセオールが、家来けらいと共に戻ってきた。

 事後処理に追われていたスラスタールが、素早く反応する。


「セオール様、ご迷惑をおかけしました」


 当事者でもないのに深々と頭を下げるスラスタール。

 真面目な上に、配慮を怠らない優秀な人だ。


 さて、自分の領地で騒ぎが起きたセオールは、どう反応するのかな? とうかがう僕たち。だけどセオールは、有翼族が人族に打ち負かされたはずなのに、やけに上機嫌だった。


「良い良い。まれにこういうことも有るだろう。私は気にしておらんぞ」


 と、面倒事を処理してくれているスラスタールをねぎらうセオール。しかも、笑顔のままで僕たちのところまで歩いてくると、そのままミストラルの手を取った。


「いやはや、聞きしに勝る素晴らしい力でございますな」

「手を離してくれるかしら?」

「おおっと、これは失礼いたしました」


 セオールは、どうやらミストラルが僕たち一団の護衛の中心だと思っているようだね。

 まあ、僕が前にそういう話をしていたし、今の騒動でもミストラルの戦いっぷりは突出していたからね。でも、他のみんなだって大活躍していたよね?

 有翼族の人たちも、ミストラルだけでなく女性陣全員が凄腕なのだと、身をもって実感したはずだ。

 ただし、僕の評価はいまいち上がっていないかもしれない。

 なにせ、僕がしたことと言えば、懐からニーミアを出して、灰の咆哮を放ってもらっただけだからね。


 ニーミアはひと仕事終えて、僕の頭の上でのんびりと寛いでいた。

 人の言葉を口にする小竜。しかも、灰の咆哮の威力は凄まじい威力を見せた。

 そのせいか、何も活躍しなかった僕だけど、頭にニーミアを乗せていることで、有翼族の人たちは近づいてこようとはしない。

 セオールも、竜人族のミストラルを褒め称えてはいるけど、僕には近寄らなかった。


 そのセオールは、上機嫌のままミストラルと話を続ける。


「どうだろうか。皆さんの宿はこちらで準備しましょう。そこに滞在していただいて、こちらの不手際の穴埋めをさせていただければと思うのだがね?」


 どうしようかしら? とミストラルに問われ直す僕。

 ミストラルが決定権を僕に譲っても、セオールは機嫌を崩さなかった。

 どうやら、僕だけ見下されている、なんてことはないみたいだね。


「ええっと。まだ宿泊場所も決めていなかったし、それならお言葉に甘えさせてもらおうかな」


 そもそも、有翼族が支配する街で、人族が中心の僕たちが簡単に宿屋に泊まれるとは思っていなかったからね。それなら、セオールの申し出を素直に受けて、宿屋を探すという苦労を負わないようにしよう。


 快諾かいだくする僕。一瞬、有翼族の人たちが不機嫌になるかな、と警戒したけど。有翼族の人たちに、もう僕たちへ反抗する気力はなかったみたい。

 セオールも僕が頷くのを確認すると、家来に命じて宿屋を素早く手配してくれた。






「……で。セオールの目的はなんだろうね?」


 宿屋。というか、お屋敷を準備された僕たち。

 しかも、このお屋敷はセオールが所有する別邸らしい。


 有翼族の人たちが暮らす邸宅ていたくは、少し変わっている。

 有翼族が出入りする正玄関は、二階や三階といった家屋の最上階に設けられていることが多く、一階の玄関は奴隷や使用人が利用する勝手口かってぐち的な意味合いで造られていることがほとんどだ。


 有翼族は、翼があるからね。普段の移動が飛行だから、玄関も最上階にあった方が便利なのかもしれない。

 僕たちが借りた別邸も、玄関は三階に設置されていた。

 だけど、一階にも立派な玄関があって、僕たちはそこから屋内に入った。


 この造りからして、ここはセオールが大切なお客さんを招くときのために建てた邸宅なんじゃないかな?

