戦士たちの行方

 竜峰の西の村で起きた事件。

 魔族の襲撃と、行方不明になった若者と戦士たち。

 魔族の襲撃に関しては、八大竜王後継者のウォルが巨人の魔王の側近であり魔族の子爵位であるルイララの領地に入って調査中。これは、竜人族と魔族のどちらが先に手を出したのか、という問題を進めるため。

 それとは別に、襲われた若者を救出に向かった戦士はずのと、救援要請を出した当事者の青年たちの行方は、未だに手がかりが掴めていなかった。


 それが、思わぬところから情報が入ったんだ。しかも、事実付きで。みんなが困惑するのも無理はない。


 行方不明になった西の村の戦士。それが、なぜか黒甲冑を纏った魔剣使いとなり、飛竜を操って僕たちを襲撃した。


 これはいったい、どういうことなんだろう。


「魔剣を何かしらで掴まされて、魔剣使いに堕ちた、というのはわかる。しかしなぜ、竜使いの素質もない奴が飛竜を操り、襲ってきたんだ」

「こいつらは、最初から明確にこちらを襲ってきていたな」

「何が目的だ?」


 戦士の試練を見守る役目を担っていた各村の凄腕の戦士たちが集まり、相談しあいだした。


「襲撃の目的はわからんが、呪われた飛竜と監視をしていた奴らには、必ず繋がりがあるはずだ」

「ならば、こいつらの村に行って問いただすか」

「まてまて。奴らが何かしらの計画を前から立てていたのなら、無策に行っても誤魔化されるだけだ」

「ことは慎重に」

「こいつらの村は、たしか陰謀を企てている疑いのある村の近くだったな?」

「まさか!?」

「おいおい。これはいよいよ本腰を入れて問い詰めなきゃいかんのじゃないか」


 なにやら、不穏な空気です。

 陰謀というのは恐らく、魔族と人族の間を取り持ち、魔族が竜峰を行き交うために便宜を図って暗躍している、去年からの竜人族の動きのこと。

 そしてその部族の村と、僕たちに今回因縁をつけてきて尾行していた青年たちの部族の村は、近い位置関係にあるらしい。

 更に、その村を頻繁に訪れていたという、魔剣使いへと堕ちた西の村の戦士。

 独立した問題だと思っていたものが、微かな線で繋がりを見せ始めた。

 戦士じゃなくても、これは色めき立つよね。


 相談は次第に加熱を見せ始める。

 しかしそこに水を差したのは、今までずっと黙って様子を伺っていた地竜だった。


『竜人族の間では、随分な面倒ごとが起きているのだな』


 地竜は喉を鳴らしただけだったけど、竜心をもつ僕は、言葉として捉えた。

 僕以外にも、凄腕の戦士の中に竜心持ちが居たみたい。


「これは申し訳ない。加勢をいただいたのに、お礼を言いそびれていました」


 丁寧にお辞儀をし、感謝の言葉を述べる戦士に、地竜は目を細める。


『礼ならば、我らを導いた少年より既に貰っている。それよりも、我は少年と同盟を結んだ』

「同盟?」

「うわっ、そうなんです。勝手に約束してごめんなさい」


 と謝罪しつつも、僕は竜族と協力関係を結んだ方が良い、とザンや他の戦士たちを説得した。


「竜族と協力……」

「確かにそうなのだが」

「お前は、この地竜たちをどうやって説得したのだ?」

「どうって……?」


 普通に。今し方、竜人族の人たちを説得したように、何が大切で、どうするのがお互いに良い事なのかと、説いただけだけど。

 何も特別な事はしていませんよ。と不思議そうに小首を傾げていると、ザンに殴られた。


「普通はな、いくら竜心があり、竜族と意思疎通ができても、説得なんぞできるものではない」

「そうなの? でもこの地竜の方たちは僕の話に乗ってくれたよ?」

「それが不思議でならん」


 僕に言わせると、なんで竜族を説得できないと決めつけているのかがわからないよ。言葉が通じあえば、話してわかるものだと思うんだけどね。


『くくく。面白い小僧だ。種族が違えど、意思疎通が出来るならば、分かり合える、と疑わぬ顔をしている』

「違うのかな?」

『いいや、違わない。しかし普通は、その考えには至らぬよ。同じ竜峰に住む者同士とはいえ、竜族と竜人族は近くて遠い存在。そう易易とは近しくなれぬのだ』

