未来への選択肢

「貴方たちの都合で、勝手にこちらを巻き込まないでほしいのだけれど?」


 ミストラルが食事の手を止めて、エスニードを睨む。

 だけど、睨まれたエスニードは表情を変えずに、言い返す。


「見たところ、武器を所持しているのはお前だけのようだ。他の女も多少は腕が立つようだが」


 ジーナを含む、食堂のはしに控えていた帝尊府の面々が、腰の武器に手を掛ける。


「有翼族如きならまだしも、我ら神族を相手に大立ち回りをする勇気はあるか。お前と小竜だけで、数に勝る我らから仲間全員を完璧に護りきれる自信は?」


 いやいや。帝尊府が何人いようと、僕たちは全員で協力しあって、障害を取り除くからね? と内心では反論するけど、口には出さない。

 ここでエスニードや帝尊府と敵対するような最悪の事態は避けたいからね。

 神将エスニードの実力がまだ未知数だし、グエンに迷惑をかけるかもしれないし。

 ああ、グエンに迷惑をかけるくらいなら問題ないのかな?

 でも、この場の帝尊府を倒せたとしても、緩衝地帯にどれだけの神族が入ってきているかわからない状況だと、今後の都合が悪くなっちゃう。

 帝尊府の残党が僕たちを警戒して緩衝地帯に潜伏しちゃったら、追い出すのに手間がかかっちゃうからね。


 ミストラルも僕と同じ考えなのか、エスニードに挑発されて口をつぐむ。

 エスニードはそれを、自分の言葉にミストラルが躊躇いを持った、と解釈したのか、彫りの深い口もとに笑みを浮かべた。


「重ねて命じる。貴様らにも、冥獄の門に行ってもらう」


 言ってエスニードは、席から立つ。

 そして、こちらの返事を待つことなく、帝尊府を引き連れて食堂から出て行った。


 結局、エスニードどころかグエンさえ、出された食べ物や飲み物には一切手をつけなかった。

 エスニードは最初から、冥獄の門の封印をスラスタールに解かせることと、僕たちを巻き込むことを目的として、ここに来たんだ。

 だから、神族が有翼族や人族と同じ席で飲食なんてしない、と早々に帰っていった。


 やれやれ。まさか、これほど強引な手で僕たちを巻き込んでくるとはね。

 これは、エスニードの考えだろうか。それとも、グエンが悪知恵を吹き込んだのかな?

 僕は、グエンが怪しいと思うね!


 グエンは自分の任務遂行のために、僕たちを最大限利用しようと考えている。だから、エスニードがスラスタールに冥獄の門の封印を解かせる方針を示した時に、僕たちを巻き込むように進言したんだ。


 ところで、冥獄の門とはなんだろうね?


 質問してみたかったけど、詳細を知っているはずのスラスタールは、神族の人たちを見送る事なく頭を抱えて食卓にふせせっていた。

 スラスタールにとって、冥獄の門とはよほど重要な封印みたいだ。それをセオールが口軽く神族に伝えてしまっただけでなく、封印を解くように命じてきた。

 神族に面と向かって命じられてしまっては、もうスラスタールに拒否する権利は残されていない。


「セオール様……」


 それでも、スラスタールは一縷いちるの望みにすがるように、セオールを見る。


「今からでも、遅くはありません。どうか、神族の方々を説得していただけないでしょうか」

「スラスタール、お前の心配はよおくわかるとも。だけどね、私も有翼族の未来をうれいているのだよ。わかっておくれ?」

「なぜ、今回の件と有翼族の未来が繋がるのです……?」


 中立派という立場にありながら、神族に肩入れする。それだけでなく、スラスタールがこれほど憔悴しょうすいしきってしまうような秘密さえも伝えてしまった。そこに、どんな考えがあるというのだろうか。

 スラスタールだけでなく、僕たちもセオールの考えが知りたい。


 セオールは、絶望の底に突き落とされたかの如く気を落とすスラスタールの肩に手を回す。


「いいかね、スラスタール。南のカルマール神国は、もう終わりなのだよ」


 有翼族が暮らす緩衝地帯の北側は、妖精魔王クシャリラが支配する魔族の国がある。そして南には、小さな人族の国と、神族の王が支配するカルマール神国が存在しているという。


「聞けば、カルマール神国の守護者たる無敗の神将ミラ・ジュエル様は討たれてしまったそうだよ。そうなれば、もう東の覇者たるベリサリア帝国の進撃を止められる者はいない」


