西へ
「いやあ、空の旅は快適だね」
『ちっ。野良で会ったら命を覚悟するのだな』
レヴァリアの背中の上で風に当たるルイララは、流れていく竜峰の風景を楽しそうに眺めていた。
「ニーナ、いよいよ魔族の国にも足を踏み入れることになったわ」
「ユフィ姉様、いよいよ楽しくなってきたわ」
二人とも、そんなに瞳を輝かさないでください……
「魔族の国とは、いったいどういうところなのでしょう」
普段はお
「エルネア様、怖いですわ」
「嘘を言いなさい。貴女はただエルネアに抱きつきたいだけでしょう」
ライラはわざとらしく僕に抱きついてくる。それを見てなのか、僕たちを取り巻く状況になのか、ミストラルが困ったようにため息を吐いた。
「たのしみたのしみ」
「んんっと、遊びに行くの?」
「ううう。怖いにゃん」
『わおうっ。おじいちゃんが戻ってきたら自慢しちゃうっ』
『リームも行っていいのぉ?』
ニーミアの反応が一番まともだと思います!
僕はニーミアを呼び寄せて、ふたりで震えた。
どうしてこうなった。というか、いつも通りですね、はい。
竜人族が集まる村に突如として現れたルイララは、巨人の魔王がミストラルを招んでいると告げた。
そして、同行してきた竜王ウォルにより、竜峰の北部に魔族の軍勢が侵入したことを知った僕たち。
騒動を起こす北部竜人族。竜奉剣を奪い、暗躍するオルタ。そして動き出した魔族。
一足飛びで流れ始めた竜峰とそれを取り巻く情勢に、緊迫した会議になった。
ウォルがどうにかルイララを建物から引っ張り出した間に、僕たちが先ずオルタの件を伝えた。
竜人族の人たちは「ヨアフが……」と絶句していた。
ヨアフは、竜王ではなかったものの、実力は竜王に匹敵するほど。力至上主義の一族の部族長らしい、実力の持ち主だったそうだ。そしてヨアフは、竜奉剣を守り抜くだけの実力があると誰からも認められていた。それが敗れ、竜奉剣が奪われた事実に、スレーニーとヤクシオンも言葉を詰まらせた。
次に、北部竜人族の情報をヤクシオンが説明した。
北部竜人族の目的。それは、人族や魔族のように、竜峰にも国家を築くことだった。
馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑う竜人族の人たち。
だけど、ひとりの男性が怒気を露わに言った。
「お前たち南部の者は知らないのだ。我ら北部の者がどれだけ魔族と争い、仲間を失ってきたのかを!」
彼は、北部出身の竜人族だった。ただし、建国思想の同部族の考えに賛同できずに、裏切り者と後ろ指をさされることを覚悟してまで、以南の者たちと共に戦っていた。
「巨人の魔王の領地に接している奴らは良い。だが、俺たちは北の魔王の領地と接している。あいつらは
竜峰北西部の村々は、常に魔族を警戒しなければいけなかった。
竜人族も、やられて黙っているような種族ではない。だけど、長年争い続け、北部竜人族は疲弊してきていた。そこに、ひとつの考えをもたらした者がいた。その人物はオルタではなかったけれど、背後には魔族の影があった。
魔族の計略だ。
魔族は北部竜人族の一部をそそのかし、建国思想を
部族ごとで生活し、離れた場所の部族との連帯が薄いから、そこにつけ込まれて、魔族に襲われるのだ。ならばひとつの国を造り、強固な団結力を持って魔族に対抗すれば、容易には手出しできなくなる。
「だが、北部の奴らは騙されていたんだ……」
男は悔しそうに
竜峰に国を築く。強固な団結で組織された軍を編成し、魔族に対抗する。北部竜人族は、建国に向けて動いた。
だけど、そこに魔族の罠があった。
国を造ろうとすれば。
もともと希薄だった遠い地域の部族や、竜峰の北東側に点在する部族を抱き込むためには、色々と必要になってくるものがある。
竜人族は、あまり貨幣を利用しない。基本は物々交換。大概のものは自給自足できる。どうしても竜峰で手に入らないような物を入手するために隊商へ参加することはある。そういった場合に、人族と交流をするために、貨幣を使うくらいだった。
そういう人たち相手に、お金や地位や権力を見せても意味はない。そこで、物資で釣る作戦に出たという。
