竜族大決戦

「どうか皆様の力をお貸しくださいですわ。魔族に召喚された多頭竜を、全員で攻撃ですわ!」


 わたくしの号令を受けて、竜厩舎りゅうきゅうしゃを脱出した十体の飛竜様たちと八体の地竜様たちが、一斉に咆哮をあげます。


 竜厩舎の外では、激しい戦闘が繰り広げられていました。


 上空のユグラ様が、口からまばゆい光線を放ちます。放たれた瞬間には既に多頭竜に命中していて、一瞬で黒紫の首を一本消滅させました。

 続いて、負けじとレヴァリア様が紅蓮の火炎を放ちます。炎は多頭竜の全身を燃やし、残った四つの頭は悲鳴をあげてのたうちまわります。

 ユグラ様とレヴァリア様の圧倒的な攻撃力の前に、他の竜たちの攻撃が霞んで見えてしまいますわ。


 圧勝。今の攻撃だけを見たら、なぜこれまで竜厩舎にも攻撃が飛んでくるくらいに戦闘が長引いていたのか、疑問に思ってしまいますわ。ですが、その疑問はすぐに晴れました。こちらにとっては、悪い結果として、ですわ。


 黒紫の首を消滅させられて、全身を焼かれた多頭竜。特に、レヴァリア様の炎の勢いは凄まじく、人族の造る武器など全く歯が立たないだろう竜の鱗を燃やし尽くし、肉を焼き尽くします。

 ですが、その直後。ルイセイネ様が「まだ竜気が宿っていない」と言っていた唯一白い多頭竜の頭が光りました。すると、瞬く間に全身を覆っていた炎が消えて、焼きただれた肉と鱗が再生され、失った黒紫の首が元通りになりました。


「そ、そんな……」


 老飛竜様の背中で驚愕に目を見開きます。


 その後も、地竜様や脱出した竜様たちが攻撃を仕掛けますが、いくら負傷しても、白い頭が光るたびに無傷の状態へと回復します。


「その回復力は卑怯ですわ!」


 つい叫んでしまい、周りの飛竜様たちに注目されました。


 はわわっ!

 は、恥ずかしいですわ……


 自分のはしたない言葉に、赤面してしまいますわ。

 ああ、どこかに隠れてしまいたいですわ……


 ですが、私がうっかり叫んだことで、レヴァリア様がこちらに気づいてくれました。そして急旋回して、私と老飛竜様の方へと向かって翼を羽ばたかせます。


「レヴァリア様、今そちらに行きますわっ」


 レヴァリア様の方から向かってきてくれたことが嬉しくて、つい浮かれて老飛竜様の背中から飛び出してしまいます!


 ですが、ここは大空です。飛び跳ねた先には地面はなく、私は落ちます!


「きゃぁぁぁっ」


 叫び落下する私の下に、近くをたまたま飛んでいた飛竜様が回りこんでくれました。私はその背中へと無事に着地することができました。


 ふうっ、危機一髪ですわ。胸を撫で下ろして顔を上げると。


 気のせいでしょうか。向かってくるレヴァリア様と私の間に、飛竜様たちが足場のように、空に場所を作ってくれていました。


「ありがとうですわ」


 本当に気のせいかもしれませんが、飛竜様たちの好意に感謝して、次から次に飛竜様の背中に飛び移っていき、レヴァリア様のもとへとこちらからも近づいて行きます。

 そしてついに、私はレヴァリア様の背中へと到着しました。


「ラ、ライラさん。無茶しすぎですよ!」


 レヴァリア様の背中で出迎えてくれたルイセイネ様が苦笑していますわ。

レヴァリア様や周りの飛竜様たち、そしていつの間にか下の地上に詰め寄っていた地竜様たち全てにため息を吐かれたような気がしますわ。


 はわわっ。

 み、皆様。そんなに見つめないでくださいですわ。恥ずかしいですわ……


 私たちがお馬鹿なことをしている間にも、竜厩舎に居なかったキャスター様の地竜様たちが多頭竜に攻撃を与え続けています。

 ですが、どのような攻撃も、やはり白い頭が光ると全回復で、効果がかき消されてしまいます。


「あの白い頭が厄介ですわ」

「はい。そうなんです。あの白い頭だけは攻撃してこないのですが、桁違いの回復力があるみたいなのです」

「なら、まずは白い頭を狙いますわ!」


 白い頭が残っていては、無限に回復されてしまいます。ですので、先ずは白い頭から攻撃するのが定石ですわ!


