ニーミアにはまだ気づいていない
「ふ……ふはは。ふはははっ!」
あ、スラットンが壊れた!
どうしようもなく酷い雰囲気に耐えきれなくなったのか、スラットンは笑いながら地竜ドゥラネルの背中に飛び乗った。
ドゥラネルは、スラットンに
「俺に従え、ドゥラネルよ! 貴様の命は俺が握っている。言うことを聞かねえと、承知しないぞっ」
スラットンの叫びに、ドゥラネルが怒りを込めた喉なりをする。だけどスラットンの命令に従うように、大人しくなった。
命を握られているということは、ドゥラネルはもしかすると、竜殺し属性の短剣で呪縛されているのかも。
なぜスラットンが地竜を使役しているのか。どこで短剣を手に入れたのか。疑問が幾つか浮かび上がる。
「ふふん。上に乗っちまえば俺のもんだぜ」
スラットンはドゥラネルの首元に跨ると、さっきまでの引きつった表情を変えて、不遜な笑みで僕を見下ろす。
「どうだ、エルネアよ! 俺は竜騎士になったんだ! これが俺の最終兵器。お前ばかりが竜族を従える者だとは思うなよ。俺はお前になど抜かれてはいないのだ。ふははははっ!」
……意味がわかりません。
なぜスラットンは僕に対抗心を向けているのでしょうか。それと、僕は竜族を従えてなんていませんよ。
僕が首を傾げていると、背後で双子王女様が大きくため息を吐いた。
「スラットンはやっぱりお馬鹿だわ」
「スラットンはやっぱりわかっていないわ」
「ふはは。それはなぜですか、双子様?」
「貴方は竜騎士になったと自分で言ったわ」
「その時点でエルネア君に負けているわ」
「な、なんですと!?」
「エルネア君は竜王よ」
「騎士は王に従う者だわ」
「……っ!?」
うわっ、容赦がない! それは、気づいても言っちゃいけないことだと思うんです!
『竜王だと?』
スラットンに跨られたことが悔しいのか、牙をむき出しにして顔を歪めていたドゥラネルが僕を見る。
「うん。初めまして。僕は竜王のエルネア・イースだよ」
『人族が竜王……』
「うん。珍しいでしょ?」
『珍しい……というか、言葉がわかるのか?』
「言葉というか。竜心を持っているから、意思を感じ取れるよ」
『ぐるる。人族にこのような者が居るとは……』
ドゥラネルは、背中で放心中のスラットンなんて忘れたように、僕を興味深く見つめる。
ドゥラネルがスラットンや人族に敵対心を向ける理由は、きっと竜族としての誇りからだろうね。どういう経緯でスラットンの
竜殺しの短剣で呪縛されて、嫌々従っているに違いない。それでも、隙を見せればスラットンを襲おうとしていたということは、調教も済んでいないんじゃないのかな?
これまでは、暴走しようとするドゥラネルをイドが力で押さえ込んでいたのかも。
だけど、竜族としての好奇心は今でも持ち合わせているみたい。
人族なのに竜王だという僕を値踏みするように、じっと見つめてきた。
『イドという竜人族も竜王だったな』
「うん。僕は会ったことがないけど、彼も竜王だね」
『あの男ほどの者だと言うのか、貴様が?』
「竜王にも色々といるからね」
スラットンも、イドが竜王だと知っていたんだよね?
