燃える樹海
「ルイセイネは、怪我人の治療をお願い。ライラも協力して!」
「はい、お任せください」
「かしこまりましたですわ」
僕はプリシアちゃんをライラに預ける。ルイセイネは、負傷した竜人族を上空から見えにくい場所に集めてもらい、治療を開始する。
そして何人もの戦士がその場に結界を張り巡らし、僕たちと隔離された。
地上に落ちた黒甲冑の魔剣使いに邪魔をされないように、僕は武器を構えて対峙する。
ザンと数名の戦士が、上空の飛竜に向けて竜術を放つ。
飛竜はやはり操られているのか、動きはそれほど俊敏ではなく、地上からの攻撃に対して空高くに上がることでなんとか回避している。
今のうちに、魔剣使いを倒す!
僕はアレスちゃんと融合し、全身に力を
そして、空間跳躍。一瞬で魔剣使いの背後に飛び、全力で白剣を振るう。
甲高い衝撃音と、火花が散った。
不意を突いた死角からの攻撃だったけど、魔剣使いは素早く反応して、僕の一撃を盾で防ぐ。
やはり、西の泉で相対したような魔剣使いだ。鉄壁の防御力。続けざまの連戟も魔剣と盾で受け流される。
そして反撃。
上段から振り下ろされた魔剣を、霊樹の木刀で受ける。
重い一振りに、体勢を崩す。
盾を使って殴りにきたところを間一髪かわすけど、魔剣が連続して振られて、僕は白剣も使って防御に回る。
なんて重い一撃なんだ。
一撃一撃が、鈍器のような殴りつける武器の重さ。片手で持つ刃のある武器の戦い方じゃない。
そのせいか、力任せで振る一撃を白剣で受けると、魔剣は刃こぼれしていく。
攻撃の意図がつかめない。武器の特性なんて考えず、ただ武器を振り回しているだけにしか見えない。
魔剣使いの意図を読み取ろうと顔を見たけど、深く被った兜の影に隠れ、表情は見えなかった。
魔剣使いの横薙ぎを背後に跳んで回避する。そして、すぐに空間跳躍で間合いを詰める。
全力で振った一撃が空振りに終わり、体勢が崩れたところを斬りつける。
魔剣使いはそれでも盾を振って防ぐけど、僕は手を止めない。
魔剣使いの攻撃と防御をいなし、僕は舞う。
この魔剣使いは攻撃こそ雑だけど、防御は完璧だ。真正面から攻撃をしても、必ず防がれる。
相手を
僕は魔剣使いの周囲を軽やかに周りながら、剣戟を繰り出す。
姿勢を落とし、足元に回し蹴り。魔剣使いの注意が下に向けば、上段に白剣の一撃。霊樹の力を借り、魔剣使いの視線に合わせて葉を舞わせ、注意を反らせる。
僕は魔剣使いを中心に舞う。
魔剣使いは、防御は完璧だけど、力任せで動きは荒い。力任せの相手に力で対抗はしない。それはミストラルとずっと手合わせしてきて身につけた経験。
流れる動きで白剣を振るう。その際に僕は、竜気を白剣に目一杯送る。
白剣の斬れ味をもってしても、魔剣と盾を両断することはできない。それでも僕の一撃を受けるたびに魔剣は刃こぼれしていき、盾は裂傷していく。
僕の多連撃の竜剣舞に、防戦一方になる魔剣使い。
僕の間合いを嫌がり後退しようとするけど、回り込みながら攻撃を繰り出す僕からは逃れられない。
魔剣使いは状況を打開しようと、魔剣に不気味で禍々しい竜気を送り、必殺の一撃を振るう。
僕はそれに合わせ、腰を
甲高い音が、今も燃え上がる樹海に響き渡った。
そして、魔剣の刃が中程から折れ、刃先が火の海の中に消える。
一瞬、魔剣使いの動きが止まった。
僕はその隙を見逃さず、渾身の連戟を叩き込む。
下段から振り上げた霊樹の木刀が、盾を弾き飛ばす。そして勢いそのままに身体ごと回転し、白剣を叩き込む。
白剣は黒甲冑を両断し、魔剣使いの胸を大きく斬り裂いた。
