兎!

 翌朝。

 魔王城で太々ふてぶてしく寝ていたレヴァリアと合流した僕たちは、クシャリラの依頼を受けて南に飛んだ。

 と、見せかけて。

 南部の山岳地帯に入ったところで進路を西に変え、天上山脈に入る。そして、今度は北に向かって飛んだ。


『ちっ。面倒な』

「ごめんね、レヴァリア。でも、仕方がないんだよ。こうしないと、魔族の人たちの目を誤魔化せないからね」


 残念ながら、モモちゃんの住処すみかは天上山脈の南ではないんだよね。

 なので、手間はかかるけど、こういう進路を取らざるを得ない。


「地上に、魔族の気配はないよね?」

『ない。見つけ次第、消し炭に変えてやる』

「この子、魔族と同じことを言ってますよ!」

うるさい。我の背中でわがままを言うようであれば、貴様から燃やしてやる』

「いやいやんっ。せっかくふたりで飛んでいるんだから、もっと仲良くしようよ」

『貴様は飛んでいないだろうがっ』

「そうだね!」


 レヴァリアに騎乗しているのは僕だけです。

 なぜかって?

 それは、魔王城へレヴァリアを迎えに行ったのが僕だけだったからです。

 ミストラルたちは迎えを僕にお願いすると、ひと足先にニーミアに乗って空に上がったからね。

 ライラだけはついて来ようとしたけど、抜け駆けを見つかって、ユフィーリアとニーナに拘束されていました。


 ちなみに、ニーミアたちは僕たちの前方を飛んでいる。

 ニーミアやルイセイネは、前にモモちゃんの隠れ住処に行ったことがあるので、道案内は問題ないね。


 夏になり、天上山脈の中腹にはもう雪は残っていない。

 それでも、雲を突き破るほどの高地や深い山脈の奥には真っ白な雪が残っている場所もあって、緑と白銀が入り混じった幻想的な風景が連なっていた。

 ニーミアとレヴァリアは無理に高度を取らず、山脈の合間を縫うように飛んでいく。


「この辺は、村や集落さえないんだね」

『東の魔術師の目が行き届いている証拠だろう。魔族どもがこの山脈に踏み入れば、容赦はないということを意味している』


 天上山脈を入念に探索したら、もしかしたら人族や耳長族の隠れ集落くらいは見つかるかもしれないね。

 だけど、魔族が支配する村なんかはどこにも見当たらない。

 これほどまで厳重に魔族の侵入を許さないからこそ、西に広がる人族は文化圏を維持できているんだろうね。


「でも、そうすると不思議だよね。クシャリラの前にあの国を支配していた魔王は、どうやって天上山脈を越えて神殿都市に侵攻できたのかな?」

『知らん。知りたいとさえ思わん』


 レヴァリアは興味なさそうにそっぽを向く。

 僕はひとりで、前魔王がモモちゃんの目を掻い潜って天上山脈を越えられた理由を考えてみた。

 だって、この問題の答えを見つけ出しておかないと、竜峰でも似たようなことが起きる可能性があるからね。

 というか、実際に一回は起きているよね。


 クシャリラがアームアード王国とヨルテニトス王国へ侵攻した時は、長期に渡る密かな計画がいしずえになっていた。

 竜峰の北部に住む竜人族を言葉巧みに騙し、魔族の大軍が竜峰を通過するのを見過ごさせた。他にも、古代遺跡を使った転移方法を調べて復活させたり、それ以前から人族の文化圏に魔族が入り込んで色んな工作をしていたっけ。


 きっと、前の魔王もそうした入念な計画を立てて、天上山脈を越えたはずだよね。


「南の、天上山脈の終わりからぐるりと回り込んで……。いやいや、そうすると魔族が緩衝地帯を通過するどころか人族の国も通り過ぎることになるから、それだとカルマール神国が黙ってはいないよね?」


 クシャリラが緩衝地帯で目撃され始めた帝尊府を邪魔だと思うように、神族だって魔族が緩衝地帯へ侵入すれば敏感に反応するよね。


「それじゃあ、逆に北側をぐるりと回って……。これも違うか。天上山脈を挟んで北西側は永久雪原だもんね。こっちだと魔女さんに阻まれるだろうから、それこそ無理だね」


 それじゃあ、雲よりも高い天上山脈の峰々を飛んで越えた?