 私の号令のもと、全竜様が一斉に竜気を練りあげます。

 そして、竜術の一斉掃射ですわ!!

 これまでにない轟音を響かせて、様々な色の光線、火炎。そして物理的な岩攻撃や大地から吹き上がる竜術が多頭竜を襲います。


 上空からでも、建物や大地が激しく揺れたのが見てとれましたわ。

 そして、まばゆい竜術の光の柱に全身を包まれた多頭竜が、断末魔をあげます。


 あら? 白い頭だけを狙っての一斉攻撃でしたが、やり過ぎたのは気のせいですわ……


 上空の雲をも吹き飛ばす多色の光の柱が消えて、轟音が過ぎ去り、竜術による揺れが収まった後。静かに土煙が晴れて行く様子を、上空から見つめます。


「ライラさん、貴女も自重しなさい……」


 ルイセイネ様の目が死んでいます。


 それもそのはずですわ。

 土煙が晴れた後の地面には、深く大きなくぼみが出来上がっていました。なんというか、王城本丸を丸ごと埋めてしまえるくらいの規模で……


 あはははは。と私も乾いた笑いしか出てこないですわ。


 どうしましよう!?

 陛下に怒られるでしょうか。エルネア様に迷惑はかからないでしょうか?


 私の杞憂きゆうは、ですが驚愕にかき消されました。


 深い窪みの底で、一瞬光がまたたきます。


 その直後。


「そんな……」

「あ、あり得ないですわ……」


 巨大で深い窪みの底に、多頭竜が再生しました。


 私たちだけではなく、飛竜様や地竜様たちだけでもなく、ユグラ様とレヴァリア様までもが絶句します。


 竜様たちの一斉攻撃により、微塵も残さず消し飛ばしたはずの多頭竜。ですのに、大きく深い窪みの底には、庭に降り立った時と同じ姿の、無傷の姿で多頭竜が復活しました。


 怒りに満ちた多頭竜の多重咆哮が響きます。そして、白以外の頭が、お返しとばかりに一斉に竜術を放ってきました。


「回避ですわ!」


 私の指示のもと、竜様たちが回避行動に移ります。

窪みの底をふちから覗き込んでいた地竜様たちが後退し、飛竜様は大空へと羽ばたいて距離を取ります。


 エルネア様からの又聞きになりますが、ヨルテニトス王国の北部山岳地帯に生息する地竜様たちが言っていたそうです。


 多頭竜とはいえ、所詮は竜族の一種。邪悪ではあっても古代種の竜族のような計り知れない存在ではない。だから多数でかかれば、多少苦戦はしても倒せると。


 たしかに多属性の攻撃は厄介です。それに加えて、五つの頭を持つということは五体の竜と戦っているようなものですが、竜騎士団所属の竜様たちとユグラ様。そしてレヴァリア様がいれば相手になりません。

 現に、多頭竜の竜術はことごとくが防がれたり回避されて、逆に深い窪みの底辺で思うように移動できない多頭竜は一方的に攻撃を受けています。


 ですが。


 白い頭が光るたびに、こちらの攻撃は無に帰るのですわ。


「どうすれば……」


 空を縦横無尽に飛び回り、攻撃を続けるレヴァリア様の背中の上に立ち、戦況を分析します。


「竜脈を断つことができれば、いずれは多頭竜の竜力も枯渇して自己治癒ができなくなるとは思うのですが」


 ルイセイネ様の説明によると、多頭竜はエルネア様のように竜脈から無限に力を汲み上げながら戦っているらしいですわ。


「それでしたら、竜脈から離れた空に持ち上げて攻撃ですわ」

「ライラさん。それは無理ですよ」


 妙案だと思いましたが、ルイセイネ様に即座に否定されましたわ。


「巨体で暴れて、しかも攻撃してくる多頭竜を空へ持ち上げるなんて、きっと大きくなったニーミアちゃんでも無理です」

「竜術で吹き飛ばせば良いですわ?」

「それくらいは多頭竜も対策しています。ライラさんのように地面に張り付いてますよ?」

「むぅ」


 真似するなんて駄目ですわ。壁や竜様の背中にくっつく竜術は、私が考えたのですわ。

小山のように大きなスレイグスタ様の背中に登るために!


