ちびっ子連盟は活躍中です

 人。人。人。獣。竜。精霊。その他諸々。

 僕の実家の外は、まさにお祭り騒ぎ状態になっていた!


 僕の実家は、竜族たちが頻繁ひんぱんに遊びにきたり、獣人族の留学生が宿舎として利用している影響もあり、元々が王都の観光地になっていたので、行き交う人の数は普段から多い。

 だけど、今はいつもの倍以上の人々が通りを行き交い、露天や野外演奏者などで騒がしくなっていた。

 しかも、今日は人だけではなかった。なぜか、人の流れに自然と混じって地竜が闊歩かっぽしていたり、精霊たちが飛び回っていたり。


「な、何が起きたのかな!?」


 と、僕が門の前で外のお祭り騒ぎに狼狽うろたえていると、人々の視線が集まった。


「あっ、エルネア様だ!」


 誰かが僕を指差したことで、周囲の注目を集めてしまう。わあわあと人々が騒ぎ、門の前、というか僕に向かって押し寄せてくる!


『おおう、竜王よ。ようやく起きたか』


 と地竜たちも人混みを押し除けるようにして来るし、


『やっほーい。遊ぼう?』


 と精霊たちも次から次に集まり始めた。


「ま、待って! みんな、落ち着いて!」


 なんて僕が言っても、賑やかしいみんなが冷静になることはない。

 っていうか、なんでこんな状況になっているのかな!?


 セフィーナさんの話を聞いた限りでは、人族の多くは王都に残り、それ以外にも周辺の村や町から協力してくれる者たちが集まり始めているんだよね?

 竜人族も、ミストラルの要請によって各地から集結し始めているという。

 なので、金剛の霧雨の襲来を前にした現在でも、人族や竜人族の姿を王都で見かけることに違和感はないかもしれない。だけど実家の周囲には、人や竜族だけでなく、精霊や魔獣の姿もあるよ!?


 そして、行き交う人々は僕を発見すると、我先にと集まり出しちゃった。

 いけない。このままでは、僕は人の波に押し潰されて、実家の門にも被害が出てしまうかも。

 空間跳躍で逃げなきゃ。と思った時。足もとから、馴染みのある気配が湧き起こる。

 すっ、と地面から銀色の毛並みをした獣が飛び出す。

 銀色の獣は僕の襟首えりくびくわえて、自分の背中へと放り投げる。そして僕が背中に乗ると、押し寄せる人や竜や精霊たちの頭上を軽々と飛び越えて、僕を救出してくれた。


「わっ」


 急に視界が高くなり、周囲でこちらを見上げる人々や咆哮をあげて見送る地竜たちを見下ろす形になった。


 僕をお祭り騒ぎから救い出してくれたのは、竜の森に住む大狼魔獣だった。


「ありがとうね」

『お安い御用よ。西の麓に向かえば良いかしら?』

「はい、お願いします」


 いつもなら僕を追いかけ回して遊ぶ大狼魔獣が、今日は押し寄せる者たちから救ってくれるなんてね。

 大狼魔獣は、家々の屋根を飛び移りながら、王都を西へと向かい疾駆しっくする。

 僕は、大狼魔獣の背中の上から、まるでお祭り状態のように賑わう王都を見つめた。


 大きな通りには、途切れなく人々が行き交っていた。しかも、僕の実家の前で見たように、その人々の流れの中に、ごく自然に竜族たちが混じって歩いていた。

 いくらなんでも、馴染みすぎじゃないかな!?


