古竜のねぐらに舞う

それは小山かと思えるほど大きな竜だった。


 全身は黒く艶やかに光る鱗に覆われ、四肢の先、翼の付け根、たてがみ、口周りには漆黒の体毛があった。

 ずっしりと地に這いつくばった姿勢で翼は閉じていたけど、そりでも遥かに見上げる大きさ。

 尾は長く、先は苔の広場の中央から端にまで届いていた。


 僕は尻餅をつく。


 恐怖は通り越していた。


 もしかしたら、これが絶望というものかもしれない。


 竜の黄金に輝く双眼に見据えられ、視線を外すことも出来ない。


 巨大な竜は僕を静かに見ていた。


 僕も黄金の瞳から視線を外せない。


 巨竜の輝く瞳に、僕は恐怖を覚え、絶望を知る。やがて畏怖を抱く。だけど、それと同時に、巨竜の双眼に深い叡知を感じ取っていた。


 見つめ合う僕と巨竜。


 だけど僕はいつしか、この巨竜から怖さを感じなくなっていた。

 なんだろう。例えば祖父と一緒に居るときのような、畏怖と安心感。緊張はするけど怖くはない。

 不思議な感覚に包まれる。


 すると、巨竜の口が僅かに動いた。


「人族がここに来るのは珍しい。よくも迷い込んだものよ」


 ええええっ! 竜が喋った。

 低く響く迫力ある声音。


 僕の驚きに、巨竜は目を細める。


「ふうむ。長いこと生きていれば、人の言葉くらい覚えるであろうよ」


 おおおおっ! 心を読まれてる!


