過去を知る者

 僕の宣言を嘲笑あざわらうかのように、巨大な岩石が頭上に落ちてきた。


「んにゃぁぁっ!」


 ニーミアが咆哮をあげる。

 巨大な岩石のほとんどは白い灰になって、荒れ狂う大気に流される。それでも、残った破片と消し飛ばせなかった大きな欠片かけらが迫る。それを、ニーミアが長い尻尾を振るって弾く。


 絶対に止めなきゃいけない。

 世界の崩壊を。そして、アミラさんを!


 だから、僕は言う。


「みんな、聞いてほしいんだ。僕はようやく、見えていなかった大切なものがわかったよ」


 ギルディアの横暴や、帝尊府ていそんふであるというマグルド。それに、曲者くせもののグエン。そんな外部的な要因なんて、本当は関係なかったんだ。

 僕たちはただ、アミラさんを大切に想い、どうすれば救えるのかだけを見つめれば良かっただけなんだ。

 それなのに、周りの環境にばかり目を向けてしまい、肝心のアミラさんの方へ意識が正しく向いていなかった。


 アミラさんが何を想い、何を望んでいるのか。声が出せなくても意思疎通はできたはずだ。

 文章でのやりとり。表情や仕草。迷うことなくアミラさんに最初から目を向けていたら、気づけていたかもしれない。

 だけど、遅すぎだ。

 僕たちは、世界が崩壊する中で絶叫し続けるアミラさんを見て、ようやく自分たちの間違いに気付いた。


「もっと僕たちがアミラさんのことを理解できていれば……」


 アレクスさんや村の人たちは、悪くない。

 自分たちにできる精一杯のことをやり通した。それでもアミラさんを救えなかったからこそ、剣を握る覚悟を決めた。

 全て、アミラさんと世界のために全身全霊を尽くしてきた。

 彼らにとって、限界を迎えたアミラさんを救う手立てはそれしか残されていないんだ。


「でも、諦めないよ。アレクスさんたちとは違う方法で、アミラさんを救ってみせる!」


 僕の言葉に、だけどミストラルが苦しそうな表情で聞き返す。


「だけど、この状況は……。反撃しようにも、全員で防御するだけで手一杯よ? それに、わたしたちの中で封印術式に精通する者はいないわ。それでも、やるのね?」


 崩壊し続ける世界。

 最早もはや、崩れていない大地はアミラさんの周囲だけ。あとは砕けて巨大な岩石となり、天地が繋がった世界を乱れ飛びながら永遠に落下し続けている。

 今でも、僕たちの周りには、流され落ちてきた岩石や土砂が絶えず襲いかかっていた。それを結界で弾く。そして、そのたびに力を消耗していた。


 ただの岩。溶岩の雨。荒れ狂う気候だけなら、それでもしのぎ続けることはできる。だけど、崩壊する世界はアミラさんの神力に満たされていて、飛来する岩石、降り注ぐ溶岩、その他全てが恐ろしい破壊の力を宿していた。


 僕たちは既に、防御結界を張るだけで精一杯になっていた。

 少しでも気を緩めた瞬間に、アミラさんの絶叫が結界を破り、僕たちを呑み込むだろう。


「……それでも、やるんだ!」


 僕は、力強く言う。


「僕たちになら、絶対にできる! だって、ここでアミラさんを見捨てるようなら、もっと困難な問題を抱えた人たちを救えないからね?」


 そう。この程度の問題に妥協なんてしていたら、もっと過酷な現実から目をらしてしまうくせがついちゃうよね。

 僕たちが今、最も難しいと考えている試練。それは、女神様の試練だ。

 セフィーナさんとマドリーヌ様には、女神様の試練を乗り越えてもらわなきゃいけない。そのためには、僕たちも全力で取り組む必要がある。

 だから今、目の前の問題で立ち止まったり逃げ道を選んだりするわけにはいかないんだ!