それなのに、僕と変な風に張り合うなんて、やっぱり意味がわかりません。
「エルネア君はやっぱり竜王なのね……」
ぽつり、とクリーシオがルイセイネの腕のなかで呟いた。
「そうですよ」
ルイセイネが誇らしそうに微笑む。
「スラットンは、エルネア君が竜王なら、自分も竜を従える者になるって馬鹿なことを言っていたわ」
「ば、馬鹿って言うんじゃねえよっ!」
「お馬鹿よ! だって、双子様が言う通りじゃない。竜騎士は竜王よりも明らかに格下だわ」
「くっ、それは……」
「もしかして、誰もスラットン君に指摘してあげなかったんですか?」
「ええ。だって、あまりにも馬鹿らしくて……」
ふいっと目を
……かわいそうなスラットン。
リステアやみんなは、気づいていたんだね。だけど、スラットンの心を折るようなことを、誰も口にできなかったんだ。
衝撃の事実を知り、スラットンの目はすでに死にかけていた。
「と、とにかく。ドゥラネルは心強い味方だと思うよ!」
『ふふんっ、貴様が竜王だろうと、我が従う理由はないな』
「うん。そうだね。だからお願いします。一緒に魔族を倒してくれませんか?」
『断るっ』
ふんっ、とそっぽを向くドゥラネル。
それもそうだよね。竜族のドゥラネルから見れば、人族と魔族の争いなんて他人事なんだし。
「仕方ないか」
なんでも上手くいくわけじゃない。協力してくれない竜族だっているよね。
会話ができたからといっても、心が通じ合ったわけじゃない。
ドゥラネルの人族不信は根深いようだ。
今は少しでも戦力が多い方がいいんたけど、強制はできない。
たとえ、短剣が首元に刺さっていて、スラットンの命令には最終的に従わないといけないドゥラネルでも、僕からは命令なんてできない。
ううん、スラットンにも命令をさせるわけにはいかない。
ヨルテニトス王国の竜騎士団は変革しつつある。調教し服従させ、絶対的な立場から命令する
フィレルやアーシャさんたちを中心に、信頼関係のもとで共闘する
だから、竜騎士だというなら、スラットンにもそれに
とはいえ、今この状況でどうやってスラットンを説得して、ドゥラネルを開放してあげようか。そう悩んでいると、背後の遺跡から不穏な気配が湧き出してきた。
「エルネア君!」
ルイセイネの警告が飛ぶ。
運が良いのか悪いのか。
見れば、迷宮と化した遺跡を迷わずに抜け出してきた死霊が入り口から現れるところだった。
スラットンやドゥラネルを説得している場合じゃない!
白剣を抜き、身構える。
アレスちゃんがプリシアちゃんを抱き寄せた。ニーミアがむくりと顔を上げ、警戒態勢をとる。
だけどそこへ、すぐ南に広がる竜の森から豪速の矢が飛来した。
力を帯びた矢は骸骨兵に当たると、全身を粉々に吹き飛ばす。亡霊を貫通した別の矢は、清浄なる
一瞬のうちに、遺跡から湧いた死霊が全滅した。
「カーリーさん!」
僕の声に応えて、近くの竜の森から若草色の装束や革鎧で武装した戦士たちが姿を現わす。
「み、耳長族だと……!?」
「どうして耳長族がここに……?」
スラットンとクリーシオが、驚きのあまり目と口を大きく開いていた。
「あ、カーリーだ!」
プリシアちゃんが僕の側でぶんぶんと大きく手を振る。
「おおう、この子も耳が……」
スラットン、今頃ようやく気づいたんだね。
騒がしい展開だったとはいえ、プリシアちゃんの特徴的な
まだまだだね、スラットン。
なんて
死霊たちは溢れる数にものを言わせて、迷宮を手当たり次第に
「エルネア君、これはいったい何事だ?」
「うん。それがね……」
代表して近づいて来たカーリーさんだけど、地竜のドゥラネルに警戒をして足を止める。代わりに僕が歩み寄り、事情を説明する。
「魔族どもが……!」
息を呑むカーリーさん。
他の戦士たちも、緊張した面持ちで遺跡の入り口を警戒する。
スラットンはドゥラネルの上で、耳長族の戦士たちを
うん。今はスラットンへの対応よりも、耳長族の人たちへの対応が優先だ。
