作戦会議と樹海の空

「それで、今回の試練なんだが」

「やっぱり、難しすぎよね?」

「あれのどこが簡単なんだよ!」


 水辺に到着した僕たちは、煮沸しゃふつしてから冷ました水で喉を潤しながら、今後のことを相談しあう。


「この試練には、絶対に裏があるぜ」

「そりゃあそうだ。そうじゃないと、現役の戦士にだって難しい試練だぜ」

「じゃあ、その裏って何よ?」


 水筒があれば、毎回水源を探さなくてもいいのにな、と思いつつ竜人族の戦士候補者の相談に耳を傾ける。


「竜の卵を取るなんて、絶望的だろう」

「温厚な竜族からならどうかしら」

「いくら温厚でも、卵を取られて怒らない種族なんていないんじゃないかな?」

「小さな巣の竜を全滅させて奪うか」

「お前は一回死んでこい」


 いろいろな案を出し合い、ああでもないこうでもないと議論し合う。


「お水持って歩ければ良いのにね?」


 プリシアちゃんの何気ない一言に、そばで休憩をしていた女性が動く。

 近場から大きな葉っぱを何枚もちぎってくると、何重にも折り重ねていって、水の溢れない容器を作り上げた。


「すごいですわ」

「戦士になるなら、これくらいはできなきゃねえ」


 感動するライラに、優しく作りかたを教える女性。その後、女性とライラは話し合いから外れ、全員分の水の入れ物を練習がてら作る。

 そしてライラが水の入れ物を量産している間も、話し合いは続いた。


 どうやら、ここである程度の答えまで導き出すみたい。竜人族の男女はじっくりと腰を据えて話し込む。

 途中、二人の男性が席を外す。どうやら食事用の獲物を狩りに行ったみたい。気配を殺した二人の男性は、弓矢を担いで樹海の奥へと消えていった。


「そもそもさ。竜の卵を村に持ち込んだら、村が危険にならないかしら」


 おお。どうやら良いところに気がつきましたね、お嬢さん。

 僕だけは話し合いに参加せずに、プリシアちゃんとアレスちゃんの相手をしていた。

 僕がなにやら答えを導き出している、というのは竜人族やルイセイネは気づいているみたい。でも、僕に安易に答えを聞こうとはせずに、自分たちの知恵で乗り切ろうとしている雰囲気がある。


 これって良いことだよね。何でもかんでも誰かに頼ろうとはしない。もちろん緊急時や手に負えない場合は別だけど、今はじっくり話し合える余裕があるのだから、彼らの選択肢は間違っていないと思う。

 そして僕も、出しゃばって答えを言うような馬鹿な真似は控えていた。


 プリシアちゃんとアレスちゃんとままごとをしながら、僕は自分自身の成長を今更ながらに実感する。

 竜峰に入ってから沢山の失敗をしたし、思い通りにいかないことばかり。西の村の事件では今のところ役に立てていないし、ライラへの手助けもミストラルやルイセイネほど貢献できていない気がする。

