地竜と飛竜
突如として爆進してきた地竜の群。その群の先頭で走る、一際大きな地竜の背中に乗る僕。
ルイセイネとライラだけじゃなくて、ザンたち凄腕の戦士までもが呆気にとられて僕を見上げていた。
「ほらほら、みんな油断しないで。飛竜が攻撃を仕掛けてきたよ!」
僕の注意の言葉で我に返った戦士たちが、負傷者の周りに改めて結界を張り巡らせる。
しかし戦士たちの結界は、もう役に立つことはなかった。
襲撃現場に到着した地竜が、雄叫びをあげる。足と尻尾で大地を踏み鳴らし、桁違いの竜気で竜術を放つ。
地震のように揺れる大地。
急降下してきた飛竜めがけ、先が鋭く尖った岩の針が大地から無数に伸びる。そして、回避しきれなかった飛竜が串刺しになった。
さらに、間一髪で回避した飛竜を、砂嵐が襲う。
荒れ狂う砂塵に呑み込まれた飛竜は、地上から巻き上げられた大小の石や岩によってすり潰されて、肉片を散らしながら絶命した。
圧巻の威力。これが竜族の力なんだね。
息を呑む間に飛竜を駆逐した地竜が、勝利の咆哮をあげた。
低い地鳴りのような
「ええっと、勝利に沸いているのは良いんだけど、出来れば燃えている森の炎も消してくれると嬉しいな?」
『やれやれ、つまらん奴だ。喜ぶべき時は喜べ』
と言いつつも、地竜は極太の尾で大地を叩き、道を作った時のように大地を波打たせると、燃える樹海の樹々を地中へと沈み込ませていく。
僕と地竜たちの様子を油断なく観察していた引率の戦士たちは、樹海の火事もこれなら大丈夫だと判断したようで、ザンを含む凄腕の戦士の気配が消える。
ただし、試練を再開させたわけじゃない。もうひとつ、飛竜の襲撃直後からあった案件を片付けに行ったんだね。
燃える森が消え、樹海の中に草一本も生えていない広い空間が生まれる。
鎮火したことを確認した地竜が、再度喜びの雄叫びをあげた。
「ありがとうございます」
僕がお礼を言うと、地竜も満更でもない表情を見せる。
『飛竜は宿敵。呪われ操られていたとはいえ、一度にあれだけの飛竜を葬り去れるとは愉快だ』
がはは、と笑う地竜たち。でも竜心のないだろう他の人には、喉を鳴らす地竜は怖かったみたい。
治療と防御の為にまとまっていた竜人族の人たちが、露骨に顔を引きつらせていた。
「さすがエルネア様ですわ」
ライラが地上で目を輝かせて、僕を見上げていた。
僕はもう一度お礼を言うと、地竜の背中から降りる。
「すごいすごい」
「かっこいいよっ」
こらこら、そこの幼女たち。僕と入れ替わりで地竜の背中に乗って、小躍りしちゃいけません。
空間跳躍で地竜の背中に飛び乗ったプリシアちゃんと、再顕現したアレスちゃんが、陽気に踊る。
だけど、やはり根は温厚な地竜なのか。それともプリシアちゃんの恐ろしい力が発揮されたのか。子供二人を背中に乗せても、地竜は一向に気にした様子は見せなかった。
重傷者の応急処置が終わり、地面にへたり込んでいるルイセイネに、労いの言葉をかける僕。
ルイセイネは顔色こそ悪かったけど、大粒の汗を浮かべながらも、僕に微笑み返す。
「これが竜王の力か」
「地竜一体だけではなく、群ごと従わせるとは」
「それに比べて、俺たちはなんて不甲斐ないんだ」
負傷し、足手まといにしかならなかった、と竜人族の戦士候補者たちが肩を落とす。
「そんなことないですよ。僕はたまたま竜心が使えて、地竜の皆さんが親切だったんです」
「竜心を持つ、それだけで凄いことだよ」
「竜心があるだけでは、地竜は従わないわ」
弁明したんだけど、墓穴を掘ったみたい。戦士候補者は自分の至らなさに、余計に消沈していく。
「素晴らしい戦いだった。君ほどの剣術使いは、竜人族の中にはいないだろう」
「ウォル様よりも凄いんじゃないかな」
この場に残った凄腕の戦士に褒められて、はにかむ僕。
僕自身は、黒甲冑の魔剣使いとの戦いはまだまだ至らないところだらけだ、という自己評価なんだけど。でもやっぱり、第三者の目から見ればそれなりなんだろうか。
「それなり以上にゃん」
プリシアちゃんの頭の上にいたニーミアが、僕の頭の上に移動してくる。
地竜が一瞬だけ、ニーミアを興味深そうに見た。
「ミストとライラと三人でも崩せなかった防御を、エルネアお兄ちゃんはひとりで超えたにゃん」
