燃え上がる王都

 スラットンは改めて短剣をドゥラネルに刺さなかったものの、跨った状態でぎろりと視線を落とす。

 ドゥラネルも鋭い視線をスラットンへと放つ。


 君たちのお馬鹿!


 もう知りません。

 スラットンは一人前の竜騎士になんてなれないね。

 ドゥラネルは反抗期かなにか知らないけど、人を見下したままじゃあ、いつまで経っても立派な成竜にはなれないよ。


「リリィ。このお馬鹿さんたちを置いていくから、煮るなり焼くなり潰すなり自由にしていいからね」

「はいはーい」

「なっ。エルネア、お前なんてこと言いやがる!」

『ぐぬぬ。短剣を抜いてもらった恩は感じるが、お馬鹿とは聞き捨てならぬぞ』

「知りません。さぁ、みんな行こうか」

「そうですね、行きましょう」

「クリーシオ、あれは捨てた方が良いわ」

「クリーシオ、あれは破棄した方が良いわ」

「そ、そうですね……」

「さぁ、雑魚は放っておいて、好敵手こうてきしゅを探しに行こうよ。なんなら、エルネア君が相手をしてくれると嬉しいな?」

「お断りです! ルイララもここに残って良いんだよ?」

「酷いねぇ。僕とエルネア君の仲じゃないか」

「背中から襲いかかってくるような仲だよね?」

「もう不意打ちなんてしないよ。今度こそ正面から……」

「もっとお断り!」


 いがみ合うスラットンとドゥラネルを無視して、僕たちは出発する。

 遺跡前の広場を後にして、王都を目指して全員で走る。


「それでエルネア君。わたくしたちはどこへ?」

「うん。ルイセイネはこのままクリーシオを連れて、ユフィとニーナと一緒に大神殿へ向かって。大奏上が始まるんだよね?」

「はい。避難してきた人たちを守るために、大神殿の周囲に結界を張るはずです」


 ルイセイネの言葉に合わせたように、王都の一画に光の柱が浮かび上がる。

 方角的に、大神殿の方だ。


「大法術、満月まんげつじんです」

「ルイセイネは大神殿へ行って、大奏上のお手伝いを。ユフィとニーナはルイセイネを送り届けたら、王城へ向かって!」

「わかったわ。王城からみんなを避難させるのね」

「わかったわ。王城の者たちを避難させるのね」

「いやいやいや、避難させちゃ駄目だよ!? 王城で、王様やみんなを守ってほしいんだよ?」

「でも、エルネア君が王城を破壊するわ」

「でも、エルネア君が王城を消し去るわ」

「な、何を言ってるのかなっ!?」

「だって、ヨルテニトス王国の王城を跡形もなく消し飛ばしたわ」

「だって、魔王城の上半分と死霊城を根こそぎ消し去ったわ」

「エルネア君、今まで何をしてきたの?」

「クリーシオ、僕をそんな目で見ちゃ駄目だよ?」

「クリーシオさん、聞かない方が良いですよ……」

「ルイセイネまで酷いっ」

「エルネア君は、次にこの国の王城を消し去るんだね。楽しみだなぁ」

「そのときは、ルイララごと消しとばしてやるっ」


 王都へと向かい走っていると、死角から死霊騎士が首のない馬に乗って現れた。

 僕は白剣を一閃させ、騎士と馬を両断する。


「クリーシオはルイセイネと一緒に大神殿に行って休んでね」


 クリーシオはルイセイネに背負われている。

 男の僕が背負うべき?

 違います。僕は別に向かうところがあるんです!


 長い年月で朽ちた王都南東部の外壁辺りを抜け、街のなかへと入る。

 この辺りは商店や商人たちの住居、宿泊施設が立ち並んでいるはずなのに。瓦礫と化した建物や、黒く焦げた道。幾人かの人々の死体が視界に入ってくる。見慣れない、見たいと思わない現状に、つい足が止まる。


「みんな……。絶対に魔族からアームアードとヨルテニトスを守ろうね!!」

「はい!」


 王都の惨状を目の当たりにし、もう一度気合いを入れ直す。

 ルイセイネが強く返事をし、双子王女様が静かに頷いた。


「エルネア君。すごく立派になったのね」


 ルイセイネの背中で、クリーシオが微笑んでいた。


「リステアたちと、この一年間の話を胸を張って話せるように頑張ってきたんだよ」

「うん。私にも聞かせてね?」

「もちろんだよ! だからそのためにも、魔族の企みを止めてみせる!」


 みんなで頷き合い、それぞれの道へと進もうとしたとき。


「お前ら、待ちやがれぇっ」

『ええい、放置をするなぁっ』


 遺跡の方から、スラットンとドゥラネルが地響きをあげて走ってきた。


 スラットン君、なぜドゥラネルの上から降りて走ってきてるんですか!


