少女たちに宿るもの

「きゃぁぁぁっっ!」


 わたくしが抱き寄せたルイセイネ様が、胸元で悲鳴をあげています。ですが、止まるわけにはいきませんわ!


 私は王城の壁を疾駆します!


 陛下の寝室は、たしか王城の五階でした。飛び降りれば無事では済みませんが、壁を走って駆け下りるのでしたら大丈夫ですわ!


 一瞬で目の前に迫った地表に足を伸ばし、私ライラは王城の庭に降り立ちます。


 ぎゅっと抱きつき、私の胸に顔を埋めていたルイセイネ様に、地上へと到着したことを知らせました。


「んもうっ、ライラさん。手荒なことは禁止です」


 涙目のルイセイネ様にお詫びをしつつ、二人で周辺の状況を確認しました。


「あれが多頭竜なんですね」


 ルイセイネ様の言葉に頷きます。


 一面が芝生の生い茂る美しく広い庭だった筈の場所は、人の背丈の倍ほどの高さに、複雑に隆起していました。更に、敷地内に数多く建ち並ぶ建物、それを繋ぐ回廊が複雑怪奇な姿へと変貌してますが、これはきっとプリシアちゃんの精霊術の影響ですわ。


 それはさておき、その複雑に隆起した庭の先。三階建ての離宮の屋根と同じくらいの高さに、多頭竜とおぼしき六つの長い首と五つの頭が見えます。


 なぜか、ひとつの首の先にだけ頭が付いていませんが、全てが元気よく動いていますわ。

 そして、五つの頭部の五つの口は、それぞれが違う属性の術を放っています!


「黒紫の頭が闇属性。黒茶色が土属性。どす黒の赤が炎。暗い緑が風。ひとつ白い頭だけはまだ竜気を宿していないので、不明ですね」

「あの黒い首だけのものが何か気になりますわ」

「あれは……わたくしにもよくわかりません。なぜ頭がないのでしょうか?」


 ルイセイネ様は、竜眼で多頭竜の頭がそれぞれに持つ属性を見抜きました。

 多頭竜は、全体的に黒っぽい鱗ですが、宿る属性によって僅かに首から先の色が違っているようですわ。


 飛竜は炎属性。地竜は土属性が多いですが、多頭竜は複数の属性を持つものなのでしょうか。それは私にはわからないですが、黒い首と、なぜかひとつだけ白い頭が気になりますわ。

 だけど、今はそのことを深く考えている場合ではないですわ!


 キャスター様と、それに追従して東の前線から戻ってきた地竜たちが、多頭竜と既に戦いだしています。

 地竜は巨大な岩を飛ばしたり、多頭竜の火炎や水の槍を大地を隆起させて防いだりして、激しく交戦中ですわ。


 プリシアちゃんの精霊術とは違う爆音や地響きが絶え間なく響いています。


「では、わたくしたちも多頭竜のもとへ向かいましょう」


 はわわっ。大きく隆起している、行く手を阻む壁をどう乗り越えて、多頭竜のもとへ行くのでしょうか。そして、どうやって戦うのでしょう? 

 困惑する私。ですがその答えは、空から舞い降りましたわ!!


 どの竜よりも勇ましく咆哮をあげ、急降下してくる紅蓮の巨大な飛竜。


「レヴァリア様!」


 雲に近い位置から翼を閉じて急降下してきたレヴァリア様は、私たちの直上で大きく翼を羽ばたかせ、急減速。そして荒々しく地表へと舞い降りました。


 ああ、なんて雄々しくて美しいお姿!