「北部の冬は厳しい。採れる穀物や備蓄の食材も、余分にあって困る物じゃない。食料や防寒具、魔獣や竜族と戦うための武具を提供されれば、喜ばない部族なんていない」
徐々に味方を増やし始めた北部竜人族。
でも、そこできちんと考えなきゃいけなかった。
食料事情や武具の手配に頭を悩ませるのは、どこの部族も一緒なんだよね。それを無償で、しかも定期的に配られることに、違和感を覚えるべきだったんだ。
支給される物資の大元はどこなのか、と。
答えは、魔族の国からだった。
だけど、そうと気付いた時。それは既に手遅れの時だった。
支給された武具のなかに、呪いの装備が含まれていた。巧みに隠され、北部に広がった呪われた武具。そうと知らずに装備した者から呪われていき、気づけば多くの戦士を、呪いの狂気によって失っていた。
更に、北部竜人族は魔族の掌の上で踊ってしまう。
戦士を失い、手薄になった集落が何者かに襲われ始める。そして気づけば、多くの竜人族が行方不明になっていた。
身内を呪わされた者。家族の消息が消えた者。近所の部族が突然姿を消した。
北部竜人族が異変に気付いたときには、もう建国などと夢を見ている場合ではなかった。
そしてこの時ようやく、多くの者たちが魔族の
だけどすでに、北部の竜人族に抵抗する手段は残されていなかった。
そして、その状況になって、魔族は表立って動き出した。
建国の手伝いをする。ただし、竜峰の北部は魔族に開け渡せ。そうすれば呪われた仲間を戻し、
お前たちは、当初希望した国を造ることができ、家族や仲間も戻ってくる。
北部竜人族は魔族に従うしかなかった。
「魔族の言葉なんぞ、信用できるものか!」
誰かが叫んだ。
そんなことは誰でもわかる。だけど、わかっていても。もう北部竜人族には選択肢がなかったんだ。
悲痛に北部の情況を訴える男性のように、自分の部族や仲間を敵にすると覚悟のできた者くらいしか、魔族に刃を向けることはできなかった。
「それで、北に魔族の大軍勢が侵入してきたのか」
本来ならば、魔族が攻めて来れば竜人族は黙ってはいない。数では劣るけど、戦闘能力は竜人族の方が上なんだ。
「こりゃあいかん。魔族の思惑通りに事が進んでいるぞ」
スレーニーの言葉に、誰もが
「魔族と竜人族の手引きをしたのはオルタで間違いないな。あいつは、竜人族の欠点を知っている」
竜峰の北部は、冬が厳しい。そして小競り合いを続ける北部と、安定している南部とでは、魔族の脅威に対する認識の温度差がある。
魔族からの物資を運んだのも、オルタだろうね。
「あいつは国なんて望んじゃいない。竜峰が混乱の渦に巻き込まれるのを狙っているんだ」
「つまり、騒動に乗じて己の野望を叶えると?」
「三年前の悪夢以上の事態になったな」
スレーニーとヤクシオンがこの上なく渋面した。ミストラルとザンも、複雑そうな表情だった。
「じゃあ、今の竜峰からミストラルを抜くのは危険じゃないかな?」
僕の意見に多くの竜人族が頷く。
ミストラルは竜姫なんだ。実力も人望も最高の女性。竜峰の中心になり得る人物を、今の段階で魔族の国に送り出すのは得策じゃない気がする。
「それはねぇ。僕は逆に行った方がいいと思うんだ」
いつの間にか戻ってきた魔族のルイララが口を
ウォルは
「困ったなぁ。竜姫を連れて帰らなきゃ、陛下は怒るかもね。怒ったら竜峰に殴り込みに来るかもよ?」
なんという脅しでしょう。
北の問題だけでも頭を悩ませているというのに、一番恐れる巨人の魔王まで攻めてきたら、竜峰は壊滅してしまうかもしれない。
「わかったわ。行きましょう。その代わり、ウォルがこちらに残って」
「そうするしかないようだね」
「エルネア、竜峰同盟に状況の伝達をお願い」
僕は頷いたけど、その場では動かなかった。なにせ、伝達方法はフィオリーナにお願いする事になるんだけど、彼女が竜峰の盟主だと知られるわけにはいかないからね。
ということで、慌ただしく出発の準備を済ませて、空に上がってからフィオリーナにお願いをした。
『うわんっ。竜王エルネアからのお誘いだよっ。良い子だけど暴れたい竜は北で魔族を殲滅しようねっ』
君のせいで、僕は竜族たちに変な風に思われていないよね?
