竜峰動乱

「エルネア」


 ニーミアから降りた僕に声をかけてきた人物に振り返る。

 赤銅色の肌に銀髪。屈強な身体つきの上半身には服を身につけていない。肩口から首元。背中から胸。二の腕から手の先までを、銀色の鱗が覆っている。手の指は鋭く伸び、靴を履いていない足は竜のように変形していた。


「ザンは尻尾も生えるんだね」


 僕に声をかけたのは、ザンだった。

 ザンの背中からは、ミストラルと同じような、飛竜に似た大きな翼が生えていた。そしてミストラルとは違い、太く長い尻尾がお尻の辺りから姿を現していた。

 翼の骨格も尻尾も、銀色の鱗に覆われている。


「ザンは炎を使うから、てっきり赤色の鱗だと思っていたよ。もしかして、ミストラルの部族はみんな銀や薄い金色の鱗なのかな?」


 明るく声をかけたつもりです。

 だって、人竜化した人だけじゃなくて、集まってきた村の人たちまでもが、深刻な表情で僕たちを見ているんだもの。


 理由はわかる。

 人竜化に関する掟のことを危惧きぐしているんだよね。


「ミストさん、素肌をいつまでも晒すのは感心しません。部屋を借りて早く着替えてください」


 ルイセイネがわざとらしい声音でミストラルを促す。


「変身すると、みんな翼が生えるのね」

「ユフィ姉様、見て。鶏竜にわとりりゅうのような人がいるわ」

「よ、よせ……気易く触るな……」

「ちがっ……わたしは誇り高い天竜の……」

「整列ですわ!」

「ぐおっ、なんだ。体が勝手に……」


 みなさん、自重してください。


 双子王女様は、人竜化した人たちを遠慮なく触りまくる。そして、ライラはなにを思ったのか、人竜化した竜人族に向かって能力を発動させていた。

 驚いたことに、ライラの能力は有効なようで、竜人族の人たちの意思に関係なく、勝手に整列を始めてしまっていた。


 みんなが竜人族の人たちに気を使っているのはわかるんですが、やり過ぎです。


「エルネア、ちょっと来い」


 僕はザンに引っ張られて、村の奥へと進む。

 人気がない民家の裏手まで連れてこられると、ザンは真剣な表情で僕を見た。


「ミストラルの服の様子と、お前たちの様子で大体は理解できた」

「うん。知ったのはついさっきだけどね」


 僕の言葉に、ザンは無言で頭を振る。


「これだけは言わせてくれ。ミストラルは悪くない。これは竜人族の掟だったのだ」

「それもミストラルからちゃんと説明を受けたよ」

「……怒りはないのか? お前たちは納得できたのか?」


 僕は、やれやれと大げさな身振りでお手上げをして、ザンにため息を吐いてみせた。


「なんとなく予想はしていたし、今更ミストラルが変身したところで、僕の心もみんなの心も揺るがないよ。竜人族もまだまだだね。僕たちのことを掴みきれていないなんてさ」

「言ってくれる」


 演技くさい僕の言葉に、ザンは苦笑を見せる。


「それよりもさ。大変だったんだ」


 久しぶりの顔に会えて気を緩めたいところだけど、まず最初に、きちんと役目を果たさなきゃいけない。

 オルタの報告をしようとしたら、ザンに手で制された。


「どうせなら主要な者が集まっている場で話せ。何度も同じ話をするのは面倒だろう」


 僕とザンは建物の陰から出て、会議を行う建物へと向かう。

 向かう途中で、ザンは人竜化を解除した。鱗が消え、翼と尻尾が引っ込む。瞳も普通に戻った。

 その様子を興味深く見つめながら、広場へと戻るまでに、僕はひとつ気になったことを質問してみた。


「ねえ、ザン。僕たちが竜人族の争いに首を突っ込んだら怒る?」


 ザンは僕に振り返らず、鼻で笑った。


「お前や女どもの姿を見て文句を言うような奴がいるなら、俺が叩きのめしてやる」


 オルタとの戦闘で、みんなも少なからず衣服を汚し、襤褸ぼろにしていた。


「命を賭して戦った戦士を侮蔑ぶべつする奴は竜人族じゃない。お前たちは俺たちの立派な仲間だ」

「ありがとう」

「それに、この辺を彷徨うろついていたということは、既にコーネリアさんから少なからず話を聞いて行動していたのだろう?」

「うん。昨日帰ってきたんだけど、苔の広場で話を聞いたんだ」

「それでコーネリアさんが送り出したというのなら、誰も文句はないさ」


 昨日帰ってきて、今日はもう違うことをしているのか。忙しい奴らだ。とザンは笑った。


 村の広場では、未だに数人の竜人族の戦士の人とライラや双子王女様が騒いでいた。僕たちはそれを横目に、少し大きな建物へと入る。


「久しいな、若き竜王よ」

「エルネア、お前さんはずっと東の国へ新婚旅行に行っていたんじゃないのか?」


 誰だ、新婚旅行だなんて広めた人は!