 時間さえあれば、ずっと見続けていたいと思える素晴らしい御身ですわ。


 レヴァリア様は、普段ならエルネア様とプリシアちゃん以外はなかなか背中に乗せてくれませんです。ですが、今は緊急の状況を把握しているようですわ。逆に、早く乗れと急かすように咆哮をあげました。


「さあ、ライラさん。急いでっ」


 素早くレヴァリア様の背中に乗ったルイセイネ様が、手を伸ばします。


 ですが、私には他にやることがありました。


「ルイセイネ様とレヴァリア様は先に空へと行ってくださいですわ。私には寄るところがありますわっ!」


 言ってお二方の返事も待たずに大地を蹴ります。

 ルイセイネ様が背後で「ライラさん!」と私の名前を叫びますが、レヴァリア様は一度短く喉を鳴らした後に、飛び立ってくれました。


 振り返る間際に、遥か上空にちらりとユグラ様の姿も見えた。


 一刻も早く、竜の皆様とともに戦いたいですわ。ですが、今は多頭竜のことも確かに気がかりですが、別のことがもっと気になって仕方がないですわ。


 王城の北東の側面。そこの、周囲よりも更に堅牢に作られた一画から、竜の叫び声が聞こえてきます。


 あそこは、竜厩舎。


 王城にいる地竜と飛竜を繋ぎとめておく場所。きっと、外の騒ぎに怯えているんですわ!


 使役されている竜族。特に、酷い調教を受けた飛竜は、どのような状況になっても命令がなければ動けないのですわ。ですので、多頭竜が飛ばす岩や、腐蝕ふしょくの効果がある闇属性の竜槍術の直撃を受けて、崩れていく王城に併設されている竜厩舎のなかに居ても、逃げたくても逃げれないのですわ。


 多頭竜は、東の一画に竜がいることを感知しているのですわ。ですので、外にたまたま居た地竜たちの猛攻を防ぎながら、そちらへも攻撃を仕掛けています。


 助けに行かなくてはですわ!


 このままでは、竜厩舎に繋ぎとめられている竜様たちが無意味に死んでしまいますわ。


 私は眼前の隆起した壁を次々と蹴破りながら、一直線に竜厩舎へと向かって駆けます。そして、無数の隆起した壁を砕き、いくつかの回廊とひとつの建物を突き抜けて、目指す場所へたどり着きました。


 王城の敷地を囲む城壁の大門と同じ大きさの門が、目の前に立ち塞がっています。

 乱れた息を整えながら、鋼鉄の分厚い門を見上げました。

 竜族が万が一にも逃げ出さないように、竜厩舎の一画と目の前の門扉は、強固に造られているのですわ。


 プリシアちゃんは凄いですわ。平坦な庭や建物を丸ごと迷宮に作り変えるなんて。ここまで一直線に来ましたが、迷宮を彷徨さまよっていたら到底たどり着けませんでしたわ。

 そう思いながら、息が整うのを待って、両手を分厚い鋼鉄製の門扉にかけます。


 そして、エルネア様とスレイグスタ様に教えていただいた竜気をじっくりと練り上げて、気合いとともに門扉を押しました!


「はあっ!」


 強化された身体能力は凄まじく、分厚い門扉は轟音ごうおんを立てて竜厩舎内に吹き飛びました。


 はわわっ! 屋内は大丈夫ですわよね?

 少し不安にかられつつ、恐る恐る竜厩舎内へと足を踏み入れました。


 竜厩舎内に窓はありませんわ。竜同士がすれ違えるほど大きな通路の天井部分の、光の魔晶石が出す淡い光だけが光源ですわ。

 私は、光不足な広い通路を、奥へと進みます。


 ぐるる、と両脇からくぐもった竜の唸り声がしてきます。


 さっきまでは悲鳴のような咆哮をあげていたのに。私が入り口の扉を吹き飛ばした直後に、屋内は静まり返ってしまいました。それが、吹き飛んだ扉の外から入ってきたのが私で、警戒に喉を鳴らしたのですわ……


 緊張に、自然と身体が強張ります。今でも、見知らぬ竜様を前にすると、拒絶されるかも、嫌われているかも、という後ろ向きな感情が湧き上がり、塞ぎ込みたくなりますわ。


 ですが、逃げませんわ!


 私は、エルネア様に助けられた。深く暗い闇を引きずっていた私をみ嫌わずに、逆に優しい光で包んで助けてくれました。

 どれほどに感謝しても、感謝しきれませんわ。そして、大切で大好きなエルネア様の傍に立つためには、私も闇ではなく光をまとわないといけないのですわ。


 いつも前向きで、私に光ある道を示してくれるエルネア様なら、絶対に恐れからは逃げ出しませんわ。ですから、私もしっかりと進み、逃げ出さないですわ!