「いやいや。あの時の魔剣使いとは別人だし。それにあの時は、生け捕りにしようと思ってたから、ミストラルは手加減していたんだよ」
ニーミアの誤解を解きつつ、先程倒した魔剣使いの死骸がどうなったのかと、周りを見渡す。すると、燃えていた樹海の木々は地中に沈んだけど、黒甲冑の魔剣使いと飛竜の死骸は地表に残されていた。
『人の死骸が何者であるか、確かめる必要があるだろうよ』
僕の視線に気づいた地竜が言う。
そうだよね。死骸を調べることによって、何かわかることがあるかもしれない。少なくとも、黒甲冑の男の種族くらいは、竜人族が検死をすればわかるんじゃないかな。
地竜の機転に、僕は感謝した。
地竜の背中で遊ぶプリシアちゃんとアレスちゃん。疲労困ぱいのルイセイネと、そのそばで献身的に手助けをしているライラ。そして地竜の群に若干引き気味だけど、飛竜の襲撃が終わったことに安堵する竜人族。
地竜と僕、それと残った凄腕の戦士たち以外がほっと胸を撫で下ろした時。
少し離れた場所で、単発的な戦闘音が響いた。
気を抜いていた戦士候補者たちに、緊張が走る。
「どうやら、一悶着あったようだな」
「これで確定したな」
「ふふん、相手が悪かったな」
残っていた凄腕の戦士たちは、何が起きているのか理解しているようだね。僕も把握している。
実は、飛竜の襲撃があった直後から、不穏な気配があったんだ。
気配を巧みに消した何者かが、僕たちを監視していた。そして飛竜は、この監視者は襲わなかった。
監視者は、ザンたち程に気配を完璧に消せる猛者ではない。ならば、上空の飛竜にも存在が知れていたはず。それなのに、襲われなかった。
怪しいよね。
そしてザンたちは、その監視者に気づいていて、飛竜と同時に警戒していた。
たぶん、上空だけに集中して迎撃していれば、操られて動きが鈍い飛竜なら、倒せなくとも追い払うくらいはできたのかもしれない。
だけど、上空の飛竜に意識を向けていて、監視者になにか横槍を入れられたら足もとをすくわれる可能性があった。
だからザンたちは防御に回って、僕を遊撃担当にしたんだ。
これって、僕は信頼されてるってことなのかな?
「そうにゃん。立派な戦士にゃん」
ニーミアに褒められて、少し嬉しくなる。
僕が照れていると、単発的な戦闘はすぐに終息する。そして待っていると、燃え残った樹海の奥から、ザンたちが戻ってきた。
両肩に人を担いで。
「土産だ」
言ってザンたちは、担いでいた人を地面に無造作に放り投げる。
だけど、担がれていた人は意識を完全に失っているのか、
「ザン、この人たちは?」
意識を失い、地面に放り出された人は全部で六人。その顔を見て、僕ははっと息を呑んだ。
見覚えのある顔があった。
自分が口にした質問が、馬鹿みたいだよ。
見ただけで、人族の僕にも彼らが何者かがすぐに分かった。
「これは、下山中に私たちに因縁をつけてきた竜人族ですわ」
僕のそばにやってきたライラが、僕と同じように息を呑む。
「なに!?」
「どういうことだ!」
比較的軽症で、動ける人たちが僕たちの周りに集まりだす。
「なんでこいつらがここに居る?」
「この人たちって、麓で別れたわよね?」
「ああ。こいつらは北西部の部族だ。俺たちとは進行方向が違う」
「じゃあ、いったいなぜ?」
戦士候補者の疑問は、全員の疑問だった。
「わからないから、生け捕ってきた」
言ってザンは、足もとに倒れている中肉中背の男性の腹に、蹴りを入れる。
うっ、と呻く男性。
「起きろ」
更に二発、蹴りを入れるザン。ちょっと手荒すぎる起こし方だよ。
腹部を蹴られ、男性が意識を取り戻したのか、
その瞬間、ザンは男性の首を踏みつけ、動きを封じた。
そしてゆっくりと瞼を開け、周りの状況を認識する中肉中背の男性は、見るからに顔を真っ青にさせて、もがこうとする。
しかしザンに首を踏まれていて、抵抗できない。
男性は恐る恐る、自分を踏みつけているザンを見上げた。
「状況は理解できたな」
ザンの冷たい視線に、男性は目で頷く。
「お前たちの目的を聞こうか」
「な、何のことだ」
男性は、首を踏まれていて喋り辛そうだ。だけど、ザンは足を外す気はなさそう。
「何故、俺たちを監視していてた」
「言っている意味がわから……うがあっ」