 僕たちに無視されて、置いてきぼりにされたのがこたえたのか、ふたりは並んで走ってくる。


「みんな、出発だ!」


 だけど僕は時間を惜しみ、みんなに声をかける。

 みんなも、スラットンとドゥラネルを無視して駈け出す。


「無視するんじゃねぇっ」

『あそこに置いていくなぁっ』


 ルイセイネはクリーシオを背負い、大神殿の方へ。手が塞がっているルイセイネを護るように、双子王女様がついていく。

 背負っていた竜奉剣を抜き放って!


 僕は女性陣を見送ると、北へと向かい走り出す。


「くっ。お前、いつの間に俺で遊ぶようになった?」


 追いついてきたスラットンが僕と並んで走る。そして睨んできた。


「ううん、こんな状況で遊んでなんていないよ? 聞き分けのないスラットンとドゥラネルが悪いんだよ」


 僕とスラットンの背後ではドゥラネルがのしのしとついて来ていた。


『これが人族の竜王……。竜人族の竜王イドよりも恐ろしい』


 イドってどんな竜王なんだろうね?

 リステアたちと一緒に旅をしていたんだし、きっと素晴らしい人格者に違いない。

 この王都で会えるかな?


 北に向かい疾走しっそうする僕たち。

 目的地は、北の砦。その先の飛竜の狩場では、大邪鬼ヤーンが軍勢を整えているはずだ。

 本格的な攻撃が始まる前にたどり着きたい。


 走っていると、街角や建物の陰から死霊が現れる。僕は死霊に竜術を放ち倒す。


「おい、力の無駄遣いをするなよ。本番はこれからだろう。ってか、どこに向かってんだ?」

「うん、大丈夫。回復できるから。それと、僕たちは北の砦に向かっているんだよ。その後は、西の砦に行かなきゃ」

「……おいおい。軽く言ってくれるが、簡単に走破できるような距離じゃねえよ。それに、行って何をするんだ?」

「ううぅむ。スラットンがドゥラネルに騎乗してくれると、もうちょっと加速できるんだけど」

「はぁ?」


 馬鹿にしたように僕を見るスラットン。


 そりゃあそうだよね。今でも全速力に近い状態で走っている。

 その状態で、息切れするどころか普通に会話をしてくるスラットンは凄いと思う。


『急ぐのか?』

「うん、できれば全速力で移動したいんだけど」


 背後のドゥラネルへと振り返る。

 すると、ドゥラネルは渋々といった感じだったけど、背後からスラットンの服のすそに噛み付く。そして放り投げ、自分の背中に乗せた。

 その際、スラットンの無様な悲鳴が響いたのは、彼の名誉のためにクリーシオには言わないでおこう。


 スラットンが無事にドゥラネルの背中へと移ったことを確認した僕は、正面に視線を戻す。


 そして、空間跳躍をした。


「なっ!?」


 絶句するスラットンの気配を感じながら、竜宝玉の力を解放する。

 どくり、と身体の奥から荒々しい竜気が湧き上がる。湧き上がる竜気が、体内で嵐のように荒れ狂う。だけど、この竜気の気配は嫌いじゃない。

 僕の竜宝玉は、きっと荒々しい性格の竜族が遺したものなんだろうね。

 熱い情熱。不屈の精神が竜気と共に湧き上がってくるようで、普段大人しい僕を奮い立たせてくれる。


 全身に満たされていく竜気を感じながら、連続的に空間跳躍をしていく。

 竜気を漲らせて走ったとしても、連続空間跳躍の速度には遠く及ばない。

 なにせ、空間を跳躍しているんだ。一瞬で視界の先へ。瞳が新たな風景を映し出した瞬間、既にさらに先へと跳んでいる。


 後方で、地竜のドゥラネルが怒涛どとうの突進をみせている。だけど竜族の足でさえ、今の僕には追いつけない。


 一瞬ごとに移り変わる王都の風景。

 視界のなかに、死霊が映り込む。

 空間跳躍をした後。霊樹の葉っぱが遅れて、僕のいた場所で吹き荒れる。そして、死霊を切り刻む。


 全ての事象を置き去りに、空間跳躍を駆使して一気に北上していく。


 瞬く間に、前方に王城が見えてきた。

 だけど、僕は王城に用事はない。王城の人たちのことは、双子王女様にお任せです。


 王城を横目に通り過ぎようとした。

 その僕の視界の隅で、紅蓮の炎が乱舞した。


 無意識に立ち止まる。

 魔法。違う。竜術。それも違う。呪術は、目に見えるような派手な効果はあまりない。

 それじゃあ、なんだろう?


