帰りたいけど 帰れない

「それで、これからどうするよ?」


 東の魔術師、あらため、モモちゃんは、大きなニーミアのふわふわの体毛に包まれて、眠りに落ちた。

 たぶん、数日は目を覚まさないはずだ。

 呪力の使いすぎによる強い衰弱から回復するには、時間がかかるだろうからね。


 それで、僕たちはすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てるモモちゃんを横に、今後の方針について話し合う。

 スラットンの声に、全員の視線はリステアが腰に帯びた聖剣へと向けられた。


「今更だがよ。聖剣は復活したってことでいいんだよな?」

「ああ、それなんだがな」


 リステアは、スラットンの疑問に答えるように、聖剣をさやから抜く。

 おおおっ、と全員から感嘆かんたんの声が漏れた。


 斬れ味の良さそうな肉厚の刃は、鍔元つばもとから剣先まで刃が欠けることなく綺麗に繋がっていた。

 折れた形跡けいせきも、繋ぎ合わせた痕跡こんせきもない。

 元通りに復活した聖剣の刃に、僕たちは手を取り合って喜びあう。


 だけど、喜びもつかの間。

 リステアが懐から取り出した見たことのある物体に、全員が顔を引きつらせた。


「おいおい、どういうこった? なんで、折れた聖剣の剣先がある?」


 そう。スラットンが言うように、リステアが取り出した物は、紛れもなく折れた聖剣の剣先だった。


「でも、聖剣にはちゃんと刃があるし……?」


 欠けることなく剣先まで存在する聖剣と、折れ残った剣先を、交互に見つめる僕たち。

 すると、リステアが所感しょかんを口にした。


「俺は思うんだが。この聖剣の刃は、東の魔術師……モモ殿の魔術によって創られた刃だと思うんだ」

「ってことは!?」


 聖剣は、打ち直されたわけじゃない。

 まあ、あの短期間で打ち直すなんて無理だし、そもそも洞穴には加治作業を行えるような場所も道具もなかったよね。

 つまり、聖剣の刃は、僕たちがこれまでにも見たり体験してきたように、モモちゃんが魔術によって具現化ぐげんかさせた幻の刃ってことになるんだね。


「恐るべし、東の魔術師殿、というところか」


 アレクスさんは、深い眠りに落ちたモモちゃんを見つめる。

 ああして、強い衰弱で眠りに入っているというのに、モモちゃんが具現化させた聖剣の刃は消えることなく存在している。

 そっと刃に触れてみると、指先が切れそうなほど鋭利な感覚が、しっかりと伝わってきた。


「んじゃあよ、今後はモモに何か起きない限り、聖剣の刃は具現化したままってことになるのか?」

「ううーん、どうなんだろうね?」


 その部分は、若干じゃっかんだけど疑問が残る。

 モモちゃんがこのまま聖剣を具現化させ続けてくれるのか。もしくは、目が覚めたら消してしまうのか。

 そもそも、制約せいやくとかはないのかな?