「今は倒せないにしても、攻撃の手を緩めるわけにはいきません。多頭竜は、隙あらば国王陛下の寝室に向けても攻撃しようとしますから」

「わかりましたわ!」


 多頭竜が全身を消滅させても復活できる仕掛けが、きっとどこかにあるはずですわ。竜族のような攻撃力のない私とルイセイネ様の役目は、竜様が攻撃をし続けている間に多頭竜の倒し方を見つけることですわね!


 レヴァリア様が上空で大きく羽ばたきます。すると翼が真っ赤に輝き、炎の雨を呼び出します。炎の雨は窪みの底に居座る多頭竜に、真っ赤な暴風雨のように降り注ぎました。


 そして私とルイセイネ様は、レヴァリア様の背中から多頭竜を観察するのですわ。


 なにか。なにかきっと打開策があるはずですわ。エルネア様ばかりに頼っていてはいけません。あの方の隣に立つためには、私自身も考え行動し、努力し続けなければいけないのですわ。


 空から戦況を分析して、打開策を模索していると、視界の隅に人影を見ました。


 すでに崩壊した竜厩舎の側で、湧き出した死霊に悪戦苦闘している人たち。白い甲冑に、異様に長い槍を手にする人たちが六名。あれは、竜騎士様たちで間違いないですわ。


「レヴァリア様、あそこに向かってくださいですわ」


 私の指差す方へ、レヴァリア様が急行します。そして、火炎を放ちました。


 け、けっして竜騎士様を燃やし殺そうとしたわけではありませんよね?


 火炎は竜騎士様の近くを過ぎ去り、死霊を燃やし尽くします。レヴァリア様はその隙間へと荒々しく着地しました。

 レヴァリア様の迫力に度肝を抜かれて、動きを止める竜騎士様たち。ですが、周りにはまだ死霊が多数いて、迫ってきます。


『滅びろ、死を冒涜する者たちよ!!』


 暴君が迫力のある咆哮をあげます。すると、周りの死霊は打ち震えて、消失しました。


 あら……?


 いま一瞬、なにかの違和感を覚えたのですが、目の前のことに集中しすぎていて気付けなかったですわ。ともかく、私はレヴァリア様の背中から竜騎士様たちに言います。


「多頭竜は私たちと竜様の皆様にお任せくださいですわ!」

「なっ……!!!」


 レヴァリア様の背中に乗った私とルイセイネ様に、竜騎士様たちはようやく気づいたようですわ。いくら悪戦苦闘していて、突然迫力のあるレヴァリア様が空から舞い降りたかといって、今まで気づいてくれていなかったなんて。悲しいですわ。


「竜騎士の皆様は、どうか王城内で死霊に襲われている人たちの救出に向かってくださいですわ」


 私の言葉に、複雑な表情を見せる竜騎士様たち。私を見て戸惑う様子に、心をむしばまれるような苦痛を感じます。ですが、逃げません!


「竜様たちは私ひとりで指示を出せます。あなた方はヨルテニトス王国、いいえ、人族の誇る騎士様でしょう。いつまでも狼狽えずに、人々を守る役目を全うしなさいですわ!!」


 私の言葉に、雷にでも打たれたかのように体を震わせる竜騎士様たち。


「まさに、姫の仰る通り」

「我らは我らにできることを!」

「まさか、竜騎士の俺たちでさえ竜一体を制御するのがやっとだというのに、二十近い竜たちを束ねるとは……」

「あああ、オルティナ様……」

「数多の竜を使役する姫……」

「まさに、竜の姫。竜姫さまだ!」


 なぜか、色々と誤解されていますわ。竜を使役しているわけではないですし、私は姫でもなんでもないですわ。それに、竜姫りゅうきという誉れ高い至高の称号を持つ女性は、尊敬するミストラル様ですわ!


 苦笑する私。ルイセイネ様はなぜか微笑み、私の手を優しく取ってくれました。


「さあ、行きなさいですわ!」


 私の指示に竜騎士様たちは「おう!!」と勢いよく返事をしてきびすを返し、王城へと向かおうとしました。


 そのとき、多頭竜対竜様たちの戦闘とは別の場所、王城の西側から激しい揺れと轟音が響きました。そして、立ち上がるあおまばゆい光の柱。竜様の一斉攻撃のときと同規模ほどの竜気の奔流ほんりゅうを感じ取ります。


