過去と掟

「ミストさん、お座り!」

「な、なぜ……?」

「そうですわ。ミストラル様、お座りですわ」

「ミストラル、お座りよ」

「ミストラル、正座よ」


 さっきまで和気藹々と騒いでいたと思ったら、急に変な空気になる女性陣。

 なんでミストラルが正座をするように言われているのかな?

 というか、いつも正座で怒られるのは僕だから、妙な違和感があります。

 ミストラルも意味不明と首を傾げる。だけど、変身を秘密にしていた後ろめたさと、みんなの迫力に押されてしまって、正座をするミストラル。


 なんか珍しいものが見れた! とほくそ笑んでいる場合じゃないよね。


「ねえねえ、なんでミストラルが正座なの?」

「あっ、エルネア君も正座ですよ」

「えええっ」


 なんでこうなった!

 ミストラルと並んで正座をさせられる僕。

 僕とミストラルを囲むように、みんなが取り囲んで見下ろしてくる。

 プリシアちゃんなんて、胸の前で腕を組んで頬を膨らませています。

 いやいや、君は何が起きているか理解してないけど、場の雰囲気で遊んでいるだけだよね?


「にゃあ」


 ニーミアがプリシアちゃんの頭の上で楽しそうに鳴いた。


「エルネア君、貴方はミストさんに甘すぎですよ」


 となぜか、最初に正座をさせられたミストラルではなくて、僕が先に怒られた。

 でも、なんで?

 身に覚えのないお叱りに、首を傾げる。


「んもうっ」

『んもうっ』


 ルイセイネの真似をして、フィオリーナが面白そうに鳴いた。


「それでは、ミストさん。貴女はなぜ、変身のことを今までわたくしたちに秘密にしていたのですか?」

「そうですわ。ミストラル様だけではなくて、竜人族の皆様で秘密にしていたのですわ」


 言われてみればそうだったね。

 竜人族の人たちとミストラルは、なぜ変身の能力を僕たちに対して、ひた隠しにしてきたんだろう。

 そしてこの問いかけは、本来僕がミストラルにしなきゃいけないことだったんだね。

 だから僕も怒られているのか。


 変身能力。竜に近い姿になるから「人竜化じんりゅうか」というのかな? よくわからないや。


 みんなの詰問きつもんに、ごめんなさいと項垂れるミストラル。


「あなた達は、すんなりと受け入れてくれたわ……」


 ミストラルは無意識に、隣で一緒に正座をする僕の服の裾を握っていた。


「でも、みんながみんな、あなた達のように強くはないの」


 ミストラルは話す。竜人族の過去の失敗と、そこから生まれた掟を。


 竜人族が同族以外から伴侶を選ぶことは、稀にあるらしい。

 竜峰を東へと降れば、すぐにアームアード王国の王都へとたどり着く。隊商も年に何度も王都を訪れている。西に降りれば魔族の国々。竜峰の南方では、神族の国と交流がある部族もあるのだとか。

 その環境下で、他種族と恋仲に落ちる竜人族は昔からいた。


「だけど、人の姿からその身を変える術を持つのは竜人族だけなの」


 人族も神族も、見た目は同じような容姿。魔族に関しては最初から異形の者も居るけど、そこから変身するような種族はいないのだとか。獣人族は、人と獣の姿の両方になれるけど、竜人族はそれともまた違う。完全に竜化するのではなく、翼が生えたり鱗が浮き上がるだけだったりするように、あくまでも似るだけ。なかには尻尾が生える人もいるらしいけど、完全な竜の姿になる者はいない。

 でもだからこそ。

 人であって人でない姿は、普通の人たちには不気味で恐ろしい姿に映る。


 僕たちなんかは、竜族や魔獣などを見慣れているせいで免疫があったけど、言われてみると確かに、目の前で人が異形の姿に変わったら怖いのかもしれない。


 過去には、人竜化した伴侶を見て恐れ逃げ出した者や、騙されたとののしり絆を崩した家族があったのだとか。

 そのことから、竜人族内でひとつのおきてが作られた。


 人竜化を知らない他種族を迎え入れる場合、周りの者も協力をして、秘匿ひとくする。打ち明ける場合は、他種族の伴侶を迎え入れた竜人族自らが行う。ただし、深い絆で結ばれていない場合は、教えてはならない。