 胸の鼓動が、知らず知らずのうちに高鳴っていた。


 足を止め、炎が乱舞する方角を見据える。

 城壁が邪魔で、よく見えない。

 炎に引き寄せられるように、僕は足を向ける。


 背後から地響きを鳴らし駆けて来ているはずのドゥラネルの足音も、王都の空に鳴り響く警鐘けいしょう喧騒けんそうも、僕の耳には届いてこない。

 聞こえてくるのは、ただひとつ。炎が空気を震わせる、お腹に低く響くような熱いとどろきだけ。


 城壁の角を曲がる。


 空間を真っ赤に染めあげる炎が目に飛び込んできた。

 そして、その奥で。


 いつの頃からか憧れ続け、目標にしてきた人物を見つける。


 真っ赤な剣を振るい、炎を乱舞させ、迫る死霊を炎の楽園へと導く姿は美しい。

 紅蓮の竜巻が何本も現れ、死霊を蹂躙していく。

 亡霊が炎の渦に巻き込まれながら昇天していく。亡霊騎士の鎧を溶かし、赤い鉄の雨を空へと巻き上げた。大盾を構えた不死の騎士がにじり寄ろうとするけど、熱波に押されて後退する。


 城壁の一画を真っ赤な炎の楽園へと変えている人物。それは、勇者のリステアだった。


「リステア!」


 僕は無意識に叫んでいた。


 炎の轟のなか。僕の声が聞こえたのか、リステアが振り返る。

 力強く笑みを見せるリステア。


 ぞくり、と全身の毛が逆立つ感触を覚える。


 リステアは、炎の聖剣を大きく振り被る。

 そして気合いと共に、振り下ろした。


 炎で形取られた鳳凰ほうおうが出現し、真っ赤な羽を撒き散らしながら気高く鳴く。

 それだけではなかった。

 地表では炎がうごめき、複雑な紋様をえがきだす。そして、炎の紋様もんようは空中に浮かび上がると、高い火柱となって燃え盛った。

 広範囲に描かれた紋様の範囲内にいた死霊たちが、高熱で消滅する。

 炎の鳳凰は火柱の周りを優雅に舞い飛び、逃げのびた死霊を熱波で蒸発させていく。


 僕はただ茫然ぼうぜんと、炎が作りだす絶景に見惚みとれていた。


「おい、エルネア!」


 ようやく追いついてきたのか、ずっと前から背後に来ていたのか。スラットンがドゥラネルの背中の上から叫ぶ。

 はっ、と我にかえる。


 炎の浄土を回避した首なし騎士がびた剣を振りかざし、こちらに迫ってきていた。


 鳳凰の甲高い鳴き声が響く。


 白く輝く瞳で首なし騎士を見据え、翼を広げて迫る鳳凰。

 炎の翼に抱きかかえられた首なし騎士は断末魔をあげることなく、跡形もなく蒸発した。


 炎の鳳凰は首なし騎士を倒してもその場で羽ばたき、消える気配がない。

 そして、意思があるかのような瞳を僕へと向けた。


「……リステア」


 僕は、鳳凰からリステアへと視線を移す。

 にやり、と誇らしくリステアが笑みを見せていた。


「よう、竜王エルネア」

「お久しぶり!」


 周囲の死霊が全滅したことを確認し、僕はリステアのもとへと駆け寄る。

 炎の柱は消えたけど、鳳凰は消えずに僕の後をついてきた。


 リステアの勇姿を見て、胸からこみ上げてくるものがある。

 ああ、やっぱりリステアは凄いや。

 いつだって僕の想像の上を行く。


 駆け寄り、握手を交わす。

 リステアの手はとても熱かったけど、僕を害するような攻撃的な熱さではなかった。


「お前の噂は、イド伝いに色々と聞いているよ」

「本当に?」


 リステアの言葉にはにかむ僕。

 胸からこみ上げてきたものが瞳から溢れそうになる。

 なんでうるうるしちゃうんだろう。

 この感情を悟られないように笑ったつもりだったけど、リステアは僕の頭をぐしゃぐしゃにかき回して撫でた。

 どうも見透かされちゃっていたみたい。

 少し照れたけど、リステアに撫でられて嫌な気はしなかった。


「頑張ったんだな」

「うん」