 例えば、モモちゃんから遠く離れてしまうと、具現化の魔術効果が切れてしまうとか、時間が経つと自動的に消滅してしまうとか。


「エルネアの疑問は、モモ殿が目を覚ましたあとに本人から確認を取るしかないな」

「ということはさ、やっぱりモモちゃんが起きるまでは現状維持ってことになる?」

「ああ、そうだな。それに……」


 今度は、リステアの視線を追って、みんなは聖剣のつばを見た。


「ああ、そういうことか。まだ宝玉はモモちゃんが持っているんだね」


 折れた刃が復活したことにばかりに目を奪われていたけど、聖剣の最重要部分は炎の宝玉だよね。

 そして、聖剣の鍔には、まだ宝玉が戻されていなかった。


「もう、盗人と言われるのはごめんだからな。今度こそは、正式に授かりたい」


 聖剣を復活させるために、遠路はるばると旅をして、随分と遠くまでやってきた。

 しかも、そこで魔族や魔王との思わぬ大立おおたまわりを繰り広げ、苦難の果てにようやく折れた聖剣の刃を復活させることができた。

 もうここまでやったのなら、あとは最後のうれいもきちんと解消して帰りたいよね。


 リステアの意見に、僕たちは異論なく同意する。

 だけど、これで試練の旅に課せられた全ての懸念が払拭されたわけじゃない。

 むしろ、問題を先送りにしているだけで、残された時間は限られているのだと僕たちを焦らせる。


「……邪族か」


 ぽつり、とアレクスさんが漏らす。


 僕たちは、少しでも早く全ての課題を克服し、故郷に戻らなきゃいけない。

 僕たちがこうして時間を潰している間にも、故郷では大変な事態が進行しているんだ。


 アレスちゃんの話によれば、邪族が人の言葉を口にしたという。

 ミストラルを筆頭に、僕の家族やリステアの仲間たちは今も奮戦しているに違いない。

 僕たちは一刻でも早くアームアード王国に帰り、邪族討伐の戦いに参戦しなきゃいけない。


 だけど、まだ帰れない。

 リステアの聖剣に残された疑問のこともあるし、そもそも僕はまだミシェイラちゃんの足取りさえ掴めていないんだ。


 モモちゃんが目覚めるまでの数日で、ミシェイラちゃんを見つけ出すことができるのか。もしくは、足取りの手がかりを発見することはできるのか。

 正直に言って、絶望的に可能性は低い。


「いっそのことよ、モモか魔女に頼んでみたらどうだ?」


 すると、スラットンが妙案を出してきた。


「モモも北の魔女も、遠隔の術が使えるんだろ? なら、ここから遠隔魔術なりなんなりで、邪族を狙い撃ちしてくれねえもんかね?」

「スラットンの意見は興味深いな。エルネアが探しているミシェイラ殿がどれほどの強さなのか、人の言葉を口にしたという邪族がどれだけの化け物なのかは判然はんぜんとしないが、一考いっこう余地よちがあると、俺も思う」


 リステアも、スラットンの意見に乗ってきた。


 そういえば、僕以外のみんなは、邪族と直接対峙したことがないんだよね。

 アレクスさんとルーヴェントは書物や噂で知っている程度。リステアとスラットンは、僕から聞いた話に加えて、アームアード王国で起きた騒動を出発前に聞いたくらいだ。


 それと、僕はミシェイラちゃんの捜索に固執こしつしているけど、リステアたちからすれば、天上山脈を燃え上がらせ、魔族の大軍勢を退けたモモちゃんの魔術や、星の雨を降らせて魔王クシャリラを追い込んだ北の魔女さんの実力なら、邪族にも十分に対抗できるのでは、と思えるんだね。


 僕も、考えがり固まっちゃってた。

 言われてみると、魔女さんも圧倒的な力を持っているんだよね。

 片手のひと振りだけで、古代種の竜族である邪竜じゃりゅうを殺しちゃうくらいに。


「スラットンには珍しく、良い考えかもしれないね!」

「俺には珍しくだと!?」

「ぎゃーっ!」


 スラットンに羽交はがめにされて、悲鳴をあげる僕。

 クリーシオ、助けて!

 だけど残念なことに、この場にはクリーシオはいない。


「スラットン、あとでクリーシオに言いつけるからね!」

「言いつけられないくらいにお前を屈服させてやる」

「ぐええっ。そんなことをしたって、スラットンは竜王にはなれないよ」

「言ってくれるじゃねえかっ」


 なんて騒いでいたら、リステアが助け舟を出してくれた。

 スラットンを僕から引き剥がし、話を元に戻す。


「モモ殿が寝ている間に、ニーミアに飛んでもらって、北の魔女を探しに行くというのはどうだろう?」

「ううーん、それは難しいかな? ニーミアの飛行能力は信頼の置けるものだけど、肝心の魔女さんの所在が不明だからね」


 モモちゃんの遠隔魔術の際には、永久雪原に佇む魔女さんが水晶玉に映し出されていた。

 だけど、僕たちはそもそも、永久雪原の正確な場所さえ知らない。しかも、永久雪原のどこに魔女さんが居るのかもわからないんだ。

 話によれば、永久雪原が広がる大地は、天上山脈の北西から西にかけて、ということだけど。具大的な目標地点が定かじゃないと、さすがのニーミアでも魔女さんは探しきれないよね。


「なら、モモが起きたら、また探してもらうか」

「ってことは、やっぱりモモちゃんが起きないと話は進まないってことだよね」

「そうなるな……」


 魔女さんだけじゃなくて、モモちゃんが邪族の討伐に加わってくれたら、とても頼もしい。

 もしもミシェイラちゃんが見つからなくても、この二人が加わってくれるなら百人力だ。


 とはいえ、楽観視ばかりはしていられない。

 なぜなら、リステアの聖剣に残された疑問点や、邪族がらみの問題の全てにおいて、重要な位置を占めるのがモモちゃんだからだ。


 モモちゃんは、僕たちと力を合わせて魔族を撃退した。

 桃の老木が心を込めて実らせた桃の果実を、リステアの手から食べてくれた。

 僕の命名に、嬉しそうに微笑んでくれた。


 一見すると融和ゆうわしたように感じられる僕たちとモモちゃんの関係だけど。

 はたして、本当に打ち解けられているのかな?


