男が命を賭けるとき
勢いがありすぎたせいか、ルイララは僕の蹴りで前のめりに体勢を崩す。丁度そこへ、スラットンの鋭い突きが迫り。
「ぐふっ」
ルイララの胸を、スラットンの青白く発光する大剣が貫いた。
やりすぎた! とは思わない。自業自得です。なんなら、僕も背後から斬りつけたい気分です。
でも、ルイララにはこの程度では効果はないんだろうね。
現に、スラットンの剣を胸に刺したまま、ルイララは困ったように振り返ってきた。
「酷いなぁ、エルネア君は。君は魔族よりも極悪非道だよ」
「ううん、君が自重しないからいけないんだよ」
「……エ、エルネア!?」
おおっと、ルイララとお
スラットンは目の前の状況についていけていないのか、目を点にしてこちらを見ていた。
ただし、混乱気味とはいえ、ルイララの胸に刺さった大剣を抜き、油断なく身構えるあたりは流石だね。
「スラットン、説明は後だよ。早くここから脱出しよう!」
「い、いやしかし……。この魔族を倒さねえと!」
「それもあと!」
「酷いなぁ。あとで僕を倒す気だね?」
「君がスラットンに襲いかかるから、ややこしい事態になったんじゃないか。スラットン、とりあえずこの魔族は無視して、ここから早く移動しよう」
ルイララの
「クリーシオ!」
スラットンは、魔族のルイララを警戒してどう動くか
そして、クリーシオを抱きかかえると、意を決して出口に向かい走り始めた。
僕たちも、スラットンの後を追って駆ける。
ルイセイネがスラットンと併走しながら、クリーシオの様子を伺う。双子王女様はプリシアちゃんとアレスちゃんを抱きかかえて、その後ろを走る。ニーミアは、プリシアちゃんの頭の上だ。
僕はルイララと一緒に、
遺跡の中でのんびりと話している暇はない。
僕たちが最初に居た古代遺跡の部屋の発光は減退していたけど、それが後どのくらい続くかは不明だ。そして、またいつ発光しだすかもわからない。
発光するあの部屋から、転移してきた死霊たちが押し寄せてくるかもしれない。
スラットンが転移先に居たのは予想外だったけど、彼が居るということで確定したことがある。ここはやはり、アームアードの王都近郊にある遺跡に違いない。
スラットンは、今の状況に疑問だらけだろうね。
だけど、クリーシオの体調を一番に心配したのか、彼女を抱えて先頭で走り続けた。
僕たちも脱出を最優先に、必死でスラットンの後を追う。
そして、途中から見慣れた景色に変わった回廊を走り抜け、僕たちは全員で遺跡を脱出した。
息を切らせるみんな。
スラットンは、クリーシオを一旦地面に下ろす。そうしながら、僕に疑問の視線を投げかけてきた。
「おいおい、エルネア。これは一体どういう状況なんだよ?」
スラットンの瞳には、
無理もないよね。
魔族は、恐ろしい存在。人族の敵。
しかも僕たちが転移するまで、スラットンはおそらく死霊たちと戦い続けていたはずなんだ。
そして死霊たちと同じ場所から、僕たちは現れた。
僕たちが魔族の仲間かもしれない、と疑念を持つなと言う方が無理だよね。
スラットンは僕を見たあと、背後のルイセイネと双子王女様たちを見た。
「ルイセイネと……。ふ、双子様……!」
なぜでしょう。スラットンは、ルイララを見る以上に双子王女様を見て顔を引きつらせています。
離宮でお見合いのようなお茶会に呼ばれたときも感じたけど、兵士やスラットンたちは双子王女様の
慣れたらそうでもないよ?
