竜神の御遣い 対 巫女騎士

「そんな、エルネア君! 言っていたじゃない! お母さんを殺さないって!! あれは嘘だったの!?」


 悲しみを越えて、敵意にも似た気迫で僕に迫るミシェルさん。

 それを僕はどうにか押さえながら、きっぱりと言った。


「嘘じゃないですよ。僕は絶対に巫女殺しなんてしません。でも、どうやらアリスさんには僕たちの言葉では通じないようだから」


 僕は巫女騎士アリスさんに宣戦布告する。


「僕に勝てたら、アリスさんのお願いをひとつ聞きましょう。だけど、僕が勝ったら僕のお願いを聞いてもらいます」


 僕の挑発に、アリスさんの瞳の奥に炎がともる。


「君は、巫女殺しをしないと言った。それでありながら、私の願をひとつ叶えると言う。つまり、君は私に絶対に負けないと豪語するわけだな?」


 武人としての誇りに触れた僕に対して、闘志をみなぎらせるアリスさん。


「駄目だよ! お母さんは、巫女騎士は聖域を守護する武人なんだよ!? エルネア君がたとえ竜神様の御遣いだったとしても、戦いを極めた巫女騎士には敵わないんだよ!?」


 アリスさんが僕たちと同じ「選ばれた者」であれば、その実力は疑うべくもない。

 だけど、僕はミシェルさんの忠告を受けても引き下がったりはしなかった。


「アリスさんの実力を舐めているわけじゃないですよ。でも、僕はこの地で絶対に負けない自信があります。アリスさんやミシェルさんたちの方こそ、見誤らないでくださいね? これでも僕は、過去に妖魔の王や金剛こんごう霧雨きりさめを討伐したこともあるんですからね?」


 ただし、僕だけの実力じゃなくて、みんなの協力があった成果だけどね? とは口に出さなかった。


 僕の自信に、ミシェルさんや四人の戦巫女さまたちが息を呑む。

 だけど、竜神さまから直接に僕の話を聞いていたアリスさんだけは、気配を揺らさない。


「君のことは知っていた。巫女騎士の最期として相応しい相手だと思ったからこそ、君を選んだのだ」

「まるで竜人族の戦士のような最期の選び方だよね。でもだからこそ、僕はアリスさんには負けられない!」


 竜人族の戦士の人にも、戦いで死ぬことが本望だ、と語る強者は多い。

 だけど、僕に言わせると、それって独り善がりでしかないよね?

 残された者たちは、どうあっても悲しみ以外の余計な禍根かこんが残ってしまう。

 場合によっては、大切な人の命を奪った者に対して、強い恨みを抱くかもしれない。

 そして、ミシェルさんがまさにそういう人なんだと、僕でさえも認識していた。


 だから、僕は独り善がりな思考に囚われた者に屈するわけにはいかないし、ミシェルさんに禍根を残させるわけにもいかないんだ。


「アリスさんに教えてあげるよ」


 何を? と問い返したアリスさんに言う。


「貴女の愛した人が本当は何を伝えたかったのか。この島で生まれ育った神官さまの想いをね!」


 アリスさんの眉間に深いしわが刻まれる。


「君があの人の何を知っていると言うのだ?」


 神官さまは、話で聞いただけの人。

 確かに、僕はそれ以上のことを何も知らない。

 だから、アリスさんは僕の言葉に不愉快感を持ったんだと思う。

 だけど、僕はひるまないよ。


 知らないのは、アリスさんも一緒だ。

 アリスさんは、僕のことを知らない。竜神さまからどんなお話を聞いていたとしても、絶対に僕の全てを知っているわけじゃない。

 そしてきっと、この島の本当の秘密と、神官さまが心から伝えた想いもね?


「……良いだろう。外に出ようか。君との真剣勝負だ。ここでは手狭てぜますぎる」


 お母さん! と叫んでアリスさんを止めようとしたミシェルさん。だけど、アリスさんの武人の瞳で見据えられただけで、ミシェルさんどころか他の四人の戦巫女さまたちの動きが止まる。


「お前たちには、私を止めるだけの力はなかった。ならば、見届けよ。聖域の守護者としての資質に欠ける私が勝つのか、それとも竜神様の御遣いたるエルネア君が勝利するのかを。それが、お前たちの役目だ」


 成り行きでこの島まで来たミシェルさんたちだけど。本当なら、飛竜に襲われた時点で命を落としていた。ここまで無事に来られたのは、運が良かったから。アリスさんは言外にそう言い放つと、躊躇うことなく神殿から出る。