「あれは、ミストさんの竜気……」


 私の手を握るルイセイネさまがつぶやきます。


 二十体近くの竜様と同等の竜気を示すミストラル様。あれが本当の竜姫様です。そう竜騎士様たちに教えてあげたかったのですが、現状は切羽詰まっていました。


 激しい振動に、残っていた竜厩舎の壁が崩れます。そして、瓦礫が竜騎士様たちの上に降ってきました。


「レヴァリア様!」


 私の叫びよりも速く、レヴァリア様が素早く反応していました。大きな翼を広げて、瓦礫の雨から竜騎士様たちを守ってくれます。


 竜騎士様たちは、頭上を見上げて固まっていましたが、レヴァリア様に守られたことを知ると、こちらに振り返って深く感謝の礼をしました。


「今のは私の命令ではないですわ。レヴァリア様、この飛竜様の好意に感謝してくださいですわ」

「あ、ありがとうございます」

「レヴァリア様だけではなく、人族の危機に果敢に協力を見せる竜族の方々に感謝するべきですわ。そして、敬うのですわ。それがわかったら、さあ、早くあなた方も同族を守るために奔走しなさいですわ」

「ははっ、かしこまりまして!」


 竜騎士様たちはうやうやしく私たちに騎士礼をすると、再び転進して、今度こそ迷宮と化した王城内へと駆けて行きました。


「さあ、わたくしたちもミストさんに負けてはいられません。戻りましょう」


 ルイセイネ様の言葉に頷きます。


「ミストラル様は反対側でなにと戦っているのか気になりますわ」

「それはきっと、あの死霊使いでしょう。上級魔族なんて、ミストさんにしか相手ができませんよ」

「そうですわね」


 荒々しく飛び立つレヴァリア様の背中で、ルイセイネ様と言葉を交わします。


 エルネア様でも、上級魔族と対等に戦えるとは思いますが、私たちにはきっと無理ですわ。というか、本来は下級魔族程度でも人族は敵わないのですわ。現に、死霊使いゴルドバが召喚した死霊にも竜騎士様たちは苦戦していましたし、陛下の寝室でも、あの王国無双のキャスター様さえも手こずっていました。

 そう考えると、バリアテル様と剣を交えながら死霊を倒していたエルネア様は、竜王の称号に相応しい強さですわ!


 そして、陛下の寝室でのことに思いを巡らせたとき。私はあることに気づきました。


「ルイセイネ様!」

「は、はいっ」


 急に叫んだ私に、ルイセイネ様はびくりと反応します。


「あれを……」


 私は、ユグラ様や竜たちと戦闘を続ける多頭竜を指差します。いいえ。正確には、多頭竜の首を指差しました。

 五つの頭部を持つ首ではなく、唯一どれ程に回復しても再生されない、頭部の無い黒い首を!


「なぜあの頭だけ再生しないのか、疑問でしたわ。そして、全身を消滅させても再生するのが不思議でしたわ」

「はい……っ!」


 ルイセイネ様も、あることに気づいたようですわ。

 私が指差していた多頭竜の首から視線を戻して、大きく目を見開きます。そして、私を見真っ直ぐに見ます。


「わたくしは竜の総攻撃で、多頭竜は消滅したと思っていました。でも違ったのですね?」

「はいですわ。どれだけ多頭竜本体を攻撃して、消滅させても、身体の一部が残っていたのですわ」

「それは……!」


 二人で顔を見合わせて、同時に王城の最上階、陛下の寝室の場所を振り返りました。


「レヴァリア様、あそこへ向かってくださいですわ!」


 私の指差す方向。陛下の寝室へ向けて、レヴァリア様は翼を荒々しく羽ばたかせます。


 色々と勘違いをしていましたわ。

 多頭竜の白い頭部を潰しても全身が再生するのでしたら、その回復力は、実は多頭竜本体の回復力であることを示していますわ。

 回復の際、白い頭部が光るのは、きっと私たちを惑わすためですわ。

 そして、本体に凄まじい回復力があるのでしたら、身体の一部さえ残っていれば再生可能なのですわ!


 ですが、多頭竜本体をいくら消し飛ばしても再生してしまうのです。


 なぜか。


 ここに、一番の勘違いがあったのですわ。


 私たちは、実は多頭竜を消滅させてはいなかったのですわ。

 どんなに攻撃しても、身体の一部が無傷で残っていたのですわ!!


 私とルイセイネ様を乗せたレヴァリア様は、勢いよく陛下の寝室へと突っ込みました!


 えっ……!?

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