花の咲く世界

 固唾かたずを飲んで見守っていた兵士や聖職者の人たちに、動揺が広がっていく。

 僕たちが見せた花は、確かにそのあたりに咲いているようなものばかりで、けっして特別なものではなかった。なのに、それを自信満々に「満月の花」だと言い切ったのだから仕方がない。

 ただし、僕たちは一片の迷いもなく掌の花を示し、ヤシュラ様とマドリーヌ様は瞳を泳がせることなく僕たちを見据えていた。


「女神様が愛でた満月の花とは、誰もが探し、誰も見つけることができないと云われた伝説の花です。それでは、あなた方が提示した花がその満月の花だと、どのように説明しますか?」


 ヤシュラ様はゆっくりとした口調で、だけど誤魔化しを一切許さない厳しい声音で言った。


 僕たちの突飛とっぴな回答に心を揺らさない巫女頭様二人とは対照的に、周りの聖職者の人たちは今にも右往左往しそうなほど動揺を見せていた。それが伝染したのか、ルドリアードさんや国軍兵士の人たちも遠巻きにひそひそと声を掛け合っていた。


 この様子からすると、神官長や高位の巫女様でも、この試練の答えを知らないんじゃないのかな。

 試練を言い渡した巫女頭様だけが、本当の意味を理解しているのかもしれない。


「説明を前に。私たちは試練を乗り越えて戻ってきたわけですが、ここで大っぴらに答え合わせをしてもよろしいのでしょうか?」


 リステアは動揺する人たちを見渡して、ヤシュラ様に確認を入れる。


「それは、俺から言おう。この場にいる者たちが君らの証人となる。既に巫女頭様へ誓いを立てているが、証人として立ち会うだけで、この場のことは他言しない。もしもこの場の者で将来に君らと同じ試練を受ける立場になる者が現れた場合は、別の試練を受けると誓約せいやくしている」


 つまり、周りの人たちは護衛兼立ち合い人なんだね。巫女頭様は、相手が勇者だろうと王侯貴族だろうと、平等に接する。だけど、試練の答え合わせの場に証人がいなければ、変に疑う人はどうしても出てきちゃう。だから大勢で立ち合い、不正がなかったと証明する役割を負ってくれているんだ。

 そしてその代償に、立会人がもしも僕たちのような立場になった場合は、別の試練を受け入れることを覚悟してくれているんだね。

 それと、大勢で僕たちを囲むことによって、試練の答えが他に漏洩ろうえいしないようにもしてくれているのかな。


 僕たちは、集まってくれた人たちに深く感謝のお辞儀をした。

 そしていよいよ、僕たちが見つけた満月の花の証明をすることになった。

 代表して、僕が一歩前へと出る。


「僕たちは、満月の花を探しに北の地へと赴きました。北の地は、人族にとって未開の地。大きな危険がはらんだ旅となりました」


 振り返り、フォルガンヌたち獣人族を見た。


「なぜ、満月の花を探すのに北の地が示されたのか。僕たちは当初から疑問に思っていました。そうしながらも、言われるがまま北の地へと足を踏み入れました。そこで出会ったのが、彼ら獣人族の皆さんです。ちょっと大変な問題に首を突っ込んじゃいましたが、彼らは友好的で、今後は人族と親交を持ちたいということで、一緒に来てくれました」


 緊張で乾いた喉をつばうるおし、またヤシュラ様へと視線を戻す。


「不思議な体験をしました。人族の手が入っていない土地。なのに北の地では、人族が築いたと思われる都の廃墟を見ました。神殿跡で、獣人族の次代の宗主そうしゅが洗礼を受ける儀式を見ました。ルイセイネが言ってました。あれはまるで、巫女様が受ける洗礼の儀に似ていると。そして、宗主を洗礼したのは、なんと獣人族の巫女様でした」


 僕の言葉に、聖職者の顔に信じられない、という色が広がっていった。


祈祷師きとうしジャバラヤン様というお方でした。なんでも、千三百年以上生きる獣人族で、遥か昔に神殿都市で洗礼を受けて、巫女様になったのだとか。驚きました。ずっと西の地で洗礼を受けた獣人族の巫女様が、人族が踏み入っていない土地で生活していただなんて。ううん、驚いたのはそこじゃないのかな。僕たちには先入観があったんです。創造の女神様を崇拝すうはいする宗教は人族特有のもので、他種族は洗礼を受けたり巫女様になることはできないと思っていましたから」


