巻き込まれた者

 僕は、スレイグスタ老の前で自分の過ちを語った。

 慢心まんしん傲慢ごうまん。油断。多くの者たちが耳を傾ける中で自分の失敗を語ることは酷く羞恥心しゅうちしんを掻きむしったけど、僕は包み隠さずに全てを話した。

 スレイグスタ老やアシェルさんは、僕の話を黙って聞いてくれた。

 巨人の魔王やクシャリラも、茶々を入れることなく最後まで見守ってくれた。


「……僕の最も大きな間違いは、霊樹の力によって自分が世界の中心で力を振るえているという勘違いだったんだと思います。おじいちゃんはずっと前から、僕たちなんてちっぽけな存在で、世界から見れば羽虫程度にもならないって言われていたのに」


 しゅん、と項垂うなだれた僕を、スレイグスタ老は金色の瞳で見下ろす。


「でも、もう間違えません! 僕たちは、小さな存在でしかない。それでも、ひとりひとりが世界に生きる者として、繋がっていると気付けたんです。だから、次は絶対に失敗しません!」


 項垂れていた頭を起こし、僕はスレイグスタ老の瞳を強い意志で見つめ返す。


「ミストラルたちが、準備してくれました。全員が手を取り合い、力を合わせて困難に挑む。そうすれば、必ず金剛の霧雨なんて退治できますから!」


 だから、早まらないでね、スレイグスタ老?


 僕の長い話を聞き終えたスレイグスタ老は、ぐるぐると喉を鳴らす。


「汝の顔からは、余計な気負いが晴れておる。いつもの、汝らしい姿になったな」

「はい。お馬鹿でいつも騒がしい。それが僕と家族と、周囲の者たちですよ!」


 だよね? と僕がプリシアちゃんやフィオリーナたちに視線を配ると、幼い者たちはきゃっきゃと騒ぎ始めた。

 駆け出したプリシアちゃんやメイちゃんをミストラルが慌てて追いかけ、フィオリーナとリームのお世話をしようとライラが動き出す。ルイセイネとマドリーヌ様はモモちゃんをお風呂に入れようと奮戦し始め、セフィーナさんは気配が希薄なクシャリラを探す。ユフィーリアとニーナは実家から持ってきたお酒を開けて、巨人の魔王とシャルロットに振る舞い始めた。


「くくくっ。賑やかしいことであるな」

「そうですよ。そして、これからもこの賑わいが続くように、僕たちは全力を尽くします!」


 何年、何十年、何百年だって賑やかしい家族であり続ける。そのためには、平穏を乱す障害として立ちはだかる金剛の霧雨を排除しなければならない。

 僕は次に、これからの作戦をスレイグスタ老や魔王たちに話した。


 決戦は、三日後。

 金剛の霧雨が竜峰の麓に姿を現した時。

 僕たちはそれまでに完璧な迎撃体制を整える。

 ミストラルやみんなが既に手配してくれていたおかげで、有志は王都や近辺に集合してくれていた。であれば、あとはもう、僕の準備次第だよね。


「ところで。巨人の魔王かクシャリラに聞きたかったことがあるんだけど」


 と僕は改めて、前回の戦いの際に、金剛の霧雨に魂霊の座が通用しなかった理由を聞いてみる。

 僕の質問に、興味深い、と頷いたのは巨人の魔王だった。


「其方や私ら魔王が持つ魂霊の座は、模造品だということは知っているな?」

「はい。真作は魔族の支配者が持っているんですよね?」

「そうだ。そして、私らが持つ模造品は、かたが造られたもの」


 魂霊の座は、元々は神族の闘神、アレクスさんたちのご先祖様が所有していた武器だった。だけど、魔族の支配者と闘った闘神は負けて、魂霊の座は奪われたんだよね。

 その後、魔族の支配者は自分の代わりに魔族の国を支配する「魔王」に、その証として魂霊の座の模造品を贈った。

 だけど、模造品とは言っても、魔族の支配者が自ら造り出した魔剣というだけあって、絶大な威力を示す。

 剣の刃に触れた生物はことごとく魂を喰われるだけでなく、資格のない者が柄や鞘に触れただけでも、その魂を砕き消滅させるだけの呪いがかけられているという。


 だけど、金剛の霧雨には通用しなかった。

 僕はその理由を知っておかなければならない。

 別に、魂霊の座を今後使用するため、というわけじゃないよ?