「でも、どうするの?」

「でも、どうやるの?」


 ユフィーリアとニーナは二人で手を取り合い、必死に竜鱗重壁りゅうりんじゅうへきの結界を張り続けていた。だけど、発動させた直後に砕かれる。それでも、何度も何度も結界竜術を張り直す。

 ユフィーリアの竜気がみるみると減っていき、ニーナの錬成も徐々に精度が鈍ってきていた。


 ライラも、必死に結界を張り続けていた。ぎゅっと瞳を閉じて、全力で結界を張っている。

 セフィーナさんは、こちらに迫る岩石や竜巻をどうにか逸らそうと、瞑想状態でアミラさんの力にあらがっていた。

 ミストラルも竜宝玉を解放し、結界を張っている。

 ユンユンとリンリンは、精霊術で結界を強化してくれている。

 ルイセイネとマドリーヌ様も結界法術に全身全霊をかけ、ニーミアだって僕たちを護るために全力を出し続けてくれていた。


 全員が、既に全力状態だ。

 そこから、どうやって起死回生の一手を打てるのか。

 ユフィーリアとニーナだけでなく、みんなが疑問を浮かべていた。


 だけど、僕は気づいていた。

 そういうことだったのかと。


「出発前に、巨人の魔王が僕たちに何かを言いかけていたよね。それは、アミラさんのことだったんじゃないかな? だって巨人の魔王は、闘神をその目で見たことがあるんだよね?」


 最古の魔王。

 あの、魔族の支配者やその側近の幼女よりも長く生きてきたいにしえの大魔族。だから、かつて闘神が魔族の支配者に戦いを挑んだ時代も知っている。そして、見たはずだ。闘神その人を。

 どんな力を持ち、どれほどの脅威をもたらすのかを、巨人の魔王は伝聞でなくその目で見て知っていた。


「それに加えて、妖魔の王討伐の際にアミラさんを知った。声が封印されていると聞いて、きっとすぐに理解していたんだと思う。アミラさんの力を」


 アレクスさんたちがどんなに嘘を突き通そうと、闘神を知っていた巨人の魔王には通用しない。


「だから、僕たちがアレクスさんを頼ると聞いて、あれを渡してきたんだ」


 大人の姿でプリシアちゃんを補佐していたアレスさんが、僕から預かっていた物を謎の空間から取り出した。

 青く輝く、呪われた宝玉を。


「巨人の魔王は言った。この宝玉を使えば、魔王の魔力が空間を埋め尽くすだろうって。それはきっと、この事態を打破することを想定していたんだと思う」


 宝玉を受け取る。

 恐ろしいほどの呪いが宝玉に込められていた。

 青く輝く中に、絶えず雷光が奔っている。

 この宝玉を使えば、崩壊する世界に満ちたアミラさんの神力に対抗できるはずだ。


「でも、それじゃあアミラが!?」

「だから、僕たちは失敗するわけにはいかないよ。巨人の魔王の呪いが空間を支配してアミラさんを呑み込むか、それとも、アミラさんの力が巨人の魔王の呪いを押し返すかは、正直に言ってわからない。でも、呪いと破壊がせめぎ合っている瞬間しか、僕たちに機会はないんだ」


 巨人の魔王の言う通りに、呪いが空間全てを支配してしまえば、アミラさんどころか僕たちも雷撃で焼き尽くされるだろうね。

 逆に、アミラさんが呪いを跳ね除けたら、今と同じ状況になって僕たちには手の施しようがなくなる。

 だから、二つの力がせめぎ合っている瞬間しか、機会はない。

 それが長く続くのか、刹那せつななのかさえわからない。

 それでも、僕たちにはその選択肢しかない。


 そして、たった一度の好機を逃さず、僕たちは成功させなければいけない。

 アミラさんの声を封印するという、これまで経験したことのない試練を!


「さあ、みんな。準備はいいかな?」


 僕の言葉に耳を傾けていた全員が、力強く頷いた。


「お前さんたち……」


 村長のお爺ちゃんが、涙を流しながら僕を見ていた。


「村長さん、任せておいて。僕たちが絶対に、アミラさんを助けるから!」


 僕は、全ての不安を吹き飛ばすように笑う。そして、全力で呪われた宝玉を崩壊する世界へ向けて投げた!


「アミラさん!!」


 叫ぶ。

 僕の声は、この崩壊していく世界の中でアミラさんには届かないだろうね。それでも、目一杯の想いを込めて、叫んだ。


『助けるから!!』


 神族が言葉に神力を込めて術を成すというのなら、僕は声に竜気を乗せて宣言するよ。

 だから、アミラさんも最後まで諦めないで!