 だけど、毎日を四苦八苦しているのは、僕だけじゃないんだね。

 叡智を湛えた竜族に近い存在で、人族よりも遥かに優れた竜人族でも、今こうして悩み困っている。


 そして、そんな人たちと自分を比較することで、客観的に自分の今の実力と成長をようやく実感できていた。


 あ、これは優越感とかじゃないよ。


「にゃあ」


 沢山の失敗と、ちょっとの成功。でも、経験だけは今ここにいる竜人族の男女の誰よりも、僕の方が積んできたという自信がある。

 そして経験の差が、いま如実に表れているんだと感じていた。


「成功も失敗も、大切な経験値になるにゃん」

「ちからがあっても、けいけんがないとよわいよ」


 ニーミアとアレスちゃんの言うとおりだね。


 僕は力を手に入れたけど、経験値が足らなかった。だけど、竜峰で色々と体験して、力に相応しい知識と思考を手に入れ始めているのかもしれない。


「卵を村に持ち込むと、村が危険になる。じゃあどうすれば良いんだ。それこそ絶望的じゃないか」

「だよな。村に危険を持ち込むわけにはいかない」

「でもそれをわかっていて、お題として出してきたのよね?」

「なら、絶対にこの問題の抜け道があるはずだ」

「抜け道、裏道を見つけ出せるかが、戦士としての資質に関わってくるのかもね」


 話し合いは続き、狩りに出ていた男性二人が、さばいて焼き上げた獣の肉と果物を幾つか採って帰って来る。


「いやあ、この先に地竜の巣があって焦ったよ」

「危険な感じ?」

「いいや、大人しい方の奴だった」

「そうか」


 肉と果物を配り、食事を摂りながら周辺の状況を改めて確認し合う。


「エルネア君は余裕ですね」


 なかなか答えを導き出せないルイセイネが、頬を膨らませて僕に八つ当たりしてきた。


「わたくしもこの試練なら自信がありますわ」


 ライラが色々と勝ち誇ったように、たわわなお胸様を張ってルイセイネを挑発する。


「そんなっ。ライラさんも試練への突破口を見つけているんですか!?」


 愕然がくぜんとするルイセイネ。そして、こちらの話を聞いていた竜人族の男女。


「おいおい、俺たちより人族の方が優秀じゃないか」


 竜人族の男女は互いに見つめ合い、顔をしかめる。


 人族の僕たちの方が先に答えを出してしまってごめんなさい。でも、僕もライラも特殊な条件なんですよ。みなさんの参考にはならないんですよ、と言いたかった。


 だけど、違う言葉なら、発さないといけなかった。


「みんな、飛竜だ!」


 寛いでいた僕たちのいる場所の上空。樹海の濃い樹々の屋根の上を、何体もの飛竜の影が高速で通過する。

 一瞬で僕たちの頭上を通過していく飛竜の影。

 そしてその内の一体と、僕は目があった。


 見つかった!


 飛竜は確実に僕たちを捉えていた。

 上空で飛竜が雄叫びをあげる。


「いかん、見つかったぞ。逃げろっ!」


 穏やかな話し合いの場は一転。僕たちは慌てて立ち上がると、その場を急いで後にする。


 その直後。


 僕たちが寛いでいた場所に、上空から幾つもの火の玉が落ちてきた。

 爆音と熱波が樹海を襲い、一瞬にして僕たちが居た場所が火の海になる。


 僕はプリシアちゃんを抱きかかえ、みんなと同じように駆けた。僕の後をアレスちゃんが飛んで続き、ルイセイネとライラも少し離れた場所を走る。

 竜人族は散り散りに樹海の中を逃げ回っていた。


「くそうっ、なんで突然、飛竜が襲ってきたんだ!?」


 男性が叫ぶ。


 飛竜は確かに凶暴だ。でも、だからといって、人を見つけたら問答無用で襲ってくるような生き物でもない。

 手当たり次第、は昔の暴君だけなんだ。


 でも今の僕らは、突然の飛竜の襲撃で混乱していた。

 走りながら上空を見上げると、十体近い飛竜が頭上を旋回していた。


「な、なんだあれは?」


 すぐ側で僕と同じように空を見上げた男性が、足を止めて呆然と立ち尽くす。


「今は止まっちゃ駄目です。逃げて!」


 僕は空いている手で立ち止まった男性の腕を掴み、強引に引っ張って走らせる。

 僕も飛竜を見て愕然とした。でも、だからこそ、止まってはいけない。逃げなきゃいけない!


 上空で旋回し、攻撃の機会を窺っている飛竜のむれ。その全てが不気味な黒い竜気を纏った飛竜だった。


 そんな馬鹿な、と僕は心の中で叫ぶ。


 不気味で、黒く可視化する程に濃い竜気を纏わせた飛竜。

 忘れるわけがない。


 あれは、オルタが操っていた飛竜と同じだ。

 オルタは、邪悪な力で飛竜を操ると言っていた。不気味な黒い竜気は、操られている証拠だ。


 あの飛竜の群は、操られて僕たちを襲ってきているに違いない。

 でも、十体近くも同時に操れるなんて、聞いてない!


