空と山と大地の中心
「ねえねえ、フィレル。これはどういうこと?」
「ぼ、僕にもなにがなんだか……」
双子王女様とセフィーナさんが、三人で抱き合い喜び合っている。
お姉様方……
つまり、セフィーナさんは双子王女様の妹?
ということは……
「もしかして、セフィーナさんは第三王女様?」
と声を漏らしたら、双子王女様と抱き合っていたセフィーナさんがこちらに振り返った。
「ふうん。君がエルネア君か。噂はかねがね」
セフィーナさんは僕の方へと歩み寄ってくると、手を差し出す。僕は握手なのだと思い、手を伸ばす。
すると、手を握られた瞬間、ぐにゃりと身体の根幹が
「ふぅん。さすがにへなちょこ王子とは違うわね」
「へ、へなちょこ!?」
僕と握手を交わした手を離し、目を白黒させるフィレルには構うことなく、セフィーナさんは優雅にお辞儀をした。
「初めまして、エルネア君。私はアームアード王国第三王女セフィーナです。初見で私の投げを防ぐなんて、さすがはお姉様方が見込むだけはあるわ」
「あ、ありがとうございます?」
さっきのは、セフィーナさんの技かなにかかな。と分析しつつ、目の前のセフィーナさんを改めて見つめる。
凛々しい顔立ち。高身長で姿勢が良く、仕草のひとつひとつが格好良い。
美人な第一と第二王女の双子王女様。可愛い第四王女のセリース様。そして、格好良い第三王女のセフィーナさん。
双子王女様以外は、全員母親が違うんだっけ。
こうも全員、個性的な魅力の王女様だなんて。
あと二人、双子王女様の上に王子様が居るらしいけど、きっと王子様も個性的なんだろうな。
……そういえば、王太子の長兄様は、副都で行政に
「それで、エルネア君。お姉様方。この不思議な面子の説明をしていただけますか?」
「そうでした」
個人的な思考に沈んでいる場合じゃなかったね。
この状況について来られているのは、僕の家族と魔族のルイララだけ。
ユグラ様は周囲を警戒したあと、顔を引きつらせている地竜のドゥラネルを見下ろしていた。ユグラ様的には、魔族のルイララは気にならないのかな?
ドゥラネルの上では、スラットンが未だに放心状態から立ち直っていない。
クリーシオも困惑気味だけど、ルイセイネの腕のなかで辛うじて自我を保っている。
フィレルは王都の状況を気にしながらも、やはり耳長族の一団が気になるのか、僕に説明を求めるような視線を向けていた。
ううーむ。
多方面から加勢に来てくれたのは有り難いことなんだけど、毎回説明するのは大変だし、時間が勿体ない。
こうしている間にも、王都では侵入した魔族が暴れているんだ。
よし、こうなったら全員にまとめて説明しちゃえ!
ということで。
「おおーい!」
僕は竜の森に向かい、声をあげた。
なにをしているの? とセフィーナさんが不思議そうな視線を向けてくるけど、僕はそれに構わず意識を竜の森へと向ける。
すると、森の茂みが大きく揺れた。
ぐるる、と低くユグラ様が喉を鳴らす。
「待ってください。みんな僕の友達なんです」
警戒するユグラ様。そして、森から新たに現れた一団も、ユグラ様の威嚇に怯えて森から出てこようとしない。
「君たちも。みんな仲間だから、出てきて。そして、僕たちに協力してほしいんだ」
みんなの視線の先。茂みから姿を現したのは、竜の森に住み着いた魔獣たちだった。
「ま、魔獣っ!」
セフィーナ様が息を呑み、フィレルが驚愕に目を丸くする。
カーリーさんたちは既に魔獣たちと僕の関係を知っているので、すぐ横から現れた魔獣にも動じない。
『なんだこの変な集団は!?』
『竜族怖いっ』
『魔族怖いぃ』
『あいつは相変わらず無茶苦茶だな』
『むふ。協力してやらんでもないぞ?』
大狼魔獣を筆頭に、巨大兎や鹿の魔獣、空には大鳥の魔獣など数多くの魔獣が姿を見せた。
『ほほう。竜族や森の耳長族だけでなく、魔獣も
ユグラ様が僕を見つめる。
ユグラ様の背中の上では、お付きの三人が呆れたように僕を見ていた。
僕はみんなの変な視線を無視して次は屈み込み、ばしばしと影を叩く。
うん。スラットンにできて、僕にできないわけがない。
「おおーい、リリィ。おいでー」
影、というか、その下の竜脈に意識を向けて、リリィを呼んでみる。
すると、ゆらりと僕の影が揺れた。
「っ!?」
これには、全員が
揺れた影は闇色の霧を生み、そこから巨大な竜を召喚する。
それなのに。
「リリィちゃん登場ですよぉー」
と可愛い声をあげて、遺跡前の残り僅かな空間に姿を現したのは、竜の墓所側の遺跡で別れてしまったリリィだった。
『これは、黒竜の子供か。どこで知り合った?』
ユグラ様が驚くなんて、珍しいかも。
「ええっと、訳ありなので、その辺はまた後日に説明させてください」
今ここで「巨人の魔王から借りてきています」なんて言えない。
竜の森から現れた伝説の種族、耳長族。その戦士たち。
同じく森から駆けつけてくれた、
東の空からは建国の英雄竜と王子が飛来し、なぜかアームアードの第三王女様が同行。
そして、影を移動してきた古代種の黒竜リリィ。
うん。この状況で混乱しない者なんて、きっといないよね。
全てを把握できているのは、僕だけかな。
ルイセイネたちも、まさかリリィが来るとは思っていなかっただろうしね。
リリィの召喚は、スラットンの行動から思いついた実験だった。だから、僕自身も本当に成功するとは思っていなかったんだけど。
さすがはリリィだね!