 僕も、アリスさんの後を追う。

 ミシェルさんが叫ぶ。

 だけど、僕もアリスさんも振り返らない。


 既に、舞台上には僕とアリスさんだけが立ち、ミシェルさんたちは観客として舞台劇を見守ることしかできないんだ。

 厳しいようだけど、ここで情に流されてミシェルさんたちの介入を許していたら、いつまで経ってもアリスさんの問題は解決できないと、僕は思っている。

 この問題を解決できるのは、きっとこの場では僕だけなんだ。という覚悟をもって挑む。






 小さな森を戻り、季節外れの花が咲き乱れる草原へと出た、僕とアリスさん。

 後方には、、ミシェルさんたちも来ている。でも、彼女たちは手出しをしたりはしない。

 ミシェルさんたち自身も痛感しているんだと思う。

 自分たちでは、絶対にアリスさんを止められない。

 アリスさんの、巫女騎士としての力量を知っているから。女性として、ひとりの男性を想い続ける熱い心を理解しているから。


「準備は良いか?」


 草原に立つアリスさん。

 両刃薙刀を構えて、僕を真っ直ぐに見据える。

 対する僕は、これまで抱きかかえていたアレスちゃんを離す。


 アリスさんは、竜神さまから聞いているはずだ。

 僕の本気とは、アレスちゃんと融合した状態から繰り出す竜剣舞なのだと。

 アリスさんが戦いの準備を僕に聞いた理由は、アレスちゃんとの連携は良いのか、という意味なんだよね。

 だけど、今回のアレスちゃんは傍観者なんだ。

 ミシェルさんたちと同じで、アレスちゃんもこの場では観客でしかない。


「がんばれがんばれ」


 にこり、と満月のような可愛い笑みを浮かべて、アレスちゃんは僕から遠ざかる。

 それにアリスさんが首を傾げた。

 だから、僕は言う。


「アリスさんの疑問は、間違っていますよ。たしかに僕とアレスちゃんは一心同体で戦うことで本領を発するけど。でも、今回は違う。きっとアリスさんもその意味をすぐに思い知ると思う」

「それはつまり、私の力量では君たちが本気を出すまでもない、という意味か?」


 アリスさんの、武人の気配が強まる。

 ミシェルさんよりも幼い僕に見下されたことで、アリスさんの誇りに炎が灯る。

 僕は敢えて、アリスさんの問いに応えない。代わりに、無言で白剣と霊樹の枝を両手に構えた。


「真剣勝負だ。よって、命を落としても文句はない。良いな?」


 つまり、アリスさんは僕を殺す気で戦いに挑む。だから僕も、アリスさんを止めたければ殺すしかない、と言っているのかな?

 神官さまの生まれ故郷のこの島で、武人として戦って誇り高く死ぬ。それがアリスさんの望みなんだよね。

 でも、僕は何度だって言うけど、巫女殺しなんて大罪を背負いたくはありません!

 そのためには、何がなんでもアリスさんの心を折るしかない!

 だから、手加減なくいくからね?


 戦いを前に、心を静かに落としていく。

 精神だけでなく、身も心も世界に溶け込ませるように。

 いだ海面のように静かに。


 アリスさんも、両刃薙刀を構えて姿勢を落とし、臨戦体制を整える。

 それでいて、いつでも法術を展開できるように全身から無駄な力を抜く。

 構えだけを見ても、アリスさんが一騎当千の武人だと強く感じるね。


 じりり、と左足を僅かに前に出す。

 アリスさんの両刃薙刀の先端が、僅かに揺れた。

 それが、僕とアリスさんの戦いの合図となった。


 両刃薙刀の先端が、極小の輝きを示す。

 あれは、法術を発動させるための模様だ!

 法術は、祝詞の奏上と指先で空中に描く模様や紋様によって女神様に想いを届ける。そして、女神様の力の欠片かけらである法力が想いに応えて術になる。

 アリスさんは、指先ではなくて薙刀の刃の先で法術の模様を描き出しているんだ!


 僕は咄嗟とっさに空間跳躍を発動させた。

 一瞬で、アリスさんの懐に入り込む。

 この間合いになら、長物の両刃薙刀よりも僕の方が有利だ!

 竜剣舞は、なにも両手に持った武器だけが攻撃手段ではない。

 全身を使った攻撃。即ち、肘打ひじうちや蹴りも立派な竜剣舞の舞の一部!


 なぎの状態から一気に竜気を爆発させて、本気の蹴りを繰り出す!

 アリスさんは、懐に一瞬で潜り込まれて反応が遅れた。

 僕の回し蹴りが、アリスさんの脇腹に叩き込まれる!


「っ!?」


 だけど、驚愕きょうがくしたのは僕の方だった。

 まるで、竜族のような硬さ!

 人体でも柔らかい部類に入る脇腹に蹴りを入れたはずなのに、その繰り出した脚からは、竜族の硬いうろこのような感触が伝わってきた。


「まさか、最初から僕の動きを読んで!?」


 最初に見せた法術の動きで、身体強化を施したのかな!?


 アリスさんの巫女騎士としての実力は、僕の想像以上のものだった。

 アリスさんが握る長柄の両端には、反り返った薙刀の刃がある。

 その刃の片方で、身体強化の法術を自身に施して。もう片方の刃の先でも、アリスさんは法術のための模様を描き出していた!