 不気味な飛竜の襲来に、僕たちは樹海の中を逃げ惑う。

 空からは容赦なく火の玉が降り注ぎ、瞬く間に樹海は炎の森へと変わっていく。


「ルイセイネ、危ないっ」


 急降下してきた飛竜の一体が、鋭い足の爪を光らせてルイセイネに迫る。

 ルイセイネは間一髪、高速移動の法術を発動させて回避した。

 ルイセイネを仕留めることができなかった飛竜は、地上すれすれで激しく羽ばたき、急上昇。すぐさま上空へ戻る。


 近くで地響きと衝撃が広がる。別方向へ逃げていた竜人族の男性めがけて、別の飛竜が急降下強襲していた。

 男性はなんとか回避し、木の陰へと逃げ込む。

 更に別の場所では、樹木をなぎ倒しながら低空飛行する飛竜の火炎の息吹が猛威を振るっていた。


 そして僕たちは、今度こそ愕然として、足を止めてしまう。


 なんだ、この光景は!


 目の前で繰り広げられているあり得ない光景に、僕だけじゃなく多くの竜人族が大きく目を見開き、棒立ちになる。


 黒く不気味に可視化した竜気を纏う飛竜。その全ての背中には、黒甲冑に身を包んだ人が跨っていた。


 そんな! と、西の村で黒甲冑の魔剣使いを見ているライラが息を呑む。でも僕はそれ以上だった。

 黒甲冑と飛竜の組み合わせは、まさに暴君と一緒にいた時に遭遇した、オルタと一緒だ。


 竜人族の人たちが推測していた答えは間違っていたのか。

 僕が過去に目撃したのはオルタではなく、こいつらの仲間だったのか。混乱する僕。

 でも、いつまでも立ち止まり、困惑している暇はない。


 強襲に失敗した飛竜は上昇し、空から僕たちを狙う。

 飛竜の背中から、無数の竜術の雨が降り注いだ。


 僕は空間跳躍でライラとルイセイネのそばに飛び、全力で結界を張る。

 直後、視界一面に黒い矢の雨が降り注いだ。

 樹海の樹々を撃ち倒し、大地に突き刺さる黒い矢の雨。

 僕が張り巡らせた結界が悲鳴をあげる。

 それでも、ライラの追加の結界と、ルイセイネの法術でなんとか耐え抜いた。


 黒い矢の雨が収まる。


 恐ろしい威力だった。

 僕たちがなんとか防げた威力の竜術。

 他の戦士候補者は無事でいられただろうか。


 土煙が晴れていく中、上空を警戒しつつ、周辺を確認する僕。

 だけどその前に、再び一体の飛竜が急降下してきた。


 僕たちに立ち直らせる間を与えないつもりだ!

 竜気を一気に爆発させ、迎え撃とうと構える僕。


 その時。


 樹海の森の奥から放たれた竜槍が、飛竜に直撃した。飛竜は耳が裂けるような甲高い悲鳴をあげながら、地上に落ちる。


「無事か?」

「時間を稼ぐ、今のうちに逃げろ」


 護衛役の竜人族の戦士たちだった。


 逃げ惑っていた戦士候補者は凄腕の戦士に守られていた。しかしあの威力。無傷の竜人族はいなく、中には重傷を負った人もいる。


 でもその中に、ザンの姿はない。

 未だに身を隠しているザンが、隙を突いて一体の飛竜を仕留めたんだ。

 ザンの竜槍を受けた飛竜は、悲鳴をあげながら地面に激突した後、動かなくなる。

 他の飛竜はザンの追撃により、上空へと追い戻された。


「空は俺が受け持つ。お前は奴を始末しろ」


 僕の隣に姿を現したザンが顎で示した先。

 墜落した飛竜の体の影から、黒甲冑の男がゆっくりと姿を現す。

 漆黒の全身甲冑。左手に同じく漆黒の盾を持ち、右手には禍々しい気配を放つ魔剣。

 竜峰の西の泉で相対した、魔剣使いと瓜二つの格好をした男だった。

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