緩衝地帯は山岳地帯
「オ肉、美味、シイ」
「お口に合ったようで、良かったです。モモちゃん、もっと沢山食べてくださいね。ミカンも、お腹いっぱい食べてください」
ルイセイネがお肉のお代わりをお皿に盛ると、モモちゃんもミカンもがつがつと頬張る。
野生児的な生活が身に染みついてしまっているモモちゃんは、普段あまり調理をしないみたい。というか、ほとんど料理を作らないようだね。
だから、こうして繊細に味付けされた料理は珍しい食べ物になるんだね。
作法なんてないけど、本能のままにお肉にかぶりつくモモちゃんやミカンの食べっぷりは、見ていて気持ちが良いね。
僕たちも、ついつい手が進んじゃう。
「モモも、これからは少しずつ料理を覚えたらどうかしら?」
「ミストさん、それは良い案ですね。そうです。今度、モモちゃんのためにお料理教室を開きましょうか」
「はわわっ。ルイセイネ様。ですが、調理の煙があまり立つと、ここが見つかってしまいますわ」
「グググッ。煙、誤魔、化、セル」
煙自体を魔術で消してしまえば良いのだと、普通のことのように話すモモちゃんに、僕たちは驚く。
普通は、そういうことさえ難しいんだけどね?
というか、魔術の基礎となっている呪術では無理だろうね。
モモちゃんの規格外の魔術と、それを難なく扱える実力に、僕たちは感心してしまうよ。
「僕も見習わないとなぁ。ようし、今度は生活が便利になる新術を開発するぞ!」
「エルネア君が、また何かを破壊する気だわ」
「エルネア君が、また何かを消滅させる気だわ」
「エルネア、今度ハ、有翼族、ノ、街、壊ス」
「モモちゃん、変な予言をしないで!?」
ユフィーリアとニーナのせいで、モモちゃんにまで誤解を与えちゃっているよ。
とほほ、と肩を
「ところでさ。今後の話になるけど」
と、楽しい食事を摂った後は、真面目に今後のことを話し合う。
「先ずは、どこに向かったら良いのかな?」
魔族と神族の
僕たちは、その帝尊府の活動を妨害し、場合によっては神族を緩衝地帯から排除しないといけない。そうしなきゃ、ルイララたちを解放できないからね。
とはいえ、
では、緩衝地帯に入ったら、どう行動していけば良いのか。みんなの意見を聞きたくて質問したら、真っ先にモモちゃんが手を上げた。
「はい、モモちゃん!」
「有翼族、街、襲ウ!」
「却下!」
モモちゃん、僕は破壊の竜王じゃないんだからね?
いきなり
モモちゃんの
だけど、モモちゃんは意外と真面目に考えていたみたい。
「違ウ。有翼族、怪、シイ」
「むむむ。と言うと?」
どうやら、言葉足らずだっただけのようだね。
笑ってしまったことを謝って、僕たちはモモちゃんの言葉に真剣に耳を傾けた。
「神族、有翼族ト、行動、シテ、ル。何度モ、追イ、払ッタ」
巨人の魔王に忠告を受ける前から、モモちゃんは天上山脈の南部で神族と有翼族の気配を何度も察知していたようだね。
「イツモ、ハ、有翼族、見逃ス。弱イ。数モ、少ナイ」
有翼族が天上山脈に踏み入ることはあるらしい。だけど、モモちゃんはそれを見逃してやっているみたいだね。
有翼族は数も少なく、魔族や神族のように強くもないので、天上山脈に入っても脅威にはならないとモモちゃんも判断しているようだ。
だけど、ここ最近は違うらしい。
「神族。有翼、族ノ、案内、デ、山、ヲ越エヨ、ウト、スル。ダカラ、追イ出、シ、テタ」
「たしか、前にウェンダーさんが言っていたよね。神族の
「神族が今後の計画に備えて天上山脈の越え方を調べているという推測は、納得できるわね。だけど、その任務を帝尊府が担っているとは思えないかしら?」
「エルネア君、ミストさん。少しお待ちください。その、有翼族と一緒に行動しているという神族が帝尊府だと決まったわけではないですよね?」
「言われてみると?」
緩衝地帯で帝尊府の存在が確認されたという先入観があったから、天上山脈に進入しようとした神族も帝尊府だと思い込んじゃっていたようだ。
「つまりモモちゃんは、先ずは有翼族の国に入って神族を調べ上げるべきだと言いたいのかな?」
「ウウン、違、ウ。有翼族、街、破壊スレ、バ、有翼族、恐レ、テ、神族カラ、手ヲ、引ク」
「この子、やっぱり攻撃的な案だった!」
僕の突っ込みに、モモちゃんがお腹を抱えて笑い転げる。
まさか、さっきの話の続きから、僕をからかったのかな!?
