騒動はどこにでも転がっています

 支配者である魔王が去り、荒廃こうはいの一途を辿る土地の片隅にある竜王の都は、いつも危険にさらさされている。

 特に最近では、赤布盗せきふとうと呼ばれる、魔族のなかでもりすぐりの荒くれ者たちを中心とした盗賊の襲撃が問題視されていた。


 だけど、そんな竜王の都を護るために、巨人の魔王の配下である黒翼こくよくの魔族が派遣され、さらにはいにしえみやこを守護する古代種の竜族、アシェルさんまで駆けつけてくれた。


 おかげで、僕たちは竜王の都に対して絶対的な安心感を得られて、目の前の問題に集中することができるようになった。


「それでは、いよいよ殴り込みに行くわけですね?」

「マドリーヌ様、巫女頭みこがしら様が殴り込みとか言っちゃ駄目だと思うんです」

「エルネア君、もう私は家族の一員なのですから、様付さまづけは不要ですよ?」

「そう言われてみると? でも、やっぱり巫女頭様ですし!」

「むきぃぃっ。マドリーヌちゃん、と可愛く言ってください!」

「それだけは却下です!」


 と、早速話がれ始めました。

 逸脱いつだつした会話の流れを戻す。


「でも、確かに今が攻勢に出る絶好の機会だよね?」

「ですが、相手の所在がわかりませんと、攻勢に転じても空回りするだけですよ?」

「ルイセイネ様、そこは竜族の力を借りるのがいいですわ。竜峰の竜族の方々に協力していただいて、空の上から……」

「ライラ、それは竜族が魔族の国に侵攻することを意味しているわよ?」

「はわわっ。それは大ごとになりますわっ」


 竜峰同盟りゅうほうどうめいの竜族たちにお願いすれば、間違いなく嬉々ききとして参加してくれるだろうね。だけど、ミストラルの言うように、そんなことをしたら魔族の国が更に混乱におちいっちゃう。


「それじゃあ、どうするの? 私としては、ライラの意見に乗りたかったのだけれど?」

「セフィーナさん、それは単に、貴女が竜族の大編隊に興味があるだけですよね?」

「ふふふ、さすがはエルネア君。よくわかっているわね」


 好奇心旺盛なセフィーナさんは、僕が竜峰同盟に声をかけて、竜族たちが一斉に動くさまを見てみたいだけだよね。

 自分の願望を隠そうともしないセフィーナさんに、みんなが笑う。

 姉であるユフィーリアとニーナも、妹の大胆さにあきれて笑っていた。


 とはいえ、せっかくの好機をこのままでは逃しちゃう。

 どうすればバルトノワールたちの行方ゆくえを追えるのか。


 神出鬼没のシャルロットに聞けば、きっと面白おかしく教えてくれそうなきがするんだけど。でも、本当にいつどこで会えるかわからないからね。

 それに、あの人は今や敵側です。油断していると、僕たちは軽く殺されちゃいます。


 いい案はないか、と全員で考えをしぼっていると、ユフィーリアとニーナが同時にひらめいた。


「そうだわ。イステリシアに問いただせばいいのよ」

「そうだわ。イステリシアから聞き出せばいいのよ」

「はっ!」


 思いつくと、意外と身近に答えはありました。

 僕が同情心から保護したイステリシアは、バルトノワールと繋がっている。なら、彼女に聞けばいいじゃないですか!


「でも、イステリシアがそう簡単に口を割るかしら? エルネアの話では、ユンとリンに取り押さえられた状況でも何も語らなかったのでしょう?」

「そうだね!」


 はっと顔を輝かせたのもつか。ミストラルの的確な意見に、顔をくもらせる。


「ですが、今はイステリシアさんから情報を聴き出すしか手段はないですよね?」


 きっと、イステリシアさんは心をり減らしてしまっているのです、とルイセイネは言う。

 同族からは「生贄いけにえ」として扱われ、目的を達することもできずに敗北してしまった。そのことで、イステリシアは絶望の底にいるのではないか、と推察すいさつする。


「そういう時こそ、巫女の出番ですね」


 ルイセイネの意見に、マドリーヌ様が気合を見せた。


「よし、それじゃあ、禁領に戻ろうか」


 行ったり来たりは、僕らにとっていつものことだよね。

 またニーミアに頑張ってもらいましょう。

 ということで、ニーミアを迎えに行くことになったのは、僕ひとり!


