飛竜の狩場は誰のもの

 獅子種フォルガンヌを含む獣人族との南下の旅は、順調に進んだ。

 獣人族の一団には草食系の人もいて、体力的に大丈夫なのかな、なんて心配は浅はかだったみたい。むしろ猛獣系の人よりも持久力があり、好奇心も旺盛で一番旅を楽しんでいたんじゃないのかな。


 僕たちはイスクハイの草原を越え、ウランガランの深い森を抜けて、飛竜の狩場へと到達した。


「ほ、本当に竜族の襲撃はないのだな?」

「大丈夫ですよ。もしも悪い竜が来ても、どうにかできると思います」

「君の、その自信はどこから来るんだ?」

「ううーん……。なんとなく?」


 ルイセイネの竜眼で早期警戒ができるし、普通の竜族なら話し合いか何かしらの手を使ってどうにかできると思う。というのは確かに、どこから来る確信なんだろうね。

 竜峰で生活してきたから? 竜族と仲良くしているから? いろんな要素はあるんだろうけど、具体的になにが根拠で出てきた自信なのかは、自分でもわからない。

 自分でもわからないので、どう説明して良いのかもわからない。


 あはは、と軽く笑う僕を見て、フォルガンヌたち獣人族は顔を引きつらせていた。


「まあ、フォルガンヌたちの不安はよくわかる。俺だって、エルネアなしで飛竜の狩場を渡ろうとは思わないしな。だが、こいつと一緒に行動していれば大丈夫だ」

「リステア、それって僕は素直に喜んでも良いのかな?」

「なんでだ?」

「リステアの言葉を聞いていると、まるで僕は正体不明の謎の人物だけど、まあ信用できるはず、みたいに聞こえるんだけど」

「気のせいさ」

「本当かな?」


 ふいっ、と視線を逸らしたリステアは、笑いをこらえているように見えた。


「いっそのことさー。エルネアっちが飛竜の狩場を支配しちゃえば良いんじゃないのかなー?」

「そうですね。そうすれば人族も獣人族も、安全に飛竜の狩場を行き来できるようになると思います」


 イネアとキーリの言葉に、僕は周囲に広がる大草原を見渡す。

 木々は疎らで、起伏のゆるい緑豊かな草原が、視界いっぱいに広がっている。

 遠くでは草食系の動物が群をなしていて、首を高く上げてこちらを興味深そうに見ていた。

 だけど突然、甲高い鳴き声とともに逃げ始めた。草むらの陰から、肉食の獣が飛び出して追いかける様子を見つめる。


「もしもね。飛竜の狩場が安全になったら、人はきっといま以上に繁栄できるんだろうね」

「だろうな。これまで手の着けられなかった飛竜の狩場の開拓が進めば、どれほどの恩恵をもたらすだろうな」

「じゃあさ。飛竜の狩場を失った竜族や動物はどうするんだろう?」


 僕の疑問に、リステアたちは不思議そうに首を傾げる。


「お前は少し、大げさに考えているのかもしれないな。開発するとは言っても、この広大な草原全て、というわけじゃないぞ。飛竜が狩りをする土地や動物が暮らす環境は残るさ」

「そもそもさー。エルネアっちが竜族と話をつけてくれれば、きちんと分割できるんじゃないかなー?」

「もしくは、人を襲わないように説得していただければ、安全になりますね」


 リステアたちは何気なく口にしただけかもしれない。だけど、それが無理なことなのだとは、竜峰で一年間暮らし、いろいろな種族と関わった僕にはわかった。

 そして、ルイセイネにも。


「お待ちください。簡単に言いますが、現実的ではないですよ。自然に生きる動物たちは、わたくしたちが思っている以上に広大な土地が必要なのです。竜峰では、あの危険な土地を季節ごとに東や西に大移動をする動物を多く見かけました。それに、エルネア君の説得で竜族が従ったとしても。将来、エルネア君が歳をとってお亡くなりになった後はどうなるのでしょうか? 竜族は、きっとエルネア君の言葉には喜んで従うと思うのです。ただ、エルネア君がいなくなった後はどうなさるのですか? どなたかがエルネア君の意志を正しく継いでくれるのでしょうか?」


 今だけを見ると、確かにリステアたちの想像のように人は繁栄できるよね。

 だけど、ルイセイネが言うように、僕が人族の世界から消えてしまったらどうするんだろう。

 生活圏を奪われた動物たち。狩場を失う竜族。

 実は人だけが恩恵を授かって、他が割を食っていることになっちゃうよね。


 動物たちは土地を奪われても、弱肉強食の世界で仕方なく諦めるかもしれない。では、弱肉強食の頂点に立つ竜族は、僕との関係が消えた未来にどう動くのか。

 僕との約束を守り続けてくれる竜族もいるだろう。だけど、そうじゃない竜もきっといる。

 今でさえ、竜峰同盟に加入していない竜族はいるんだ。そういった竜族全てを管理することなんてできないよ。

 そして、そういった竜族は飛竜の狩場に活動範囲を広げた人をきっと襲うだろうね。


 危険だから飛竜の狩場には近づかない、という現状だからこそ、人族や獣人族への被害は少ない。だけど、僕のお墨付き、なんて話が広まって安易に飛竜の狩場に足を踏み入れ出したら、大惨事が起きかねないんじゃないかな。