 私が侵入してきたことで、騒ぎ始める竜様たち。


 竜族は、私の能力を敏感に感じ取るらしいですわ。だからおそれ、拒絶すのですわ。

 今こうして竜様たちが騒いでいるのは、私がまだまだ未熟で、能力を制御しきれていないからに違いないですわ。


 ごめんなさい。きっといつか、完全に能力を制御して、竜族に嫌われないような女になってみせますわ。ですから、今だけは少し我慢してくださいですわ。


 私は騒ぐ竜様たちを横目に、迷わず竜厩舎の奥へと進んでいきます。


 途中、何度か竜厩舎に重量物がぶつかり、激しく揺れました。その度にたたらを踏みますが、足を止めることはありません。


 そして、竜厩舎の再奥へと到達します。


 最奥は、天井の明かりもなく暗いです。その暗闇の奥に、二つの青く輝く瞳が浮かんでいます。


 いいえ、違いますわ。


 私は知っていますわ。竜厩舎のぬし。キャスター様の地竜よりも、もっと巨大な闇色の地竜がここに住んでいることを、私は知っているのですわ。


 はるか頭上から私を見下ろす鋭い瞳。ですが、闇に目を凝らしますと、確かにそこに、漆黒の巨大な地竜の姿がありました。


「助けに来ましたわ」


 私は、青色の瞳を見つめ返して言いますわ。


「このままここに居ては、多頭竜の攻撃と瓦礫がれきの下敷きになって死んでしまいますわ」


 飛竜ほか、この竜厩舎に繋がれている竜族は自分の意思で逃げ出すことすら叶わないのですわ。


 竜騎士か調教師、もしくは竜厩舎の世話係の指示がないと、ここが例え火の海になったとしても、竜様たちは逃げることができずに死んでしまうのですわ。


 この国の人たちが行ってきた調教と使役とは、それ程までに竜族を呪い縛っているのですわ……


 エルネア様とフィレル王子殿下は、その現状を変えようとしています。私はがくもなく無能ですので、お手伝いは殆どできないですわ。ですが、だからと言って、傍観者にはなりたくないですわ!

 できることは少ないですけど、だからこそ、できるお手伝いは全力で挑むのですわ!


 エルネア様は今、陛下の寝室で奮闘しています。そして、私にも動くように言ってくださいましたわ。


 私が今できること。


 それは、竜厩舎の竜族を、この場から逃がすことですわ。

 あろうことか、竜厩舎には私以外の人が誰もいないのです。調教師や世話係は竜様を放置して、自分だけ逃げたのではないでしょうか。信じられないですわ!

 竜騎士は……もしかすると、迷宮化した王城内で迷子になっているのかもしれませんわ。


 それはともかくとして。闇に溶け込む巨大な地竜に注意を向けます。


 闇属性の、珍しい地竜。陛下がご健在だった折に騎乗していた竜様を、きりりと見据えます。


 闇地竜は私の能力を感じ取り、低くとも激しい咆哮をあげました。


 ああ、エルネア様やフィレル王子殿下のように私にも竜心があれば、言葉を使って意思疎通ができますのに。


 ですが、無いものは無いですわ。ここは強引な手を使ってでも、竜族を助け出しますわ!