 他種族を伴侶に迎えた者のなかには、真実を打ち明けられずに竜人族の村を出た者もいるのだとか。

 ずっと竜人族の村で暮らし続ければ、他の竜人族も人竜化できずに迷惑をかけるからね。


 どんなに深い絆と愛で結ばれていても、やっぱり人ではない姿に恐れを抱く人はいる。とくに女性や、精神的に未熟な者に多く見受けられる。


「それじゃあ、ミストラルは僕を信用していなかったの? 僕とミストラルの絆はまだ浅い?」


 ミストラルの説明を聞き、しゅんと心がしぼんでいく。

 俯いた僕を、ミストラルは抱きしめた。


「違うの。ごめんなさい。わたしが臆病だっただけよ。わたしが愚かだっただけ……」


 最初に打ち明けるべきだった、とミストラルは言う。

 スレイグスタ老に縁談話を振られたときに、竜人族とはこういう姿の者だと見せればよかった。


「でも、できなかった……。だって、貴方に嫌われたくないと思ったから。失いたくないと思ってしまったから」


 強く抱きしめてくるミストラルを、僕も強く抱き返した。


「ありがとう」


 僕もミストラルを失いたくない。どんな姿だろうと、ミストラルはミストラル。最初は確かに容姿に一目惚れだったけど、今では中身も含めて全部が好きだもの。


「ちょ、ちょっと。今はお説教の時間ですよ。抱き合うのは禁止ですーっ!」

「ミストラル様、エルネア様の心情に付け込んで愛を独り占めしようとするのは卑怯ですわっ」

「計算高い女だわ」

「悪女だわ」

『うわんっ、まぜてまぜてっ』

『リームもぉ』

「んんっと、プリシアも頑張る!」

「にゃあ」


 どうしてこうなった!

 結局僕たちって、最後は大騒ぎになっちゃうんだよね。

 やんやと二度目の騒ぎに突入した僕たちを見て、レヴァリアは深いため息を吐いた。


「それにしても、竜人族には花嫁修行を含めて、他種族と結婚するのには掟が多いのですね?」

「それは仕方がないことよ。他種族と交わる場合は、どうしてもいろんな問題が生じるもの」


 双子王女様とライラに僕を奪われたミストラルとルイセイネが話している。


 僕たち人族にとって、他の種族は縁の遠い存在だ。アームアード王国の王都から少し西に行けば竜人族が住んでいる竜峰だけど、普通の人は容易に入れない。年に数度の隊商と接する人は限られているし。竜の森には耳長族が隠れ住んでいるけど、きっと誰も知らない。だから、他種族と交わる風習のほとんどない人族には、竜人族のような掟は存在しない。

 多くの種族と交流のある竜人族だから、この特殊な掟なんだね。


 ところで、花嫁修行も掟のひとつなんだよね? 僕はまだ、花嫁修行がいったい何だったのかを聞いていないよ。


 ああ、まだ僕に秘密にしていることがあるんだね!

 これはみっちりと問い詰めなきゃいけない事案ですよ!


 と息巻くのは心だけ。

 ニーナのお胸様に押し潰されて、僕は鼻の下を伸ばしていた。


 これから先、他にも竜人族との違いや秘密なんかが出てくるんだろうね。でもそれは仕方がない。だって、僕たちにもまだまだ竜人族の知らない部分があるし、竜人族だっていろんなしがらみがあるのだから。

 でも、どんな秘密があっても。驚くようなことがあっても、僕はミストラルを嫌いになることなんてないよ。僕は声を大にして、ミストラルにそう言いたかった。

 でも、お胸様に挟まれて窒息しそうで、言えませんでした!

 あとで、二人っきりになったら甘く囁こう。


「にゃん、エルネアお兄ちゃんの心を通訳するにゃん」


 あああっ!