「ぐははは、人族の心なんぞ簡単に読めるものだ」


 巨竜は大きく裂けた口の端を上げて笑う。


「我が怖くはないのか、人の子よ」


 巨竜は大きく口を開け、威嚇する。


 でもなぜだろう。やっぱり僕はこの巨竜が怖いとは感じなかった。

 まぁ、それでも腰が抜けていてひっくり返ったままなんだけどね。


 そして僕は思い出す。


 竜の森のどこかには、伝説の古代竜が住んでいると。


 目の前の巨竜が、その伝説の古代竜なんだろうか。


「さぁて、何をもって伝説なのか我自身はわからぬが、この森の主であることは間違いない」


 また心を読まれちゃった。

 僕が目を白黒させていると、巨竜はそれが可笑しいのか眼を細めて僕を見る。


 あれれ。何で眼を細めただけで可笑しいとかわかるんだろうか。


「さぁて、迷い混んだ人の子よ。お前をどうしてくれようか」


 言って巨竜は長く大きな首をもたげ上げ、僕を見下ろした。

 僕はあまりの大きさに愕然とするばかりだった。


「我は森を守護せし竜なり。古の時代より災厄から霊樹を護る役目を与えられし者なり。汝、森に災いをもたらす者か」


 巨竜は今までの低くても好好爺こうこうや的な声色から、威厳に満ちた張りのある声に変え、僕を鋭い眼差しで見据える。


 見上げた巨竜は、大きくても怖くない存在に思っていたけど、大間違いだった。

 巨竜は僕なんて虫程度にさえ思っていないんだ。だから巨竜は僕を威嚇するは必要ないし、警戒することもなかった。

 ただ目の前の羽虫か何かが面白おかしく舞っているのを見ている程度の感覚だったんだ。

 だから僕も、あまりにも圧倒的な存在に現実感が沸かず、恐れも沸いてこなかったんだろうね。


 でも、本来は違った。


 目の前の小山のような巨大な竜は、長い歳月を生き、人が及びもしない高い叡知で竜の森を護り続けた伝説の巨竜だった。

 まさに、いにしえの竜だ。


 巨竜は僕を侵入者と見なし、災いをもたらす悪かどうかを見極めようとしていた。


 僕は圧倒され、瞬きひとつ出来ずに固まってしまう。

 魔獣に襲われたとき、恐怖で死に物狂いで逃げた。

 言い換えれば、怖くてもまだ逃げだそうとする心は持てた。


 でもそれは、巨竜の前ではちっぽけなものだ。


 僕には選択肢がない。

 恐れることも逃げ出すことも出来ない。

 ただ、絶対者の審判を待つだけの小さな存在。


 巨竜が僕を悪と判断すれば、抗う選択肢など一片もなくこの世から消し去られてしまうんだろうね。


 ああ、僕は勇者リステアに憧れたひとりの少年。僕もいつか素晴らしい武器を手に入れ、みんなに称賛され、羨望される男になりたかった。


 両親は竜の森に行ったきり帰ってこない僕を心配するだろうか。裕福ではない家庭でも、母さんは僕にいつも精一杯の愛をくれた。父さんは毎日遅くまで仕事を頑張り僕と母さんを養ってくれた。

 僕はそんな両親を悲しませてしまうんだろうか。


 気づけばいつの間にか、僕は涙を流していた。


 巨竜は大きな顔を僕に近づける。鼻先の漆黒の髭が触れるくらいに近づいた。

 巨竜がほんの少し口を開けて顔を前に出せば、僕は簡単に丸呑みにされてしまうだろう。


「恐ろしいか、人の子よ」


 恐ろしい。でもやっぱり両親を悲しませる事が一番辛い。


「自分の身よりも母と父の心配をするのか」


 僕は両親に何も恩返しできていない。育ててもらい愛を一杯もらい。それなのに死んでしまったら、何も返せず心配をかけて悲しませてしまうことに、たまらなく胸が締め付けられる。