 衰弱が解け、元気になったモモちゃんが心変わりをして、また僕たちを捕らえる。なんて可能性だって、全く無いとは言い切れない。

 さらに、モモちゃんは天上山脈にこもり過ぎていて、人と接するのが不器用なんだよね。

 僕たちがどんなに友好関係を築こうとしても、人と接することが苦手なモモちゃんの心に素直に響くかは疑問だ。


 まあ、モモちゃんとしっかり関係を築かないと、炎の宝玉は戻ってこないだろうから、その辺はリステアにお任せです!


 それと、モモちゃんの遠隔魔術で北の魔女さんを見つけることができても、そこからどうやって連絡を取ればいいんだろう?

 場所さえわかれば、ニーミアにお願いして急行する?

 でも、魔女さんが無償で手を貸してくれるかという疑問もあるね。


 僕がぽつりぽつりと疑問点や問題点を口にすると、スラットンが大きく溜息を吐いた。


「はあぁぁああ。お前は、後ろ向きな奴だなぁ。此の期に及んで、モモが仲良くしてくれるかだと? 魔女が無償で手を貸してくれるか心配だと? そんな心配は、問題でもなんでもねえよ。女ってのはな、貢物みつぎものを贈れば誰だって機嫌良くなるんだよ」

「へええ……」


 たしかに、モモちゃんは女性だ。

 魔女さんも、絶世の美女だ。


 では、この二人が喜ぶ貢物ってなんだろうね?


「装飾品なんかで良いんなら、アステル様に山のように創ってもらうことができるけど?」

「トリス君、それは頼もしい提案だけど、全く心がこもっていない贈り物になっちゃうね!」


 もしも、アステルさんの気を引こうとする人が現れた場合、アステルさんに宝飾品の貢物をしても、絶対に喜ばれないだろうね。だって、欲しい物を欲しいだけ、自分で創れるんだから!

 スラットンの意見は、アステルさんには絶対に通用しない。と、全員が心のなかで確信した瞬間だった。


「ま、まあ、宝飾品ほうしょくひんの案は却下きゃっかかな。見た感じ、モモちゃんは宝飾品関係よりも毛皮が好きそうだし……。魔女さんも、着飾るような人じゃないと思うんだ」


 それじゃあ、何を贈れば喜ばれるんだろう、と全員で頭をひねる。


「モモちゃんが貰って喜びそうな物かぁ。……そういえば、モモちゃんは魔術師なんだから、やっぱり玉石ぎょくせきとかを欲しがるのかな?」


 水晶球は持っていたみたいだけど、天上山脈にこもって人と接する機会がほとんどないなら、呪術の触媒しょくばいになる宝玉とか玉石はなかなか手に入らないはずだよね。

 そして、古今東西ここんとうざいの術者は、宝玉とか玉石が大好きです。


「じゃあ、でっかい玉石をアステル様に……」

「アステルさんが出てくると、身もふたもなくなっちゃうね! でもまあ、アステルさんの手はわずらわせないよ」

「というと?」


 トリス君の疑問に、僕はアレスちゃんを呼ぶ。

 すると、アレスちゃんは僕の意思を汲んで、謎の空間から大きな玉石を取り出した。


「で、でかい!」

「はははっ。これは、ヨルテニトス王国の王太子様から貰ったものなんだ。なんでも、国宝級らしいよ! これくらいの玉石なら、モモちゃんも喜ぶんじゃないかな?」

「もしかしたら、その玉石が気に入って、炎の宝玉を譲ってくれるかもしれないっすね!」

「たしかに! それなら、もう少しおまけを付けて、確実に炎の宝玉を貰えるようにしよう!」


 他に、なにか珍しい物はなかったかな、とイース家の宝物庫担当であるアレスちゃんに確認を入れる。

 すると、アレスちゃんは思わぬ物を取り出してきた。


「こ、これは……!」


 真っ黒な、拳大こぶしだいの宝玉だった。

 みんなも、珍しそうに覗き込む。


「おい、エルネア。これはなんだ?」


 スラットンの質問に、僕は苦笑混じりに答えた。


「邪族のかくだよ」

「げえっ!」


 全員が露骨に顔をしかめる。


 そいえば、前に邪族を倒した際に、ミシェイラちゃんから記念に渡されたんだよね。

 でも、こんな宝玉が贈り物になるのかな?

