みんなで仲良く行きましょう

 広場からは何筋もの道が延びていて、各々が自分の村の方角の道を選んで進む。

 僕たちは一旦南に下り、山脈の間を縫って南西へと向かう予定で歩き出した。


 ミストラルの村は、広場からは南寄りの南西の方角にある。つまり僕たちは、竜峰の北東部に連れてこられたわけだ。


 一緒の方角になった男性の話によれば、遠いところだと五十日近くかけて戻らないといけないような、遠くの村から来ている人もいるらしい。

 そんな人にも同じ条件で竜の卵を取って帰れなんて、酷じゃありませんか。と思ってはいけない。そこに、この試練の真意があるのだから。


 試練の真意に気づいた人は、同行している人の中では、どうやら僕だけみたい。みんなはどうやって竜の巣から卵を取ろうか、どうやって村まで卵を持って逃げ帰るか、相談し合っている。


 これって、経験の差、というのかな。自分だけが答えにたどり着いた優越感に、少し嬉しくなる。


「んんっと、お兄ちゃんが助平なこと考えてる?」

「プリシアが危険にゃん」

「うわっ、なんてことを言うんだよ。誤解です。だからそんな目で僕を見ないで」


 慌てて弁明する僕。というのも、いま僕は、険しい山道をプリシアちゃんに歩かせるわけにはいかないから、彼女をおんぶしているんだよね。そしてプリシアちゃんは、僕にぎゅっと抱きついている。


 それで助平心を働かせたと勘違いしたんですよね。だからルイセイネもライラも、そして他の同行している女性の方々も、僕をじと目で見てるんですよね。

 でも誤解なんです。僕は決してそういう趣味ではありません。ただ優越感に浸っていただけです。


「なんだ、竜王はそういう趣味か」

「違いますって」

「本命はおんぶしている幼女か」

「いやいや、だからね?」

「隣に浮いて付いて来ている幼女……多分、精霊か。その子も趣味で連れているのか」

「ミストラル様という女性がありながら」


 どうも、男性諸君には大変な誤解を与えてしまったようです。

 とほほ、と肩をすぼめて落ち込むと、女性陣がくすくすと笑いあう。


「あら可愛い」

「これは女心をくすぐるわね」

「むむむ。エルネア様は渡しませんわ」

「うわっ、ライラ! 胸がっ」

「ひゃあっ」


 竜人族の女性のからかいから僕を守ろうとしたライラは、両手が塞がっている僕の顔をお胸様で包む。でも自分でやった行為に恥ずかしくなり、慌てて僕を突き飛ばす。

 僕は体勢を崩して、反対側のルイセイネの胸に飛び込んだ。


 うううむ、ライラと比べると。


「ちっぱいにゃん」

「んなっ!?」


 せっかく僕を抱きとめてくれたルイセイネが、僕のお尻をつまんだ。


「痛いっ。僕は決してそんなことは思っていないよ。誤解だよ」

「本当でしょうか」


 ぐうう、ニーミアめ。覚えてなよ。


「にゃあ」


 ニーミアは危険を感じたのか、プリシアちゃんの頭からライラの頭に飛んで移動する。

 今回のニーミアは、僕たちを見てるだけの存在なんだ。ニーミアが出て来ちゃうと、その圧倒的な存在感で試練にならなくなっちゃうからね。

 だからニーミアは、食っちゃ寝を満喫するらしい。羨ましいことです。


しゃべったわ、可愛い」

「あんなに大きな竜だったのに、古代種の竜族とは凄いな」


 愛らしい姿と、可愛い鳴き声に魅了された竜人族の人たちが、集まりだす。


 ええっと、きゃっきゃうふふと楽しんでいる場合じゃないですよ、皆さん。今は戦士になれるかの試練中ですよ?