男性が惚けようとして、ザンが足に力を入れる。足が首に食い込む痛みに、男性が悲鳴をあげる。
「もう一度聞く。何故監視していた」
「き、気のせいだ。俺たちは、戦士候補者を見守っていただけだ」
「嘘をつけ。お前たちの部族は、こっちの方角じゃないだろう」
「そ、そうだ。でも、候補者が道に迷ったんだ」
「ほほう。道に迷ったら、別の村の候補者をこそこそと監視追跡するのか」
「知らん。そんなことは候補者に聞け。俺はただ、候補者を見守っていただけだ」
ザンが踏みつけている男性は、守護役の戦士なんだね。彼は見守っていただけ、と一点張りで、話にならない。
ザンも聞く相手を間違えた、とため息を吐き。
思いっきり蹴りつけて、男性をまた気絶させた。
そして今度は守護役ではなく、戦士候補者を先ほどと同じような要領で蹴り起こす。
これはお子様には見せておけない、と感じ、プリシアちゃんを探す僕。すると地竜が気を利かせて、自分を壁にしてプリシアちゃんの視線を遮ってくれていた。
そしてプリシアちゃんは、相変わらずアレスちゃんと遊んでいる。アレスちゃんも僕の意図を汲んでいて、プリシアちゃんがこちらに意識が向かないように相手をしてくれていた。
「おい、なんで気配を消して俺たちに付きまとっていた」
ザンか起こした次の男性は、僕たちに最初に因縁をつけてきた男性だった。体格のがっしりとした青年だけど、ザンの気迫に押されて、顔面蒼白になっている。
「正直に言わなければ殺す」
「ひぃっ」
ザンは先程の中肉中背の男性の時のように、青年の首に足を乗せ、静かに脅す。
「お、俺たちは道に迷って……」
どうやら「道に迷って」で口裏合わせをしているらしい。
ザンは本当に残念そうにため息を吐き、足に火花を散らせる。
「言っただろう。正直に言わなければ殺す、と」
言ってザンは足に炎をまとわせ、青年の首を踏み潰す。
「ま、待ってくれぇぇっ!!」
しかし間一髪。青年の悲鳴により、ザンの動きが止まった。同時にザンの足がまとった炎も消える。
だけど、青年の首は一部、すでに黒く焦げていた。
「は、話す。だから殺さないでくれっ」
涙目になり、必死の形相でザンを見上げる青年。
「機会はもう一度だけだ。次に嘘を言えば、容赦しない」
ザンの視線は、周りで見ている人たちの背筋をも凍らせる程の冷たさがあった。
「お、俺たちは村の戦士に、他の部族を監視するように言いつけられていたんだ」
「なぜ?」
「し、しらない……本当だ!」
少し力の入ったザンの足に、慌てふためく青年。
「で、でも。戦士たちは何かを計画している様子だった。ただそれは、村の他の連中は関知していない。だから、まだ戦士じゃない俺は知らない」
目を見開き必死に説明する青年の言葉に、嘘は感じられなかった。ザンもそう感じたのか、どうしたものか、と思案している様子だ。
「おい、お前はこの男に見覚えはあるか」
すると別の戦士が、僕が倒した黒甲冑の男の兜を剥ぎ取り、青年に見えるように掲げて持ってきた。
「ひいっ」
青年は黒甲冑の男性の死体を見て、露骨に顔を引きつらせる。
「おお、なんか知ってる表情だな」
戦士はにやつき、死体を青年の目の前に転がす。
ええっと、戦士の皆さん。相手が悪者だろうとしても、扱いが酷すぎませんか。
僕はどん引きしている程度だけど、ルイセイネもライラも、完全に視線を外して関わらないようにしていますよ。
「知っていることは、全部言いなよ。じゃないと、ザンは本当に容赦しないんだぜえ」
黒甲冑の男の死骸を持ってきた戦士は、青年のそばに屈み込んで、ザンの容赦のなさは戦士の間じゃ有名なんだぜ、と脅す。
「こ、この人は……」
顔を引きつらせながら、青年はなんとか言葉を口にする。
「この間、魔族に襲撃を受けたと話題になっていた、西の村の戦士だ」
「ええっ!?」
予想外の答えに僕は驚き、ザンを見る。ザンと戦士も驚いていて、互いに見合っていた。
「う、嘘じゃないし見間違いでもない。俺はこの人を知っている。うちの村にもよく来ていた。この人は斧使いのビーガーさんだ!」
青年の確信に満ちた言葉に、僕たちの間で衝撃が走った。
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