 なんとなくですが、闇地竜の咆哮に脅威の色を感じなかったことだけを頼りに、私は瞳に竜気を宿し、言い放ちました。


「さあ、縛りを抜け、竜厩舎を出ますわ!」


 私の支配の能力が発動したことを、瞳の熱で感知します。


 闇地竜はもう一度重低音の咆哮をあげて、巨体を前へと進めます。

 ずうん、と足音が響きました。それと同時に、太く重い鎖が引きずられる音がしました。


「鎖なんて、引き千切ってしまいなさいですわっ」


 私の言葉に闇地竜は力強く前進し、鎖を千切って通路へと姿を現わす。


 レヴァリア様とはまた違った雄々しい姿に、一瞬見惚れてしまいます。ですが、悠長に構えている場合ではないですわ。


 竜厩舎の奥へと向かい、巨大な闇地竜を開放している間にも、絶えず振動は続いていました。激しい衝撃が竜厩舎の壁を震わせて、足もとが揺れます。

 場所によっては、天井や壁が崩れ始めて、竜様たちがより一層悲痛な雄叫びをあげだしていました。


 急ぐ必要がありますわ。


 そう思った矢先。私の立つ場所の天井が、外からの衝撃で崩落しました。

 はっと上を仰ぎ、落ちてくる天井が迫ってくるのを見たのは一瞬でした。咄嗟とっさに瞳を閉じて、恐怖に悲鳴をあげて身をすくめます。


 ですが、瓦礫は降ってきませんでした。


 目を開き、恐る恐る頭上を見上げます。


 ぐるるる、と闇地竜の低い喉鳴りがすぐ頭上で聞こえました。見れば、瓦解がかいした天井の破片を、闇地竜が身体を張って受け止めて、私を守ってくださっていました。


「ありがとうですわ」


 私がお礼を言うと、闇地竜は満足そうに喉を鳴らします。


 ふうっ、と一度大きく息をき、恐怖に縮んでいた心を落ち着かせます。ですが、そんな余裕がないことを直後に知ります。


 またしても激しい衝撃が竜厩舎を襲い、今度は私が入って来た入り口付近の天井や壁が崩落しました。


 巻き上がる土煙と爆風に目を細めつつ、竜厩舎内を見渡します。

 幸い、今の崩落で犠牲になった竜様はいないようですわ。ですが、入り口が壊されて、脱出場所を失ってしまいました。


 はわわっ。こういう状況で、どうすれば良いのでしょうか。思考を止めては駄目ですわ。エルネア様はどんな時でも必ず考えを止めずに、前に進もうとします。私も諦めませんわ!


「グスフェルス様、闇の竜術で空に通じる天井部分を破壊するのですわっ!」


 私は、闇地竜の名前を叫び、指示を出します。闇地竜グスフェルス様は、雄々しい咆哮で私の言葉に応えてくださいました。

 グスフェルス様の二本の角の先に、黒い魔法陣が浮き上がります。そして魔法陣が輝くと、そこから漆黒の光線が放たれて、東側の屋根の一画を消滅させました。


「さあ、竜の皆様。全員脱出ですわっ!」


 グスフェルスの竜術を見届けると、竜厩舎内の竜たちを見渡し、私は叫びました。


 猛々しい咆哮が重なり、竜様たちが動きだします。

 飛竜は拘束する鎖を噛み砕き、グスフェルスが開けた天井の空間から大空へと飛び立ちます。地竜たちは鎖を引き千切り、東側の壁を突き破って外へと脱出を始めました。


 やはり、竜族は何者にも縛られない崇高すうこうな姿が似合いますわ。


 一時的かもしれませんが、私の能力で縛りから解放された竜様たちの嬉々とした姿に見惚れます。ですが、竜様たちが脱出しだした竜厩舎のある一箇所から、弱々しい竜様の声が聞こえてきました。


 まさか、先ほどの崩落で負傷した竜様が居たのでしょうか。焦って、弱々しい声の竜様の方へと駆け寄ります。するとそこには、拘束する鎖を引き千切れない老竜様が居ました。


 なんで「老竜」と一瞬で判断できたのか、不思議です。という疑問はさて置きますわ。


「いま助けますわ」


 言って私は、老竜様の背中に飛び乗りました。


 拒絶されて暴れられるかも、と一瞬頭を過ぎりましたが、老竜様は私が背中に乗っても抵抗は見せませんでした。

 私は、ほっと胸を撫で下ろした後に、老竜様の首に巻かれ壁に繋がった極太の鎖を握ります。そして気合いとともに、引き千切りました。


「さあ、貴方様も脱出ですわっ」


 私の声に老竜様は咆哮をあげて、背中に私を乗せたまま、天井の穴を抜けて大空へと舞い上がります。


 気のせいでしょうか。グスフェルスは私と老竜様の脱出を見届けた後に、竜様たちの一番最後に脱出したように見えました。

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