世界に生きる者たち

 降り続いていた炎の雨が、舞台の幕が上がるように、今度は地上から空へ向けて昇り始めた。

 大魔術で生み出された猛禽類もうきんるいたちが、開幕を告げるように甲高く鳴きながら、舞い上がっていく。


『おまたせおまたせ』


 僕と同化しているアレスちゃんが、力を解放した。

 霊樹の精霊が舞台の始まりを合図したことにより、これまで控えめだった精霊たちが本格的に動きだす。

 僕の振り撒いた霊樹の力を受け取り、活性化していく精霊たち。

 先ず最初に、色鮮やかな光が世界を照らし始めた。

 未だに充満する濃い瘴気。そのなかで、低級の精霊たちが舞台を照らす照明の灯火ともしびのように光り輝く。

 僕の周囲が、徐々に明るくなる。

 瘴気の闇をはらい、舞台上の役者たちを照らす。


 役者の主役は、もちろん僕だ!

 相手役は、妖魔ようまおう

 舞台役者に、不足はない。


 脇役を務めてくれる者たちも、顔を見せ始める。

 獣の姿をした中級の精霊たちが顕現した。鳥の姿をした精霊たちも。なかには、魚の姿で顕現して、瘴気と精霊の灯りの間を、ゆらゆらと泳ぐ精霊まで。


 僕は、竜剣舞を舞う。

 僕の舞に、精霊たちが華を添える。

 光が舞台を彩り、動物たちが躍動感たっぷりに踊る。


 演出も忘れちゃ駄目だよね。


 霊樹の術で生み出した葉っぱが、花吹雪はなふぶきのように乱れ狂う。

 大舞台の邪魔をしようとする妖魔の王の小群体を切り刻み、霧散させていく。


 開幕は大胆に。

 ウェンダーさんの神術を通して僕たちを視ている観客に、鮮烈な演出で強い印象を与え、舞台にき込む。


「さあ、ここからが本番だよ!」


 ひらり、と白剣を横薙ぎに振る。

 妖魔の王が、大鎌を振り下ろす。

 交差する、白剣と大鎌。火花が散り、激音が響く。

 僕は白剣を起点として半身をひねり、霊樹の木刀を突き出す。

 妖魔の王の胸を貫いた。

 霊樹の聖なる力を受けて、妖魔の王の本体が消し飛ぶ。

 だけど次の瞬間には、頭上の核から新たな本体が生まれる。


 真っ赤に燃えたぎる妖魔の王が、奇声をあげた。

 脈動する邪悪な太陽が瘴気を放出し、妖魔の王の小群体を生み出す。


『やっちまえ!』

『とつげきーっ』

『踊れ、踊れ』


 僕やアレスちゃんから力を受け取った精霊たちが、応戦する。


「力を貸そう」

「脇役の演出は任せていただきましょうか」

「舞台として、申し分なし」

「うぉぉおおっっ!」

「えええっ!?」


 すると、僕の周りに複数の人物が降臨した。


 赤髪をなびかせ、轟々ごうごうと燃える炎の剣を握った火の精霊王。

 水のころもを自在に操り、優雅に踊る水の精霊王。

 風の矢を派手に放ち、演出を飾る風の精霊王。