 呪われたりしない?


「おたからおたから」


 だけど、アレスちゃんはにこにこと微笑んで、邪族の核を勧めてきた。


 むむむ、霊樹の精霊のアレスちゃんがそこまですなら、渡してみようかな?


「それじゃあ、モモへの貢物はヨルテニトス王国の玉石と、邪族の核だな。で、魔女には何を贈る?」

「ううーん……。魔女さんは、何を贈られたら喜ぶだろうね。宝玉? 綺麗な衣服? それとも、スラットンの魂?」

「おい!」

「わははっ、最後のは冗談だよ」


 また、スラットンに羽交い締めにされる僕。


 とはいえ、悩みどころだ。

 魔女さんとは面識があるものの、深い関係というわけじゃない。だから、好みとか欲しているものとか、僕は何も知らないんだ。


 スラットンの魔手から逃れて、桃の老木の周りを逃げ回りながら、思案する。

 すると、ニーミアの背後で、悪い奴を見つけた。


「オズ?」

「ぷぎゃっ」


 なんと、オズはみんなに隠れて、干し肉をかじってました!


「ええい、仕方がないではないか。腹が減ってはいくさはできん!」

「いやいや、オズは戦なんてしてないよね? ニーミアはともかくとして、なんでオズまで魔族との戦いに隠れていたのかな?」

「ぐぬぬ、それはだな……」


 気まずそうに、二股の尻尾を後ろ脚にはさむオズ。

 だけど、僕はそんなオズを見てひらめいた!


「そうだ、オズの毛皮!」

「ぴゃっ!!」

「……じゃなかった。食べ物だ!」


 これは、素敵な考えかもしれない。

 そして、魔女さんだけじゃなく、モモちゃんもきっと喜ぶはずだ!


 僕は、追いついたスラットンと揉みあいながら、みんなの待つ場所へと戻る。

 そして、閃きを発表した。


「みんな、これから忙しくなるよ! モモちゃんが眼を覚ます前に、食糧をいっぱい集めよう!」


 これから、天上山脈には本格的な冬が訪れる。

 前日は、大鷲おおわしがモモちゃんに食糧を届けて分け合っていたけどさ。これから寒くなると、獣は冬眠しちゃって、獲物はなかなか見つからなくなるはずだ。

 だから、冬は、食べ物の備蓄が大切になってくる。

 でも、洞穴には備蓄なんてなかった。


 それなら、僕たちで食べ物の備蓄を準備しよう!


 魔女さんだって、生物が住めないと言われる永久雪原にいるのなら、食べ物を確保するのにも苦労しているはずだ。

 モモちゃんと魔女さんへ、僕たちが心を込めて贈れるもの。それは、これからの冬に備えての食べ物だ!


りじゃーっ!」

「狩りの時間だ!」


 スラットンとトリス君が、早速動き出す。


「やれやれ、でございますね。このような場所で、私の狩りの腕前を披露することになるとは」

「大物を狙うか」


 ルーヴェントとアレクスさんも、気合い十分で準備を始める。


 僕も、やる気満々です!


 くっくっくっ。

 竜峰でつちかった狩猟しゅりょうの腕を、存分に披露しましょう。


 さぁて、狩り場はどこを選ぼうかな、と周囲の気配を探り始める僕。

 だけど、リステアの思わぬ発言で、僕は全身を硬直させてしまうのだった。


「ところで、エルネアよ。俺の見せ場はどこなんだ?」

「えっ!?」

「お前は言ったよな。俺が活躍する舞台を整えるって?」

「え、ええっと……」


 そ、そういえば、そんなことを言ったような……


「今だ! 狩り場に走れ!!」

「ああ、しまった!」


 リステアの言葉に動揺してしまい、僕の動きがにぶったところを見計らって、全員が走り出す。

 リステアも、もちろん走り出していた!


「くううぅ、罠だったのか!」


 出遅れた僕は、慌てて駆け出した。


「お土産みやげよろしくにゃーん。モモちゃんは診ておくにゃん」

「ニーミア、お願いね」


 こうして、冬の狩猟大会の幕は切って落とされたのだった。

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