 僕がきっかけで、アームアード王国やヨルテニトス王国では、人族と竜族の交流が少しずつ始まっている。だけど、お互いの意思疎通にはまだまだ障害があって、時には問題が発生したり、傷害事件が起きたりもする。

 だから、王都に遊びにくる竜族は余計な問題を起こさないように、僕の実家の庭に滞在するんだよね。

 だというのに、今は当たり前のように地竜が通りを行き交いしていたり、低い位置を飛竜が飛んだりしている。

 人々は流石に竜族に配慮して、距離感を保とうとしているけど。それでも、怯えたりもせずに、人と竜がごく自然にひとつの風景の中で混じり合っていた。


「ねえねえ、これってどういう状況?」


 大狼魔獣に聞いてみたら、ぐるる、と笑われた。


『其方の偉業のせいでしょう?』

「いやいや、僕でも流石にこれだけ急に交流が深まるようなことはできないよ?」

『それでも、其方の影響が強いからだと思うけれど?』

「そうなのかなぁ……?」


 たしかに、僕は人と竜が仲良くなれば良いのにな、と思ってこれまでも頑張ってきたけどさ。でも、よく見れば、実は人と竜以外にも、魔獣や精霊たちまでごく自然に街並みに溶け込んで活動しているんだよ?

 中には、精霊たちと遊ぶ子供や、悪戯を受けて騒いでいる大人の姿がある。他にも、人にえさを貰って満足そうな魔獣や、地竜と一緒に肉を頬張る魔獣の姿まであった。


 それ以外にも、通りや広場のあちこちで、巫女様や神官様が何やら説法せっぽうしている様子も見える。

 聖職者の人たちは、いったい何をしているんだろうね?

 さっきはルイセイネやマドリーヌ様から報告を聞かなかったけど、あとで教えてもらえるのかな?

 と考えていると、大狼魔獣が足場にした酒場の屋根の下から、吟遊詩人の唄が届く。

 僕の英雄譚らしいけど、お話には大きな尾鰭おひれどころか背鰭せびれや翼まで生えて脚色されていて、もはや御伽噺おとぎばなしのような物語になっていた。

 お、恐ろしいね!

 自分の物語を耳にするだけでも恥ずかしいのに、盛り盛りに脚色された話なんて、耳に入れるだけで痛いよ。


 他にも、道ゆく人々はしきりに僕や家族の話を口にしていたり、これからの明るい未来に向けた話で盛り上がっていた。

 これは、いくらなんでも僕の影響だけで片付けられるような風景ではない。

 深く考えるまでもなく、僕以外の要因も強く絡んでいるんじゃないかな?

 そして、僕以上に周囲へ強い影響力を示す者といえば……


「ねえ、プリシアちゃんを実家で見かけなかったんだけど、知らない?」

『知っている。西に居る』

「そうなんだね。よし、先ずはプリシアちゃんを問い詰めてみよう!」


 僕を乗せて西に奔る大狼魔獣は、楽しそうに笑っていた。






『私はここまで。これ以上は怖くて近づけないわ』


 言って大狼魔獣は、僕を関所で下ろしてくれた。


「ありがとうね」

『頑張って』

「うん。また平和になったら、森でみんなで鬼ごっこをしようね」

『それは楽しみね!』


 大狼魔獣は、地面の下へ溶け込むように消えた。

 僕は大狼魔獣を見送ると、関所を抜けて、スレイグスタ老やアシェルさんが待つ竜峰の麓を目指す。

 大狼魔獣は、スレイグスタ老たちが怖いから、これ以上は進めなかったんだよね。勇者リステアたちもそうだけど、スレイグスタ老は本来、畏怖いふすべき存在なんだ。だから、普通の人は近づくことさえ畏れ多いと思ってしまう。だけど、僕は平気です。だって、僕を育ててくれた師匠だし、大切なおじいちゃんだし!


 空間跳躍を使えば、あっという間に麓にたどり着ける。

 数度、空間跳躍を使って視界に入る景色を切り替えながら、僕は急いでスレイグスタ老のもとに向かった。

 早く「元気になりました」と報告して、これからの計画を伝えなきゃ! と最初は意気込んでいたけど、スレイグスタ老とアシェルさんに近づいた僕の足は、急に止まってしまった。


「な、なぜ!?」


 なぜ、奴らがこの場に!


「奴ら、とは随分な思考だな?」

「ひえっ」


 僕の思考を読んで睨んできたのは、巨人の魔王だった!