 大盾おおたて大槌おおつちを持って、勇ましく雄叫びを上げる地の精霊王。


 他にも、光の精霊王がくまなく世界を照らし、闇の精霊王が影を上手く演出する。

 頼もしい加勢に、僕の竜剣舞にも力が入る。


 白剣を振るう。

 竜気が嵐を巻き起こす。

 僕を中心に、よどんでいた大気が激しく流れ始めた。

 渦を巻き、不浄をはらう。


「アァァぁあアァぁっ! ジャ、マ……ナ、ヤ……ツ……メッ」


 妖魔の王がえる。

 殺気を纏い、大鎌を振り下ろす。同時に、雄牛の頭蓋骨からは瘴気の塊を吐き、核からは無限に小群体と邪悪なつたを生む。

 そうして、僕や精霊たちに攻撃しながら、核をさらに浮上させていく。


「逃すものか!」


 白剣を振るい、頭上から迫る大鎌を受け流す。霊樹の木刀で、瘴気の塊を祓う。

 精霊たちも、黙ってはいない。

 獣たちが邪悪な蔦を喰い千切り、精霊王が小群体を倒す。鳥や魚の姿をした精霊たちが、浮上していく核に強襲を仕掛けた。


「ム、ダ……ム……ダ、ム、ダッ!」


 真っ赤に燃え滾る妖魔の王が、大鎌を邪悪に光らせた。


『危険っ』

『たいひーっ』

『うわっ、怖いっ』


 慌てて逃げ惑う精霊たち。直後。大鎌から瘴気の炎が噴き出した。

 迫った精霊たちや、周囲に満ち始めた浄化の力を焼き尽くす勢いで、瘴気の炎が暴れる。

 炎に焼かれてしまうと、精霊たちも無事では済まない。


 このままでは、精霊たちに被害が出てしまう!


「させるものか!」


 竜剣舞に激しさを加える。

 力強い踏み込みと同時に、霊樹の木刀を振り上げた。

 足もと深くに流れる竜脈が、大波を立てる。

 竜脈が地表から溢れ出し、天高く昇る。そして、邪悪な太陽の周囲で猛威を奮い出した瘴気の炎と逃げ惑う精霊たちの間に壁を生み出す。


 だけど、竜脈の壁は容易く砕かれた。

 真っ赤に燃え滾る妖魔の王が大鎌を振るうと、竜脈の壁は散ってしまう。


「キ、カ……ヌ。キサ……マ、ラ、デハ……ワ……レ……ヲ、ホ、ロ……ボス、コト、ハ……デキ、ナ……イ」


 ゆっくりと浮上し続ける、邪悪な太陽。

 真っ赤に燃え滾る妖魔の王が、けたけたと嘲笑あざわらう。


 僕は、竜剣舞を舞いながら、頭上を睨んだ。


 僕の剣が届く間合いを超えてしまったけど、竜術ならまだまだ届く。精霊たちだって、攻撃できる範疇はんちゅうだ。

 だけど、妖魔の王の苛烈な攻撃や、核から無限に生み出される小群体の襲撃で、思うように手が出せない。

 それに、核に手が届いたとしても、生半可な攻撃では妖魔の王を浄化することはできない。

 妖魔の王の核が、近いようで遠い。

 それでも、僕たちは諦めない。


 ううん、まだ諦めるとか絶望だとか、そんな状況ではない!

 むしろ、これからだよね!