 それもないよね。たとえ背中に翼を持っていても、限られた者しか雲よりも高く飛ぶことはできない。

 鳥を除けば、雲よりも高く飛翔できるのは、ニーミアのような古代種の竜族や、レヴァリアのように極めて高い飛行能力を持った者だけだ。

 だから、魔族の軍隊が丸ごと雲の上を飛んで天上山脈を越えるなんてことはできない。


「それじゃあ、いったいどうやって……?」

『東の魔術師が把握できていない以上、貴様が空の上であれやこれやと考えていても答えは見つからん。それよりも、そろそろ目的の地域だろう』

「そうだね。このことはまた今度考えるとして。今はモモちゃんの住処を探そう」


 もちろん、僕だってモモちゃんの隠れ住処の場所を知っている。

 だけどね。来慣れていない山脈の奥地は、意外と何処も同じような風景に見えちゃうんだ。

 おおよその位置は特徴的な山嶺の形で覚えているんだけど、そこから正確にモモちゃんの住処を割り出すのは難しい。

 というか、簡単に見つかるような場所だと、魔族や不届き者にも見つかっちゃう可能性が高いからね。

 なので、モモちゃんの住処は、わかっていても見つけにくい場所にあるんだよね。


「にゃーん」


 先で、ニーミアが可愛く鳴いた。

 そして、がけの近くまで降下していく。だけど、そのまま地上に降りることはなく、なぜか近くで滞空し始めた。


「どうしたのかな?」


 レヴァリアに、ニーミアを追ってもらう。

 モモちゃんの隠れ住処を見つけたのなら、そのまま地上に降りると思うんだけど。と考えながら、ニーミアの様子を伺う。

 そうしたら、すぐに答えがわかった。

 遠くから大鷲がこちらに向かって真っ直ぐに飛んできている姿を見つけて、僕も事情を把握する。


「あれは、大鷲おおわしのミカン……ではないよね。レヴァリアを恐れずに飛んでくるということは、モモちゃんが魔術で生み出した幻覚の生物だね」


 大鷲は、二体の巨大な竜族にも臆することなく飛来すると、僕たちの周りをくるくると旋回し始めた。


「遊びに来たの? こっちに来て」

「どうやら、お出かけ中だったみたいだね。レヴァリア、大鷲の後を追ってね」


 僕たちがモモちゃんの住処を見つける前に、モモちゃんの方が先に僕たちの存在を捉えたようだね。さすがは、天上山脈を守護する東の魔術師です。

 大鷲の案内で、僕たちは更に北上する。

 険しい峰々の間を縫うように進んで、ある場所まで案内された。


「そうか。モモちゃんは大好きな桃の木の場所にいるんだね!」


 考えてみると、夏になって桃の季節になった。

 モモちゃんは、収穫のために住処の洞窟どうくつから出てきたのかな?


 大鷲に導かれて、僕たちはモモちゃんを見守り続けてくれた桃の木の側に着地する。


「モモちゃーん?」


 だけど、モモちゃんの姿が見えない。

 どういうこと?


 ニーミアから降りたみんなも、モモちゃんの姿を探して辺りを見回す。


「おかしいな。大鷲の案内だから、きっとモモちゃんがここに居ると思ったんだけど?」

「もう少し探してみましょう」


 ミストラルたちも首を傾げながら、辺りを探索し始めた。


「モモちゃん、どこだーい?」


 気配を探ってみても、モモちゃんの気配は読み取れない。

 ということは、やはりこの場にモモちゃんは来ていないのだろうか。

 では、僕たちは何故、ここに案内されたんだろう?


 と、疑問を浮かべている時だった。


「っ!?」


 大きな岩の先。

 夏草がしげり始めた岩場の陰に、何かが動く姿を一瞬だけ捉える。

 咄嗟に身構える僕。

 魔物?

 妖魔?

 それとも、魔獣?


 慎重に気配を探る。だけど、岩陰の先からは何も気配を読み取れない。


「っ!!」


 また、何かが見えた。

 気配は読めないけど、確実に何かが潜んでいる!

 慎重に、岩場へ足を踏み入れる。


 ぴょこんっ、とまたまた何かが見えた。

 今度は、見逃さない。


「……うさぎの、耳?」


 先端部分だけしか見えなかったけど、兎の耳のように見えたよ?

 ということは、兎の魔獣かな?

 魔獣なら、先手必勝が重要だ!

 僕は空間跳躍を発動させると、魔獣の不意を突くように、岩場の先へ一瞬で移動した。

 そして、驚愕する。


「モモちゃん!」

「グググッ。見ツ、カッタ」


 なんと、岩場の陰に隠れていたのは、兎の毛皮をかぶったモモちゃんだった!

 というか、モモちゃんは兎の耳の部分だけを頭にかぶり、残りの毛皮部分は申し訳程度に身体に巻きつけていて、あとは、すっぽんぽんです!


 僕の声に、みんなが集まってきた。

 そして、モモちゃんの姿を見て苦笑する。


「モモちゃん、その毛皮はどうしたのでしょうか?」


 ルイセイネが、意図的に僕の視界を遮るように立つ。

 つまり、あまりじろじろとモモちゃんを見ては駄目ってことだね?