「地位と名声が欲しいのか」


 欲しいものは地位でも名声でもない。リステアのように誰からも愛され称賛され羨望され、多くの人の希望と目標になりたかった。


 それと、沢山のお嫁さんがほしかったな、と下らないことを思い浮かべて、僕は泣きながら微笑んだ。


 巨竜は暫し無言で僕を見る。


 僕も巨竜の瞳から視線を外さなかった。


 じっと見つめ合い、時間の感覚が麻痺するくらい長い時が経った頃。


 巨竜は首を僕の前から引き、横たわった身体の前肢の上に乗せた。


「くくくく、我が意思ひとつで死ぬかも知れぬというのに、嫁が欲しいなどと思考しおる。変わり種にも程があるわ」


 巨竜は地鳴りのような笑い声で大気を震わせた。周辺の古木がざわざわと共鳴して揺れる。


「面白い。機会を与えよう。もし我の興味を惹くことができれば、そなたの望みを叶えてやろう。ただし、所詮人の子だと思わせたならば、わかっているであろうな」


 そう言って、巨竜は口を大きく開けて雷鳴のごとき咆哮をあげた。


 大地が震え、今度は天上の超巨大樹の枝が揺れた。


 僕は魂までもが縮みあがりそうになった。


 僕の望み。


 おっぱいの揺れるお嫁さん。


 なぜか真っ先にそれが浮かんでしまった。


 大笑いをする巨竜。


「阿呆すぎて呆れる。さあ、何か我の興味を惹くものを見せよ」


 言って巨竜は、それ以降動かず、僕を待った。


 巨竜の興味を惹くこと。

 いったい何があるのだろうか。

 巨竜はこの森を護ってずっとここに居た。それなら外の世界のお話しは興味あるだろうか。


 まてまて。巨竜は所詮人と言ったよね。きっと巨竜にとって人の歴史や営みは虫の一生みたいにどうでもいい事なのかもしれない。


 では何が僕にあるんだろう。


 世界の叡知なんて持ってないし、森の護りかたの新技術、なんて持っているわけもない。


 というか今気づいたけど、僕って一言も話してないんだよね。

 巨竜の言葉に反応して思考したら、心を読まれて話すまでもない。

 きっと今必死に悩んでいるのも筒抜けなんだろう。


 どんなに言葉を紡いでも、心を見透かされてしまう。

 そうしたら、知識や言葉で巨竜の興味を惹くことなんて出来ないんじゃないかな。


 ちっぽけな僕が古の竜の興味なんて惹けるんだろうか。

 でもやらなくちゃ、僕は生き残れないんだ。


 巨竜の興味を惹くことができれば、ご褒美も待っている。


 僕は悩み苦しむ。


 何かないか。


 視線を下げた先に、ひと振りの中剣が落ちていた。有りったけのお金で僕が先日購入した、少し細身の中剣。


 このとき、僕は思った。


 巨竜は僕なんかその辺の羽虫程度にしか思っていないんだろうけど、僕の馬鹿みたいな思考に笑っていた。

 笑ってくれるという事は、僕のすることに対して心を動かしてくれるって事じゃないのかな。


 僕は中剣を拾い上げ、鞘から剣を抜く。

 崖から落ちたときに打った痛みが全身に走る。


 巨竜は僕が攻撃するんじゃないかと思うのかな。そんなことはしない。だってするだけ意味無いし。人の作った武器なんかでは、巨竜どころか子竜にも傷を付けることは出来ないよ。


 僕は中剣を右手に持ち、両手を高く挙げた。


 僕は先日観たんだ。


 心を揺さぶられるものを。


 一生色褪せることはないだろう感動を。


 巨竜も笑う。

 ならきっと感動もしてくれるはず。


 僕が感動したことを、巨竜も感動してくれるに違いない。


 そう思って。思いきかせて。


 僕は先日京劇で観た舞いを踊った。


 僕は美しい舞姫じゃないけど。見よう見まねだけど。心に焼き付いたあの舞いを、一心不乱に披露した。


 太鼓や笛の音は耳には聞こえないけど、心の中には鳴り響いていた。

 心を読めるのなら、心に中に流れる音楽も聴こえるはず。


 痛む身体を酷使し、なんとか一曲目を踊り終えた。


 続けてまた踊り出す。


 少し速くなった心の中の演奏に合わせて舞う速度を上げて。


 二曲目が終わり。


 三曲目を踊り。


 無我夢中だった。


 見えない舞姫の姿を追い、舞った。


 でも、ついに演奏に着いていけなくなり、足を縺れさせて倒れ込んでしまう。


 僕は息をするのも忘れていたのか、必死に呼吸をして痛む胸を押さえた。


 巨竜は動かなかった。


 やっぱり僕程度の舞なんかじゃ、感動なんてしないよね。


 でも、僕は清々しい気持ちだった。やれることをやったんだ。

 息切れで苦しい胸も、じんじんと痺れる手足も、崖から落ちるときに打ち付けた全身の痛みも何もかもが気持ち良かった。


 僕は苔の絨毯に大の字で寝転がる。


 食べるなり踏み潰すなり、好きにすればいいさ。


 覚悟を決め、巨竜をに睨んだ。

 僕のせめてもの抵抗だった。


 巨竜と眼が合い、そして。


「下っっ手くそな舞だな!」


 そう言って、巨竜は大笑いをしたのだった。






 僕は呆然自失になる。


 巨竜は僕の舞がよほど滑稽に映ったのか、地響きをあげて笑っていた。


 なんだろう。物凄く悲しくなってきたよ。

 僕は感動させようと必死に舞い踊ったのに、巨竜にはお笑い芸にしか映らなかったのかな。

 なんだか何もかもがどうでもよくなってきて、僕は空を仰いだ。


 巨木が作る枝の傘の先、少しだけ見える空の色は随分と夕方の色に変わっていた。


「二千年生以上きてきたが、これ程阿呆な舞を観たのは初めてだ」


 僕はどんだけ阿呆なんだよ。

 ため息がでる。


「しかしまあ、必死さは十分に伝わった」


 言って巨竜は、僕を鼻先で小突き転がす。


 何をするんだよ、そう不貞腐れた気持ちで立ち上がったら、目の前に巨竜の大きな顔があった。


「汝はすこぶる面白い人の子だ。その面白さに免じて、条件付きで見逃してやろうではないか」


 言って巨竜は、くつくつとひとりで笑う。


 条件付き?

 どんな条件なんだろう。

 でもまぁ、助かるなら何でも来いだ。


「おうう、了承するか。よろしい」


 相変わらず僕の心を読む巨竜。


「なぁに、条件とは簡単なものだ。毎日ここに通い、暇な我の相手をすれば良いだけだ」


 は?

