良い子は真似しちゃいけません
「大変だわ!」
「危険だわ!」
双子王女がルイセイネの結界を抜け出し、窓辺に分厚くかけられた布を引き剥がす。するとそこから日差しとともに、外の風景が見えた。
「ひとつ、ふたつ…」
「あれが多頭竜なのね。でも不思議。首は六つ有るのに、頭が五つしかないわ」
双子王女様の言葉の意味がよくわからなかったけど、少なくともゴルドバの召喚魔法で外も大変なことになっていることはわかる。
多頭竜の多重咆哮の後に、他の竜たちの咆哮が響く。地竜たちが口々に警戒の声をあげ、続けて爆発音や振動が王城に伝わり出した。
外では、多頭竜対竜騎士団の竜たちの戦いが始まった!
そして、時を同じくして王城の下層から悲鳴があがり始める。
王城内に召喚された死霊の軍が手当たり次第に人々を襲い始めたんだ!
どうにかしないと!! と焦る気持ちは僕だけじゃなく、キャスター様もマドリーヌ様の結界を飛び出す。
だけど、寝室には裏切った近衛騎士やゴルドバが召喚した死霊たちが暴れていて、すぐに立ち往生してしまう。襲い来る敵に対処するだけで手一杯だ。
僕も、バリアテル様の激しい攻撃に防戦を強いられていた。
「どうした、小僧! 女を亡霊と
「このっ!」
バリアテル様の剣戟をはじき返し、迫る悪霊を斬り裂く。竜気の乗った白剣は、実体のない悪霊を両断し消し去った。
そうだよ。こんな奴に
そして、魔族と契約を結んで王族を裏切り、ヨルテニトスの国民を裏切り、人族を裏切った悪者なんだ!
王族に手をあげても良いものなのか。なんて身分の格差からくる躊躇いが最初に過ぎったせいで、意志が鈍ってしまった。
だけど、バリアテル様。ううん、バリアテル相手に躊躇いなんて必要なかった。僕は家族を守る。ライラを守る。そのためなら、たとえ王族だろうと魔族だろうと、敵は
僕の覚悟と意志に反応したのか、アレスちゃんがルイセイネの結界に戻り微笑む。
そして、プリシアちゃんの手を取って、言う。
「おてつだいおてつだい」
「んんっと?」
アレスちゃんに手を握られたプリシアちゃんが小首を傾げる。プリシアちゃんはライラに抱きかかえられて、お胸様に顔を埋めて周りを見ないようにしていたけど、アレスちゃんに手を引かれて床に降りた。
「エルネアのおてつだい。プリシアもがんばって」
「わかった! プリシアは頑張るよ!」
プリシアちゃんとアレスちゃんの間には、多くの言葉はいらなかった。プリシアちゃんはアレスちゃんの意図を汲んだかのように、すぐに風の精霊と土の精霊を召喚する。
そして、その小さな体に二人の上位精霊を取り込んだ。
黄金色の輝きに包まれるプリシアちゃん。
そして、そのプリシアちゃんと両手を繋ぐアレスちゃん。
プリシアちゃんの思わぬ行動に驚愕の表情を見せるのは、傍のライラとルイセイネ。二人が目を見開いて見つめる結界内で、幼女二人は両手を繋いだまま、楽しそうにくるくると回り出した。
僕も、死霊を斬り裂きバリアテルに反撃をしながら、プリシアちゃんとアレスちゃんを見る。だけど、ルイセイネとライラとは違い、僕はくるくると回る幼女二人から嫌な予感しかせずに、顔を引きつらせた。
「アレスと」
「プリシアの」
ああ、見たことのありそうな風景です……
「「
ああああぁぁっっ!