 確かに、ジャバラヤン様以外で獣人族のなかに神殿宗教の信徒はいなかった。ただし、それはジャバラヤン様が布教活動をせずに、獣人族は獣人族らしい生活を、と気を配っていたから。

 ルイセイネたちの話によれば、神族や魔族のなかにも僅かに信徒がいたりするらしい。


「そして、思い至ったんです。この世界は、確かに女神アレスティーナ様が創造されたのだと。人族は言うに及ばず、獣人族や竜族、竜人族。それだけではなく、人族を苦しめる魔族や神族や、魔物や妖魔、世界のあらゆるものを女神様はお創りになりました」


 なぜ、平穏な営みを阻む者を生み出したのか。そんな考えは野暮やぼだ。人族の視点で見れば、魔族や神族は恐ろしい種族だし、魔物や妖魔は身近な脅威だよね。でも、牛や鹿などから見れば、人族だって十分に脅威だし、魔族や神族も竜族や竜人族には歯が立たない。

 種族ごとに視点を変えれば、恩恵を受けるもの、脅威になるものはそれぞれ違ってくる。

 だから、人族一辺倒の視点では世界なんて語れない。


「生き物だけじゃありませんね。水や土や空気。雲や風や森や山々も、女神様がお創りになったんです」


 さわさわと、春の気持ち良い風が吹き抜けた。草花がすずやかな音をかなで、雲がゆっくりと流れていく。

 目に見えるもの。感じられるもの。全てを創りあげたのが女神様だ。


「ええっと。僕たちは結婚します。させていただきます。そしていつか、子供をさずかるでしょう。ルイセイネやキーリ、イネアもいつかはお母さんになるんだと思います。では、母親は産んだ子供たちに優劣をつけるのでしょうか? お腹を痛めて産んだ子供たちを好き嫌いで分けるでしょうか?」


 この場にいる人たち全員に、問いかけるように言う。

 男の兵士の人たちは、首を傾げて顔を見合っていた。神官様も少し戸惑っているね。だけど兵士のなかでも女性や、巫女様は、はっと何かに気づいたように目を見開いていた。


「そもそも、女神様がでた花なんて言われると、本当に特別な花と勘違いしちゃいますよね。でも本当は違うんです。足下で揺れている花も、僕たちの掌の花も、元を辿れば女神様が生み出したもの。すなわち、子供たちです。母親は子供を平等に愛します。それなら、女神様も生み出したもの全てを平等に愛しているんじゃないでしょうか。それが創造の女神であり、世界の母親なんです。だから、僕たちは自信を持って言わせていただきます。全ての花が女神様の愛した花であり、満月の花なのだと!」


 よどみなく言い切った。

 僕の確固たる意志を受けて、みんなは手にした花を高く掲げた。

 慈愛じあいに満ちたような優しい風が吹き抜け、掌の花を空へと連れて行った。

 まるで、女神様が子供を抱きかかえるかのようにふわりと舞った花は、花弁はなびらを綺麗に散らせて僕たちの頭上に降り注いだ。


 不思議な光景に、誰もが息を飲んでいた。

 そして、心安らぐ風に長い髪をなびかせながら、ヤシュラ様とマドリーヌ様は微笑んでいた。


「それが、あなた方が探し当てた満月の花なのですね?」

「はい。間違いありません!」


 声を揃え、僕たちは頷く。


 これが間違いだというのなら、女神様のところに行って直談判でもなんでもしてやるよ。

 メイやプリシアちゃんたちが種族を超えて楽しく遊んでいた様子を見て、世界中の全てが女神様に繋がっているんだと感じた。あのとき感じた繋がりは、まるで竜脈を通して世界が結ばれているものと同じような感覚だったんだよね。

 大地の下には、人の血管のように隅々すみずみまで竜脈が流れ、世界を駆け巡っている。同じように、地上では生き物同士の繋がりでまとまっているんじゃないかと思った。

 そして、僕たちの知らない廃墟を見て、もしかすると遥か昔に、北の地にも人族の営みがあったのかとも思った。今を生きる生き物だけではなく、廃墟を通して過去とも繋がりを持っているように感じた。まるで、ありとあらゆるものが連結し、世界を構築しているように思えた。

 そしてその全ての母が、創造の女神様なんだ。

 そういった感じや想いから導き出した答えが、これだ。


 思い至れば単純極まりない答えだけど、敬虔けいけんな信者ではない僕がこの答えにたどり着けたのは、奇跡なんじゃないかな。

 多分、これはスレイグスタ老の教えがあったからかもしれないね。

 スレイグスタ老はいつも、世界を意識するようなことを教えてくれていた。霊樹や竜脈、そして多くの知恵と、僕たちは世界の一部なのだといういましめ。そういった導きがあったからこそ、たどり着けたと思う。