「状況の
言って僕は、スラットンの視線をひとまず置いておき、双子王女様に近づいていく。そして、二人に抱きかかえられたプリシアちゃんとアレスちゃんの手を取る。
幼女二人を双子王女様から受け取ると、地面に降ろす。
膝をつき、幼女たちと同じ目線の高さに合わせて、お願いをした。
「遺跡から死霊が出て来ないようにしてほしいんだ」
「んんっと、頑張る!」
「おまかせおまかせ」
満面の笑みを浮かべるプリシアちゃんとアレスちゃん。
「エルネア君が恐ろしいことを頼んでいるわ」
「エルネア君がとんでもないことを頼んでいるわ」
「エルネア君……」
えっ? なんでルイセイネと双子王女様は困ったように僕を見るんだい?
だって、今はこの方法しかないじゃないですか。
遺跡を壊すことはできないよね。かといって、死霊たちが溢れてくるとわかっていて、放置もできない。
それなら……!
プリシアちゃんとアレスちゃんは、きゃっきゃと嬉しそうに手を繋ぎ合わせて、くるくると回り出した。
そして、楽しそうに呪文を唱えだす。
「プリシアと」
「アレスの」
「「
ごごご、と低い地響きが幼女たちの力ある言葉と共に響いた。
「な、なんだ!?」
クリーシオを横たえながら、スラットンが困惑したように辺りを見渡す。
「来年からの遺跡訓練は大変なことになりますね」
ルイセイネがぼそりと呟いた。
仕方がないんです。
これしか方法がなかったんですからね!
地下が
ううん、静寂ではない。
騒乱の僅かな隙間だ。
視線を王都に向けると、幾筋もの黒煙が立ち上っていた。
地響きで麻痺していた耳へ、次第に喧騒が届き始める。
兵士たちの叫び。魔族の怪奇な声。建物が崩壊し、魔法や呪術、法術が飛び交う空気の揺れを感じる。
ミリーちゃんの報告通り、アームアード王国は魔族の侵略にあっていた。
いったいどれだけの魔族が、王都内へと侵入してしまったのか。
警備兵や王国軍、勇敢な冒険者や聖職者たちは、奮戦できているのかな。
湧き上がってくる不安と
だけど、もう少しだけ頑張って耐えてください。
王都の方角を向いていると、下半身に突撃してきた者がいた。
「二人とも、ありがとうね」
僕は、抱きついてきたプリシアちゃんとアレスちゃんを褒めて抱きかかえてあげる。
プリシアちゃんは僕の役に立てたことが嬉しいと、満足の笑みを浮かべていた。
「じかんかせぎよ」
「うん。わかってる」
アレスちゃんの忠告に頷く。
いくら遺跡を迷宮化したとはいえ、竜峰側の残り数千の死霊軍が転移してくれば、いずれ溢れて出てきてしまう。
オルタとの戦いで蓄えていた力を使い果たしたアレスちゃんは、暫く大人の姿には成れないらしい。だから、今はこれが精一杯なんだ。
リリィは向こう側で頑張ってくれているはずだけど、彼女ひとりで死霊軍を殲滅することは難しいだろうね。なにせ、死霊もリリィも同じ闇属性。相性が悪い。
そして、遺跡から僕たちの気配が消えたことに気づけば、無理をせずに撤退するはずだ。
死んだんじゃないかとは思わないよね。
僕の竜気の匂いを嗅いでいたから、こちらに転移したことは気づいてくれると信じている。
もしかして、ニーミアは向こうに置いてきた方が良かったかな? と冗談で思考したら、プリシアちゃんの頭の上でニーミアが困ったように「にゃあ」と鳴いた。
冗談はさておき。
さて、二人の幼女が作り出してくれた
とりあえず僕の指示に従って動いてくれたスラットンも、そろそろ痺れを切らす頃だ。
「おい、エルネア。そろそろ説明をしろ。何がなんだか意味がわからねえよ」
ほらね。
ということで、改めてスラットンのもとへと駆け寄る。
スラットンはクリーシオを横たえるために、自分も膝を落としていた。
駆け寄り、先ずはクリーシオの様子を見る。