 僕の心を読んで、うんっ、とアレスちゃんが力強く頷いた。


 緩急をつけ、時に優雅に、時に激しく、竜剣舞を舞う。嵐の竜術が巻き起こり、精霊たちが踊る。

 舞台の中心で、僕は深く、より深く、心を研ぎ澄ませていく。


 意識を、世界と繋げるんだ。


 竜気に乗って、僕の意識は肉体を離れ、世界に広がる。

 嵐が巻き起こす風に乗り、どこまでも遠くへと僕の意識は運ばれていく。


 みんなを感じる。

 飛竜の狩場で、今も戦い続ける者たち。

 種族の壁を越えて協力し合い、強敵に立ち向かう戦士たち。

 出身を問わずに手を取り合い、負傷者を支援する聖職者の方々。

 遥か遠方から足を伸ばして、応援に駆けつけてくれた古代種の竜族。竜の森の守護という大切なお役目を二の次にして、協力してくれたスレイグスタ老。

 二人の魔王も、出し惜しみなく力を貸してくれている。

 そして、塔の最上階では、すやすやと眠る女の子と、それを守護する女仙にょせん男仙だんせんたち。

 ああ、プリシアちゃんとニーミアが、女の子の側に寄り添ってくれているね。


 過酷な戦いの中でも微笑ましい光景を感じ取り、僕の頬が緩む。

 だけど、その笑みを不敵だとでも感じ取ったのか、妖魔の王がさらに苛烈な勢いで攻撃を仕掛けてきた。

 真っ赤に燃え滾る妖魔の王の背中が、ゆらゆらと激しく蠢き始める。


『うわわっ、不気味』

『危険っ』


 精霊たちが騒ぐ。

 僕も、異様な気配を妖魔の王と背後の核から感じ取る。


「アアァああァぁぁぁアアァッ!」


 妖魔の王が咆哮を放つ。

 禍々まがまがしい瘴気が、波動となって広がる。でも、放たれた瘴気は、これから起こる不気味な変化の余波でしかなかった。


「分離する気か!?」


 僕の言葉を裏付けるかのように、妖魔の王が核から抜け出そうとしていた。

 先ず最初に、妖魔の王の背中に蝙蝠こうもりのような翼が生えた。本体と同じく、真っ赤に燃え滾る翼を羽ばたかせる妖魔の王。

 次に、肩からもう一対の腕が生える。新たに生えた骨の腕は、邪悪な太陽に手をついて、上半身を引き抜くように力を込める。


 ずるり、と核から妖魔の王の上半身が抜け出す。

 背骨がそのまま長く続き、へびのような下半身を露出させる妖魔の王。

 でも、下半身の形態は、それほど重要ではない。

 警戒しなきゃいけないのは、核から妖魔の王が身体を分離させたという事実だ!


「今度は、どちらが本体だろうね? 普通なら、頭上の邪悪な太陽が核なんだろうけど……?」


 はたして、単純な答えが正解だろうか。

 これまでだって、妖魔の王はこちらの度肝どぎもを抜くような動きを見せてきた。

 だから、安易に答えを予想するのは危険だ。

 しかも、僕の疑心ぎしんを深めるように、分離した妖魔の王の胸の奥にも、真っ赤に光る核のようなものが見えた。


「どちらかが本当の核? それとも、両方が本物かな!?」


 もしも両方が妖魔の王の核であれば、どちらか一方だけを潰しても、もう片方から再生されてしまう。つまり、妖魔の王を倒すためには、邪悪な太陽と妖魔の王の両方を同時に消滅させなきゃいけない。


「がアアァぁッ!」


 分離した妖魔の王が、蝙蝠の翼を羽ばたかせて襲いかかってきた。

 迎え撃つ僕。


 右手二本で握られた大鎌を、霊樹の木刀で払う。

 二本の左手にも、新たに大鎌が握られていた。

 白剣で、左手の大鎌を弾く。切り返す刃で、妖魔の王の左腕を二本同時に両断した。

 吠える、妖魔の王。次の瞬間には、切断された二本の腕と大鎌を再生させて、僕に斬りかかってくる。


 やはり、分離した妖魔の王も無限の再生力を持っているのか!


 どれだけ妖魔の王の身体を攻撃しても、核を潰さなきゃ再生されてしまう。

 ならば、と霊樹の力が込められた一撃を放つ。

 霊樹の木刀が、妖魔の王の胸の奥で光る核を狙う。

 だけど、剣先は核に届かなかった。


 ゆらり、と妖魔の王が纏う瘴気の衣がなびく。

 一見すると物理的な形のない、もやで形取られた瘴気の衣だけど。霊樹の木刀を衣のすそで弾くと、続けて僕を攻撃してきた。

 僕は瘴気の衣をひらりとかわし、間合いを詰める。

 無限に再生する妖魔の王と僕が激しくぶつかり合う。


 白剣がきらめき、霊樹の木刀が涼やかに鳴る。

 嵐の竜術が、益々勢いを増していく。

 頭上の邪悪な太陽から出現する妖魔の王の小群体や濃密な瘴気が、そのまま嵐の暴風に巻き込まれて流され始めた。

 精霊たちと戦っていた小群体も、激しく渦巻く風にあおられて、体勢を崩す。

 動きの鈍った妖魔の王の小群体に、精霊たちが攻撃を仕掛ける。

 次々と倒されていく、小群体。

 だけど、やはり効果は限定的だ。

 どれだけ瘴気を祓い、小群体を倒し、燃え滾る妖魔の王を攻撃しても、核を潰さなきゃ無限に再生されてしまう。


 まだだ。

 まだ、足りない!


