魔族と奴隷と山間部に潜む者
空間跳躍を駆使して南下を続ける。
恒常的に人が住んでいない禁領には、整備された道なんて存在しない。あるときは獣道を利用し、密林では樹から樹へと飛び移り。草原を気持ちよく駆け抜けた。
途中、何度も休憩を挟む。
日光が気持ちいい場所を選んで座ると、消費した竜気を瞑想で回復させる。
休憩になるとアレスちゃんは顕現してきて、僕の膝の上に乗っかり、最近のお気に入りである紫色のお芋を食べていた。
三日かけて広い禁領を
大森林の
どうやら、禁領を抜けたみたい。
だけど変化は空気の質だけで、見た目はさほど変わっていない。というか、検問所や国境線のような明確な区切りはないので、禁領と以南の地域の自然は切れ目なく繋がっていた。
一旦立ち止まり、周囲の気配を探ってみる。
魔族か誰かが近くにいるかも、という警戒は
どうやら、禁領付近には魔族もほとんど住んでいないみたいだね。気配を探っても、集落などは感じ取ることができなかった。
「さて、どっちに向かったものか」
「あっちあっち」
背の低い草が生い茂る丘の上まで移動して、向かうべき方角を確認する。アレスちゃんが南西の方角を指差すので、それに従うように移動を再開させた。
北の魔王クシャリラが
ルイララの話によれば、これからこの地域は、管理者不在による無法地帯へとなっていき、混沌とした世界へと変わっていくらしい。
誰かが魔王に選位されるか、支配者が直接管理する禁領に指定されるか。もしくは、始祖族の誰かが領地とするか。
とにかく、何者かの管理下に置かれるまでは、法も秩序もない弱肉強食の厳しい世界になる。
きっと、気の抜けない恐ろしい状況が待ち受けているんだろうな、と覚悟しながら入った土地だったけど。
やはり、禁領付近ということが影響しているみたい。魔族たちが争う様子を感じ取ることはできないし、魔物や魔獣が
ちょっとだけ
知らない土地なので、油断していると変な場所に行っちゃいそう。アレスちゃんの指示がないと、僕は最初の段階で
移動中は僕に同化してくれているアレスちゃんに、心のなかでお礼を言う。すると、アレスちゃんの優しい温もりを体の内側に感じた。
移動を続けていると、人が利用するような細い道がちらほらと見受けられるようになってきた。道をたどって気配を読むと、所々に村落らしき人々の集まる場所も感知できるようになってきた。
辺境ということで、大きな町などは今のところないみたい。どの村も、多くて二、三十人の村落で、そのなかに強めの気配が数人。それ以外の気配が数人からそれ以上、といった感じ。恐らく、強めの気配が魔族で、それ以外が人族などなんだろうね。
魔族の国では、人族は奴隷以下のような扱いを受ける。他の種族も魔族に捕まれば奴隷として扱われるらしいけど、能力が低く生命力も弱い人族は特に、消耗品というような扱いなのだとか。消耗品だから手酷く扱い、死ぬと補充する。
大きな街や都市では奴隷市が開かれて、人族が高級食材以下の金額で取引されているのだとか。
人族狩り、奴隷狩りという職業があり、人族の隠れ村を襲撃したり、他の種族が支配する国に侵入して奴隷を集めてくるらしい。
ルイララにこの話を聞いたときは、魔族に対して強い
人族や他の種族であろうと、奴隷にするのは許さない、という感情は簡単に持てる。でも、だからといって僕になにかができるかと問われると、口をつぐんでしまうしかない。
奴隷解放を
僕ひとりが奮闘したって、目に映る限られた人しか救えない。それでも、救われる人が少しでもいるなら意味はある、とも思わない。限定的な活動は、救われなかった人に無駄に希望を与えてしまう結果を残してしまう。「自分たちも、もしかしたら救われるかも」という希望は、救われないと知ったときに取り返しのつかない絶望へと変わる。
もしも魔族社会の奴隷制度を
だけど、自国だけの解放でいいの? 他国の状況は、自分の範囲外だから無視? 魔族以外にも、人族や弱い種族を奴隷として扱う種族は存在する。神族や、
そんなことはできないし、僕はそういう器や運命を持ってはいない。
中途半端に介入するということは、結局のところ、目に映る人だけを自分の都合や自己満足で救っていることと一緒だ。
だから僕は最初から、魔族の国の奴隷制度には介入しないと決めていた。
それが、魔王には絶対にならない、と決めた僕の魔族に対する対応だ。
奴隷制度に異議を唱え、立ち上がるのは僕じゃない。それはきっと、魔族の国で育った人たちの役目だ。
残酷なようだけど、それが世界だ。
僕が世界の中心じゃない、僕なんてちっぽけな存在でしかない、ということはこれまでにもスレイグスタ老などに口を酸っぱくして言われたことだけど、禁領で嫌というほど思い知らされた。
僕程度の活動は当たり前。それが日常で、僕の何万倍も苦労や経験を積んできた人たちがナザリアさんたちであり、ミシェイラちゃんや魔女さんたちだ。
僕には僕の役目とできる範囲があり、ミシェイラちゃんたちにもそれは存在する。そして同じように、魔族や奴隷の人たちにも存在する。そのなかで、奴隷制度に異議を唱えて立ち上がる者が現れることを願うことしか、今の僕にはできなかった。
僕は、感知した魔族の集落には極力近づかないように気を配りながら、アレスちゃんの示す場所へと進む。
どこへ向かっているのか。
目的地は、場所ではない。ある人物を探していた。
大方の場所は教えられていたけど、土地勘がないからね。こういうときはアレスちゃんの、霊樹の精霊としての自然を読む能力に頼りっきりになっちゃいます。
たまに、道を行く魔族の集団を感知する。ひとりや二人の場合は、大抵がそれなりの気配をしていた。集団になると、下級魔族のような気配。旅人だったり隊商だったり、人族狩りの一団だったりするのかな。
こちらの気配を察知されないように、そうした人たちを確認すると、気配を殺してやり過ごした。
目立つわけにはいかない。
ここで目立っちゃうと、なんのために禁領に一旦身を隠したのかわからなくなっちゃうからね。
そうして、さらに二日。
未だに自然が多く、魔族などの気配も希薄だ。だけど、大きな街を二つほど既にやり過ごしていた。
いよいよ、魔族の国の奥深くへと足を踏み入れた感じだね。
昨年、ニーミアやリリィの背中に乗って空を移動したときには、眼下に人族の国よりも遥かに発展し栄えた街や都市をたくさん見た。これからは、そうした地域になるかもしれない。
それで、目的の人物は?