僕の心の叫びと同時に、激しい振動が王城を飲み込む。立っていられないような振動に、骸骨兵や近衛騎士が膝をついた。そして振動は外へも瞬く間に広がり、外から竜たちの驚きや悲鳴の叫びが響く。
「お、お二人とも。何をしたんですか!?」
ルイセイネがプリシアちゃんとアレスちゃんを引き寄せようとするけど、二人は回り続ける。
「んんっと、お城を全部迷宮にしたよっ」
回りながら自慢げに言うプリシアちゃんとは対照的に、今度は全員が顔を引きつらせた。
「じかんかせぎ」
アレスちゃんの言葉足らずな補足だったけど、それでなんとか理解する。みんなもアレスちゃんの言葉で理解できたのか、一瞬引きつった顔を引き締めた。
そして激しい揺れが続くなか、真っ先に寝室を飛び出したのは双子王女様だった。
「私たちが城内の死霊を倒すわ。任せてね」
「死霊はどうも竜気が苦手みたい。殲滅するわ。任せてね」
「プリシア。ふたりのせんどうをかぜのせいれいに」
「アレスちゃん、わかったよっ」
「よっしゃあっ! 兄上たち、ここは任せたぞ。俺も城のなかの死霊の殲滅に向かう!」
双子王女様は、目に見えない風に導かれて寝室を後にする。キャスター様は激しい揺れでたたらを踏んだり倒れる骸骨兵を蹴飛ばし、空間を飛び交う悪霊を「なぜか」殴り飛ばして、双子王女様の後を追って寝室を出た。
プリシアちゃんはアレスちゃんの力を借りて、大規模な精霊術でお城を迷宮へと造り変えた。
死霊の軍が迷宮と化した王城内を彷徨っているうちに、風の精霊で空間を把握した三人がひとりでも多くの人たちを救えることを願う。
僕も向かいたいところだけど、先ずは目の前の相手をどうにかしなきゃね。
バリアテルは未だに激しく揺れる床を蹴り、僕に迫る。
僕は、双子王女様が担っていた瘴気対策を代わりに受け持ちながら、バリアテルと剣を交差させた。そうしながら竜気を放ち、バリアテルとその手に持つ魔剣から溢れ出る瘴気を相殺する。
死霊使いゴルドバは「生のある竜気」と言っていた。死霊たちは、死と相反する生の宿った竜気に弱いらしく、竜気を張り巡らせると動きが鈍る。
これならと思い、竜気を寝室だけではなく、迷宮化した王城全体に飛ばしながら舞う。
一刀竜剣舞。
どうやら、霊樹の木刀は大規模な精霊術を使う幼女二人には必要らしい。アレスちゃんは僕に手渡さなかった霊樹の木刀を背負い、プリシアちゃんと回り続けている。だから僕は、白剣一本で舞う。
迫る死霊を斬り裂き、バリアテルに攻撃を仕掛ける。受け止められるけど、身体を流れるように動かし、相手の力を流しながら追撃する。
魔剣の一撃を白剣の刃の上で滑らせて、威力を削ぐ。そのまま僕は円の動きで身体を回転させて、今度は横薙ぎに白剣を振るう。防がれるけど、回転の勢いをそのままにバリアテルの顔面を狙って回し蹴りを繰り出す。バリアテルは仰け反りながら、なんとか避けきった。
そこへ、バリアテルの視線が上へ流れた隙を突き、続けて下段から斜め上段へと白剣を振り上げる。バリアテルは、寸前で白剣の斬撃を魔剣で弾くけど、体勢が崩れてしまう。
僕は、避けられ、受けられても、手を止めることなく更なる剣戟を繰り出す。
絶え間ない滑らかな多段攻撃に、バリアテルは後退していく。
片手だけになっても舞える。二剣じゃないと舞えないような不器用な修行なんてしてきていない。どんな状況になっても舞えるように、これまで血の滲むような努力をしてきた。だから覚悟を決めたいま、僕の舞はもうバリアテルには止められない!