 足の爪先から剣先まで、研ぎ澄ました竜気と霊樹の力をみなぎらせる。そうしながら、心をどこまでもなぎの状態へと近づけていく。

 嵐の竜術に乗って広がっていく僕の意識を、世界に溶け込ませていくんだ。

 僕は、世界の一部。世界は、僕の一部。

 空の高さを知り、大気の流れを読み取る。大地の雄大ゆうだいさを感じ、竜脈の力強さに身をゆだねる。

 僕の意識が世界に溶け込んでいくと、折り重なった多重の世界が瞳に映り始めた。


 顕現していない精霊たちも、僕の周囲で踊っている。

 大気を染める多様な色彩が、嵐の竜術によって綺麗に混ぜられていく。

 多重の世界を貫き、竜剣舞を舞う。

 魂と精神が、深層の世界に引き込まれていく。


「エルネア!」

「エルネア君!」

「エルネア様!」

「「エルネア君!!」」

「エルネア君!」

「エルネア君!」

「んにゃん!」

「お兄ちゃんっ」


 その時。

 ミストラル。ルイセイネ。ライラ。ユフィーリア。ニーナ。セフィーナさん。マドリーヌ様。そして、ニーミアとプリシアちゃんが、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「はっ。ありがとう!」


 僕は、みんなの声にうなずく。

 危うく、禁術の領域に踏み込むところだった。でも、大丈夫。みんなの呼び声で、僕は世界に溶け込む意識を踏み留まらせることができた。


 どんな状況に陥っても、きっと禁術は使っちゃいけないんだ。

 二度目の使用は、魔女さんに本気で怒られそうだしね。

 それでも、僕は禁術の一歩手前まで力を全力で解放し、竜剣舞を舞い続ける。


 嵐の竜術が、見えている世界だけではなく、幾重いくえにも折り重なった世界にまで強く影響を及ぼし始めた。

 精霊の住む世界の色を混ぜ合わせ、美しく塗り替えていく。

 竜脈を掻き乱し、大波を立てさせる。

 大地を伝い、大気を変化させ、空の色を変えていく。


「アアァァぁっッッっっあッッ!!」


 僕色に染まっていく世界にあらがうように、妖魔の王が叫ぶ。

 邪悪な太陽が激しく脈動すると、真っ黒な瘴気を爆散させた。

 燃え滾る妖魔の王が瞳を赤く光らせて、僕に襲いかかる。

 さらに、外殻である超巨大な妖魔の王が、テルルちゃんの呪縛を強引に破って動く。

 縫い止められた身体を自ら引き千切り、新たに再生させた腕で、巨大な鎌を振り下ろす。

 セフィーナさんや地竜たちが全力で弾くけど、お構いなしに何度も何度も荒く振り下ろす。


「まだ、反撃できるほど底力があるのか!」


 どこまでも、底を見せない妖魔の王。

 僕が力を解き放つほどに、妖魔の王も底力を見せて抵抗する。

 いったい、どれだけ強いんだ!?