真っ赤な血が吹き出し、魔剣使いが崩れ落ちる。
魔剣使いは倒した。でもこの場の戦闘はまだ続いている。
燃え続ける樹海は、次第に僕たちのいる場所にまで迫ってきていた。
多重結界内で治療に当たっているルイセイネの顔色が悪い。法力が限界に近いのかも。
ザンたちは大丈夫かな、と確認すると、こちらは攻撃から防御に切り替えていた。
ルイセイネが治療を施している場所の周囲に集まり、上空からの攻撃を迎撃しつつ、結界の強化に努めている。
空高くに逃げる飛竜に竜術を放っても、無駄に竜気を消耗するだけ。
そして僕は、ある事に気づいていた。今は別の気になる案件もある。きっとザンたちも気づいていて、それを警戒してまとまっているに違いない。
「もう少しだけ耐えて!」
ザンに向かって叫び、僕は返事も待たずに空間跳躍をする。
連続で跳躍を繰り返し、燃える樹海の範囲を過ぎ、樹海の奥深くに入る。
魔剣使いは倒したけど、空の飛竜をどうにかしないといけない。
そして、それを打開するために、僕が向かった場所。
竜気を惜しみなく消費して空間跳躍を繰り返し、辿り着いた場所。そこには、民家並みの巨体をした地竜の巣があった。
近くの樹海が燃え上がり、上空には不気味な飛竜。そして乱れた竜脈と、戦闘の気配。
地表を浅く広く掘り、そこに枝木を敷き詰めて巣とした地竜の群は、周囲の異常に警戒してまとまっていた。
そして突然現れた僕を見て、威嚇の声を上げる地竜の群。
低い地響きのような雄叫び。でも竜心を持つ僕は、地竜のはっきりとした意思を読み取る。
『何者だ』
『この騒ぎは、貴様か!』
『人族風情が、なぜこのような場所にいる』
平穏な生活を乱されたせいか、温厚だと言っていた地竜にも怒りの色が見て取れる。
「すみません。僕たちは襲われているんです。協力していただけませんか」
『何を馬鹿なことを言うのだ、この小僧は』
『帰らせろ。ここにこいつが居ては、我らにまで被害が及ぶ可能性がある』
『我らの生活を乱す者だ。容赦するな』
地竜は口々に、僕をどうにかしようと叫ぶ。そして、群の中でも一番大きな地竜が、僕に向けて足を前に出す。
「ちょっと待ってください。僕は竜心持ちです。貴方がたと会話ができます。だから少し僕の話を聞いて!」
『竜心を!?』
『人族がか』
訝しがりつつも、大きな地竜の動きが止まる。
「襲われているのは、確かに僕たちです。あの空に舞っている、不気味な飛竜に攻撃されているんです」
『それがどうした。貴様らが襲われていることなど、我らには関係ない』
地竜が低く喉を鳴らす。
「いいえ、関係なくない。あの飛竜は、操られているんです!」
僕が指差す空の先。そこには禍々しい竜気を纏った飛竜が旋回し、地表に向けて火の玉を落としていた。
「このままでは、この樹海は燃えて、この巣にまで被害が広がります」
『それは貴様らのせいだろう』
怒りをむき出しにして雄叫びをあげる地竜。
「ちがう! 僕たちは確かに襲われているし、そのせいで樹海が燃えているけど、今は誰のせいだなんて言ってられないでしょう。現実問題、樹海が燃えているんです。このまま他人事、他人のせいだと言っていても、被害は収まらない。それなら協力して早く問題を解決して、少しでも被害を抑えるべきです!」
ちょっと強引だけど、間違ってはいないと思う。地竜も僕の言い分をわかっているのか、ぐるる、と喉を鳴らして困る。
「それに」
僕は地竜に、飛竜の正体を教える。
「あの飛竜は、操られているんです。何者かが、竜族を操っているんです。このままだと、貴方たちも操られて、ああいう風に邪悪に堕ちてしまうかもしれないんですよ?」