いったいどこまで進めば会えるんですか。と愚痴りそうになったころ。
『みつけたみつけた』
アレスちゃんが心の中で
僕はそれに従い、慎重に気配を探ってみる。
簡単に見つけられた。
山奥で、ひとりの気配を発見する。周囲には、魔族どころか人の気配が全くなかったので、これが目的の人物だとすぐにわかる。
「ようし、行ってみよう」
休憩を終え、移動を再開させる。
これまで以上に気配を殺し、慎重に進む。
目的の人物がいる山間部へ入ると、連続の空間跳躍を控える。一度跳んでは、気配を悟られていないか探りを入れる。大丈夫だ、と確認すると、また空間跳躍で距離を詰める。
くっくっくっ。
僕の不意打ちをくらえ!
慎重に進んだおかげか、目的の人物はこちらに気づくことなく、山奥で寛いでいた。
樹々の隙間の先に目的の人物の背中を確認するまで近づく。
そして、一気に距離を詰めた!
「わっ!」
身なりのいい人物の背中を叩く。
ぞわり、と悪寒が背筋だけじゃなくて全身を襲った。慌てて、全力の空間跳躍で距離をとる。
「ぎゃー!」
そして、悲鳴をあげたのは僕だった!
恐ろしい気配が頭上から振り下ろされたと思った瞬間。一瞬前まで僕が立っていた周囲が爆散し、樹々が倒れ、土砂が吹き飛んだ。
「……」
あまりの威力に、僕は空間跳躍の先で尻餅をついてしまう。
「……ああ、エルネア君か」
恐ろしい殺気を放ち、自身の背後を爆散させた人物。目的の人は、遠くで尻餅をついて驚いている僕を見て破顔した。
「駄目じゃないか、僕の背後を襲うなんてさ」
「は、はい……」
「つい、不意を突かれたと思って焦っちゃったよ」
「ご、ごめんね……」
「
「驚かそうと思ったんだけど……」
「相手を選んだ方が良いかもね」
「そうだね」
「僕や陛下だったら笑って許すかもしれないけど、シャルロット様だったら怖い
「想像したくないね!」
「でしょ!」
僕は立ち上がると、目的の人物に向かって、今度は歩いて接近する。そして、久々の再会に握手を交わした。
「ルイララ、お久しぶり」
「やあ、エルネア君。お久しぶり。予定よりも少し遅かったかな?」
「ごめんね。禁領で色々とあってさ」
「エルネア君らしいね」
「そ、そうかな……」
「それにしても。気配の消し方が上達したみたいだね」
「うん。禁領で会得したんだ」
「なるほどね。それが色々のひとつか」
「そういうこと」
僕は最初から、禁領を抜けたあとに、こうしてルイララと合流する計画だった。
それにしても。
ちょっとルイララを驚かせてみようと思った悪戯心は失敗でした。まさか、不意打ちにあんな反応を示すとは。
でも、そうだよね。弱肉強食の世界に生きるルイララや魔族にとって、不意を突かれるということは致命的なんだ。とっさに反撃するのは本能だ。そうしないと、自分が死んじゃうんだもんね。
ちょっと反省です。
でも、理不尽だ……
僕は油断しているとルイララに襲いかかられるのに、こちらからは悪戯できないなんて、不公平です。
ちょっと消化不良気味で、再会を喜びあう。そうしながら周囲を確認したら、悲惨な状況になっていた。
山間部に巨大な
気配を読める範囲に誰も人がいなくてよかったね。せっかく隠密に活動しようとしているのに、この騒動が見つかっていたら目も当てられないところだったよ。
それと。
ルイララはやっぱり、剣術馬鹿でいてほしいです。剣を持たない状況だと、恐ろしいことになるね、と改めて思い知らされた。
軽く再会の挨拶と談笑を交わし、気を取り直す。
ルイララは僕の準備が万端だと確認すると、移動を始めた。
「それじゃあ、行こうか。ギルラードを暗殺しに!」
そして、ルイララはお楽しみが始まったと言わんばかりの笑顔で、僕にそう言った。
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