みんなもモモちゃんの罠に掛かったことに気付き始めて、合わせて笑い出す。
モモちゃんは意外と楽しい性格だね。
いや、愉快な性格だからこそ、プリシアちゃんやアリシアちゃんと親友なのか!
「モモにいっぱい食わされたわね。でも、あながち間違いではないような気がするわよ? 神族を緩衝地帯から追い出すためには、有翼族との関係を崩す必要がありそうじゃないかしら?」
「そうだね。有翼族と一緒に天上山脈へ入ってきたという神族が帝尊府とは断定できないけど、少なくとも神族と有翼族が何やら
有翼族としては、緩衝地帯で生き残るために、魔族なり神族なりと少なからず関係を持って、
でも、神族の裏事情やクシャリラからの要求を考えると、僕たちに与えられた選択肢は、神族と有翼族の関係を崩し、神族に撤退してもらうという方法がもっとも有効じゃないかな?
「場合によっては、有翼族の街に入って情報収集をすべきなのかもね?」
「ですが、有翼族は人族を奴隷として扱うのですよね?」
ルイセイネの
僕たちがこのまま何の策もなしに緩衝地帯に入って有翼族と接触してしまったら、問題が起きかねないよね。
竜人族のミストラルと巫女のルイセイネとマドリーヌ様はまだしも、残りの僕たちは良い獲物にしか映らないだろうね。
「ううーむ。有翼族に知り合いがいれば良かったんだけどね?」
残念ながら、ここに集う全員が有翼族と出会ったことさえなかった。
「はわわっ。それでは、いきなり街へ行くのは危険ですわ」
「と、いうことは……?」
モモちゃんは、ミカンとニーミアと一緒に楽しそうに遊んでいた。その傍で、僕たちは綿密に今後の作戦を練った。
「ということで、レヴァリアはこれから自由行動だよ!」
『ふんっ。何が自由行動だ。都合の良い奴め。だが、何かあればすぐに喚べ。次こそは我が本当の恐怖を神族どもに知らしめてやる』
場所は変わり、僕たちは緩衝地帯へと入っていた。
モモちゃんとまた遊ぶ約束を交わした僕たちは、ニーミアとレヴァリアに騎乗して天上山脈を南下し、緩衝地帯の山岳地帯に入ったところで、地上に降りた。
ここからは徒歩で緩衝地帯を移動しながら、情報収集を試みる。
友好的な有翼族と接触できれば関係を深め、神族や帝尊府と出くわした時には、臨機応変に対応する。
ただし、飛竜のレヴァリアが側に居ると必要以上に目立ってしまうので、残念ながら別行動になってしまった。
とはいえ、レヴァリアは僕たちの近くをいつも飛んでくれる予定だ。
ちなみに、ニーミアは小さくなって僕の頭の上で寛いでいます。
レヴァリアが荒々しく飛び立ったのを確認すると、僕たちは山奥の道を進み出す。
「この道は、
僕たちが降り立った場所は、目立たないようにと、山奥のそのまた奥、天上山脈の麓に程近い場所だった。
空から見た限りでは、周辺の山々に人の住めるような拓けた場所はなかったはずだけど。
この道も、背後は天上山脈の方へ続いているけど、山脈の麓あたりで途絶えている。
つまり、この道を利用する人は少なからず存在する可能性は高いけど、天上山脈に入るような人じゃないってことだね。
「ともかく、進もうか」
僕たちは、周囲の樹々が木陰を作る山道を、のんびりと歩く。
「こうしてみんなで歩いていると、神族の国を旅した時のことを思い出すね。あの時は色々と大変だったけど、旅自体は楽しかったよね」
竜峰でも、禁領でも、僕たちが訪れたことのない場所はまだまだ存在する。
次はどこを旅したいだとか、旅先で何がしたいかなんて話題で盛り上がる。
「あなた達、ここは知らない種族の土地なのだから、一応は周囲の警戒をしていてちょうだいね?」
と忠告を入れるミストラルでさえ、
そうして一日目が過ぎ、二日目も無事に経過し、三日目に入った。
相変わらずの山岳風景と、山道が延々と続く。
「おかしいな? 道はしっかり存在しているんだから、人家なり集落なりがあっても良さそうなのにね?」
出会うのは魔物ばかりで、魔獣さえ遭遇しない。