 カルマール神国がベリサリア帝国に征服された、という話はまだ聞かない。

 だけど、セオールが言うように、いずれは間違いなくカルマール神国は滅び、ベリサリア帝国が天上山脈の麓まで版図はんとを広げてくるはずだ。


「あの帝国は、恐ろしいのだよ。考えてもみたまえ。カルマール神国が征服された後、次はどうなると思う? 今度は山脈の麓に残る人族の小国が征服され、次はいよいよ有翼族が狙われるだろうね?」


 そんな、まさか。といぶかしむスラスタールに、セオールは言う。


「この有翼族の国は、北の魔族と南の神族の均衡きんこうによって保たれているのだよ。それは言い換えれば、魔族も神族もお互いに無用な争いはしたくないから、という理由だろう? だが、どうだろうね。南部を征服し尽くしたベリサリア帝国が、魔族と仲良く均衡を保つとは思えないだろう?」


 たしかに。ベリサリア帝国の帝の目的とは、南部全域どころか天上山脈を越えた西の人族の文化圏さえ征服した後に、最大の武力を持って魔族を絶滅に追い込むことだ。

 セオールは有翼族の代表として、そこまで先を読んでいたんだね。


「ベリサリア帝国が南部を征服してしまえば、有翼族の生き残る道は二つしかなくなる。魔族側に付くか、神族側に付くか、だよ」


 そして、セオールは神族、しかもカルマール神国ではなく、ベリサリア帝国側に付く事を早々に選んだんだね。


「ここで将軍様に恩を売っておけば、カルマール神国が滅んだ後も有翼族の地位は保証されると思わんかね?」


 一理ある、のかもしれない。

 自分や家族の身の安全だけでなく、種族の存亡を考えるのなら、セオールの行ないにも正義はあるのかもね、と思ってしまう。

 だけど、スラスタールはやはり納得できないみたいだった。


「セオール様のお考えはわかりました。しかし……」


 頭を抱えて、今もなお苦悩するスラスタール。


「冥獄の門は……。セオール様も、わかっておいででしょう? 数年前の、あの魔族のことを……」


 数年前?

 そういえば何年か前に、魔族の大軍が天上山脈を越えて、人族の宗教の中心、神殿都市へと攻め入ったことがあると、トリス君から聞いたことがある。

 スラスタールは、そのことを言っているのかな?


「あの時は……智将ちしょうと名高い魔将軍ましょうぐんゼリオスが、どうやってか冥獄の門の存在を知ってしまいました。そして、こちらが手を打つよりも早く、魔王はこの地に大軍を差し向けてきました」

「当時のことは、今も鮮明に覚えているよ。だがあの時、魔王の要求を呑んでいなかったら、有翼族は滅びていたのだよ。其方の両親には悪いことをしたと思っているが、どうしようもなかったのだよ」

「はい。ですから、あの時のことは仕方がなかったと諦めがついています。ですが、今回は……」


 当時の魔王は有翼族を滅ぼす勢いで、緩衝地帯に大軍を送り込んだんだね。だから、スラスタールの両親は仕方なく冥獄の門の封印を解いた?


「セオール様、わかっておいでですか。あの時、数万にも及ぶ魔族の大軍が冥獄の門をくぐりましたが、山脈の向こうへ出た時には半数以下に数を減らしていたと言われています。そして、冥獄の門を越えた残りの魔族軍も、結局は誰ひとりとして門から戻ってきませんでした」


 な、なななっ!!


 万単位の魔族軍が、冥獄の門を往復しただけで全滅してしまった!?

 トリス君から聞いた話では、魔王ユベリオラと智将ゼリオスは神殿都市で討たれたということらしいけど。それでも、万を超える残りの魔族たちが帰ってこられなかった場所……!


「そ、そんな場所に、神族の方々は入ろうとしているんですか!?」


 つい、話に割り込んでしまう僕。


「エスニード様も、天上山脈の化け物を相手にするか、冥獄の門を潜るか、悩まれていたよ。だがね、天上山脈の化け物を相手にするには、さすがに分が悪い。お前たちも天上山脈を越えてきたのなら、あの化け物の恐ろしさを少しくらいは目にしただろう? 奴は、姿さえ見せずに狙った獲物を山ごと燃やすのだ。時には足もとの大地を消失させたり、空に恐ろしい乱気流を生み出したりもする。まだ姿が見えていれば反撃もできるが、奴は天上山脈の何処かに潜んでいて、存在さえ掴めないのだよ」


 モモちゃんの、遠隔魔術だね。

 たしかに、姿がないのに術だけ放たれたら、受ける方は恐怖でしかない。

 そこに加えて、スラスタールが言ったようなクシャリラ率いる魔族軍の惨敗の噂を耳にしたエスニードは、ならば難しくとも踏破とうはした者がいるという実績が存在する冥獄の門を選んだ、ということらしい。


 未知の化け物が潜む天上山脈越えか、困難でも踏破実績のある冥獄の門を利用するか。二者択一であれば、たしかに後者を選ぶかもしれないけど……。

 でも、魔族の大軍が行きで半数以上を減らし、結局は誰ひとりとして帰ってこられなかった場所だよ!?