 でも、それが妖魔の王なんだ。

 妖魔の頂点に君臨する存在。下手な邪族よりも恐ろしい妖魔。

 だから、ミシェイラちゃんは僕たちに妖魔の王の討伐をたくしたんだよね。


「負けるものかっ!」


 白剣を煌めかせ、霊樹の木刀にありったけの力を込めて竜剣舞を舞う。

 荒れ狂う竜気の嵐が、瘴気を巻き込んで消し飛ばしていく。

 外殻である超巨大な妖魔の王が纏う瘴気の衣も、渦巻く嵐の竜術に煽られて、千切れ、霧散し始めた。


 だけど、妖魔の王がなおも抵抗を見せる。

 どれだけ祓っても、次から次に禍々しい瘴気を生み続ける邪悪な太陽。

 清浄の嵐と禍々しい瘴気が真っ向からぶつかり合い、せめぎ合う。


「メザ、ワ……リ、ダ。キ、エ、ウ……セ……ロッ」


 燃え滾る妖魔の王が、二本の大鎌を振り乱す。死の呪いがからまった刃が迫る。


「はあっ!」


 身をひねって一撃をかわし、霊樹の木刀を振って二撃目を払う。そして、白剣を一閃させて、反撃する。

 だけど、妖魔の王の胸部を狙った斬撃は、受け流された。


「くっ」


 さらにもう一対、妖魔の王の背中から腕が生えて、白剣を受け止めた!?


 いいや、違う!


 蛇のように背骨を長く伸ばした下半身。その腰の辺りから二股に分かれて、上半身をもうひとつ生み出した妖魔の王が、けたけたと嘲笑う。


 僕がどれだけ力を解放しても無駄だと言わんばかりに、暴れ狂う妖魔の王。

 実際、僕は竜剣舞を舞い続けているけど、肝心の核には全く手が出せていない。つまり、このままだと、戦い続けることはできても、勝つことはできないということだ。

 そして、妖魔の王は既に次の一手に進んでいる。

 浮上した邪悪な太陽が、再び塔を目指して動き始めた。


 一刻も早く燃え滾る妖魔の王を倒し、邪悪な太陽のような核を消滅させなきゃ、女の子が危ない!


 頭上をゆっくりと移動していく、邪悪な太陽。


「くううっ!」


 今のままでは、妖魔の王を倒せないのは事実だ。

 やはり、禁術を使うしか……?

 ついさっき、自分で否定したばかりだというのに、心が揺れる。

 僕たちは、何が何でも女の子を護らなきゃいけない。でも、そのためには禁術しか手がないとしたら?

 ううん、駄目だ!

 やっぱり、禁術だけは使っちゃいけない。

 禁術を使って勝利を収めたとしても、きっと待ち受ける未来は不幸しかない。そんな予感がする。

 でも、それじゃあ、どうやって妖魔の王を倒せば……


 揺れる心が剣先に伝わったのか、白剣の軌道が乱れた。

 隙を見つけた妖魔の王が、苛烈な攻撃を仕掛けてくる。

 世界に溶け込んだ精神が乱れて、嵐の竜術が制御を乱す。

 瘴気や小群体だけでなく、一瞬で大城塞を瓦解がかいさせてしまった。


「し、しまった!」


 焦る僕。

 みんなは無事かな!?


 心の動揺が竜気に乗ったのか、荒れ狂う嵐が大城塞の瓦礫がれきを消し飛ばす。


「こぉぉらあぁぁあああっっ!!」


 嵐の竜術を突き破って、怒声どせいが届いた。

 この声は、イド!