 ニーミア、駄目だよ! 君の口から伝えちゃったら意味ないよ。


「ニーミア、それ禁止ー!」


 僕の叫びは、今度はライラのお胸様にかき消されて届くことはなかった……


 レヴァリアは、南に向かい高速で飛ぶ。目指しているのは南部竜人族が拠点にしている村。竜王たちがよく集まって会議を開く場所だ。


 竜峰中に散らばって生活をしている竜王が定期的に一箇所に集まれる方法も、いま思えば人竜化で空を飛んでなんだね。


 北部竜人族の騒動に対し、以南の竜人族の戦士が集結し始めている。

 騒動が長引き、南の方まで飲み込まれれば、下手をすると魔族や神族に足元をすくわれるかもしれない。

 竜族たちも呪いの術に危機感を持っているのか、竜峰同盟を中心に結束し、動き始めていた。


 だけど、やはりオルタの件が最重要事項になりそうな気がする。

 竜奉剣を奪ったオルタ。

 残念ながら、僕たちは逃げ切るのがやっとで、竜奉剣を奪い返すことはできなかった。

 北部竜人族の騒動とオルタは繋がっていると思う。それは、これまでの情報や呪われた竜族、それに騎乗する竜人族などから推測できていた。

 そしてオルタは更に、魔族との繋がりを持っている。

 最初に持っていた竜殺しの武器や魔剣、黒い鎧は、竜人族が所有するようなものじゃない。それなら、どこから供給されているのか。

 答えはひとつしかない。

 ただし、魔族と最も争っていた北部竜人族が魔族と通じることに、違和感を覚える。


 僕たちには、まだ情報が足りない。

 他の竜人族の人たちも、より多くの情報を求めているはずだ。

 ということで、対応に当たっている竜人族の人たちと合流することになった。


 秋色の竜峰の峰々を飛び越え、村を目指す。

 僕たちも、いつまでも騒いでいるわけにはいかない。

 周囲を警戒しつつ、レヴァリアの背中の上で小休止を入れる。


 今更だけど。冷静になり、みんなの姿を見て、オルタとの戦闘がいかに激しかったのかを実感した。

 服は汚れ、ほつれが目立つ。僕なんて、上半身は裸も同然なくらいに服が破れていて、情けない姿になっていた。

 ミストラルは、まぁ。翼を生やしたときに背中の服が破れたのは仕方がないよね。


 雲よりも高い峰の一帯を抜けて、視界が開けた。

 もうすぐ村に到着する。そう全員が思ったはず。だけど、僕たちの視界に飛び込んできたのは、空中戦を繰り広げる竜人族の戦士たちの姿だった。


「うわっ。秘密がいっぱい飛んでるっ!」


 なんて気楽なことを言っている場合じゃない!

 どうにかしなきゃ!

 だけど、入り乱れて空中戦を行っている竜人族の、誰が味方で誰が敵なのかがわからない。


 こうなったら……


「レヴァリア、竜人族の人たちを威嚇するように空中戦の真っ只中に飛び込んで! ニーミア、一度だけ大きくなってくれるかな」

『ふんっ、全て焼き払ってしまえばいいものを』

「いやいや、それは絶対禁止だからね!」

「んにゃん」


 不満気味のレヴァリアをどうにかなだめて、僕は巨大化したニーミアに飛び乗る。プリシアちゃんも抱きついてきたので、仕方なく一緒に。


 ニーミアはレヴァリアから離れて、一旦雲の上に上がる。

 レヴァリアは荒々しい咆哮をあげ、激しく空中戦を行っている竜人族のなかに突っ込んだ。

 竜人族たちは争いを止め、慌てたように空に散る。

 そこへ、巨大化したニーミアと僕たちがみんなの上空から現れた。


「ニーミア、一発やっちゃって!」

「にゃあ」


 可愛い鳴き声からは想像もつかない恐ろしい景色が、山脈の山肌に広がった。

 秋色に染まっていた木々が消失し、一瞬にして真っ白な灰の世界へと変わる。


 僕たちなら見慣れた光景だけど、初めてニーミアの竜術を目の当たりにした竜人族の戦士たちから悲鳴があがる。


 ニーミアは僕の指示に従い、ゆっくりと高度を下げていく。

 それだけで、空中戦は終息した。

 おそらく、北部側の竜人族だろうね。数名の人竜化した竜人族が慌てたように北へと飛び去っていった。


 僕たちはそのまま降下を続け、近くのみずうみ側の村へと着地した。僕たちに続き、レヴァリアも遅れて降り立つ。


 そしてその後に、なにか気まずそうな雰囲気で、人竜化したままの竜人族の戦士たちが降りてきた。

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