 お客さんが有翼族であれば、三階の玄関を利用してもらう。だけど、お客さんが魔族や神族であった場合は、一階にも立派な玄関を設置しておかなきゃ不便だからね。


 一階の玄関には綺麗な花が生けられていたり、高そうな調度品が上品に配置されていた。

 こうして見ても、やはりこの玄関はお客さん用で、奴隷の人たちや使用人さんが利用する勝手口とは違う。

 その使用人さんたちは、僕たちが案内される前から忙しそうに動いていた。


「良い匂いがするわ」

「ご馳走の匂いがするわ」

「むむむ? いくらなんでも、僕たちのためにセオールがそこまで気を使うかな?」


 僕たちが普通の人族ではない、ということは有翼族の人たちも理解してくれたはずだ。

 でも、だからといって自分の別邸を宿として提供したり、ご馳走を準備してくれるかな?


 この街には、僕たち以上に気を配らなきゃいけない神族、すなわち帝尊府が以前から滞在しているんだよね。

 普通なら、ちょっと変わった人族の旅人なんかに気を使うよりも、神族に全力で気を向けると思うんだけど?

 これじゃあまるで、僕たちが特別なお客さまって感じだよね?


 でも、本当にそうなのかな?

 僕たちは天上山脈を越えてきた旅人だと名乗っている。その辺はスラスタールのような観察眼の鋭い者からも疑いはなくなったけど、さっきは街で有翼族を相手に大立ち回りをしたばかりだよね。

 たとえミストラルやニーミアがいたとしても、格下と見ていた人族、しかも女性陣に一方的に打ち負かされたというのに、この待遇はさすがに疑ってしまうよね。


 中立派や評議長という立場でありながら、神族に肩入れするようなセオールだ。きっと、何かしらの目的や狙いがあって、僕たちに便宜べんぎを図ったに違いない。と僕は疑っていた。

 そして、その疑いは間違いのないものだった。






 案内された寝室に荷物を下ろし、みんなで集まって寛いでいると、部屋に使用人さんがやってきた。


「お夕食の準備が整いましたので、どうぞこちらへ」


 と案内された先。大きな食堂に入った僕たちを待っていたのは、豪華な食事とセオール。それに、スラスタール他数名の有翼族と、帝尊府の面々だった。


「っ!!」


 驚きの余り、つい、声を出しそうになってしまう。

 だって、エスニードが引き連れてきた帝尊府の中に、グエンの配下のジーナの姿まであったんだもん!

 つまり、この緩衝地帯での帝尊府の活動に、朝廷としても本腰を入れて介入しようとしている、ということなのかな?


「おや、驚かせてしまったかね? いや、なにね。エスニード様が先の騒動を耳にされてね。では是非ぜひに夕食をご一緒されたいとお申し出くださったのだよ。光栄に思いなさい」

「あ、ありがとうございます!」


 嘘だ。セオールは最初から、この場を設けるために動いていたんだと思う。じゃなきゃ、突然の参加だったはずの神族たちの分まで料理が準備されているはずがないよね。


 僕の反応を、セオールは集まった面子めんつに驚いたからだと解釈したみたい。

 別に訂正する必要もなかったので、僕たちは流れに任せてエスニードや神族の人たちにお礼を言う。

 グエンが、帝尊府の列に混じって意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「遠慮はいらん。席に着け」


 エスニードに促されて、席に着く僕たち。

 ただし、食堂に集った全員が夕食の席に着くようなことはなかった。

 有翼族は、セオールとスラスタールが並んで席に着く。

 神族側は、エスニードとグエンだけが席に着き、残りは食堂の隅に移動して、直立不動の体制になる。

 まるで、軍隊のようだ。


 あっ!

 ジーナがこの場に居ることと、帝尊府の規律の取れた動きに、僕はようやく合点した。

 そうだ。

 神族の国で僕たちを追いかけてきた帝尊府の中に、兵士のような気配の者たちが何人か混じっていたよね。

 もしかしたら、あの時の者たちもエスニードの配下だったんじゃないかな!?

 あの時は色々あって、兵士の気配を持つ男たちはグエンとジーナに捕縛された。そこからエスニードの動きを聞き出して、この地に来た?

 可能性はあるね!