 なんで!?


「アシェル様に気兼きがねなくお願いできるのは、エルネア君だけだわ」

「アシェル様の犠牲ぎせいになって無事でいられるのは、エルネア君だけだわ」


 僕を送り出す際に、ユフィーリアとニーナがそんなことを言っていたのは気のせいでしょうか。


 なにはともあれ、僕はひとりでアシェルさんが滞在している大広場へと向かう。


 お屋敷を出ると、お月様が空に浮かんでいた。

 もうすっかり遅くなっちゃったね。というか、時期に太陽が昇ってきそう?


 赤布盗とライゼンが襲撃してきたのは、日付が変わる前のこと。

 現在は、もう真夜中すぎ。

 というのも、昨夜は賊を撃退できたという宴会に巻き込まれて、結局一泊することになっちゃったんだ。

 まあ、領地を訪れて日帰りするのも失礼だし、ニーミアとアシェルさんの団欒だんらんの時間も作ってあげたかったしね。


其方そなたは、それを壊しにきたのでしょう?」

「き、気のせいですよっ」


 深夜の大広場に到着すると、アシェルさんから早速のように睨まれちゃいました。


 大広場の周りには、深夜だというのに未だに野次馬の姿が見える。


「ああ、そうか。魔族には夜行性の者もいるからだね」

「そうやって誤魔化そうとしても無駄よ」

「全てはお見通しというわけですね!」


 ええい、こうなったら開き直り大作戦だ。


「アシェルさん、ニーミアを返してください!」

「ニーミアは其方のものじゃないわっ」

「きゃーっ」


 日中の再現とばかりに、アシェルさんが攻撃してきた。

 僕は空間跳躍で回避しつつ、アシェルさんに近づいていく。

 僕がニーミアを確保するのが先か、アシェルさんが僕を捕まえるのが先か!


「其方をはいに変えるのが先だわね」

「いやいや、それだけは禁止ですっ」


 どかーんっ、ばこーんっ、と深夜に騒いでいると、大広場の周囲に建つ邸宅ていたくにぽつぽつと灯りがともり始めた。


「うるせぇっ!」

「騒がしいぞっ」

「騒動は他所よそでやってくれ!」


 そして、各所から苦情があがる。

 だけど、苦情を言った相手が悪かった。

 アシェルさんは容赦なく邸宅を吹き飛ばす。


 苦情の代わりに悲鳴が上がり始める。

 良かった、どうやら建物だけが壊れたようで、住んでいる住民たちは無事だったようです。……ではなくて!