 出発したばかりだからなのかな。少し浮かれ気味の竜人族の人に、注意を促した方がいいのかな。と思った矢先だった。


「どこぞやの奴のせいで試練がいつもより厳しくなっているというのに、呑気なものだな」


 僕たちの後方から、鋭い気配と言葉が飛んできた。


「別に浮かれているわけじゃないぜ」

「ちゃんと周辺へ気を張っているわ」

「お前たちこそ、試練の難易度に尻込みして怯えてるんじゃないのか」

「なにっ!?」


 後方からの挑発に、僕の周りの竜人族の人がいきり立つ。

 僕の周りは、瞬く間に剣呑な雰囲気になった。

 こらこら。こっちは小さい子供がいるんですから、喧嘩なら他所よそでやってください。


 少し心配になって背中のプリシアちゃんの方を振り返ったら、浮いてついて来ているアレスちゃんと仲良く遊んでいた。

 君たちは本当に場の雰囲気にのまれないね。

 この試練を受けて一緒に行動をしている一行の中で、実はプリシアちゃんが一番の大物じゃないのだろうか。


 僕の視線に気づいたプリシアちゃんは、僕と視線を合わせて、満面の笑みを浮かべる。


「喧嘩は駄目よ。大おばあちゃんに怒られるもん」


 なるほど。プリシアちゃんにとって、この場の険悪な雰囲気は意に介さない範囲の出来事なのかも。プリシアちゃんが恐れるのは、大長老のユーリィ様とミストラルの本気のお叱りだけなのかもね。

 本当に気の太い幼女だね。


 しかしプリシアちゃんの満面の笑顔を他所に、僕の周りではいろいろと危ない雰囲気になってきていた。


「お前たちのような南部の者は、軟弱過ぎなんだよ」

「言ってくれるな。貴様ら北西部の奴らが荒っぽいから、魔族との和平が進まないんだ」

「魔族にしっぽを振る腰抜けどもめ」

「なんだとっ」


 厳つい男性同士が胸ぐらを掴んでいがみ合う。


 なんで喧嘩になっちゃうんだ。竜人族は人族よりも優れていて、凄いんでしょう。なのに、こんな些細なことで喧嘩になるなんて、街角の酔っ払いと一緒だよ。


 気の荒い男性同士が今にも殴り合いになりそうな雰囲気で、女性も釣られて怒気を含み出した。


 これはいけない。いきなり喧嘩で、これから先の旅路が剣呑になるのはいただけない。それに大人の喧嘩なんて、小さな子供や女の人に見せるものじゃないよ。


 僕はプリシアちゃんをルイセイネに預ける。

 ルイセイネは、僕がやろうとしていることを既に竜眼で察知していた。


「みんなで同じ試練を受けている仲間なはずなのに、喧嘩なんて馬鹿げています。僕の実力を疑っているなら、今ここで試せばいい」


 言って僕は竜気を膨らませ、因縁をつけてきた後方の竜人族の青年を見据えた。

 彼らは、人族の僕が竜王で、竜人族と同じように戦士の試練を受けていることが気にくわないんだ。


「みなさんも、目の前の試練に集中してください。この試練は、無策で挑んだら本当に大変なんですよ!」


 僕は、周りでいきり立つ他の竜人族の人たちにも気を飛ばす。


 浮かれている場合じゃないんだよ。早くこの試練の突破口を見つけ出さないと、自分だけじゃなくて他の人にも迷惑がかかる可能性があるんだ。だから余裕のある今のうちに、真剣に考えておかないといけないんだ。

 この状況判断ができないなら、君たちは本当に戦士になんてなれない。


 僕の爆発的な竜気に当てられ、みんなが冷静さを取り戻し始める。


「みんなで行動しているうちに試練の突破口を見つけ出さなきゃ、後でひとりで考えなきゃいけなくなるんです。それって、とても難しいんですよ」


 竜峰をひとりで旅した僕には、痛いほどわかる。ひとりで塞ぎ込んで考えても、良い案なんてそうそう思いつかないんだ。誰か協力してくれる相手がいるのなら、協力しあうべきだよね。