 点と点が繋がり、帝国の動きが少しだけわかった。

 帝尊府は思っていた以上に組織化されて、広範囲で活動していたんだね。

 朝廷が帝尊府の動きに気を向ける理由も、目立ち始めた帝尊府が国の方針に影響を及ぼし始めたからなんじゃないかな?

 だって、こうして帝国の神将が本国を離れて動いているくらいだからね。


「それで、セオール様。私まで呼ばれた要件をお伺いしても?」


 スラスタールは、立場が上の者にでもしっかりとものを言う人だ。

 神族にはもちろん気を遣っているけど、同じ有翼族のセオールに対しては、問い詰めるような視線を遠慮なくぶつけている。

 中立派の自分やセオールが神族と同じ夕食の席に着くことに、強い抵抗感を持っているんだろうね。

 だけど、スラスタールに問われたセオールの方は、相変わらず神族の肩ばかりを持つ。


「スラスタール、良いではないか。たとえ中立の立場といえど、時には神族の方々と会食をする場合もあるのだよ。スラスタールも正式な評議員になれば、こうした機会は増えるのたがら、気にする必要はないのだよ」


 それよりも、と疑念を抱くスラスタールよりも神族のエスニードへ気を使うセオール。


「せっかく、エスニード様がご同席を望まれたのだ。光栄に思いなさい。もちろん、君たちもだよ」


 と、こちらに話を振られたので、僕たちはエスニードや食堂の端に並ぶ帝尊府に丁寧にお礼を言う。


 ふむふむ。セオールの話が本当であれば、この会食を計画したのはエスニードということだね?

 では、なぜエスニードはこの面子を集めたのか。


 帝尊府は、天上山脈を越える方法を探っている。そのためには、緩衝地帯の地理をくまなく知り尽くしている有翼族の協力は必要不可欠だ。

 だけど、手を組んだのはなぜか中立派のセオール。なぜ、神族派の評議員に協力を求めなかったのかな?

 それとも、帝尊府には別働隊が更にいて、そっちが神族派と接触している?

 いやいや、たとえその可能性があったとしても、中心人物であろうエスニードが中立派と深く関わっていることが変だよね。

 だって今の仮定でいくと、普通は本命の神族派との交渉に中心人物が当たり、協力が望めない可能性のある中立派には部下を向かわせるんじゃないかな?

 エスニードがセオールと接触している時点で、帝尊府はこの地での本命を中立派と見ていることは確かだ。


 そのエスニードはどういう意図をもって、この会食を開いたのか。

 セオールだけでなく、評議員候補のスラスタールまで、わざわざ呼ばれたみたい。

 しかも、人族が中心の僕たちまで相席させられているなんて、絶対に何かの企みがあるよね?


 自然と、僕たちやスラスタールの注目は、主催者のエスニードに集まっていた。

 エスニードは僕たちの注目を感じながら、じっくりと時間を費やす。

 敢えて、僕たちにいろんな思考をさせるかのように。


 エスニードが神将だというのなら、人心掌握術じんしんしょうあくじゅつにも長けているはずだ。だから、これはもう駆け引きが始まっていると思った方が良い。

 このままエスニードが作る空気感に呑まれてしまっていたら、相手の思う壺に嵌ってしまう。


「料理が美味しいにゃん」


 そこでこちらに流れを呼び込んだのは、ニーミアだった。

 人々の思惑が交錯する食堂。ただし、古代種の竜族であるニーミアには関係ない。

 人が決めたお行儀だって、習慣だって、意味はない。

 運ばれてきた料理を「いただきます」も言わずに食べ始めたニーミア。

 小竜が人の言葉を口にしたことに、帝尊府の面々が驚いていた。

 だけど、エスニードやスラスタールたちは平静を保っている。

 スラスタールは、もうニーミアが人の言葉を口にすることを知っているからね。エスニードも、それくらいは事前に情報を得ているはずだ。


「美味しそうなお酒だわ」

「美味しそうな料理だわ」


 ユフィーリアとニーナも、場の雰囲気を無視するかのように、食卓に並ぶ食べ物や飲み物へ興味を示す。

 この辺も、王族だからね。相手の流れに持ち込ませない方法を色々と知っている。


「せっかくの料理が冷めてしまっては勿体無いわね」


 そして、竜人族のミストラルにそう促されてしまうと、もう立ち止まってはいられない。


「それでは、僭越せんえつながら私が乾杯の音頭おんどを取らせていただきましょう」


 セオールの合図に合わせて、全員で杯を掲げる。

 そして、会食が始まってしまえば、もうこっちのものだ。

 ユフィーリアとニーナはお酒を堪能たんのうし、セフィーナさんやミストラルは料理に舌鼓したつづみを打つ。ルイセイネやマドリーヌ様は楽しく会談しているし、ライラはニーミアのお世話をしてくれる。