ちなみに。
移動はすっかり定番になりつつあるレヴァリアにお願いしたんだけど、魔族のルイララを乗せることに強く抵抗された。どうにかこうにかお願い倒して乗せてくれたけど、僕はレヴァリアに借りを作ってばかりだね。
そして、当たり前のように同行してきたみんな。女の人って
なぜかアネモネさんも来たがったけど、さすがに彼女まで巻き込むわけにはいかない。アネモネさんは元気になったとはいえ、僕以外との接点が今までなかったんだ。そんな彼女を仲間に組み込んで行動するには、魔族の国は危険すぎるから。
どうにかアネモネさんを説得し、僕たちはレヴァリアの背中に乗った。
レヴァリアは不満を口にしながらも、竜峰を西へと進む。
急ぐならニーミアの方が速いんだけど、彼女は僕と一緒に震えているからね。
「魔王は怖いにゃん。危険にゃん」
幼竜とはいえ、古代種の闘竜を存在だけで脅えさせる巨人の魔王。僕も一度だけ姿を見たけど、恐怖で立っているのが精一杯だった。
「おや、可愛い竜だね。陛下が怖いのかい? 僕は怖くない?」
ルイララは僕が抱き寄せているニーミアに近づき、頭を撫でようとした。
ニーミアは咄嗟に僕の懐に逃げ込む。
「ははは。嫌われちゃったかな」
ルイララはニーミアの態度を気にした様子もなく、また流れる景色へと視線を戻す。
ルイララがよくわからない。
魔族である彼が竜峰へ入るということは、自殺行為にも等しい。ルイララも相当な強さなんだろうけど、竜人族が束になればひとたまりもないはずだ。
それなのに平気な態度で竜人族に接し、今もこうして、竜峰中から「暴君」と恐れられたレヴァリアの背中に乗って楽しんでいる。
街中で、もしもルイララとすれ違っても、彼が魔族だと気付く人族はいないだろうね。
魔族といえば極悪非道で、見ただけで恐怖を覚えるような容姿だという先入観が、人族にはある。
だけど、目の前で竜峰の秋の風景を楽しんでいるルイララは、どこをどう見ても普通の青年にしか見えない。
竜人族と一緒なんだ。見た目は人族や他の種族と変わらない。だけどきっと、本性は魔族然とした悪に違いない。
ルイララは剣術馬鹿、というのが竜人族の認識らしい。だけど知っている。本来の彼は、普通の竜人族程度であれば、村ごと滅せるだけの魔力を持っている。
ルイララには剣を持たせておかなきゃいけない。きっと、剣を仕舞ったときが、彼の本性が現れるときなんだ。
魔族と人族と耳長族と竜人族。そして竜族という摩訶不思議な一団を乗せたレヴァリアは竜峰の峰々を横断し、遂には西の平地へと抜ける。
「このまま進んでもらって大丈夫。陛下の国を飛行する間は、君たちの安全は既に保証されているからね。といっても、そんなものがなくったって、こんなに恐ろしい飛竜に手を出すような者は、魔族にもいないと思うよ」
ルイララの案内のもと、一路魔都へと向かう僕たち。
眼下に広がる魔族の国は、人族の国よりも遥かに栄えていた。
どの街も大きく、多くの都市が点在する。整備された街道沿いには村々が広がり、未開の地なんてないと思わせるほど開拓が進んでいた。
なんか、
有翼の魔族が遠巻きに飛翔しては逃げていく。
レヴァリアが威嚇の咆哮をあげると、地上の魔族は散り散りに逃げ隠れ、それはまるで人族や竜人族のように見えた。
魔族に対する偏見や先入観が崩れていく。
みんなも同じようで、異世界の風景にどことなく既視感を感じつつ、レヴァリアの背中の上から魔族の国を見下ろしていた。
そして遂に。アームアード王国の王都など足元にも及ばないような広大で繁栄を極めた魔都が、僕たちの眼前に広がった。
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