 毎日ここに通う?

 暇潰しの相手?

 そんなことでいいの?

 僕は呆気にとられて巨竜を見た。


「そう、ただそれだけだ。簡単であろう。ただし、もしも大した理由もなくここに通うことがなくなったときは、地のはてまでも汝を追い、喰らうてやるぞ」


 ははは、伝説の古代竜に命を狙われるちっぽけな人族の少年。とても釣り合わない関係だね。


「つまり、条件をのむふりをして逃げたら承知しないぞってことですね」


 僕は初めて、言葉を発する。

 巨竜も僕の声を初めて聞き、何かを思ったのか少しだけ沈黙してから続けた。


「その通り。竜族との契約は絶対的なもの。無闇やたらと破れば、汝だけではなく人族すべてが竜族の敵となるであろうことを自覚せよ」


 なな、なんだってー!

 そりゃあ僕は約束を破るようなことはしないけど、もしも僕がこの巨竜との契約を反故ほごにすると、人族と竜族の関係悪化にまで発展してしまうのか。とんでもなく大きな話しになっちゃった!


「さぁ、どうする、人の子よ」


 巨竜は僕の返答を待つ。


 条件を受け入れれば助かる。でも巨竜の条件を反故にすると、人族と竜族との関係悪化。北西南の三方に竜に所縁ゆかりのある土地のアームアード王国は、竜族との関係が悪化すればたち往かなくなるよね。でも条件をのまなければ、僕は死んじゃう。


「国を想うか、人の子よ。ならば素直に死を受け入れるか」


 巨竜の問いに、僕は決断する。


「条件をのみます。毎日ここに通います!」


 僕は大きな声で宣言した。


 悩むまでもなかったね。死にたくないし。それに僕は約束を破るような無責任な人族じゃないって自覚はあるし、別にここに通うだけなら生活に支障はないしね。

 学校は午前中だけだし、薪拾いついでに毎日森に通って体力作りをしようと決めたのは今朝のことだ。


 あ、でも。


 よく考えたら、ここにはどうやって来ればいいんだろう。

 王都で、竜の森の中に超巨大樹があって近くに小山のような古代竜がいる苔の広場がある場所なんて話は聞いたことがないよ。そもそもこれだけ大きな樹が立っているって見たこともないし聞いたこともない。


 どうやってここに来たのか思い出そうとしても、森の奥で魔獣に追われて無我夢中で逃げて、崖から落ちたらここに居たってことしか分からない。道なりは覚えてないし、そもそも落ちたはずの崖は見当たらない。


 あれれ、実はここに毎日来るって難しいのかな。というか次もう一回さえここには来られないんじゃないのかな。


 僕は思い至って、顔面蒼白になる。


 あああっ、どうしよう。ここは、来たくても来れない場所なのか。僕の想いとか約束を破らない性格云々なんて関係なく、ここにはたどり着けなくて。あの野郎来ないなって事で、条件破ったから僕は食い殺されて人族と竜族の関係が悪化するのかな。


 ああああああ! ごめんなさい国王さま。国民の皆様。人族の皆様。


 どうしようどうしよう。


 僕がおろおろしていると、巨竜はそれが面白いのか、また古木を震わせて笑っていた。


「がはは、心配するでない。汝には此処ここへ入ることを許可しよう。森の中を適当に歩いていれば、ここへたどり着く。そもそもここは結界に守られて普通は入って来られぬ。我が認めた者のみが入れる聖域である」


 つまり、実は竜の森は耳長族の住むような迷いの森と同じようなもので、認められた人だけが目的地にたどり着けて、それ以外の人はたどり着けない結界が張ってあるのかな。


「まさにその通り」


 僕の思考に、巨竜は頷いた。


「汝は約束を守り、この森へ入ればよい。そうすれば、気づけばこの広場にたどり着いているであろう」


 なるほど、それならここには通うことができるね。僕は安心して胸を撫で下ろした。


「帰るときはどうすればいいんですか」


 行きは問題ないのかな。じゃあ帰りはどうなるんだろう。また苔の広場を出て歩いていれば外に出れるのかな。


「来るのに時間がかかるであろう。帰りは我が送ってやる」


 巨竜が送ってくれるのか、なるほど。


 ……僕は想像してみて、あわあわと慌て出す。


 巨竜が僕を抱えて森から飛び出し、王都の僕の家まで。

 突然、森に巨竜が現れて王都に飛来したら、王都中が大混乱になっちゃうよ!