「エルネア君、遅いお目覚めでございますね?」

「シャルロットまで!」


 いや、巨人の魔王とシャルロットだけではない。

 姿は見えない。気配は感じない。だけど、直感で気付く。


「なんでクシャリラまで居るのかな!?」


 僕が悲鳴をあげると、背後の空間が少しだけ揺れた。


『憎しや、竜王。我との約定を破り、この地に帰ってきているとは』

「いやいや、クシャリラとの約束は守ったからね?」


 まあ、まだ結果報告を入れていない僕が悪いんだけどね。

 僕は背後の殺気から逃げるように、慌ててスレイグスタ老の足ともに駆け寄る。


「おじいちゃん。おはようございます!」

「ふむ。よく眠れたようで何よりである。顔色も良い。衰弱は無くなったようであるな?」

「はい! この通り、元気になりましたよ」


 ぴょんぴょんと跳ねて、元気になった姿を見せる僕。


「ちょっと寝過ぎた感はありますけど……。でも、僕の代わりにミストラルたちが動いてくれていたので、次の準備はしっかり進んでいるんです!」

「であろうな」


 と、スレイグスタ老は金色の瞳で珍客を見下ろした。


 巨人の魔王。シャルロット。妖精魔王クシャリラ。その他。なぜ、彼女たちがこの場に揃っているんだろうね?

 さてさて、僕は何から話せば良いんだろう?

 もしくは、何から聞けば良いのかな?


「汝の気のままに話を進めると良い。ここまで待ったのだ。我も魔王どもも、汝が気の済むまで待とう」

「ありがとうございます」


 僕はスレイグスタ老にお礼を言う。そして、まず最初に意識を向けたのは、アシェルさんの隣に寝そべった「その他」、つまり、ニーミアたちだった。

 ニーミアは大きな姿のまま、アシェルさんの横で寛いでいた。


「さあ、ニーミア。そこにかくまっている者を出してもらおうか」

「んにゃん」


 ニーミアが可愛く鳴くと、お腹辺りの長く美しい体毛の中から、ぴょこぴょこんっ、と六つの顔が飛び出す。

 ひとりはプリシアちゃん。それと、獣人族のメイちゃん!? 隣からはフィオリーナとリーム!

 そして、もうひと組は……


「熊だ! いや、モモちゃんまで来ちゃったのか!?」

「グググッ、エルネア、驚イ、タ」


 熊の毛皮を被ったモモちゃんが可笑しそうに笑う。更に、モモちゃんの頭の上で、大鷲おおわしも笑う。周りのプリシアちゃんたちも、釣られてきゃっきゃと楽しそうに笑った。


「なんだか、勢揃いになってきたね……」


 まさか、巨人の魔王たちだけでなく、メイちゃんやモモちゃんたちまで来ていたとは思わなかったよ。

 やれやれ、と苦笑する僕。


「さて。色々と話したり聞いたりしなきゃいけないんだけど。まずは、プリシアちゃん。王都のお祭り騒ぎのことを聞いても良いかな?」

「んんっと、プリシア?」

「そうだよ。あのお祭り騒ぎは、絶対にプリシアちゃんの仕業だよね?」


 人だけでなく、竜族や精霊、魔獣までもが入り混じって賑わっていた。

 人と竜だけなら、妻たちの誰かの影響かな、と思うけど。そこに精霊と魔獣が加わっているのなら、犯人はプリシアちゃんしかいませんよね?


 ぽんっ、とプリシアちゃんがニーミアのお腹の上から消えて、次の瞬間には僕に抱きついてきた。


「あのね。プリシア頑張ったんだよ?」

「うん、いっぱい頑張ったんだね?」


 僕が促すと、プリシアちゃんは自分の大活躍を元気いっぱいに報告してくれた。


「んんっと、プリシアは精霊さんたちにお願いしたんだよ」

「なんてお願いしたのかな?」

「あのね、お兄ちゃんといっぱい遊んでほしいって!」

「プリシアちゃん、なんてことを!」


 つまり、僕はこれから、精霊たちと精魂尽きるまで遊ばなきゃいけないんですね?