 僕とルイセイネの言葉に、むむむと唸るリステアや獣人族。


「そうすると、獣人族と親交を持とうと思ったときに、飛竜の狩場は使えないのか」

「ごめんね。力になれなくて」

「いや、お前たちの考えを聞いて真剣に考えることができたよ。これまでは、竜族のことはお前に頼めばどうにかなる、と軽く考えすぎていたようだ」

「では、遠回りになるが東の道を開拓せねばならぬな」


 フォルガンヌの言葉に、みんなの視線が東に向いた。


「副都くらいまで行けば、飛竜の狩場は途切れているんだよね?」

「ああ。ただし、あの辺からは深い山岳地帯になっているな」

「東の山岳地帯には、豹種の部族が住んでいるな」

「はい。あの辺りの地形ならお任せください」


 使節団のなかにいた豹種の女性が、胸を張って存在感を示す。


「遠回りになっちゃうけど、仕方がないねー」

「人族と獣人族が協力すれば、きっと素晴らしい道が出来上がりますよ」


 なんて先のことなんかを相談しながら南下を続けた。

 竜族の干渉が今回もあるかな、と思っていたけど、予想に反して竜の集団はやって来なかった。

 たまに上空で飛竜が旋回していたけど、挨拶をする程度で大騒動を持ち込むことはなかった。

 自重してくれたのかな?

 まあ、行きの行程で十分に騒いだからね。


 そして、飛竜の狩場に入って四日ほど進み、明日には王都に帰り着きそう、という日の午後。

 南から、地竜が走ってきた。


 最初に気づいたのは、やはり竜眼持ちのルイセイネだった。


「エルネア君、お客さんですよ」

「えっ、僕に?」


 誰だろう、と南に目を凝らしていると、見知った地竜とその背中に乗る三人の人影に気づく。


「ドゥラネル、クリーシオ、こんにちは!」


 どしどしっ、と走ってきたドゥラネルはさすがの迫力だね。子竜とはいえ、その辺の肉食獣なんて足もとにも及ばない程の迫力がある。

 ドゥラネルを初めて見た獣人族の人なんて、驚いて数歩退がっていたよ。


『おいこらっ。この馬鹿野郎をどうにかしやがれっ』

「おいこらっ。俺への挨拶が後回しってどういうことだっ」


 南方からのお客さん。それはドゥラネルとその背中に乗ったクリーシオとスラットンだった。


「エルネア君はやっぱり酷いよねー」

「おい、エルネア! この魔族野郎をどうにかしやがれ!」

「ま、魔族!?」


 いや、彼が僕のお客さんなのか……

 そしてもうひとり。

 やれやれ、と肩をすぼめる貴公子のような容姿の青年に、フォルガンヌたちが一斉に臨戦態勢に入った。


「あっ、みんな、大丈夫ですよ。ルイララも僕の友達です」

「しくしく、家族とは言ってくれないんだね」

「背中を見せたら襲ってくるような人は家族じゃないからね!」

「ま、魔族まで仲間にしているのか、君は」

「そういえば、あの巨大な漆黒の竜が魔王陛下がどうたらと言っていたな」

「なるほど……」


 獣人族はルイララに警戒しつつも、臨戦態勢を解除してくれた。

 良かった、良かった。

 ルイララは、向けられる敵意には喜んで首を突っ込んじゃうからね。


 それにしてもなぜ、ルイララまで……


「おいおい。それにしても、背後の獣人族どもはなんだ?」


 僕たちの前に到着したドゥラネルの背中から、三人が降りてきた。

 クリーシオはルイセイネたちと笑顔で再会を喜びあう。


「いや、その前に俺たちの方がお前に質問したいぞ……」

「スラットン……。クリーシオにやられたんだね」


 ドゥラネルの上から飛び降りたスラットンの顔は、赤く腫れたり引っ掻き傷が無数にあった。

 見れば、腕や首筋にも爪痕つめあとのようなものが……


「ようやく帰ってきたんだな」

「遅すぎてクリーシオにお仕置きされたんだね」

「それに、彼は東の方で村をひとつ壊したからね」

「おい、ちょっと待てっ。あの村が壊滅したのは、貴様のせいだろうがっ」

「はははっ。僕があの時助けていなかったら、君たちは負けていたように思うんだけど?」

「くっ……」


 帰ってくる途中で、なにかあったのかな?