 違いますよ、と否定をしながら、久しぶりに会う人たちと挨拶を交わす。


 建物に入って最初に話しかけてきたのは竜王のひとり、スレーニーだった。相変わらず頭髪が薄い。初老ということで他の人たちよりも威厳があり、竜王のまとめ役的な存在の人。

 次に、妙な疑惑を口にしたのは、筋骨隆々で浅黒い肌をしたヤクシオン。彼も竜王のひとり。

 ああ、村の護衛を任されていたはずのザンが前線に出てきているのは、ヤクシオンのせいだね。

 ザンは、同じく格闘を得意とする竜王のヤクシオンにあこがれているんだ。


「竜王とは知らず……。過去に失礼をしました」

「あっ!」


 スレーニーとヤクシオンの次に控えめな挨拶をしてきた男性を見て、思わず声が漏れる。


 覚えのある顔だった。


「ラニセームさん、お久しぶりです。妹さんはお元気ですか? それと、あのときはまだ、竜王じゃなかったですよ」


 一年前。アシェルさんとニーミアと一緒に、竜峰に現れた腐龍を討伐しに行ったとき。

 腐龍を狙う竜人族の一団に出くわした。

 腐龍は、この世に未練を残していた。竜人族の女性を愛したのに、竜人族に裏切られ、命を狙われた。

 腐龍が愛した女性は、アネモネさん。そして、アネモネさんの兄であり、腐龍を狙う一団のひとりだったのが、ラニセームさんだった。

 ラニセームさんは誤解をしていた。竜族が大切な妹を狙っていると。そして、病弱なアネモネさんのために、腐龍を倒して竜宝玉を奪おうとしていた。


 知識が増えた今なら、そこにも誤解や間違いがあることに気づける。

 竜宝玉は竜族の想いの結晶だから、竜を討伐したからといって手に入るものじゃない。

 そして竜宝玉は、誰でもその力を受け取れるわけじゃない。


 思考が逸れちゃった。


 ほんの少しの間だけ敵対したけど、ラニセームさんは本当に妹想いでい人なんだ。誤解のなくなった僕たちは、和解した。だけど、会うのは一年ぶりだね。


「実は、妹が君のことを知ってね。力になりたいと言うことを聞かなくて」


 ラニセームさんと握手を交わしていると、建物の入り口から元気よく女性が駆け込んできた。


「エルネア君、お久しぶりです。覚えてますか? アネモネです!」


 アネモネさんは勢いよく僕に抱きついた。


「エルネア君が竜峰同盟の盟主だと知って、いてもたってもいられなくて!」

「あわわっ」


 すっかり元気になったアネモネさんは僕に強く抱きついたまま、耳元で喜びの声をあげる。


 だけどね。

 男としては、女性に抱きつかれて嬉しい気持ちなんだけどね……


「エルネア?」

「エルネア君?」

「エルネア様っ」

「秘密の女よ」

「新しい女よ」


 アネモネさんの後から入ってきた女性陣の冷たい視線を受けて、僕は顔を引きつらせる。


「違うんだ。誤解だよ。ほら、ニーミア。君も覚えているでしょ、説明をしてあげて」

「みんながいない場所で泣かせてたにゃん」

「うわっ。誤解を招く言い方は酷いよっ」


 アネモネさんが泣いたのは、腐龍へと堕ちた竜の本当の気持ちを知ることができたからだよ。そして、病弱だった体質が竜宝玉で改善した奇跡に、涙したんだよ!


 僕は必死で説明した。

 ふぅん、という視線が痛かったけど、他意はないです。

 本当です!


