魔王にはお待ちいただいております
僕とルイセイネとマドリーヌ様は、広いお庭の中心で正座をさせられていた。
いつものことと言えばいつものことなんだけど。久しぶりの正座で、なんだか足がもぞもぞしちゃう。
苔の広場とは違って芝生の生えた地面は固いんだけど、それはそれで新鮮な感覚で、特に苦痛とは感じない。
正座をする僕たちの周りには、みんなが集結していた。
正面にはミストラル。腕を組んで怒っています。隣ではプリシアちゃんがそれを真似していて、頭の上にはいつものようにニーミアを乗せている。
ライラとユフィーリアとニーナも側にいます。母さんが呆れたように肩をすぼめ、カレンさんたち召使さんたちも苦笑していた。
なぜかな。この場にはセリースちゃんを含めた勇者様ご一行が集結しています。それだけではなく、ルドリアードさんやセフィーナさんまでいますよ。
フォルガンヌや獣人族の人たちも、さも仲間かのように僕たちを囲む輪に加わっています。
皆さん、フォルガンヌたちは獣人族ですよ!
僕たちに注目せずに、珍しいお客さんに注目してはいかがでしょうか?
ちなみに、魔族様ご一行は離れた場所で寛いでもらっていた。
ルイララの相手とか、リリィのお世話とか、某要人への挨拶は後回し。その辺はミストラルが上手く対応しているみたいで、母さんやお屋敷で働く人たちは、ルイララと某怖い人の正体を知らないらしい。
知ったら、きっとひっくり返っちゃうね……
「エルネア君が反省していないわ」
「エルネア君が
「あなた達は、まったく……」
そもそも、僕たちはなぜみんなに囲まれて正座をさせられているのか。
帰りが遅くなったから?
それなら、リステア、キーリ、イネアも正座の刑だよね。なのに彼らは、他人事のように輪のなかに加わって笑っています。
では、この刑罰の原因は。
ええ、わかっています。隣で不貞腐れて
「まったく、と言いたいのはこちらです。なぜヨルテニトス王国を代表する大神殿の巫女頭の
「マドリーヌ、場をわきまえないからだわ」
「マドリーヌ、抜け駆けをしようとするからだわ」
抜け駆け、という言葉に、一瞬ライラがびくりと震えた。
君はなにを画策していたのでしょうか?
「巫女頭を正座させるなんて、不信心極まりないわっ」
「残念ながら、わたしは神殿宗教の信徒ではないので、その発言に重みはないわね」
「ぐぬぬ」
キーリ、イネア、ルイセイネには十分すぎるほどの重たい発言だけど、竜人族のミストラルにはまったく効果がないよね。
マドリーヌ様を正座させられる人なんてごく僅かしか居ないだろうから、ミストラルという
「竜人族か……」
「あれがエルネアの正妻か。竜人族というだけあって、恐ろしい気配だ」
「竜の王エルネアも、あの者には敵わないらしいな」
フォルガンヌたちがひそひそと話していたら、ミストラルを除く僕の家族にぎろりと睨まれた。
「ミストに正妻の座を譲った覚えはないわ」
「ミストが正妻だなんて、聞き捨てならないわ」
「皆さん、訂正をお願いします。ミストさんは最初にエルネア君と仲良くなっただけで、正妻ではありません」
「エルネア様の妻は、私だけですわ!」
「「「「ライラ!?」」」」
「ひいっ」
懐かしい掛け合い。
なにをしていても、毎回話が逸れちゃう。久々に感じる楽しいやり取りに、自然と頬が
「エルネア?」
「うっ」
「ちゃんと反省しているのかしら?」
「し、しているよ……」
「楽しんでるにゃん」
「うわっ。ニーミア、なんてことを言うんだっ」
「んんっと、プリシアも楽しいよ?」
プリシアちゃん、僕たちは遊んでいるわけじゃないんだよ。なぜ君たちはにこにこ顔なんだろうね。
正座をさせられているというのに陽気な僕たちを見て、ミストラルは深くため息を吐く。
それで、僕も少しだけ反省をする。ずっと待っていてくれたのに、ルイセイネだけじゃなくてマドリーヌ様を腕にぶら下げて帰ってきたら、そりゃあ怒るよね。
「ごめんね、ミストラル」
でもね、仕方がないんだ。
長く大変だった旅を終えて帰ってきたわけなんだけど。こうしてみんなの変わらない姿ややり取りを見て、ようやく落ち着ける場所に帰ってこられたと実感できているんだもの。
怒られていることさえも、今の僕には楽しい日常に感じてしまっている。
「もう、良いわ。だけど、マドリーヌは反省を続けてね」
「ああっ。ミストはひどいわっ」
「主犯は貴女です。もう少し反省なさい」
「きいいぃっ」
しかめっ面になるマドリーヌ様だったけど、さすがの巫女頭様でも竜姫には敵わないみたい。素直に正座を続けていた。
母さんは、隣国の巫女頭様が庭で正座をさせられていることに困惑していたけど、カレンさんに放っておくように言われていた。