「夏、暑、イ」


 モモちゃんが魔術で生み出した生物は人の言葉を流暢りゅうちょうに話すけど、モモちゃん自身の発声だと、相変わらずぎこちないね。


「隠レンボ、楽シ、カッタ」

「モモは隠れんぼをしていたのね。見つけるのに苦労したわ」


 ミストラルが、荷物の中から自分たちの夏用の服を取り出して、モモちゃんに贈る。


「兎の毛皮よりも、こっちの方が涼しいわよ」

「アリ、ガ、トウ」


 ルイセイネに視界を遮られているせいで詳しい様子はわからないけど、モモちゃんも気に入ってくれたみたいだね。

 それじゃあ、夏服に着替えたら本題に入るのかな、と思ったら、もう少し時間が掛かりそうな話の流れになってきた。


「モモちゃん、少し臭うわ」

「モモちゃん、少し気になるわ」


 ユフィーリアとニーナが、困ったように顔をしかめていた。


「もう少しくだった先に、泉が見えますわ」


 ライラが示す方角に、確かに細い沢と小さな泉が見えた。


「モモちゃん、今から女だけで水浴びをしましょう」

「エルネア君、そういうことですので」


 セフィーナさんとマドリーヌ様の宣告に、僕はルイセイネの背後でがっくりと項垂うなだれる。


「しくしく。今回も僕は仲間はずれなんだね」


 まだまだ、野生児が抜けないモモちゃん。

 高所でそこまで暑くないとはいえ、やはり夏だ。動けば汗をかいてしまう。だから、頻繁に水浴びとかをしていないと臭うよね。

 女性陣の気遣いで、モモちゃんは泉の方へ行ってしまう。

 取り残された僕は、独りで桃の木の場所まで戻った。


「ところで、なんでモモちゃんの気配を読めなかったんだろうね?」






「グググッ。新シイ、術。覚、エ、タ」

「なるほど。魔術で気配を隠していたんだね。すごいよ、全然わからなかった!」


 水浴びを終えて。

 モモちゃんは、夏服の上から兎の毛皮を被っていた。

 どうやら、夏のお気に入りらしい。


 そして、モモちゃんにさっきの不思議な現象を聞いた僕は、感慨深かんがいぶかく頷いてしまう。

 僕も、まだまだ修行不足だね。術で気配を巧みに消すような者がモモちゃん以外にも現れた時のために、もっと鍛錬しなきゃいけないようです。


「ミンナ、来テ、クレテ、嬉シ、イ。プリシア、ハ?」

「モモちゃん、ごめんね。プリシアちゃんは、今回はお留守番なんだ。また今度、連れて遊びにくるからね」

「ウン、待ッテ、ル」


 れた桃を頬張りながら、モモちゃんは心の底から嬉しそうに微笑んでいた。


「それでね、モモちゃん。僕たちが今日、ここへ来た理由なんだけどね」


 言って、僕は懐から手紙を取り出す。


「巨人の魔王から、モモちゃん宛に手紙を預かってきたんだ」


 モモちゃんは僕から手紙を受け取ると、封蝋を解いて手紙を取り出す。

 そして……

 モモちゃんは真剣な表情で手紙を見つめ。

 上下をひっくり返したり、裏表を見たり。

 手紙を太陽にかざしてみたり、首を傾げたり。


「ま、まさか……!?」


 僕たちは、顔を見合わせて苦笑してしまう。


「モモちゃん、字が読めないのかな?」

「グググッ。昔、ハ、読メタ……気ガ、スル?」

「そうか。普段は、文字とかにあまり触れないもんね」


 魔術、というか呪術で扱う文字や紋様は、普段の僕たちが使用している文字とは違う。

 モモちゃんは、術で使用する文字は読み書きできるようだけど、普段使いの文字を読むのは苦手みたいだね。

 代わりに、許可を得たミストラルが読んであげる。


「魔族の動向よりも、有翼族ゆうよくぞくと神族の動きを注視せよ」


 どうやら、巨人の魔王はモモちゃんに忠告するための手紙を出していたようだね。

 モモちゃんは手紙の内容を聞いて、うんうんと真剣に頷く。


「南ノ、方。有翼、族。動キ、活発。神族モ、最近、見、カケル」

「神族が、何か悪巧みをしているみたいなんだよね。有翼族が活発に動き出していることも気になるね」


 魔族、つまりクシャリラは僕との協定を今のところ守ってくれているみたいなので、神族と有翼族よりかは警戒を落としても良いのかもしれない。

 巨人の魔王は、ともかく二者の動きが気になっているようだね。

 モモちゃんも、神族と有翼族の動きには気づいていたようなので、これからはもっと気をつける、と気を引き締めてくれた。


「今日ハ、一緒ニ、寝ル?」

「そうだね。今日はモモちゃんといっぱい遊んで、明日からまた働こう!」


 ごめんよ、ルイララたち。

 君たちの自由は、もう暫く後になります。

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