 今度、苔の広場に行ったらスレイグスタ老に感謝しなきゃね。


 ヤシュラ様はもう一度、僕たちの意志を確認するかのようにしっかりと見つめていた。


「この試練には、多くの答えが存在します。悩み苦しみ、導き出した答えは全て正解なのです。ただ、残念ながら悲しい答えを導き出す者が大半です」


 リステアも、最初は間違った答えにたどり着きそうで困っていたよね。

 ヤシュラ様の言葉に、僕たちは頷く。


「わたくしたちは、あなた方がどのような答えを導き出そうとも、それを認める覚悟でいました。ただ、エルネア君の考えを聞いて確信させられました。あなた方が導き出した答えこそが、この試練の真の答えなのだと。まさか、十六歳の少年少女がこんなに立派な答えを見つけてくれるなんて。女神様に感謝をいたします。いいえ、あなた方の素晴らしい信心に心より敬服いたします」


 ヤシュラ様は深く深く、僕たちに頭を下げた。


 最初は、巫女頭様に頭を下げられるなんて、と戸惑いの方が強かったけど。徐々に、僕たちは認められたのだという思いに至って、胸の奥から沸き起こってくるものがあった。

 みんなで顔を見合わせる。

 キーリとイネアは涙を流していた。ルイセイネも、今にも感動で泣き出してしまいそうなほど瞳に涙を溜め込んでいた。リステアも表情が崩れかけているよ。珍しいね。

 僕は、みんなの顔が揺らいで見えていた。僕も泣き出しちゃいそう。


「エルネア君、さすがですっ! このマドリーヌ、感動いたしました」

「えぇぇぇぇっっ!」


 そして、場の雰囲気を破壊するマドリーヌ様!


 マドリーヌ様は瞳に涙を溜めて、僕に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと、マドリーヌ様! わたくしのエルネア君に何をしているのですかっ。というか、なぜマドリーヌ様がこの場にいるのですっ」


 慌てて僕とマドリーヌ様を引き剥がしにかかるルイセイネ。


「貴女の、ではないわ。私たちのエルネア君よっ」

「いいえ。少なくとも、マドリーヌ様は別です」

「きいいっ。よこしなさいっ」

「いいえ、お断りさせていただきますっ」


 ……なんだかなあ。

 いい雰囲気が台無しですよ、マドリーヌ様。

 僕にがっちりと抱きついたマドリーヌ様は、ルイセイネに抵抗して暴れだした。

 この人は、やはりユフィーリアとニーナの仲間だね。僕たちには手がつけられません……


「おまえなぁ……」

「ええっ。これって僕のせいなの!?」


 リステアの呆れた視線に、僕は悲鳴をあげてしまったよ。

 見れば、ルドリアードさんやキーリやイネア、それだけではなくて兵士の人や聖職者の人たちも、呆れたように僕たちを見ていた。


「人族は変わっているな」

「いいや、エルネアが変わっているだけじゃないのか?」


 獣人族の皆さん、これは人族の常識とかけ離れた場面ですからね。誤解をしないように!


 あああ。僕の評価が壊れていっちゃう!

 せっかく立派なことが言えたと思ったのにっ。

 マドリーヌ様の馬鹿ぁっ!

 僕を挟んで攻防を繰り広げるマドリーヌ様に、心のなかで苦情を叫んだ。


「エルネア君、少しは抵抗してくださいっ」

「そうは言うけどね、ルイセイネ。巫女頭様に手を上げても良いものなのか……」

「あら、手を出してもいいのですよ?」

「マドリーヌ様、自重してくださいませっ」


 このあと、呆れてみんなが引き上げ出すまで、マドリーヌ様とルイセイネの戦いは続いた。

 恐るべし、マドリーヌ様。戦巫女いくさみこのルイセイネと互角に張り合うとは。

 ……というか、解放してください!


 最初は戸惑い。次に緊張感が支配し、感動の結末。

 計り知れない難易度の試練を突破した僕たちの凱旋がいせんは、結局いつものようにどたばたで幕を下ろした。


 悲しいね。

 もっと祝福された帰国になると思っていたのに……

 ああ、そうか。

 このあとにひかえる諸々もろもろ前哨戦ぜんしょうせんなんだね。

 結局、離れなかったマドリーヌ様を右腕に。対抗して左腕に抱きついてきたルイセイネと一緒に、僕たちは実家へと足を向けた。

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