どうやら、カレンさんもマドリーヌ様のことは知っているらしい。
「それで、この
ここは僕の実家で、家主は母さんのはずなんだけど。気のせいかな、ミストラルが仕切っています。
まあ、慣れない生活を送っている母さんよりも、こういうことにも動じないミストラルが仕切る方が無難なのかな。母さんもミストラルを信頼しきっているのか、集った面々の対処を任せて豪華な邸宅へと引き返していった。
……逃げたね。
巫女頭様が正座をさせられ、王子様や王女様や勇者様、それだけではなく、獣人族や巨大な竜が居る空間から目を逸らしたんだね。
息子の僕には、母さんの気苦労が痛いほどわかるよ。
「ええっとね。それじゃあ、北の地での冒険から話すね」
「冒険? 試練に行ったのでしょう?」
「うっ。それは突っ込んだらいけないことなんだよ」
「エルネア君、北の地ではなにを壊したんですか?」
「あっ。セリースちゃん、それはひどい言いがかりだよっ」
「北の地には廃墟になった都があってだな……」
「リステア、その言い方だと、まるで僕が廃墟にしたような感じじゃないかっ」
「ヨルテニトスの時よりも大規模なお花畑になっていましたね」
「あのね。いっぱいお花が咲いていたんだよ」
「ルイセイネ、プリシアちゃん。余計なことを言っちゃ駄目だよ……」
ええい、君たちは僕で遊んでいるのかっ。
しくしく、と泣き真似をしていたら、ライラが優しく
「エルネア様、私だけはどのようなことがあってもお味方ですわ」
久しぶりに感じるライラの張りのあるお胸様。
ああ、僕は帰ってきたんだ。
「ちょっと、ライラさんっ」
「ライラ、お仕置きだわ」
「ライラ、ずるいわっ」
「ああ、私も混ぜてっ」
「マドリーヌ、貴女は正座よ」
「ミストの馬鹿っ」
なんて賑やかなやり取りをしていると、一旦屋敷へと戻った母さんやカレンさんが、お茶の準備をして戻ってきた。
「天気も良いし。ゆっくりとお茶をしながらどうでしょうか?」
母さんたちの気遣いにお礼を言い、恐ろしく広い庭にゆったりと腰を下ろして、ようやく北の地での話をすることになった。
北の地の現状。獣人族の人たちとの出会いや、起きた事件。そしてこれからのこと。
ルドリアードさんが居てくれて助かったよ。
獣人族とのやり取りは、僕やリステアの手を離れて国が進めることになるだろうからね。
ただ、獣人族の宗主メイの後見人が僕とリステアだということは、念を入れて言っておいた。
つまり、王国側への無言の圧力と、獣人族への威圧だね。
正直に言うと、こんなことはしなくても良いと思うんだけど。念には念を入れて、ということらしい。この辺はリステアの方が詳しいので、帰路の途中で話し合って決めていた。
「なるほど。獣人族との交流か。確かに、北の地でも安全に活動できるようになれば、人族はより繁栄できるだろう」
「我ら獣人族としても、人族との交易で得られるものが大きいと判断した。いがみ合うよりも、仲良くしていた方がお互いのためだろう」
「竜峰としては。北の地は竜の墓所の東側になるから、安定的な交易は厳しいかしら?」
「でも、北部に住む竜人族にとっては、いちいち南下して王都への隊商に参加するよりかは近いんじゃない? それに、竜族としても竜の墓所を迂回して北に行けるようになるということは魅力だと思うよ」
「北には海が広がっているからね」
「そう、ルイララの言う通り。ルイララもたまには良いことを言うね!」
「エルネア君は、僕に対して風当たりが冷たいよね」
「気のせいだよ!」
ルイララは某恐ろしい人に言われて、お茶とお菓子をこちらに
あのね。放置とか避けているわけじゃないんですよ。ただ、物事には順序がありまして。
お願いですから、遠くから魂を射抜くような視線を飛ばしてこないでください。本当に死んでしまいます。
ルイララと僕のやり取りで、みんなが笑っていた。
なんだか不思議だね、とたまに思う。
人族と魔族の掛け合いで笑いが生まれるなんて、普通の人は想像できないよね。
ああ、母さんたちはルイララたちのことを人族と思っているのか。でも、ルドリアードさんや獣人族の人にも笑顔が浮かんでいた。
種族の
「ルイララの言う通り、北の地の更に北には海が広がっているらしいんだよ。竜族が容易に海に出られるようになったら、海産物が取れるんだよ!」
内陸のアームアード王国やヨルテニトス王国、それだけじゃなく竜峰に住む竜人族や竜族にとって、魚といえば川魚や淡水魚しかなかった。でも、海に出ることができれば、海の魚も手に入れられるんだよ。
シューラネル大河を下り、遥か北の海まで漁へと出る船はある。でも、命がけで漁獲してきたものは、だいたいお金持ちか王侯貴族にしか手が出せないんだ。