 ひぃぃっ、と悲鳴をあげていると、すぐ側で笑う気配が起きた。でも、クシャリラではない。クシャリラは、僕たちから少し距離をとって佇んでいるからね。

 では、誰なのか。

 答えは簡単です。プリシアちゃんのお守りを任されている、ユンユンとリンリンだね。


『補足を入れよう。プリシアは精霊の里を訪れ、竜の森の精霊王たちを必死に説得したのだ』


 と、ユンユンが言うと、


『もう、私たちまで大変だったんだからね? 竜の森と竜王の森と、故郷の大森林の精霊たちが集まってきて大騒ぎをし始めたのを、ランやイステリシアとみんなで必死に相手したのよ? もう、疲れちゃったわよ。あとで、ちゃんと責任をとってよね?』


 と、リンリンがぷんすかと怒りながら教えてくれた。


「イステリシアも来ているんだね。それに、東の大森林から精霊やランランまで来てくれただなんて。本当にありがとう」


 精霊王を説得し、各地の精霊たちをプリシアちゃんが集結させてくれた。でも、自由奔放で騒がしい精霊たちがたくさん集まって、平穏でいられるなんてことはない。それを、賢者三姉妹やイステリシア、それに大賢者のユーリィおばあちゃんが補佐しながら、人や竜たちと仲良くするように調和を整えてくれていたんだね。


「プリシアちゃん、魔獣たちも喚んだんだね?」

「んんっと、メイと一緒に遊ぶんだよ!」


 メイちゃんが、てとてとてとっ、と可愛い足取りで、モモちゃんと手を繋いでやってきた。


「獣人族も、エルネアお兄ちゃんに全面的に協力します」


 そして、幼い容姿には似合わない、丁寧な挨拶をしてくれた。


「ありがとう、メイちゃん」


 メイちゃんのもふもふの頭を撫でてあげると、見る者をそれだけで癒すような柔らかい笑みを浮かべて喜ぶ。

 僕も、嬉しいよ。

 獣人族の代表であるメイちゃんがこの場に来ているという事実は、即ち、獣人族が全力で協力してくれているというあかしだし、何より、獣人族は僕が失敗なんてしないと確信してくれていることになる。

 少しでも不安要素があったら、代表であるメイちゃんは北の地に残されていただろうからね。


『うわんっ。私も頑張ったんだよっ』

『リームもぉ』


 最後に、僕に突進してきて、ぐりぐりとお腹に頭を押し付けてきたのは、フィオリーナとリームだ。


「少し見ないうちに、また大きくなったね?」


 フィオリーナとリームが首を上に伸ばすと、もう僕よりも大きいかもしれない。


『私が竜族たちを集めたんだよっ。褒めて?』

『リームが、人や魔獣や精霊たちと仲良くするようにお願いしたんだよぉ。褒めてぇ?』

「よしよし、フィオもリームも、よく頑張ってくれたね」


 フィオリーナの「竜峰の盟主」としての力を使い、竜峰に住む竜族たちに召集をかけてくれたんだね。そして、リームが暴れないようにお願いした?

 うーむ。竜族たちは、リームのお願いを聞いたというよりも、リームの背後にいるレヴァリアを恐れて従ったんじゃないかな!?

 まあ、どちらにせよ、フィオリーナとリームのおかげで、竜族たちも王都の街並みに溶け込めたんだね。

 わいわいと僕の周りに集まったちびっ子たちにお礼を言って、順番に頭を撫でたり抱っこしてあげる。

 そうしていると、空からレヴァリアに乗った妻たちが遅れて到着した。


「みんな、ずるいよ! 僕、実家から出て早々に、王都の人たちに押しつぶされそうになったんだからね?」


 レヴァリアから降りてきたミストラルたちに苦情を言うと、苦笑で返された。


「エルネア、もうわたしたちでは収拾がつけられないのだから、貴方に任せるわね?」

「ぐぬぬ。でも、わかったよ。あとは僕に任せて!」


 言って僕は、家族のみんなと一緒に、静かにこちらを見下ろすスレイグスタ老へと向き直った。


「おじいちゃん。それじゃあ、色々と報告させてもらいますね。前回の失敗と、今度の作戦を!」

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