 ただ、魂霊の座の絶大な威力が及ばなかったという部分に、金剛の霧雨への突破口が隠されているんじゃないかと思ったんだ。


 お酒で唇をうるおしながら、巨人の魔王は言う。


「真作を用いれば、金剛の霧雨とて魂を喰われていただろう。元来、あれはそういうたぐいの存在だからな」

「ん? そういう類の存在?」

「気にするな。ともかく、私らが持つ魂霊の座は所詮しょせん、模造された魔剣にすぎぬ。だからだろう。あの化け物の『存在』を喰うことができなかった」


 つまり、この世界に生きる者たちに対しては絶大な呪いを示す魔剣「魂霊の座」であっても、この世界のひずみから生じた魔物、その伝説的な存在である「金剛の霧雨」には届かなかったというわけかな?


「そう考えて良い。あれと対峙した其方は感じたであろう? あれは、存在そのものが世界を乱すゆがみなのだ」

「そうですね。金剛の霧雨そのものが世界の歪みなのだとしたら、僕たちの常識なんて通用しない相手ってことになりますよね。だから、この世界の理の中で生きる僕たちでは、歪みたる「金剛の霧雨」の姿を正しく視認したり感じたりすることができない。攻撃だって届かない?」


 もっと人族的に言うなら……


「この世界は、創造の女神様によって創り出された。でも、金剛の霧雨、というか魔物や妖魔や邪族は、女神様が望んで創り出した者ではない? だから、妖魔の王のように有り得ないような存在として出現したりするのかな?」


 魔物は、倒すと魔晶石ましょうせきを遺す。人々の生活には必要不可欠な物ではあるけど、冷静になって考えてみると、意味不明だよね?

 この世界に生きるものであれば、動物だろうと植物だろうと、死んだら最後はちてしまう。霊樹だって朽ち果てたんだ。だけど、魔物は魔晶石を遺し、死後も人々に世界の法則から外れた影響をもたらしてくれる。

 炎の魔晶石から火がおこせたり、水の魔晶石が泥水を浄化してくれたり。

 妖魔の王だって、分厚い雲が広がる空の上から超巨大な骸骨がいこつの上半身を出した。あれこそまさに、世界の法則を無視するような異常な現象だったよね。

 この世界の歪みが生み出す、異質な存在。それが魔物であり妖魔であり、邪族なんじゃないかな?


「だとしたら……。世界の歪に対して、世界の理に従った力をぶつけても効果はない?」


 だから、魂霊の座だけでなく、霊樹の力も通用しなかった?

 では、どうすれば金剛の霧雨に有効な打撃を与えられるのか……?


「なーんてね。深く考えるまでもなく解決できる問題ですよね!」


 と僕が陽気に笑うと、スレイグスタ老だけでなく巨人の魔王とシャルロット、それにクシャリラが興味深そうに視線を向けた。


「存在定義が違う? そんなの、関係ないですよね。世界の歪みだから、僕たちの知っている法則を元にした力は通用しない? 違う、それは間違っているんです。だいたい、この世界、人族的に言うなら、女神様の創った世界に存在した時点で、魔物だって少なくとも世界の理の影響を受けているんです」


 たとえ世界の理から外れた歪な存在だったとしても、この世界に生きる僕たちがどんな形であろうと視認し、存在を認識できるのだとしたら。その時点で、歪みであっても世界の理の影響を受けているということだ。


「それなら、この世界の理が必ず通用するはずですよね。ううん、絶対に通用させてみせる!」


 そのために、大切なこと。

 忘れてはならないこと。


 それは、この世界に生きる者が自分たちの想いで世界を救おうとする祈りなんじゃないかな?