「ご、ごめんなさいっ」


 妖魔の王を討つどころか、みんなに迷惑をかけてしまった。

 イドが激怒している。そう思ったんだけど、違った。


「八大竜王エルネア、何を悠長ゆうちょうに戦っている!」

「えええっ、被害に怒っているんじゃなくて、戦いが長引いていることに怒っているの!?」


 気配を読み取れば、みんなが無事だということはすぐにわかった。

 大城塞の中心だった塔も、健在だ。

 せんたちが、塔を護ってくれたんだね。


 そもそも、嵐の竜術は障害物を排除する力はあっても、仲間を巻き込むような、無差別的な術ではない。だから、イドは仲間への被害に激怒しているわけじゃないんだね。

 でもまさか、僕が妖魔の王に苦戦していることに対して激怒しているだなんて、思ってもみなかったよ。


 イドは、暴風に負けない声で叫ぶ。


「なぁにを手加減してやがる! お前の戦いは、こんな地味な戦い方じゃあねえだろうが!」


 大城塞を消しとばしてしまったばかりだというのに、戦いが地味と言われました……


「それに、お前らも!」


 今度は、僕ではなく、飛竜の狩場で戦う者たちに叫ぶイド。


「エルネアが本気で戦えるように、場を盛り上げやがれ!!」


 イドの声が届いたのか、ミストラルとライラが苦笑していた。

 ユフィーリアとニーナが、あきれ返っている。


「もう、どうなっても知らないわ」

「もう、責任は負えないわ」


 うん。僕も、知らないよ?

 イドが、本気を出せって言ったんだからね?


「アァぁぁアアッっ! メ、ザ……ワ……リナ、モ、ノ……タ、チメ!」


 妖魔の王が怒気を露わにする。

 どれだけ力を見せつけても、抵抗を諦めない僕たちを見て、苛立っているんだ。


 ……ということは?

 もしかしたら、妖魔の王も限界が近いのかもしれない。

 大法術を破ろうと足掻あがき、僕との戦いで底力を見せつけた妖魔の王。

 どこまでも無限に邪悪な力を沸き起こす存在だと錯覚しそうになるけど、やはり違うんだ。

 妖魔の王にも限界があって、それはもう間近なのかもしれない。

 妖魔の王の苛立ちを感じ取れたことにより、逆に僕の心は冷静さを取り戻していく。


 大丈夫。

 絶対に、勝てる。

 そう、みんなの力があれば!


 イドに叱咤しったされた戦士たちが、勇ましく雄叫びをあげた。

 地竜たちが力強く大地を踏みしめ、地響きを鳴らす。

 飛竜が咆哮を放ち、嵐に乗って舞い踊る。


「さあ、みなさま、祈りましょう。エルネア君の勝利と、この世界のために」


 マドリーヌ様が中心となって、聖職者の人たちが祝詞のりと奏上そうじょうし始めた。


 大地が韻律いんりつきざみ、風が音律おんりつかなでる。そして、人々がうたを乗せる。


 ああ、そうだよね。

 僕は、禁術になんて頼らなくて良いんだ。

 禁術とは違う道を、僕は知っている。

 僕は、ひとりで竜剣舞を舞っているわけじゃない。

 みんなの声。唄。祈り。そういった希望や願いを乗せて舞っている。

 最早もはや、両手の剣のみで舞う「竜剣りゅうけんまい」ではなく、みんなで作り上げた舞台で、みんなで参加する共演の舞台になった。

 かつて、邪族を倒した時のように。

 僕は。僕たちは、竜峰の麓に集う者たちの共演の舞、すなわち「竜演舞りゅうえんぶ」を舞う。


 竜人族や竜族の竜術が。人族の呪術が。耳長族や精霊の精霊術や、獣人族の獣術。神族や天族の神術や、魔族の魔法。ほかにも、様々な種族の様々な術が、嵐に乗って妖魔の王を攻撃し始めた。