倒しても倒しても湧き続ける死霊と、魔剣を巧みに振るうバリアテルを相手に舞う。
そして、舞に合わせて竜脈から湧き上がる力を錬成し、嵐の
竜気の嵐は瞬く間にとぐろを巻き始め、王城を包み込む。
舞と同時に、僕は叫ぶ。
「ライラは外をお願い! どうも竜たちの騒ぎがおかしい。ルイセイネと二人で、外の多頭竜の対応をお願い!」
「はいですわっ」
「お任せくださいっ」
ルイセイネは、くるくると回り続ける幼女二人に、マドリーヌ様の方の結界内へと移動するように指示を出す。すると二人はぱっと消えて、次の瞬間にはマドリーヌ様の傍でくるくると回っていた。
空間跳躍を目の当たりにしたマドリーヌ様とグレイヴ様をよそに、ライラはルイセイネを抱き寄せる。そして、双子王女様が剥ぎ取った分厚い布の先に見えている大窓から、外へと飛び出した。
「きゃああぁぁぁっっ……」
ルイセイネの悲鳴が聞こえたけど、きっとライラのことだし大丈夫!
ここは王城の最上層で、地上までは結構な高さがあるけどね……
ライラとルイセイネが向かった王城の外では、迷宮創造とは違う揺れや爆音が続いている。だけど、それとは離れた場所。王城の下層から、困惑した竜たちの悲鳴が聞こえてきていた。
外に出れば、ライラたちにも竜の異変は気づけるはずだ。彼女たちに、外はお願いする。
僕は、湧き出る死霊とバリアテルの相手で今は手一杯だ。フィレルもマドリーヌ様の結界を出て戦っているけど、死霊相手に悪戦苦闘している。グレイヴ様は結界内で未だに様子を伺っていた。まぁ、あの人は次期国王なのだから、勇猛に戦うよりも身の安全の方が大事なのかも。
そしてミストラル。彼女は死霊使いゴルドバを相手にしていた。
ゴルドバを倒し、紫に輝く魔法陣を消滅させなければ、死霊は湧き続ける。だから、ゴルドバを倒すことがこの状況を打開する手がかりになる。
だけど、いくらミストラルが漆黒の片手混で殴り粉砕しても、ゴルドバは瞬く間に再生して不気味な笑いを続けていた。
ゴルドバ自身は、強そうには見えない。ゴルドバの最大の武器は、死霊軍を無限に喚び出す召喚魔法。そして、攻撃の効かない不死性だった。
「くくく。無駄だ無駄だ。儂は不死。いくら殴られようが痛くも痒くもない。儂をどうしても滅ぼしたければ、それこそ神聖竜を連れてくるか、大詠唱の上位法術を使うのだな。くくく……」
目の前に状況を打開するための鍵があるというのに、手が届かない。倒しても倒しても再生するゴルドバ。無限に湧き続ける死霊の軍隊。終わらせるための扉が見えているのに開くことができない現状に、焦燥感が湧きはじめる。
一刻も早くゴルドバを倒さないと、大勢の犠牲が出てしまう!
どうすれば……
バリアテルの突きを側面に回り込みながら回避し、逆に回転の乗った斬撃を繰り出す。舞いながら、どうすれば、と思案を巡らせる。
だけど、僕の湧き始めた焦燥感を振り払ったのは、やはりミストラルだった。
「助言をありがとう。おかげで貴方を滅ぼす手段があることを知ったわ」
何十度目かの再生を果たしたゴルドバに、ミストラルはにっこりと微笑んだ。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね」
ミストラルは、再生の完了したゴルドバを再度羽交い締めにする。
「わたしの名はミストラル。竜姫、と言えば、貴方にも理解できるかしら?」
「……ななっ?? あの竜姫か!」
「そう。あの竜姫で間違いないわ。
「はひいっ!?」
僕が知らなくて、魔族の死霊使いゴルドバが知っているミストラルの何か。それを理解した瞬間、頭蓋骨のゴルドバの頭部から下顎が落ちそうなくらいに開かれた。
「ここでは被害が及んでしまう。さあ、わたしたちは外に出ましょうか」
言ってミストラルは、
「ひいいいぃぃっっ……」
ゴルドバの悲鳴が遠ざかっていった。
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