スラットンは、影から闇属性の地竜ドゥラネルを喚び出した。
そのときにふと思い出したのは、魔王城で戦った
そこで気づいたんだよね。もしかして、闇属性って影を利用して移動できるんじゃないのかなって。しかも、影伝いに意思も飛ばせる?
「ちょっと誤解ですね。そこまで便利じゃないですよぉー。私はエルネア君の竜気を覚えていたからここに来られたんです。あと、竜脈を通じてエルネア君の竜心を受け取りました。移動は魔獣みたいに
「そうなんだ。だけど、遁甲にしては移動が速くなかった?」
「エルネア君は魔王様よりも酷いですよねー」
「ええっ、なんでさ?」
「だって、私を置いてこんなところに移動しちゃうんですもの」
「うっ……」
「私はエルネア君の気配が近くから消えたから、慌てて遁甲をして追いかけてきたんですよぉー」
「ご、ごめんなさい……」
「近くまで来ていたから竜心が届いたし、すぐに到着したんですよぉー」
「本当に、ごめんね」
そうだよね。
僕の勝手な思い込みでリリィに心配をさせてしまったんだね。
冷静に考えてみれば、リリィの言う通りだよね。
急に気配が消えれば心配するだろうし、瞬間移動や伝心術はそう簡単には会得できないんだよね。
『ふむ。どうも色々と複雑な事情があるようだが。さて、主だった者が集まったのなら、そろそろ説明を。急がねば、王都は大変なことになっておるのだろう』
そうでした!
なぜだろう。
どうも切羽詰まったような緊張感が湧いてこない。
竜の墓所へ向かう途中では、お祭りの前のような胸の高鳴りと
今は、王都から立ち上る黒煙を前に、なぜか焦る気持ちも動揺も湧くことはなく、静かに胸が高鳴っている。
なに、この感じ?
これまでに感じたことのない不思議な感覚を持て余しながら、僕は集まったみんなにもう一度説明をする。
みんなは王都方面を気にしながらも、説明に耳を傾けてくれた。
『魔族どもめ、愚かしいことを』
ユグラ様が喉を鳴らし、遠くを睨む。
だけど、意気込むカーリーさんや魔獣たちとは逆に、セフィーナさんの表情が曇った。
「魔族がここに侵攻したということは、もしかするとヨルテニトスも……」
「えっ、どういうこと?」
不穏な言葉の真意を聞き出そうと、今度はみんながセフィーナさんに注目する。
「じつは……」
口を開いたのはフィレルだった。
「エルネア君たちは知っていると思いますが、ヨルテニトス王国の東側にも、ここと同じような古代遺跡があるんです。そしてここと同じように、向こうの遺跡も生きているんです」
絶句する僕たち。
ここと同じように、転移装置が生きている遺跡がヨルテニトス王国にもある。
転移装置を利用していた魔族軍は、魔将軍ゴルドバ率いる死霊の軍勢。
ゴルドバは、その魔力で無限に死霊を召喚する。
そして、魔族軍の大侵攻。
もしかすると……
「大丈夫です、エルネア君。そしてセフィーナ様」
僕たちの絶望感を拭うように、フィレルは顔を綻ばせた。
「ヨルテニトス王国本国には、キャスター兄さんが指揮する屈強な地竜騎士団が残っています。もちろん、飛竜騎士団の残りも全国から集結しているはずです。僕たちは全力でアームアード王国を守ります。そしてこちらが片付いたら、どうか
「フィレル、私のわがままで貴重な戦力を割いてしまって……」
「セフィーナ様、それは違います。僕は確信していました。アームアード王国の危機には必ずエルネア君が駆けつけると。そして、僕は知っています。エルネア君なら瞬く間にアームアード王国の危機を救います。そして彼の仲間たちであれば、ヨルテニトス王国の危機の再来にも間に合ってくれるはずです。僕は、セフィーナ様のわがままに付き合ったんじゃないですよ。僕はエルネア君とその仲間の方達の協力を貰うために、彼に会いに来たんです。もちろん、双子国であるアームアードの危機も見過ごしません」