「俺たちは、竜の森の外に魔族の気配が多数現れたと連絡が入ってな」
「おじいちゃんだね」
「ああ。それで様子を見に来たのだが……。さすがに、魔族の軍隊は対処しきれんぞ。しかも、西や北からも押し寄せているとなると……」
「大丈夫です。カーリーさんたちは守護の任務を優先してください」
「しかし、それでは人族の国が……?」
ありがたいことです。
カーリーさんたち耳長族は、竜の森の守護が本来の任務だ。それなのに、人族の国を心配してくれるなんて。
「本当に、大丈夫ですよ。カーリーさんたちは竜の森を魔族から全力で守ってください。森の外は、僕たちがなんとかします。それに……」
僕は心配そうなカーリーさんに微笑んで、竜峰が連なる風景とは逆の、東の空を指差した。
どんよりとした雲が支配する空。その雲の下に、一瞬だけ光を浴びて輝く存在が見えた。
「おおーい!」
東の空に向かい、大きく手を振る僕。プリシアちゃんとアレスちゃんが真似をして、両手を振る。
点にしか見えないそれは、僕たちを認識できるだろうか。なんて心配はいらない。
遥か東の空で光った一粒の輝きが、徐々に大きくなっていく。
僕たちの視線に誘われて東の空を見るスラットンやカーリーさんたちの表情が、驚きに変わっていった。
東の空から飛来した者たち。
それは、黄金色の翼竜ユグラ様を先頭にした、飛竜騎士団だった。
ユグラ様と、十体を超える飛竜騎士団が、
ユグラ様なら、人だと識別できないほどの距離でもはっきりと認識できる。それに、僕の心は竜心に乗り、遠く声の届かない距離にまで到達する。
遥か東の空で僕を認識したユグラ様は、まっすぐにこちらへと向かって飛んできた。
「どうして飛竜騎士団が……。それに、あの先頭のでけぇ翼竜はなんだ!?」
ヨルテニトス王国で僕たちとすれ違いになったスラットンたちは知らないんだね。
「エルネア君!」
王都の上空まで到達し、旋回する飛竜騎士団。飛竜騎士団を代表して、ユグラ様がこちらに向かい降下してくる。その背中から身を乗り出すようにして、地表の僕たちへと手を振る少年。それはまさしく、フィレルだった。
「フィレル!」
僕も、大きくフィレルに手を振る。
ユグラ様が空き地に着地をすると、フィレルは地表に降り立ち、ユグラ様にお礼を言う。そして元気よく、こちらへと駆け寄ってきた。
「ご助勢に来ました!」
「なんでアームアードの王都が危険だと知っていたの?」
東の空から飛竜騎士団が飛来してきたことは、すぐに気づけた。だけど、フィレルが飛竜騎士団を率いてこの危機に駆けつけてくれるなんて予想外だよね。
ユグラ様だけならともかく、普通の飛竜と共に来たということは。逆算をすれば、数日前にはアームアード王国の危機を知って、向こうを出立したことになる。
僕たちでさえ魔族の動きをつい今朝方知ったばかりなのに、どうして?
「実は、ある女性がヨルテニトス王国の遺跡で不穏な動きに気づいて。僕たちは急いでやって来たんです」
「ある女性?」
「はい」
フィレルは大きく返事をして、ユグラ様の方へと振り返る。
着地をして周囲を警戒するように見渡すユグラ様の背中から、ひとりの女性が身軽に飛び降りてきた。
お付きの紅一点、マレイナではない。
女性らしい柔らかな所作のマレイナとは違い、身のこなしが格好いい。フィレルから事前に女性と聞いていなければ、一瞬男性と見間違えたかもしれない。
綺麗な金髪を結い上げてお団子にした格好いい女性が駆け寄ってくる。
「彼女はセフィーナさん。なぜか、遺跡のことや竜気に詳しい冒険者なんです」
近づいてくる女性は、セフィーナさんという名前らしい。
軽快な足取りで駆け寄り、
予想外のところから声があがった。
「あらま、セフィーナじゃない」
「おやま、セフィーナだわ」
「あら、お姉様方!」
「「えええーっ!!」」
僕とフィレルの声が被った。
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