「そうなのか。僕は人族で、竜峰の事は伝え聞くだけだったから。竜族と竜人族は仲良く竜峰で暮らしてるって、人族は誰もが思っていると思うよ」

『くくく。それは愉快だな』


 僕も竜峰に入るまでは、その事を疑いもせずに信じていました。でも、実際は違った。確かにお互いを認め合う存在同士だけど、決して仲が良いわけじゃない。時と場合によっては、狩ったり狩られたりする立場にもなる。

 でもやっぱり、竜族も竜人族も、竜峰で共存する存在なんだと僕は思う。だから今、お互いの危機には一緒に手を取り合い、協力するべきなんだと思うんだよね。


 だからまず最初に、地竜に助けを請うと同時に、協力関係を申し出たんだ。

 特別な事はしていないと思う。僕は真摯に向き合い、必死に説得しただけだよ。

 だから、僕自身は周りからどう言われようと、できる事をしただけだ、という認識でしかない。


「とにかく。僕は絶対、竜峰の竜族と竜人族は協力関係を結んだ方が良いと思うんだ」


 僕の意志のこもった言葉に、ザンは口の片方を上げてにやりと笑う。


「この地竜たちだけでなく、竜峰中の竜族と、とお前は言うのか」

「うん。無茶すぎ?」

「いいや、面白い。それも有りだな」

『やれやれ、こんな大それた提案が、竜峰に住まう者からではなく、平地に住む人族からだとは笑える』

「ええっ。僕も今は竜峰に住んでますよ」

『ほほう、人族が。珍しい』


 地竜は興味深そうに、僕を見下ろしていた。


「さて、それでは」


 いち段落した雰囲気を取り、ザンが次の話題に進める。


「今ここで、この地竜たちとの協力関係は出来上がった。しかしこれからは、俺たちだけで動いていては間に合わない」

「うん、そうだね」


 竜峰中の竜族と交渉して、協力関係を築く。これは話し合いも大変だけど、ひとつひとつ竜族の巣を周るのも大変だよ。

 話をするにしても、竜心持ちがいないと意思疎通ができないからね。


「事を急ぎたいのは山々なんだが」


 言ってザンは、周りを見渡す。


「今は戦士の試練中だ」

「この状況で、続けるの?」

「無論。今ここで中断して帰っても、戦士候補者は役に立たん。ならばこのまま試練を続けてもらった方が良い」

「うわっ、酷い言い方」

「事実だ。言葉を装う必要はない」


 ザンは厳しい人だ。でも冷徹ではない。

 今、ザンがこうやって厳しい事を言うのは、必ず理由がある。


 これから先、きっと大勢の戦士の力が必要になる。でも、だからといって半人前の若者をその輪の中に入れるほど、竜人族は甘くない。

 つまり、僕を含む戦士候補者はこのまま試練を続けて、立派に戦士となってから、協力をしてもらいたい。という事だと思う。


 言葉足らずなザンの言い分だったけど、戦士候補者のみんなはちゃんと意図を汲んでいて、真剣な眼差しで頷いていた。


「ですが、怪我人もいます」


 ルイセイネが未だに負傷している竜人族を見つめ、不安そうな表情をする。


「戦士たる者、軽い負傷程度で目標を諦める者はいまい」


 凄腕の戦士の言葉に、おうっ、と気合を見せる負傷者たち。

 重傷者も含め、戦士候補者たちはやる気十分みたいだね。


「よし。ならば予定を少し変更しよう」


 別の凄腕の戦士が、にやりと意地悪そうに笑い、僕を見る。


「我らは急ぎ村に戻り、今回の騒ぎと竜族との協力を話合わねばならない」

「しかしそうすると、候補者を守護する者がいなくなる」


 あああ、嫌な予感がします。


「そこでだ」


 がしっ、と僕の両肩に手を置く戦士。


「これからは、この場の候補者は全員が竜廟の村を目指して試練を続行してもらう。そしてその守護役は、八大竜王のひとりでもある君にお願いしよう!」

「えええっ、やっぱりかっ」


 嫌な予感的中。


 なんで僕なんですか。ザンや他の凄腕の戦士は、できるだけ早く動きたいはず。でも試練も続行させたい。それはわかるよ。

 だけど、だからといって、よりにもよってなんで僕が守護役に!?