「アァっ。ああアァぁァアあっッ!!」


 妖魔の王が、大気を震わせて叫ぶ。

 空気の振動がそのまま呪いとなり、ゆがんだ空間から瘴気が発生する。

 どこまでも抵抗を見せる妖魔の王。

 だけど、もう限界だ。

 邪悪に燃える太陽が、丸い輪郭を歪ませた。二つの上半身を持つ妖魔の王の動きが鈍る。

 僕たちの竜演舞に抵抗するだけで手一杯になり、姿さえまともに維持できなくなってきた。


 でも、その状態から妖魔の王はさらに抵抗を見せた。

 二重の大法術が、完全に砕け散る。

 足もとの月影つきかげが、陶器とうきが割れるような音を立てて粉々に割れ、はかなく散った。

 そして、頭上の邪悪な太陽が、速度を上げて塔へと進み始める。

 滅ぼされるのが先か。塔の最上階で眠る女の子に辿り着くのが先か。


「いいや、お前が倒される方が先だよ!」


 僕は、竜演舞をさらなる高みへと導く。


 きっかけは、既に提示されていた。

 セフィーナさんが、他種族の術でも操れるんだと明確に示してくれた。

 ラーザ様やジュエルさんが、竜術の基本を改めて教えてくれた。


 それに。


 僕は、ずっとずっと前から、知っていたんだ。そして、実践していたよね。

 人族でありながら、竜人族と竜族が固有で使う竜術を身につけた。

 その竜術は、術者の想像したものを術で現実に再現する、と教わった。その基本にならい、僕はかつて、にわとり鶏竜にわとりりゅうを模した術を開発したこともある。


 僕は、既に基本をおさめていた。

 ならば、セフィーナさんにできて、僕にできないわけがない。モモちゃんやジュエルさんが体現しているのだから、僕だって可能なはずだ!


 嵐の暴風に乗って、僕の意識はどこまでとも遠くへと運ばれていく。世界と繋がった僕の意識は、目に見える世界だけではなく、幾重にも重なった世界と繋がっている。

 その、重なり合った世界に満ちる、様々な意思や想いや力を、竜気や霊樹の力と同じように感じ取るんだ。


 白剣が煌めくごとに、みんなが拡散させた竜気や魔力や神力が交わっていく。

 霊樹の木刀が涼やかに音を鳴らすたびに、精霊力や呪力、それに法力が溶け合う。


 全ての力がひとつとなり、世界に新たな風を生む。

 荒々しく渦巻いていた嵐が、世界をどこまでも流れる、優しい風となる。

 竜演舞を舞いながら、世界に吹いた新たな風を拡散させるのではなく、僕の内側に取り込んでいく。


「アアァぁあアァぁぁァっっッ!!」


 収束していく風に煽られた妖魔の王が、僕たちの演舞を阻止しようと、こちらに迫った。


「もう、手遅れだ!」


 だけど、妖魔の王の動きは遅すぎた。

 妖魔の王の限界は、僕たちの竜演舞の極みには届かなかった。


 白剣のつばに嵌められた宝玉が、真っ青に輝く。

 雷鳴が響き、雷撃が無数の雷光となってほとばしる。

 雷撃に撃たれた妖魔の王が、悲鳴をあげた。

 それでも、僕に反撃しようと試みる妖魔の王に、僕はさらなる雷撃を放つ。

 雷光が白剣から放たれ、間合いを詰めようとする妖魔の王を押し返す。


「このまま、核まで押し返す!!」


 妖魔の王を完全に消滅させるためには、燃え滾る妖魔の王の本体と、邪悪な太陽のような核を同時に消し去らなきゃいけない。

 それなら、別々に攻撃せずに、まとめて相手をするだけだ!


 雷撃に押され、妖魔の王が後退していく。

 背後には、塔を目指して動き始めた核があった。


「オ、オノ……レ……。ダ、ガ……ブンサ……ン、シ、タ……チ……カラ、ヲ……アワ、セ、レ、バ……キ、サ……マ、トテ……」

「いいや、お前に次はないよ。これで、終わりだ!」


 燃え滾る妖魔の王と、邪悪な太陽のような核が合わさった。


 いくよ、アレスちゃん、霊樹ちゃん!