まあ、魔獣も本来は頻繁に遭遇するような動物じゃないからね。
とはいえ、道があるのに人の気配がないのは不思議だね。
有翼族の不意打ちなどがないように、周囲の警戒は
いつもより広範囲で気配を読んでいるけど、誰かが
「辺境すぎて、有翼族もあまり来ない場所なのかな?」
よく考えてみると、有翼族は空を飛べるので、地上の道なんて利用しないのではないか。そんな疑問が家族の話題となり始めたころ。
レヴァリアが僕たちの上空を荒々しく通過した。そして、咆哮を放つと、そのまま遠くの空へ飛んでいく。
「みんな、警戒して!」
レヴァリアだって、遊んでいるわけではない。
自由行動とはいっても、僕たちの
つまり、何かに警戒しろってことだ。
「近くに有翼族がいるのかしら?」
「ですが、今のところ気配は感じませんね?」
ミストラルとルイセイネが周囲を見渡す。
僕も、違和感は読み取れていない。
とはいえ、モモちゃんのように術によって世界に溶け込んで気配を読ませないという超高等手段を取れる者がいるかもしれないからね。
気配を読む感覚だけでなく、視覚や聴覚にも気を向けながら、周囲を警戒する。
「むむむ。やっぱり違和感はないね? 取り敢えず、進もう」
警戒度を上げつつ、前進を再開させる僕たち。
聴覚も意識しているせいか、樹々が風に揺れる音や森を風が吹き抜ける音、鳥や動物たちの鳴き声がいつも以上に耳に入ってくる。
「……?」
そんな中、僕はふと違和感を覚えた。
鳥が飛んできた。
こちらへと真っ直ぐに飛んできて、近くの木の枝に止まる。
そして、僕たちを見下ろす。
「鳥さん、こんにちは」
僕は、鳥に向かって陽気に挨拶をする。
みんなが、僕の突飛な行動に笑う。
僕も、鳥に挨拶をする自分が馬鹿馬鹿しいと笑う。
だけど、内心では全員が笑っていなかった。
最初は、小さな違和感だった。
普通、人の集団へ向けて鳥が無警戒に真っ直ぐ飛んでくるだろうか。
しかも、僕たちの近くに飛来して、逃げることなく木の枝の上から見下ろしてきた。
だから、僕は声を掛けた。
でも、鳥からの返事はなかった。
僕たちは竜心の先、万物の声を聞く能力を
だから、その気になれば鳥の声だって聞ける。
だけど、枝に止まった鳥は、僕の陽気な挨拶に返答したり馬鹿にすることなく、無反応だった。
明らかに、違和感のある鳥。
そして、僕たちはその答えを、事前に聞かされていた。
「グググッ。有翼族、気ヲ、付ケ、テ。翼有ル、生物、
モモちゃんが言っていた。
有翼族は、翼や羽のある生物を操る種族固有の術が使えると。
鳥や虫を使役して術のように放ったり、視界を共有して遠くの様子を調べたりすることができる、と聞かされていた。
ただし、使役した生物を遠くまでは飛ばせないので、視界共有などもウェンダーさんの神術ほど高性能ではないようだ。
そして、今。
僕たちの前に、違和感のある鳥が飛んできた。
僕の声に反応することもなく、じっとこちらを見下ろす鳥。
あれは間違いなく操られていて、本能や自我を封印されている鳥だ!
鳥に挨拶をするお馬鹿な僕。それを笑うみんな。と、第三者からは見えるような振る舞いを取りつつ、僕たちは歩き出す。
そうしながら、一層周囲を警戒する。
鳥が操られている、と僕たちが気付いていることを、相手には
油断させておいた方が、いざという時に上手く立ち回れるだろうからね。
笑い合いながら、これまで通りに山道を進む僕たち。
そうしながら周囲を警戒していると、前方から複数の気配が近づいてきた。
「エルネア」
「うん。みんな、友好的にね!」
あくまでも気付いていない振りをしながら、さらに道を行く。
道の先から近づいてくる複数の気配も、止まったり待ち伏せする様子はない。
そして、僕たちと彼らの道行きが重なった。
「貴様ら、止まれ! どこから来た!?」
突然、一団の中から背中に翼を生やした
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