『我らが容易く操られるものか!』
「いいえ、きっと抵抗できない。多分あの飛竜を操っているのは、オルタの可能性があるから」
オルタ、という名前に、地竜は唸る。復活した可能性のあるオルタの事は、竜人族の問題。だけど、過去にも竜族を操り、竜峰で暴れまわったオルタの事を、竜族が知らないわけがない。
「このままだと、竜族の誰が操られて邪悪に堕ちるかわからない。それはもしかしたら、貴方たちなのかもしれない。呪われ操られて、同族同士で殺し合いをしたいんですか」
僕の説得に、顔を見合わせる地竜の群。
『しかしそれならば、今あの飛竜をどうにかしたところで、根本的な問題は解決しない。操っていた飛竜を失っても、次を探せばいいだけではないか』
「はい。でもまずは目の前の危険を排除しなければ、僕や貴方たちに先はありません。今回、奴らは複数の竜族を操れる事がわかりました。これはもう、竜人族だけの問題じゃない。この問題を放っておけば、多くの竜族にも被害が及びます。だから、協力しましょう。今回だけじゃなく、これからもずっと。オルタの問題が解決するまでは!」
竜人族、竜族が別々に動いていたら、オルタにいいように
今回の事件は突発的なものだったけど、これをきっかけに協力関係が結べれば。
僕の言葉を受け、現状を認識し、今後の事を熟考する地竜の群。
『今回の協力が、貴様ら人どもと我ら竜族が手を結ぶ第一歩にしろ、と貴様は言うのか』
「はい。竜族の方から協力の姿勢を見せて、恩を売るのもいいんじゃないですか」
悪巧みの笑みを浮かべた僕を見て、地竜が愉快そうに笑う。
『くくく。面白い人族だ。良いだろう、今回は貴様の思惑に乗ってやる』
一番大きな地竜が吼えると、続けて巣にいた他の地竜も雄叫びをあげた。
『今回は特別だ。背中に乗れ、小僧。そして我らを案内しろ!』
おお、地竜の背中に乗れる。僕は空間跳躍で、一番大きな地竜の背中に飛び乗る。この地竜が群を率いているんだね。
僕が指し示す樹海の森に向けて、地竜の大行進が開始された。
「うわっ、みんなで移動するのか!」
大人だけが協力してくれると思い込んでいた僕は驚く。
移動を開始したのは、体格の小さな子供の地竜も含まれていた。
『当たり前だ。我らが不在の時に、残った一族が操られては元も子もない』
なるほど、そうだよね。
納得する僕を乗せて、地上を爆進する地竜の群は、まさに圧巻だった。
林立する樹木を回避するような手間はとらない。木々をなぎ倒し、地響きをあげて進む。
地上の異変に気付いたのか、二体の飛竜がこちらに向かって飛んできた。
地竜が鋭い雄叫びをあげる。
すると、地上の岩が恐ろしい速度で空へと跳ね上がる。突然の攻撃に、操られて動きの鈍い飛竜は対応できない。
地上からの巨石の雨が次々と飛竜に直撃し、見るも無惨な肉塊になって地上に落ちる。
地竜の爆進は止まらず、燃え上がる樹海に入る。
先頭を走る、僕を背中に乗せた地竜が太い尻尾で地表を激しく叩く。
現実なのか、と疑うような現象を僕は目にした。
地表が水のように波打ち、燃え上がる樹木を地中に引きずり込む。そして見る間に、僕たちの進行方向の燃える樹海は大地に飲み込まれて、道が出来上がる。
地竜の群の爆進が再開される。
水のような動きを見せた地表だったけど、地竜が踏み締める大地はしっかりと固く、今の現象が本当に夢ではないか、と思えるくらいだ。
そして僕と地竜の群は、ザンたちが防戦に集中している襲撃現場にたどり着いた。
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