その海鮮が手に入るなんて、素晴らしいことだよ。と力説したら。
「ちょっと待て。お前の夢には無理がある」
「えっ!?」
「お前が言いたいのは、竜族は海の幸を手に入れられるし、人にもその恩恵があるということだろう。だが、考えてみろ。飛竜に乗って自由に行動できるのは、お前の家族くらいだぞ。俺たちは竜族から不自由なく海の幸なんて分けてもらえないと思うんだが」
「……そうだね。どうしよう?」
「エルネア君。そんな目でわたくしを見ないでください」
「貴方らしく、ちょっと考えが飛びすぎていたわね。でも、悪くない発想じゃないかしら。人が海の幸を手にしたいのであれば、海へと足を運べる竜族とより一層親密になれるように努力すれば良いのよ。貴方という前例があるのだもの。努力をすれば、いま以上に平地と竜峰は強く結ばれるのじゃないかしら?」
「うん、ミストラルの言う通り!」
「なるほどな。上手い考えだ。獣人族との交流が進めば、自然と竜峰との関係も進めなきゃいけなくなるわけか」
正直に言うと、そこまで深く考えていたわけじゃないんだけど。新たな交易から派生した営みが、獣人族や人族や竜峰に恩恵をもたらすなんて素敵だよね。
「それで、我らも部族単位で人族や竜峰と交流するのではなく、将来的には国として接したいと考えている」
「フォルガンヌたちは、人族と友好を交えるための先遣隊であり、将来に国を興すときのための知識を身につける留学生なんだ」
「なあるほど。それで大勢引き連れて帰ってきたわけだな?」
うんうん、とルドリアードさんは頷いていた。
王子様の頷きに、フォルガンヌたちや母さんは「頼りになるお方だ」と感心していたに違いない。
でも、僕たちは知っています。この人は怠け者なんです。
頷く裏では、誰に丸投げするか算段しているに違いない。
まあ、王子様を通して話が通れば、きっと順調に進むんじゃないかな。
「だが、交流に飛竜の狩場は使えないんだろう?」
リステアが僕を見た。
うん、と僕は
「そうなると、東部に北の地との交流のための道を造る、か……」
珍しく、ルドリアードさんは顎に手を当てて考え込む。
そして、何かを思いついたように、ぽんっと手を打つ。
「いやあ、どこぞの誰かがホレイスタ湖の湖畔にある村を壊滅させたということで、あっちに復興部隊を送っているところだったんだ。ちょうど良い。あの辺に道を造ろう」
「えっ!?」
みんなで目を点にして、ルドリアードさんを見た。
「本来は、王都の復興だけで手一杯なんだよ。だが、田舎とはいえ国内の村落の
「ホレイスタ湖というのは、緑の湖面が美しい湖かしら? あの辺りなら私たちの縄張りにも近い。獣人族側からも道を造る作業を開始すれば、早く完成するんじゃないかしら?」
「おお、それは有り難いな」
「あの辺りに北の地へと続く道ができれば、課題だった山岳部の開発も進みそうじゃない?」
「セフィーナ、妙案だ。こいつは良い。早速大臣どもに提案しようかな」
「やっぱり、丸投げなんですね! 陣頭指揮は自分が、とは言わないんですか?」
「はっはっはっ、エルネア君。俺は王国軍の将軍だよ。いま王都から離れるわけにはいかないじゃないか」
「という言い訳で、怠けたいんですね」
「ややや、君の突っ込みは痛いな」
ルドリアードさんは、困ったと後頭部を掻きながら、それでも早速動き出した。
豹種の女性とあと数人の獣人族を引き連れて、帰り支度をしだす。
「獣人族をいっぺんに連れて帰ると、免疫のない奴らがひっくり返りそうだからな。エルネア君、すまんがこちらの都合がつくまで、獣人族の皆さんの処遇を任せられないだろうか?」
「はい。お任せください」
「エルネア様、お世話をするのは私たちなのですが……」
「カレンさん……。今さら獣人族の人が増えても、大丈夫でしょ?」
もともとユフィーリアとニーナの世話だったのだし、今では竜人族や耳長族や竜族のお世話もしてもらっている。これにもうひと種族増えたくらい、きっと大丈夫。
なんて
「少しは苦労する者のことも考えなさい」
「ううう、ごめんなさい」
ちょっと、調子に乗りすぎました。
反省です。
しゅん、と
「エルネア様の可愛いお姿も見れましたし、こうなればどんと来いです!」
ということで、フォルガンヌたちは僕の家で寝泊まりすることが決まった。
「それで、マドリーヌ様はどうしてアームアード王国に来てるんですか?」
「しくしく。エルネア君の馬鹿っ」
「ええっ、なんでですか!?」
マドリーヌ様は正座を続けたまま、独りしょんぼりとしていた。
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