「見ていたが、お前はもう試練の答えに辿り着いているのだろう」

「うん、一応は」

「答えに辿り着いていて、実力も申し分ない事は、先ほどの戦闘を見ればわかる。それに何より、地竜を説き伏せてみせた。ならばお前はもう、立派な戦士だろう。戦士であり、竜王であるなら、下の者を守れ」

「年齢的には、僕の方が遥かに年下です!」

「竜人族は、年齢ではなく実力で物事を計る。ならば、お前の言い分は意味がない」

「ぐうう」


 僕なんかに、守護役は務まるのかな。という不安を、地竜が払拭してくれた。


『なあに。貴様ならやれる。我らが保証しよう』

「おお、竜族にも認められるなんて、頼もしすぎます」


 地竜にも認められるなんて、僕もそれなりに成長できているのかな?

 僕はザンに、了解したと頷いた。


「それでは、またニーミアを借りる」


 言ってザンは、僕の頭の上で寛いでいたニーミアをつまみ上げた。


「うにゃあ。にゃんは運び屋じゃないにゃん」

「仕方なかろう、お前ほど速く飛べる者は、他にはいないのだから」

「がんばれ、ニーミア」

「にゃああん。エルネアお兄ちゃんの裏切り者にゃん」


 ふふふ、残念だよニーミア。下山中に、先に裏切ったのは君だ。


「んんっと、プリシアも行く」


 未だに地竜の背中で遊んでいたプリシアちゃんが、元気に手を挙げる。

 だけど、同行者が全員いかつい戦士だという事を知り、挙げた手を引っ込めた。


「ニーミア、行ってらっしゃい」

「酷いにゃぁ。プリシアまで裏切ったにゃ」


 うるうると瞳を潤ませるニーミア。


「よしよし。帰ってきたらいっぱい遊んであげるから、がんばれ」

「甘いものも欲しいにゃん」

「わかったよ。頑張ったらご褒美をあげるから、ザンたちに協力してね」


 ほろほろと涙の粒を落とすニーミアがあまりにも可哀想になってきて、僕はついついニーミアに甘くなってしまった。


「うにゃん。それなら頑張るにゃん」


 甘いものと遊ぶ確約をとりつけたニーミアは、悲しんでいた様子をぱっと振り払い。元気にザンの手を離れて、空いている場所で巨大化した。


 地竜の倍以上の巨体。


 大人しくしていた地竜の群が、驚いて騒いだ。


『ただの竜の子ではないと思っていたが……』


 プリシアちゃんとアレスちゃんを背中に乗せたままの地竜の頭が、呆気にとられていた。


「速く行くにゃん。そして戻ってきて、甘いもの食べるにゃん」


 戦士たちを急かして背中に乗せると、ニーミアは恐ろしい速さで飛び立っていった。


 ニーミアよ。君はどんだけ食いしん坊さんですか。そして、急いで戻ってきても、ここには甘いものなんてないんだよ。


 一瞬にして空の彼方に消え去ったニーミアに、僕の関係者以外の者たちは口をあんぐりと開けて驚いていた。


「まあ、あの様子だと、ニーミアはすぐに戻ってくるでしょう。今は取り敢えず、傷の手当を優先しましょうか」


 惚けてしまっている竜人族と竜族を促す。


 ルイセイネが重症者の傷を応急処置したけど、それよりも軽い傷の人はまだ手当が行き届いていなかったりする。

 試練を再開するにしても、傷の処置はしておかなきゃね。


 僕は普段から携帯している小壷を取り出し、酷い傷の人から順番に、有難い鼻水を塗っていく。


「すごい薬だ。傷が見る間に治っていく」


 ああ、鼻水の存在は、普通の人は知らないんですね。だけど、元が何かなんて聞かないでね。絶望するから。

 薬の正体を知っている僕とルイセイネとライラは、苦笑しながら手分けして塗っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る