「アシェルさん、相手が魔族だからって容赦なく攻撃しちゃ駄目ですよっ」

「容赦なくやっていいなら、全てを灰に変えているわ」

「言われてみると、そうですね。……って、納得なんてしませんからねっ」


 アシェルさんに楯突たてつくと、命の危険に晒されると学習した魔族たちからは、すぐに苦情や怒鳴り声が鳴り止んだ。

 そして、観念したのか、灯った明かりも消えていく。


「其方のせいだわね」

「いやいや、アシェルさんのせいですからね?」


 アシェルさんの物理攻撃を回避しながら、僕は徐々にアシェルさんへと近づいていく。

 アシェルさんは攻撃を繰り出してはいるけど、その場から動こうとはしない。


「其方をらしめる程度のことに、動く必要もないからね」


 死角から、長い尻尾の攻撃が迫る。

 僕は大きく跳躍すると、一気に間合いを詰めた。


「がふり」

「わっ!」


 だけど、僕の動きを読みきっていたアシェルさんは、凶暴な牙を的確に繰り出した。そして捕食ほしょくされる僕。


「食べても美味しくないですよ?」


 アシェルさんの牙にはさまれた僕は、もう身動きが取れません。

 これは、危機的状況です。

 だけど、日中のような救世主は現れません。なぜなら、ニーミアはアシェルさんの体毛にくるまって、気持ちよさそうに寝息を立てているから。


「素直に諦めることね」

「でも、ニーミアがいないと僕たちは帰れませんし」


 僕たちが各地を自由に飛び回れるのは、ニーミアやレヴァリアといった空を自由に移動できる存在のおかげなんだよね。

 本来、禁領のお屋敷と竜王の都を行き来しようと思ったら、何日もかかっちゃうんじゃないかな?

 いや、何日で済めば良い方です。未開の禁領には道がないし、下手をすると移動だけで大冒険になっちゃう。


「移動手段を得られているという有り難みを実感することね」

「はい、そうですね」


 改めて、ニーミアたちの日頃の貢献こうけんに感謝だよね。

 僕たち家族は、ニーミアたちがいないと移動もままならない。

 もしも、僕たちを乗せて空を移動してくれる者がいなければ、バルトノワールのたくらみを阻止するどころか、攻勢に転じることさえも困難なんだ。


 この夜。僕は世界を移動することの大変さを再認識させられた。






「それで、ずっと宙づりだったのかしら?」

「ううん、違うよ。僕もニーミアと寝たよ?」

「エルネア君、私たちはずっと待っていたのですよ!?」

「いいえ、マドリーヌ様が一番最初に寝ていました」

「むきぃっ、ルイセイネの裏切り者っ」


 翌朝。なんとかアシェルさんからニーミアを引き取り、みんなの待つお屋敷に帰ってこられた。

 みんなに、待たせてごめんね、と報告をしたんだけど。


「エルネア君のことだし、普通には帰ってこないと確信していたわ」

「エルネア君のことだし、すぐには帰ってこないと確信していたわ」


 と言うユフィーリアとニーナのように、全員が僕の帰宅を疑っていたようです。それで、みんなもちゃんと寝たんだって。


「しくしく。僕は頑張ったんだよ?」

「お母さんが、とても楽しそうに遊んでいたって言ってたにゃん」

「しーっ。ニーミア、それは言っちゃ駄目だよ」

「んにゃん」


 僕は決して楽しんでいませんからね? と釈明しても、誰も信じてはくれない。代わりに、深夜の騒動を聞いて笑っていた。


「寝ていた魔族には申し訳ないことをしたわね」


 メドゥリアさんを通して謝罪しておこう、と出立前に最後の仕事を済ませる。


 そして、僕たちは禁領へ戻る。


 ニーミアに感謝しつつ、大空を瞬く間に駆け抜けた僕たちは、禁領のお屋敷を飛び越えて、一気に竜王の森へとやってきた。


「みんな、ただいま!」

「んんっと、おかえりなさい。お土産みやげは?」

「はい、メドゥリアさんからちゃんと貰ってきたよ。出来立てのお菓子の詰め合わせ」

「おわおっ」

「カーリーさんたちにも、これを」


 と言って、高級な茶葉をお土産として渡す。

 禁領の生活では、こうした趣向品しゅこうひんはなかなか手に入らないからね。

 出迎えてくれたカーリーさんたちは、嬉しそうに受け取る。


「それで、イステリシアや耳長族はどうなりました?」


 僕たちの帰還をにこやかに微笑んで出迎えてくれたユーリィおばあちゃんに、みんなと話し合ったことを伝える。そして、イステリシアから情報を聴き出したいことを伝える。

 すると、ユーリィおばあちゃんは僕たちを案内するように歩きだす。


 竜王の森を抜けて、幾つかのみずうみを横目に移動し。


「いったい、どこへ?」


 素直についていく僕たちに、ユーリィおばあちゃんは笑顔で教えてくれた。


「耳長族はねえ。毒の池に沈めました」

「えええぇぇぇぇっっっっ!?」

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