『嫌あぁぁああっっ!!』


 僕たちを拒絶する絶叫なのか。それとも、膝に抱いたアルフさんの命の灯火が消えようとしていることに絶望しているのか。

 アミラさんが叫び続けていた。

 森羅万象を宿す声は悲観に染まり、世界を拒絶する。

 アミラさんが世界を否定し続ける限り、崩壊は止まらない。


 だけど、そこにもうひとつの絶対的な力が割り込んだ。


 投げ放たれた宝玉が、荒れ狂う世界の中でまばゆく輝く。

 目を覆うほどの青い発光の後。耳に痛いほどの雷轟らいごうが空間を激しく震わせた。


 最古の魔王の呪いが、世界に解き放たれる。

 白い雷撃が、宝玉を中心に奔る。

 縦横無尽に走った雷電は、崩落する岩石を砕き、竜巻を破壊していく。


「んにゃーっ!」


 雷撃は、容赦なくこちらにも襲いかかってきた。

 ニーミアが必死に防ぐ。


「エ、エルネア!?」


 さすがのミストラルも、焦り顔だ。

 だけど僕は、崩壊していく世界の中に落ちていく宝玉と、絶叫し続けるアミラさんを、見ていた。


 僅かな時間だけでもいい。

 アミラさんの力と呪いがぶつかり合った瞬間こそが、最初で最後の好機なんだ。


「大丈夫だよ。だから、今はもう少しだけ耐えてね?」

「にゃんっ。がんばるにゃんっ」


 ニーミアは、全身に傷を負っていた。

 結界を破って襲いかかってくる岩石や溶岩の雨や無数の竜巻から僕たちを護るために、四肢を振るい、尻尾を振り乱し、翼を羽ばたかせ続けてくれている。

 溶岩に焼かれて、綺麗な毛並みが焦げていた。

 毛先が白桃色の長い体毛が、血に滲んでいた。

 それでも、ニーミアは僕たちを背中に乗せて護り続けてくれている。

 みんなだって、必死だ。

 結界を張り続けながら、僕を信じて好機が訪れる瞬間を待ち続ける。


 呪いは、益々とけがれを解き放つ。

 雷雲を生み、雷光をほとばしらせる。


 どこが空でどこが地上だったかわからない、崩壊していく世界。その中で、穢れた雲を無限に吐き出す宝玉が、森羅万象を支配するアミラさんの世界を侵食していく。


『ああぁぁ……。邪魔をするものは、何であれ許さないわ!』


 アミラさんが絶叫した。

 紫色に禍々まがまがしく輝く瞳で、落下していく呪われた宝玉を睨む。


『そんな物じゃ、アルフお兄ちゃんは助けられないのよ!!』


 叫ぶアミラさん。それだけで、雷雲が霧散していく。

 だけど、呪いはとまらない。空間全てを呑み込もうと、宝玉から無限に力が解き放たれていく。


『嫌っ! 嫌あぁぁぁぁぁぁっっっ!!』


 アミラさんが叫び続けていた。

 世界の全てを否定しながら、アルフさんを救おうと。

 だけど、たとえ森羅万象を支配しようとも、アルフさんは救えない。

 だって、アミラさんの今の声には、絶望しか宿っていないから。


 癒しの奇跡は、世界を慈しむ者にしか与えられない。

 だから、どれだけの力を宿そうとも、アミラさんにはアルフさんを救えない。

 逆に、世界は崩壊していく。

 アミラさんが、アルフさんを傷つけた世界を否定し続ける限り、崩壊は止まらない。

 そこへ、呪いが降りかかった。


 絶望するアミラさんを呪いに取り込もうと、宝玉の眩い光が迫る。

 アミラさんは本能で、魔王の呪いがもたらす危険を察した。

 絶叫し、呪いを否定する。


 森羅万象の声と、禍々しい呪いが、ぶつかり合った。


「今だ!」


 待ち望んだ好機。

 全てをくつがえすための一瞬。

 僕たちは、そろって動き出した。

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