 僕の呼び声に、内側から強く頷くアレスちゃん。そして、左手に持つ霊樹の木刀から『うんっ!』と力強く返事が返ってきた。

 僕はそれを確認すると、全ての力を解放させた。


「はあぁぁあああぁぁぁっっ!!」


 全ての力が溶け込んだ風を、霊樹の木刀に乗せて放つ。


 最初に、燃え滾る妖魔の王と邪悪な太陽のような核の上に、小さな光がともった。

 光は、しずくのように落ちる。

 核を通過し、地面に落ちた雫は、水飛沫みずしぶきのように光を散らせた。


 次の瞬間。

 光の水飛沫が散った大地から、光の柱が立ち昇る。

 新緑色の光の柱が、天と地を貫く。


「アァ……。ああぁァァぁアアァっッ!!」


 光の柱に核を貫かれた妖魔の王が、悲鳴をあげる。


 新緑色の光の柱から逃れようと、核と再び融合した妖魔の王がもがく。


「逃さない!」


 白剣から、雷撃か激しく迸る。

 青白い稲妻が妖魔の王を核に縛り付ける最中さなか、光の柱に急激な変化が現れた。


 細い一条の光の柱が、見る間に太く力強く膨れ上がっていく。

 樹木が大地に根付くように、太くたくましい根をわせていく光の柱。

 大地に広がった根は、竜脈に届く。

 霊脈の力を吸い上げ、膨張していく新緑色の柱。


 邪悪な太陽のような核が、光に飲み込まれた。

 妖魔の王が、光の柱から逃れようと暴れる。だけど、新緑色の柱と連動した雷撃が、妖魔の王を逃さない。

 瞬く間に、妖魔の王をも飲み込む新緑色の光の柱。


「グギぎぃイッ! ……ホ、ロ……バヌ。コ……ノ……テ、イド、ノ……ジュ、ツ……ナ、ド、タ……エ……テ…………」

「いいや、もうお前の負けだよ。この術は、お前を消滅させるまで消えない!」


 僕が、そうであれと願って生み出した術。

 妖魔の王が無限とも思えるほどの力で復活するというのなら、その力の全てを喰らい尽くす。

 猩猩しょうじょうが縄張りの全てを喰らい尽くすまで地獄の炎を消さないように、この術は妖魔の王を消滅させるまで「り」続ける。

 幾重にも折り重なった世界の全てを貫き、新緑色の光はどこまでも輝きを増していく。


 霊脈の力を無限に吸い上げる新緑色の光の柱は、妖魔の王と核を飲み込んでも消えない。むしろ、勢いを増す。

 今度は、飲み込んだ核から瘴気と呪いを吸収していく。

 取り込んだ瘴気や呪いを分解し、浄化して、天と地を貫く光の柱全体に巡らせる。

 浄化された力を取り込んだ新緑色の光の柱に、次の変化が現れた。


 光の柱から、樹木の枝のように無数の光の枝が生まれ、四方に伸びていく。

 光の枝は、外殻がいかくかさどっていた超巨大な妖魔の王を貫く。

 身体を貫く光の枝を振り千切ろうと超巨大な妖魔の王が動くけど、核を失った外殻に、もう力は残っていなかった。

 全身を貫かれた外殻が輪郭りんかくを失い、濃い瘴気の塊に戻っていく。そして、瘴気は大きく広げられた枝先から、次々に吸収されていった。

 光の枝は、飛竜の狩場に未だに残る瘴気や呪いに触れると、その全てを吸収していく。


 大地に大きく根を張り、広く枝を伸ばした光の柱。それはまるで、大樹のようだ。


 光の大樹は、どこまでも伸びる枝から、瘴気や呪いだけでなく、竜気や他の力まで吸収していく。

 そして、光の大樹を循環した様々な力は、最後に無数の葉っぱとなって、枝を彩った。


 ひらり、と光の枝から葉が落ちる。

 散った葉は、きらきらと陽光を反射しながら地面に落ちて、降り積もる。


「エ、エルネア……。これは……?」


 いつの間にか、竜演舞を終えていた僕。その僕に、背後から声が掛かる。

 振り返ると、ミストラルや家族のみんなが、驚いたように光の大樹を見上げていた。


「みんな。終わったよ」


 僕は、笑顔で応えた。

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