「けっ。俺との扱いの差はなんだよ、エルネア」

「だって、スラットンがお馬鹿なことばっかりしているから」

「おお、スラットン。お前が背中に乗っているのに、ドゥラネルが大人しいな」

「ふんっ」


 そっぽを向いてしまったスラットンに苦笑をするリステア。


「なにかあったのか?」

「あとでいっぱい話してあげるよ」

「ああ、頼む」

「エルネア、変なことを喋ったら承知しねえぞっ」

「変なことってどのことかなぁ」

「なるほどな、変なことがあるんだな。そりゃあ聞かなきゃな」

「うんうん。リステアのお願いは断れないよ」

「お前ら……」


 ぎりり、とスラットンが悔しそうにする。


「あのうですね……」


 そこで、鈴のような涼やかな女性の声にはっとする。


「盛り上がっているところを申し訳ないのですけど……」


 声のする場所を探す。

 すると、城壁前の瓦礫の陰に、ひとりの女性が倒れ込んでいた。


「セリース様!」


 慌てて駆け寄る僕たち。


「エルネア君とスラットンは気づいていなかったから仕方ないですけど。リステア?」

「い、いや。お前のこともちゃんと気にかけていたさ。ただ、エルネアとの再会が嬉しくてな」

「それって、衰弱した私よりもエルネア君の方が大事ってことですか?」

「うっ……。何を言っているんだ、セリース」


 リステアは慌ててセリース様を抱き寄せる。

 おや。少し会わないうちに、リステアも尻に敷かれ始めたんでしょうか。

 セリース様の機嫌をとるリステアの様子が面白くて、つい笑ってしまう。


「エルネア君。いま笑いましたか?」

「いいえ、笑っていません!」


 慌てて笑みを消し、僕はセリース様の傍に膝をつく。

 そして竜気を練り込む。


 ぽんっ。という音が聞こえそうな感じで、僕とセリース様の間に、竜気で形作られた鶏竜にわとりりゅうが現れた。


 鶏の竜術は試行錯誤の後、一段階成長しました!

 今や僕たちにとっては、鶏よりも鶏竜の方が身近な存在なんだ。ということで、見た目を鶏竜にしてみました。

 とは言っても、緑色のかすみのような本体はそのままで、鶏冠とさかの部分がつのに変わっただけだけどね。


 僕は竜気でできた鶏竜を抱きかかえ、セリース様に差し出す。


「セリース様、お土産です。お受け取りください」


 目の前で僕が緑色の鶏竜を創りだしたわけだけど、セリース様やリステアはさほど驚いていなかった。

 きっと、今でも背後に佇む鳳凰と同じ要領とでも思っているのかな。


「ふふふ。目の前で生み出したのにお土産だなんて」


 と微笑みつつ、セリース様は僕から鶏竜を受け取り、抱きかかえる。

 すると鶏竜はふわりと霞に戻り、セリース様の体内に溶けていった。


「なにこれ、凄いわ。失った竜気がまた戻った」

「はい。竜力のある人にとって、これは回復竜術みたいです」

「凄いな。それは俺たちには使えないのか?」

「うん。竜力がない人に使うと、逆に衰弱状態になるよ」

「面白い術だな」


 リステアはあごに手を当て、感心したように頷く。


「そんなことよりもさ。僕たちは行動を起こさなきゃ」

「ああ、そうだったな」

「エルネア君のおかげで、元気が湧いてきました。さぁ、行きますよ!」


 竜力が回復して、負傷していない様子のセリース様は元気いっぱいになる。


「さあ、飛竜の狩場に集結した魔族を根こそぎ撃滅しますよ!」

「ええぇぇっっ、そんな無茶なぁっ!?」


 セリース様、回復しすぎです!

 いくら僕たちでも、魔族の軍勢を全滅だなんてできませんよっ。


 拳を高く上げたセリース様に、男たちは苦笑した。

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