 僕たちは、神族や有翼族の人たちの思惑なんて関係ないとばかりに、勝手に盛り上がった。


 よしよし。この調子でお腹いっぱいご飯を食べて、さっさとお部屋に戻ろう!

 と、家族全員で一致団結して賑わっている最中さなか


 エスニードが、低いながらよく通る声で、話し始めた。


「我々は、来るべき帝の栄光のために、この地へ赴いた」


 無視無視。有翼族の人たちと勝手に話していてね。と手を止めない僕たち。だけど、エスニードの声は否が応でも耳に入ってくる。


「恐るべき化け物が支配するという天上山脈を我ら神族が越える手立てを探るべく、有翼族の手を借りたわけだが」


 残念ながら、東の魔術師の目が黒いうちは、神族だろうと魔族だろうと、天上山脈を越えて西へ行くことはできない。

 帝尊府がヨンドの街に長く滞在していることを考えると、有翼族の抜け道とやらも使えそうにないんだろうね。


「残念ながら、現在に至るまで有効な手段は見出みいだせていない」


 では、天上山脈の恐るべき化け物を討伐して、道を造るべきか。と意気込むエスニードに、スラスタールが顔面蒼白で上申じょうしんする。


「お、恐れながら。現在、北方を支配する魔王が、数十万もの大軍をもって山脈を越えようとしたことがあると、奴隷商の者たちから噂に聞いております。しかし、大軍を従えた魔王でさえ、山脈を越えるどころか化け物を討伐することもできなかったと……」


 魔族ごときと一緒にするな、という帝尊府の声を制し、エスニードが言う。


「確かに、今の手勢だけでは化け物を討伐することは難しいかもしれんな。だが、だからといって我らの崇高すうこうな目的が阻害されるわけにはいかん」


 であれば、どうするのか。と、エスニードはスラスタールを真っ直ぐに見据みすえた。

 そして、言う。


「スラスタール。貴様の領地に隠された冥獄めいごくもんの封印を開いてもらう」

「なっ……!!」


 絶句するスラスタール。見る間に顔から血の気が引いていき、全身を激しく振るわせる。

 目の焦点さえ失ったように見えるスラスタールは、それでもなんとか、セオールに振り返った。


「ま、まさか……。セオール様……冥獄の門の事を、神族の方々に話してしまわれたのですか!?」

「し、仕方がなかったのだよ。スラスタール、もう私らには選択肢が残されていないのだ」


 いったい、冥獄の門とは何なのか。

 いつも冷静沈着なスラスタールが、あそこまで取り乱すほどの秘密を、セオールが帝尊府に話してしまったようだ。


「ば、馬鹿な……。セオール様、これは重大な問題ですよ……!」

「わかっている、わかっているとも。だけどね、スラスタール。私の後継者はお前だと思っているのだよ。だから、どうか今回は目をつむってエスニード様の要望に応えておくれ」


 セオールにそう言われても、スラスタールは震えるばかりで反応を示さない。

 エスニードは、了承を得られない有翼族から僕たちへと視線を移す。

 僕たちは、知らないふりをして食事を続けていた。


「人族には、有翼族の食事がよほど美味びみなようだな。ふん、所詮しょせんはその程度か。だが、貴様らの力量を俺は高く評価している。特に、竜人族の娘と小竜、それに貴様だ」


 と、僕を指差すエスニード。


「よって、貴様らにも冥獄の門の通過を手伝ってもらうぞ」

「な、なんで僕たちが巻き込まれるのかな!?」


 エスニードの勝手な決定に、僕はつい抗議の声を上げた。

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