 どどど、どうしよう。


「かかかか、本当に面白い」


 巨竜は慌てふためく僕を見て笑いっぱなしだった。

 笑い事じゃないよ。


「心配するでない。ちゃんとした方法で帰してやろう。そうであるな、今日はもう日が暮れる。早速送ってやるからそこに直れ」


 どうちゃんとした方法なのか心配なんだけど、僕は言われるままに巨竜の顔の前で姿勢を正す。

 正そうとしたんだけど、全身に激痛が走って膝をついてしまった。


 いたたたた。そういえば崖から落ちるときに全身を打って傷だらけ、打撲だらけだったんだ。舞っていたときは必死だったから痛みも忘れてたけど、今になってひどく痛みだした。


「ふむ、傷が痛むか」


 苦痛に顔を歪ませる僕を見下ろす巨竜。暫し考えてから、巨竜は鼻先を僕に向けた。


「今日は実に面白く楽しかった。褒美にその傷を治してやろうではないか」


 巨竜の言葉に、僕は目を見張る。

 森に住む伝説の古代竜が僕の傷なんかを治してくれるのかな。とても名誉な気がした。


 でも、その感動は無惨に砕け散った。


「ぶえっっっくしょん!!」

「ぎゃああぁぁっ!」


 巨竜は突然くしゃみをした。


 鼻から大量の鼻水が溢れだし、鼻水の洪水が僕を襲う。鼻水の濁流と口からの爆風で、僕は広場の端、古木の側まで流された。


 汚いっ。


 僕はどろどろの鼻水を掻き分け、なんとか苔の広場に戻る。


「ななな、何てことをするんですか!」


 いくら伝説の古代竜とはいえ、僕は抗議の声をあげる。


「かかかか、それくらい気にするでない、人の子よ。ほれ、全身の痛みはなくなったであろう」


 巨竜に言われ、僕ははっとする。

 全身の痛みがなくなっていた。見れば傷も全てなくなっていて、僕は健康体になっていた。


「我が鼻水は万能なり」


 にやりと笑う巨竜。


 万能の鼻水か……有りがたいような汚いような。そもそも古代竜の心臓を食べたら不老不死になるとか鱗の粉は万病の薬になるなんて話しは聞いたことあるけど、鼻水が万能薬なんて聞いたことがないよ。


「ふふん、心臓を食った程度で不老不死になるものか。それと万能鼻水は我が特性である」


 自慢げに巨竜は言ってるけど、なんか汚いとしか思わなかった。


「さあ、送ってやる。我が前で直れ」


 巨竜は僕の思考に機嫌を損なわせることなく、再度僕を喚んだ。


 万全になった僕は走って巨竜の前まで行き、姿勢を正す。


 どうやって送ってくれるんだろう。

 見守る僕の前で、巨竜の黄金の瞳が輝き出す。

 すると僕の周りに黄金に輝く複雑な魔法陣が何重にも出現した。


 僕は驚愕きょうがくする。


 竜族が使う、竜術だ。しかも立体術式。人族の呪術士なんて足元にも及ばない超高等術式。


 感動と驚きの最中、僕は黄金の光の柱に包まれた。あまりの眩しさに目を閉じる。


 光が収まり、僕が目を開くと、見慣れた場所に立っていた。

 王都の実家の裏庭。台所へと繋がる勝手口の前に僕は居た。


 凄い。空間転移術だ。架空の物語なんかでしか出てこないような伝説の術だ。僕はあまりの感動に涙する。


 そして違う意味で涙した。


 服は汚くぼろぼろ。母さんに言われて集めたはずの薪は手元には無く、買ったばかりの細身の中剣も苔の広場に忘れてきてしまっていた。

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