フィレルはセフィーナさんから僕へと視線を移す。そして、片膝を突いて僕を見上げた。
「ヨルテニトス王国第四王子として、お願い致します。竜王エルネア・イース様、どうかアームアードとヨルテニトス、二つの国をお救いください!」
「フィ、フィレル!?」
突然フィレルに
すると、セフィーナさんまで僕の前に膝をついた。
「竜王エルネア様。どうか人族の国をお救いください」
「ふ、二人とも、立ってください……」
あわわ、と慌てる僕。
フィレルは本当は王子様。だけど、友達でもある。普段は敬語なんて使わないし、
それにセフィーナさんまで……
「ふふふ。奇妙なことになったわ」
「ふふふ。おかしなことになったわ」
双子王女様が笑う。
「竜峰では、エルネア君が竜人族や竜族の皆さんにお願いをしていたんですよね」
「んんっと、でもみんなエルネアお兄ちゃんのためって言ってたよ」
「竜人族や竜族は、人族のためではなくてエルネア君のためですからねぇ」
ルイセイネ、プリシアちゃん、リリィが笑う。
「ついでに、僕も手伝うよ。竜峰のこと以外には手を出せるからね」
「いいえ、ルイララは大人しくしていてください!」
ルイララだけは、このまま静かにしていてほしいです。
僕に恭しく跪く人。僕を見て愉快そうに笑う者。それを見て、驚く者たち。
ごく一部が動きを止めているけど、そっとしておこう。
不思議な状況に、ユグラ様は喉を鳴らして笑った。
『全ては、汝に集まるか。ならば、汝が指示せよ。我ら一同、竜王エルネアに従おう』
ユグラ様が雄々しい咆哮をあげた。
カーリーさんや耳長族の戦士たちが武器を振りかざし、気合の雄叫びをあげる。
魔獣たちが負けじと遠吠えし、足踏みする。
上空で旋回しながら様子を伺っていた飛竜騎士団の飛竜たちも咆哮をあげた。
「それじゃあ、指示をさせていただきます!」
僕はフィレルとセフィーナさんを立ち上がらせる。
「リリィはこのまま遺跡前に陣取って、迷宮を突破した魔族を殲滅してください。カーリーさんたち耳長族の人は、リリィの援護を。ただし、最優先は竜の森の守護をお願いします!」
おう!、という返事で、耳長族の戦士たちが動き出す。カーリーさんは許可をもらい、リリィの背中で弓を構えた。
「ユグラ伯と飛竜騎士団の皆さんは王都へ! 逃げ遅れた人たちの救出と、王都に侵入した魔族の殲滅をお願いします!」
「第一王女ユフィーリアが、飛竜騎士団のアームアード国内での行動を承認するわ」
「第二王女ニーナが、飛竜騎士団の活動を事後処理として認めるわ」
「第三王女セフィーナが、責任を持って国王陛下に説明いたします」
三人の王女の許可を得た飛竜騎士団は、正式な援護活動へと移る。
フィレルとセフィーナさんがユグラ様の背中に戻る。ユグラ様はもう一度咆哮をあげると、空へと舞い上がった。そして、飛竜騎士団は王都の上空へと散っていく。
フィレルたちを見送ると、今度は魔獣たちを見る。
「来てくれてありがとうね」
お礼を言うと、小鹿の魔獣が嬉しそうに飛び跳ねて近づいてきた。
プリシアちゃんがすかさず背中に飛び乗る。
「君たちには、西の森へと向かってほしい」
王都の西。竜の森の延長と言ってもいいかもしれない。西の砦の先から竜峰の麓一帯に広がる森へと、魔獣たちには向かってほしい。
「西からは、獣魔将軍ネリッツが向かってきているんだ。情報では、ネリッツは魔獣を使役するらしいんだよね。だから君たちは、ネリッツよりも先に西の森へと行って、話のわかる魔獣たちを避難させてね」
魔獣たちは戦いたそうに鳴くけど、これはどうしようもない。友達になった魔獣が敵になるのは嫌だし。魔獣を説得できるのは魔獣だけ。そして街中で魔獣が暴れると、兵士の人たちが混乱しちゃうからね。
『今度遊んでね?』