苦しそうにしているけど、怪我はしていないみたい。
たぶん、呪力の使いすぎで
ルイセイネは水筒の水で布を湿らせて、クリーシオの汗を優しく拭う。だけど、衰弱だとさすがの巫女様でも手の
クリーシオに外傷や命の危険がないことを確認すると、先ずはこちらから説明を入れた。
死霊たちは、竜峰北部にある古代遺跡から転移してきていること。僕たちはそれを追って、遺跡から来たこと。そして、ここ以外にも北や西から魔族の軍勢が迫っていることを、要点だけまとめて説明した。
「魔族の軍が三万以上……」
絶句するスラットン。
意識があるのか、スラットンの腕のなかではクリーシオが顔面蒼白になって震えていた。
「お、俺たちも王都に危機が迫っていると知って駆けつけたんだが……。まさか、魔族が大規模に攻めて来たなんてな」
「うん。ごめんね。僕たちも魔族の動きを把握したのは
動揺を隠せないスラットン。それでもスラットンは次に、自分たちの状況を説明してくれた。
「リステアやイドたちは王都の街中なんだね」
お互いの面子についての詳しい説明は必要ない。それはイドとミリーちゃんによって、お互いが知るところだから。
それでも、僕の傍に双子王女様が居ることにスラットンは驚いていた。
「とにかくだ。ここでのんびりとしている暇はないな」
言ってスラットンは、抱きかかえたクリーシオをルイセイネに預ける。
「スラットン君?」
ルイセイネが疑問の視線をスラットンに向ける。
「頼む。クリーシオを安全な場所へ連れて行ってくれ」
「スラットン?」
クリーシオも疑問の表情を向ける。
「魔族どもが軍隊で押し寄せてきてるんだろう? それなら、俺は勇者の片腕として、やれることをやらなきゃいけねえ」
「……スラットン!」
僕たちから距離を取り、自分の影に視線を落とすスラットン。
なにかを察したのか、ルイセイネの腕のなかに移ったクリーシオが悲鳴をあげた。
「クリーシオ、すまない……。だが、俺個人の力じゃ足りねえんだ。もうあれを使うしかねえ!」
「駄目よ、スラットン! こんな状況じゃ、あれを制御なんてできないわ。イドが居ない状況だと、貴方は命の危険に……!」
「うるせえ! 男には、命を賭けてでも成し遂げねえといけねぇ時があるんだ!」
緊迫したスラットンとクリーシオの空気。僕たちは訳がわからず、見守るしかない。
そしてスラットンはなにかを決意し、足もとの影に手を当てた。
「さあ、その力を俺に示せ!
スラットンの言葉に呼応し、影がぐずりと盛り上がっていく。
黒い影が大きく延び、膨れ上がっていき、質量を持ったひとつの形へと変化していく。
息を呑み見つめる僕たちの前で、巨大になったスラットンの影が咆哮をあげた!
「スラットン君……」
ルイセイネは、クリーシオを抱えたまま見上げる。
「スラットン……!」
僕もルイセイネの横で、見上げていた。
ルイララは楽しげに。にやりと
プリシアちゃんとアレスちゃんは、瞳をきらきらさせていた。
そして、双子王女様が呟く。
「……子竜ね」
「小さいわね」
「……は?」
全員が、動きを止めていた。
スラットンが気合と共に呼び出し、咆哮をあげて勇ましく影から現れた者。それはまさしく、闇属性を示す黒い鱗の地竜だった!
だけど……
小さいです!
竜峰で散々、地竜たちを見てきた僕たちから見れば、ふた回り以上小さい子竜だとすぐにわかる。
そして、双子王女様の遠慮のない言葉に、スラットンは目を点にして固まっていた。
全てを
残りの僕たちは、スラットンの男らしい決意とクリーシオの絶望感を崩すこの状況、というか、双子王女様の容赦のない突っ込みに困って、固まっていた。
……どうすればいいのさ、この状況!
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