「ほほう。祈りとな?」

「はい、おじいちゃん。僕は思うんです。勝ちたい。助かりたい。平和でありたい。誰もが想い、祈るからこそ、世界は在り続けるんじゃないのかって。だって、破滅とか破壊ばかり願っていたら、創造の女神様も自暴自棄になって世界を壊したくなっちゃうかもしれないでしょ?」

「くくくっ。いかにも人族の宗教観らしい考えであるな。だが、一理あると頷ける。我も竜の森を守護し続けたいと願い、祈ってきたからこそ、今こうして生きておるのかもしれぬ。だが、汝の言葉を魔族に向けても良いものか」


 スレイグスタ老の金色の瞳が、巨人の魔王たち魔族に向けられた。


「良いんですよ。だって、魔族は他者へ破壊や絶望を向けるけど、それって言い換えれば、他者を排除して自分たちの安寧あんねいを手に入れようとしているってことなんじゃないかと思うんです。思想や行動はとても暴力的で、他の種族には受け入れられませんけど、ある意味では間違いないですし、根本は自分たちの幸せを願う、祈るってことに繋がっていると思います」


 僕がそう言い切ると、巨人の魔王とシャルロットは「上手いことを言う」と愉快そうに笑い、クシャリラは不愉快そうに気配を揺らした。


「だから、僕は確信しています。世界の理を乱す歪みに対抗するためには、世界の根本を形成する『祈り』こそがかなめになるんだって」

「それで、汝が先ほど述べた作戦へ至るのであるな?」

「はい!」


 僕が大きく返事をすると、ミストラルたちも揃って頷いてくれた。


「よかろう。三日後の先陣は汝らに託す。我は最後まで見届けてから、自らの行動を決めよう」

「大丈夫ですよ、おじいちゃん。おじいちゃんが活躍する場面は訪れませんから!」


 スレイグスタ老には、禁術を絶対に使わせない!

 僕のかたくなな意志に、スレイグスタ老は柔らかく瞳を細めた。


「さて。魂霊の座の疑問は解決したから……」


 僕は、巨人の魔王を見つめる。

 そして、この場の最大の疑問を口にした。


「なんで、魔王たちが来ているのかな?」

『憎し!』

「うわっ。クシャリラがすごく怒ってるよ! なんで!?」


 僕は、ごく普通の質問をしただけだと思うんですけど!?

 だって、人族や獣人族、耳長族や精霊、それに竜人族や竜族といった、この地域周辺に暮らす種族が集結してくれるのは理解できる。でも、竜峰の反対側で、しかも他種族に気を使うようなことをしない魔族の王が来るだなんて、理解できません。

 しかも、巨人の魔王とシャルロットだけでなく、妖精魔王クシャリラまで!

 すると、巨人の魔王が引き続き愉快そうに笑いながら、教えてくれた。


「なあに。面白そうだったからな。其方が寝ている間に、竜姫が助言を求めて訪れたのだ」

「ミストラルは、竜王会議の後に魔族の国にまで足を伸ばしてくれていたんだね?」

「貴方の魔剣が通用しなかったことは、わたしたちも気になっていたから。巨人の魔王に助言を貰いに行ったのよ。でも……」


 ミストラルは、捕まえたメイちゃんを抱っこしたまま苦笑する。


「相談する相手は間違っていなかったと思うのだけれど、結果的には困ったことになってしまったわね?」


 そして、クシャリラの気配が微かに感じられる方へ視線を向けた。


「ええっと。巨人の魔王とシャルロットは、どうせ僕たちの戦いを面白おかしく観戦するために来たんだよね? でも、何故にクシャリラまで?」


 僕の質問に、巨人の魔王は笑いながら言った。


「決まっているだろう。奴を巻き込んだ方が面白いからだ」

「うわっ! 僕たち以上に、クシャリラが迷惑を被っている!」

『憎し、竜王。我との約定を破っただけでなく、このようなことに巻き込むとは』

「いやいやいや、約束は守ったんだよ? でも、巨人の魔王に巻き込まれてしまったことは謝ります。って、なんで僕が謝らなきゃいけないんだろう?」


 妖精魔王クシャリラさえも手玉にとって遊ぶ、巨人の魔王とシャルロット。

 恐ろしや!

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