小鹿の魔獣が瞳を輝かせて見上げてきたので、必ず、と約束をする。
『お子様は森に隠れていろ』
『ひどいよぉ』
大人の魔獣に叱られて、小鹿の魔獣はプリシアちゃんを下ろし、渋々と森のなかへ戻っていった。
「わたくしたちはどうしましょう?」
ルイセイネの言葉に、カーリーさんが反応した。
「プリシアよ。お前は村へと戻れ。ユーリィ様が大精霊術を行う。お前はユーリィ様の補佐をしろ」
プリシアちゃんが僕とカーリーさんを交互に見つめる。
「プリシアちゃん。ニーミアと一緒に大長老様のお手伝いをしてね」
「んんっと、わかった!」
少しだけ悩んだけど、プリシアちゃんは元気よく手をあげて返事をしてくれた。
「それじゃあ、飛んでいくにゃん」
ニーミアがむくりと起き上がる。
そして、巨大化した。
「えっ……!」
クリーシオが目を見開く。
もうね、さっきからずっと、目と口を開いた状態が続いていますよ。
巨大化したニーミアの背中に、プリシアちゃんが空間跳躍で移動する。
「ニーミア、プリシアちゃんを護ってね」
「お任せにゃん」
「いってらっしゃーい」
リリィがぶんぶんと尻尾を振る。
ニーミアもぶんぶんと尻尾を振って挨拶をすると、竜の森奥深くへと向かって飛翔した。
「な……なな……なななな……」
あ、壊れた人が居ました。
スラットンがドゥラネルに跨ったまま、痙攣しています。
よく見ると、ドゥラネルも白目をむいていた。
なんだか君たち、似た者同士だね。
このまま様子を観察したいところではあるけど、さすがにそんな暇はない。
ここに放置していこうかな。とか
『貴様はいったい何者なのだっ!』
「僕? 僕は竜王エルネア・イースだよ?」
『いや、いくら竜王といえども、
「ああ、それはきっと……。竜の森の守護竜やニーミアの母親とも知り合いだからだよ」
『竜の森の守護竜……。更に偉大な者たちと親交があるというのかっ!?』
「うん」
『くっ……。この人族が貴様ほど有能であれば……』
ドゥラネルは、自分に跨がり放心しているスラットンを
「違うよ。君は間違えている。リリィたちが古代種だから凄いんじゃない。僕は竜族と親しいから竜王になったんじゃない。僕も竜族たちも、お互いに頑張ってきたから今があるんだ」
僕は空間跳躍で、ドゥラネルの首元へと移動する。
「だから、君やスラットンも努力すればきっとなれるよ、僕たちのように」
視線を落とすと、ドゥラネルの首元、スラットンが跨っている少し先に、銀色の短剣が刺さっていた。
僕は短剣を引き抜く。そして、傷口に鼻水万能薬を塗る。
「だけど、ただ意味もなく反抗をして暴れていても駄目だと思うよ。君にこれが刺さっていたということは、君は捕まったんでしょう?」
僕を見るドゥラネル。
スラットンも、銀色の短剣が目の前で抜かれたことで目の焦点が合い出していた。
「反抗ばかりしていても、きっと成長できないよ。スラットンも、ドゥラネルが道具かなにかだと勘違いしているなら、僕が許さない」
僕は正気に戻り始めたスラットンに短剣を渡す。
「ドゥラネルは、捕まった自分の弱さを素直に反省しなきゃ。スラットンは、竜族にも誇りや意思があることを理解しなきゃいけない。お互いに反省して、一緒に歩まなきゃね」
第一歩は、ドゥラネルから呪縛を消し去ること。そして互いが対等の立場になり、心を通わせて友達になる。
そうして、ふたりで成長するといいんじゃないかな。
ドゥラネルとスラットンは、僕を静かに見上げる。
そして。
『誰がこんなお馬鹿な奴と友達になるかー!』
「誰がこんな凶暴な奴と友達になれるかー!」
「えええぇぇっっ!!」
ふたりの絶叫に、僕は仰け反って驚いた。
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