 なにはともあれ、ルイララとスラットンが仲良くしていてなによりです。そして、クリーシオも良かったね。


『こいつはどこまで馬鹿なんだ。どうにかしろ』


 ルイララとやんやと揉めているスラットンを呆れたように見つめて、ドゥラネルがぼやいた。


「……苦労しているみたいだね。でも、頑張ってね。スラットンも悪い奴じゃないんだよ。きっと意思疎通が上手くいくようになったら、君たちは最高の相棒になれるから」

『何十年後になるのやらと……』


 ドゥラネルは随分と苦労しているみたい。

 スラットンも努力はしていると思うけど、差があるのは仕方がないのかな。

 ドゥラネルは人の言葉を理解することができる。だから、スラットンの考えなどは理解できるているんじゃないのかな。

 彼は単純だしね。

 だけど、スラットンには竜心が無いので、ドゥラネルの心をなかなか掴めていないんだと思う。

 例えは悪いけど、犬や猫を飼っている人みたい。

 犬や猫も、人の意志を上手く読み取って行動していたりする。だけど、人は犬猫の言葉を理解できないので、間違えた接し方をしている人がいたりする。スラットンは今、そんな状況なのかもね。

 だけど、スラットンの心の根底にも、相手を想いやろうとする気持ちは存在しているんだ。

 だから、ドゥラネルもいがみ合うことをやめて、歩み寄ろうと努力してくれていた。


「頑張ってね!」


 僕の応援に、ドゥラネルはため息まじりに頷いた。


「それで、なんでお前たちが飛竜の狩場を北上してきたんだ?」

「ああ、それか。それは、お前たちの婚前旅行の様子を探りにだな」

「プリシアちゃんたちはちゃんと帰ってきてた?」

「あのちびっ子どもか? ああ。あの子らからもう直ぐ帰ってくると聞いて、様子を見に来たのさ」

「なるほど」


 ミストラルやセリースちゃんが来なかったのは、あくまでも帰ってくるまでが試練だと捉えているからなのかな。


「でもまさか、おまけ付きとはな」


 スラットンは、獣人族を興味深そうに見る。


「その辺はプリシアちゃんたちから聞いていないの?」

「エルネア君、小さな子供が要領良く話すと思うかい?」

「それもそうだね。だけど、リリィも居たはずだけど?」

「彼女は陛下と遊んでいたからね」

「……巨人の魔王が来てるんだね」


 ちょっと、僕は用事を思い出したので……

 逃げようとしたら、リステアに首根っこを掴まれた。


「逃がさないぞ。お前が対処しろよ」

「無理無理っ。竜族の対応はできるけど、魔王の対応なんて無理っ!」


 僕って、周りからどういう評価で扱われているんだろう。

 僕なら竜族全てを従えさせられるとか、魔王の相手ができるとか。

 普通に考えて、そんなのは無理だからね?


「ふうん。獣人族とは珍しいね。そこの獅子種の人は、なかなかの闘気だ。どうかな、僕と手合わせでも」

「いやいや、手合わせ禁止だからね! それに、フォルガンヌは剣術じゃないよ」

「それは残念……」


 順調な帰路が、終わり間近で騒がしくなっちゃった。

 再会を喜んだあと、スラットン側と獣人族側の挨拶を済ませて、また旅路に戻る。

 スラットンたちはこのまま王都まで同行するらしい。






 そして、翌日。昼過ぎ。

 風に揺れる草原の先に、大勢の人影が見えてきた。

 それは、ルドリアードさん麾下きかの王国軍に守られた、聖職者の人たちだった。


「お帰りなさい」

「ただいま帰りました」


 中心で待っていたのは、アームアード王国大神殿の巫女頭ヤシュラ様と、ヨルテニトス王国大神殿の巫女頭マドリーヌ様だった。


 なぜマドリーヌ様が? と首を傾げつつも、僕たち一行は深くお辞儀をする。

 ルドリアードさんや獣人族の人たちは、一歩引いて僕たちを見ていた。

 お互いに色々と話したいことや聞きたいことがあるだろうけど、まずは試練から戻った僕たちを優先してくれたらしい。


「戻ってこられたということは、試練の答えを見つけてきたのですね」


 ヤシュラ様が僕とリステアを見て、傍のキーリ、イネア、ルイセイネとひとりずつ、しっかりと目を合わせていく。


「はい。僕たちは満月の花を見つけました」

「では、見せていただきましょう」


 ヤシュラ様の言葉に従い、僕たちは手荷物のなかからそれぞれ、一輪の花を取り出した。

 僕は黄色い花。リステアは白い花。ルイセイネたちも、別々の花を取り出す。


「馬鹿な……! あれは、普通の菜の花じゃないのか!?」


 僕のてのひらに乗った黄色い花を見て困惑する神官長様。他にも、別々の花をみた兵士や上級巫女様が、困惑した表情で僕たちを見つめていた。


「これが、女神様のでた満月の花です」


 だけど僕たちは、自信を持ってそう言い切った。

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