 いくらなんでも、無謀すぎる。

 僕なら、そもそも二者択一ではなくて「あきらめる」という三つ目の選択肢を追加するよね!


 だけど、ここで僕たちだけが諦めてしまったら、どうなるだろう?

 帝尊府が冥獄の門を潜って全滅したとしても、僕たちに損はない。というか、むしろ嬉しいことだよね。

 他者の不幸を喜ぶなんて不謹慎だろうけど、それでも「緩衝地帯から神族や帝尊府を排除する」という目的を達成できて、ルイララやトリス君たちを解放できるのであれば、受け入れられる結果かもしれない。


 だけど……

 もしも、エスニードや帝尊府が冥獄の門を無事に通過して、天上山脈の西に出られたとしたら。

 もしも、冥獄の門の攻略方法を彼らが見つけたとしたら。


 セオールが言ったように、ベリサリア帝国の侵略の手は、いずれこの地にまで伸びてくる。その時に、ベリサリア帝国の神軍や天軍が冥獄の門を通過して人族の文化圏へ雪崩れ込んできたら、人族は瞬く間に蹂躙じゅうりんされてしまう!


 僕たちは、見届けなくて良いのだろうか。

 エスニードたちが冥獄の門を踏破できるかどうかを。そして、もしも踏破できた場合は、攻略の手引きをベリサリア帝国へ持ち帰らせないように阻止すべきなんじゃないかな!?


 それなら、エスニードたちが冥獄の門を潜って戻ってくるのを待てば良いだけ?

 いやいや、それは甘い考えだ。

 天上山脈の西に出られたのなら、あとは有翼族か人族を利用して天上山脈を越えさせて、伝言だけを本国に送り返せば良いんだからね。

 そう考えると、やはり僕たちも同行する必要がある……?


「困ったわね?」


 みんなも、食事の手を止めて様々な考えにふけってしまっていた。


 家族の身の安全を最優先とするか。今後の多くの人々の運命を背負うべきなのか。

 甘えた考えで良いのであれば、やはり家族第一優先だよね。だけど、家族を想うばかりに、何千、何万という人々が苦しむ未来から目を背けて、僕たちはこれからの長い人生を送られるだろうか。


 いや、その考えは間違っている!

 ファルナ様やミシェイラちゃん、それに竜神様が僕たちに特別な命を授けてくださったのは、世界に生きる多くの者たちを想って活動してきたからだよね?

 なら、いま僕たちが取るべき選択肢は、定まっているんじゃないかな?


「みんな、聞いてほしい」


 僕は、家族のみんなに話しかける。


「僕は、何よりもみんなが大切だと思っているよ。だけど、ここで手を引いてしまったら、大変な事態になりそうな予感がするんだ」


 僕たちのことを詳しく知らないスラスタールたち有翼族から見れば、僕の言葉は「家族の安否が大変になる」と解釈したかもしれないね。でも、みんなは正しく僕の言葉の意味を受け取ってくれている。


「みんなを危険に晒すかもしれない。でも、僕たちだけが幸せでも良いのかな?」


 辺境の村で、奴隷の人たちを逃した。

 本来であれば、僕たちは国の政治や種族の文化には介入しないと決めている。安易に手を出した後の責任を、僕たちは負えないからね。

 それでも、あの時は目の前で苦しんでいる人々をたりにし、助けられる機会があったから、助けた。

 それと、同じなんだと思う。


 これから先。ベリサリア帝国の侵略が進めば、遠からず有翼族だけでなく人族の未来まで悲惨なことになるのは明白だ。

 それを、僕たちは自分たち家族の保身を理由に、見て見ぬふりをして良いのかな?

 いいや、絶対に良くないよね!

 僕たちの前にだけ、神族の野望を阻止できる選択肢が示されているというのなら。

 僕たちは、世界のために行動を起こさなきゃいけないんだと思う!


「神族に脅されたからじゃない。僕たちは僕たちの信念のために、行動を起こさなきゃいけないみたいだ」


 みんなが、深く頷いてくれた。


「行こう。冥獄の門へ」

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