「いやあ、エルネアの家族は賑やかだな」

「羨ましい限りだ」


 二人の竜王に笑われちゃった。建物内の人たちも、微笑ましそうに僕たちの修羅場を見ていた。


「そ、そんなことよりも!」


 早くオルタの話に移ろうよ。かす僕と、もう少し休ませろと言う竜人族の人たち。

 貴方たちの休憩って、僕の不幸を見て楽しむことなんですね……


 北部竜人族がなぜ攻めてきたのか。オルタとなにか連動した動きだったのか。ちゃんと話し合いましょう。

 僕の訴えがようやく届いたのか。それとも女性陣がやっと納得してくれたのか。

 みんなにお茶が配られると、お互いの情報を出し合う会議が始まる。


 ちなみに、僕と女性陣が修羅場になっている最中も、アネモネさんは僕に抱きついたままだった。

 本当に元気になったんですね。というか、力が強くなりすぎています。竜宝玉のせいですね……


 机や椅子もなく、広いだけで質素な部屋のなかで、みんなは思い思いの体勢になって会議を始めようとしたとき。

 急に屋外が騒がしくなった。


 また北部の人たちが攻めてきたのか! 室内の全員に緊張が走る。

 全員の視線が建物の入り口に向いた。


「いやあ、竜人族は騒がしいね」

「おい、いい加減にしろ。ここでの狼藉ろうぜきは許さないよ」


 こちらの緊迫した気配に気後れしない雰囲気で最初に室内へと入ってきた青年の姿に、全員が息を呑む。そして、すぐさま竜気を漲らせ、臨戦態勢に入った。


「おやおや、怖いね?」

「当たり前だ! 自分の種族と立場をわきまえてくれ」


 青年の次に慌てたように入ってきたのは、八大竜王のひとり、ウォルだった。そして、ウォルに肩を掴まれた青年は、魔族のルイララだった。


「やあ、エルネア君。そして竜姫。迎えに来たよ」

「はい?」

「陛下がお招びなんだ」


 あまりな急展開に、僕だけじゃなくてミストラルや竜人族の人たち、竜王たちも目が点になってしまっていた。


「ど、どういうこと?」


 ようやく絞り出した声で質問をする僕。

 ルイララは、僕たちの混乱が見ていて楽しいのか、ふんふんと鼻歌交じりに様子を伺っている。


「みんな。申し訳ない。僕が事情を話そう」


 竜人族の殺気や困惑を軽く流すルイララを押しのけて、ウォルが申し訳なさそうに、一歩前に出た。


 ウォルは、青年竜王と言っていいような若い容姿をしている。

 竜王は実力と功績を認められて、人望がある竜人族に授けられる称号だ。すると必然的に、年配や脂の乗り切ったそれなりの年齢の人物が選ばれる。

 だけどウォルは、見た目はザンやミストラルよりももう少し年上くらいにしか見えない。

 でも、違うんだ。ウォルは竜術体術剣術となんでもこなす実力者で、実年齢は見た目よりかはもう少し歳いっているんだ。

 そしてウォルは、西の村の事件以降、魔族の国に降りて竜峰と魔族との仲介に入っていた。


 そのウォルが、魔王配下の子爵ししゃくルイララを連れて、この場に現れた。

 しかもルイララは、魔王がミストラルを招んでいると言う。

 ルイララの仕える魔王は、巨人の魔王と呼ばれる最古の魔王。

 かの魔王がいったいどんな要件で、ミストラルを呼び寄せようとしているのか。


 室内に居た全員が、ウォルの言葉に注意深く耳を傾けた。そして、衝撃が走り抜けた。


「聞いてほしい、みんな。実は、西側から魔族の軍勢が竜峰へと入り込んだ」

「なっ……!」

「ああ、勘違いしないでほしいな。僕の国の軍隊じゃないよ。北側の魔王クシャリラの軍だからね?」

「確認できているだけでも、魔将軍ゴルドバの率いる死霊の軍隊一万以上、他に、獣魔じゅうま将軍ネリッツと大邪鬼だいじゃきヤーンそれぞれの軍勢も一万、計三万以上の魔族が竜峰に侵入してきているんだ」

「おいおい……」

「北の奴ら。まさかクシャリラと手を組んだのか……!」

「でもいったいなぜ、北の奴らは魔族と手を組んだりしたんだ?」

「ちょっと待て。その情報と、竜姫が巨人の魔王に招ばれている件はどう繋がる?」

「北の魔族の動きと竜人族を繋げているのはオルタだ。その件で、巨人の魔王はミストラルを招んでいるんだよ」


 やっぱり、竜峰全体を巻き込んだ騒動の裏にはオルタが関わっていたんだ。

 僕たちは全員で顔を見合わせた。


「そんなわけだから、竜姫は借りていくよ。ああ、エルネア君、君も来てほしいな。また剣術勝負をしようじゃないか」


 ルイララは、場の雰囲気を読まない笑顔を僕に向けた。

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