 この試練は、他の人たちとの協力は禁止されていない。そしてそれが、この試練を突破する糸口のひとつなんだと思う。


 僕の竜気に一番驚いていたのは、因縁をつけてきた竜人族の人たちだった。彼らが僕の竜気に尻込みして怒気を消すと、胸ぐらを掴みあっていた他の竜人族も手を離して怒りを収める。


「さすがは竜王なのか。こんなに凄い竜気だとは」

「恐れ入った」


 一人一人が僕に頭を下げて謝罪していく。

 ええっと、そんなつもりで威嚇したわけじゃないんだけど。

 思わぬ事態に、僕は困惑してしまう。


「ちっ、竜気だけ凄くても……」


 そして愚痴りつつも、因縁をつけてきた竜人族まで頭を下げて謝罪してきたのには驚いた。


「エルネアお兄ちゃんは竜王だということを、もっと自覚する必要があるにゃん」


 それってつまり、竜王の僕が叱ったから、みんなは従ったってことなのかな。

 ううむ、複雑な心境です。

 それじゃあ、竜気を爆発させなくても、僕が何かを指摘していたら、みんな従っていたのかな。


「違うにゃん。逆にゃん。エルネアお兄ちゃんの竜気を感じ取ったからこそ、竜王なのだとわからしめたのにゃん」


 なるほど。普段の僕は、竜気を竜宝玉に内に抑え込んでいるので、竜力が低いと見下されていたのか。

 でも今ので、僕の竜力はわかってもらえたはずだよね。これでいざこざが収まれば良いんだけど。と思いつつ、僕たちは下山を再開させた。


 だけど僕の杞憂きゆうは当たることなく、無事に山脈の裾野すそのまで下ることができた。

 山脈の下は深い樹海になっていて、入って間もなく、僕たちの後ろからついて来ていた因縁をつけた竜人族の人たちは、別の枝道へと姿を消す。


 彼らの気配が完全に消えたところで、誰ともなくほっとため息を吐いた。


「感じ悪いですわ。竜人族の中にも、ああいう方たちもいらっしゃるのですわね」

「同じ竜人族として、申し訳ない」


 ライラの愚痴に、近くを歩いていた男性が謝罪を入れる。するとライラは慌てて言い繕って、その慌てぶりにみんなが微笑む。


 大きな問題は発生しなかったけど、今まで気まずい雰囲気だったからね。ライラの言動でようやく、場がなごんできた。


「んんっと、お水飲みたいよ?」


 僕の背中から降りたプリシアちゃんが、喉の渇きを訴える。

 そうだね。山脈の麓から一気に下ってきたけど、そろそろ喉が渇いても仕方がないか。

 この辺りの沢か泉は、と記憶を辿っていると、ひとりの女性が手を挙げた。


「私が知っています。案内しましょう」


 言って樹海の奥に進み出す女性。

 僕たちは女性の後を追って進む。

 下山しながら少し聞いた話によれば、戦士候補者は全員、広場で水と食料を没収されたらしい。

 自力で調達しながら、村に戻ってこいってことだね。

 ちなみに、これは毎年恒例ということらしく、戦士候補者は広場に来る途中で、ちゃんと水源の位置を把握していたみたい。

 樹海の中を躊躇いなく進んでいく女性の足取りは頼もしく、しっかりと場所を把握している証拠だった。


 さて、これでこの人たちと一緒に移動している間は、水に悩まされなくて良さそうだよ。あとは、食料か。

 手頃な獲物はいないか。慎重に気を張る範囲を広げながら、辺りの様子を伺う。

 ここで一気に気を張り巡らせて、万が一にも好戦的な種族の縄張りを犯したら大変だからね。


 慎重に慎重に。


 そして気を張りつつ、竜脈も探る。

 近くに竜族や魔獣がいれば、竜脈に何かしらの反応があるかもしれない。

 ミストラルやスレイグスタ老ほどの精度ではないんだけど、一応は探りを入れてみた。


 すると、樹海には幾つもの竜族の巣があることに気づく。


 これは、油断していると危険だね。


 僕が周りに注意を促すと、全員から感心された。そして、一気に緊張した気配になった。

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