 僕の足もとに、星の輝きが浮かび上がる。

 下方からの攻撃法術!


 アリスさんが、歌うように祝詞を奏上する。

 ルイセイネやマドリーヌ様が口遊くちずさむ祝詞よりももっと複雑で、それでいて歌のように耳に心地良い。

 でも、今はそれに耳を傾けている場合ではない!


 叩き込んだ蹴りを重心の軸として、僕は全身をひねる。

 そして、足もとに浮かび上がった月の輝きの範囲から逃れる。

 直後だった。地面から、鋭い星のとげが無数に伸びて、天へと駆け上がる。

 見たこともない攻撃法術!

 もしも避けずに受けていたら、僕は下から全身を串刺しにされて、死んでいたかもしれない!


 アリスさんの本気の攻撃に、僕ではなくて見守っていたミシェルさんたちから悲鳴が上がる。

 でも、僕はひるんだりはしないよ?

 死地は何度となく潜り抜けてきた。

 この程度の攻撃では、僕は止められない!


 間合いは、既に僕に有利なんだ。

 であれば、あとはいつものように竜剣舞の流れへアリスさんを巻き込むだけ。


 さあ、これからが舞台の本番だよ!!


 白剣を振るう。

 柄の先の鮮やかな帯紐が、対になる美しい刃の動きに合わせて軽やかに流れる。

 アリスさんが両刃薙刀で白剣を受ける。

 そうしながら、薙刀の先で模様を描き、なく祝詞をうたう。


 まるでミストラルと手合わせをしているときのような、重い反応が白剣から伝わる。

 アリスさんは人族とは思えないような膂力りょりょくで僕の竜気の乗った攻撃を真正面から受け止めて、竜剣舞の舞を止めようとしてくる。

 だけど、その程度では僕の竜剣舞は止められない!


 左手に持った霊樹の枝を、おごそかに振るう。

 一瞬、アリスさんが警戒する。でも、何の攻撃性もなく、アリスさんの身体のどこにも到達しない霊樹の枝の一振りは、そのまま見過ごされた。

 僕は、それでも構わずに霊樹の枝を振るう。


 白剣から繰り出される連撃。舞い流れる帯紐。全身を使った攻撃。霊樹の枝を振るう動作。視線の動きを使った相手の誘導。その全てが、僕の竜剣舞だ。


 一方のアリスさんは、縦横無尽に両刃薙刀を振るって竜剣舞の多様な連撃に完璧な反応を示す。そうしながら、繰り出す薙刀の刃を僅かに揺らして法術の模様を空中に描き出し、祝詞を唄う。

 両刃の刃が満月色の美しい模様を描いて乱舞するさまは、ある意味では美しい。だけど、僕にとっては脅威でしかない!


 背後から気配を殺して飛んできた月光矢を、寸前で回避する。だけど、僕の回避を読んでいたのか、動いた先には呪縛法術が待ち受けていた!

 それをも竜剣舞を舞ながらかわして、次の一手を繰り出す。


 一進一退の攻防を繰り広げる、僕とアリスさん。

 だけど、アリスさんの動きが徐々に竜剣舞に対応し始めていることに僕は気づく。


 次に繰り出す技。流れる剣戟けんげき。竜気の宿った攻撃。それらを、ほんの短い時間で読み取りだしアリスさんの力量に、僕は内心で驚く。

 これが、巫女騎士アリス・バラードさんの実力なんだね!

 ルイセイネやマドリーヌ様でさえも真似できないような、多様な法術の連続展開。両刃薙刀を縦横無尽に操る膂力と、強靭きょうじんな肉体。それと、どんな状況に陥っても乱れることのない不屈の精神。


 僕が数々の戦いや困難を乗り越えて、竜神さまの御遣いとしてミシェイラちゃんや竜神さまに認められたように。アリスさんもまた、厳しい修行や数え切れないほどの激しい戦いを経験して巫女騎士に選ばれたんだと、深く痛感する。


 でも、僕の本領はこんなものではないよ!


 アレスちゃんと融合していない?

 左手が霊樹の精霊剣ではなくて、霊樹の枝?


 それで良いんだ!


 アレスちゃんが観客の立場でいてくれることに意味がある。

 霊樹の精霊剣ではなくて、霊樹の枝を振るうことが大切なんだ!


「そういうわけだから、みんなよろしくね?」


 僕の零した言葉に、アリスさんが警戒色を強くした。

 でも、もう手遅れだね!


 僕の竜気は、竜剣舞によって嵐のようにうずを巻いて流れ始めていた。

 そして、霊樹の枝によって、清浄なる力が大気中に振り撒かれていた。


『任せよ!』

『我らは、其方に力を貸そう』

『それこそが、この女性を救うためならね?』


 僕は、アリスさんに言葉を向けたわけじゃない。

 そう。僕は精霊さんたちに語りかけたんだ。


 この、精霊の島のもうひとつの住民たちに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る