助け合いが大切です
植物の内側に流れる精霊力を読み解き、
この精霊力を無視して強引に繭から引き剥がそうとすると、無駄な力が入ったり、植物を傷つけてしまうからね。
僕は精霊力なんて持っていないけど、それでも力の流れくらいは感じられる。それで、
僕の横では、セフィーナさんも繭の解体に
彼女の方が、僕よりもずっと上手に、しかも手早く枝や蔦を剥ぎ取っていた。
えいっ、はあっ、と一見すると雑に植物を薙ぎ払っているように見えるけど。実は、繊細に精霊力の流れを操り、植物を傷つけないように気を払っている。
「エ、エルネア君。僕たちも手伝います」
すると、フィレルとお付きの三人が
でも、来てくれたのは頼もしいんだけど……
「大丈夫?」
と心配せざるを得ません。
なにせ、アリシアちゃんが召喚した紳士の精霊さんが巻き起こす風に抵抗するのがやっとの様子に見えるし、僕やセフィーナさんのように植物を傷つけずに繭を解体できるとは、残念ながら思えない。
力技でなら、フィレルや竜人族の三人にも問題なくできるだろうけどさ。
僕とセフィーナさんの心配顔に、フィレルも苦笑する。
だけど、彼らも考えなしでここまで這いずって来たわけではなかった。
「アリシアちゃんが、協力してくれるそうです。繭に接近したら、僕たちの周りの風を緩和してくれるって。ただし、エルネア君たちのように、植物を傷つけないことが条件みたいですけど」
フィレルの言葉通り、こちらまでやって来たフィレルたちは、周囲の風の影響を受けることなく立ち上がることができた。
「んんっとぉ、繭に流れる精霊力の制御は任せてちょうだい!」
「それなら、僕とセフィーナさんが頑張っている最中も協力してほしかったな!」
「えへへっ。可愛い子には旅をさせろってね?」
「セフィーナさんは格好良い派だし、そもそも旅ってなにさ!?」
会話になっていません。
とはいえ、ここからはフィレルたちだけじゃなくて、アリシアちゃんも協力してくれるようだ。
僕たちは改めて、植物が絡み合った巨大な繭に向き直る。
そして、六人がかりで解体に取り掛かった。
フィレルたちも、アリシアちゃんのおかげで難なく蔦や枝を繭から引き剥がすことができる。
まあ、竜気で身体強化ができないフィレルは、もっぱら草花の除去が
それでも、人数が増えたおかげで、作業はどんどんと進む。
そして、プリシアちゃんや精霊さんたちが遊びに夢中になっている間に、僕たちは繭の
繭を形成していた蔦や枝は、剥ぎ取られるとしゅるしゅると短くなり、もとの自然な状態に戻る。
なので、分解した枝や蔦が周囲に散らばる、という状況にはならなかった。
僕たちは、冬だというのに
ようやく、繭の奥に捕らわれているユグラ様を、しっかりと確認することができた。
事前に聞いていた通り、ユグラ様の全身にも植物が絡み付いていた。
ただし、
そして、全身に植物が絡まったユグラ様は、体を丸めて静かに瞳を閉じていた。
「寝てるのかな?」
すやすやと、気持ち良さそう。
周囲の騒がしい状況を感知していないかのように、穏やかに寝息を立てるユグラ様。
「もしかして、これも精霊の仕業でしょうか?」
フィレルが不安そうに僕を見つめる。
それで、僕たちはユグラ様へと近づく。
植物の隙間から、そっとユグラ様の黄金の鱗に手を当ててみた。
「ううーん……。精霊力の流れは感じないなぁ。セフィーナさんは?」
「とても大らかな竜気の流れを感じるわ。だけど、エルネア君の言う通りで、外部からの気の流れの影響を受けているようには感じないわね?」
と、いうことは?
「ユグラ様、朝ですよー?」
ユグラ様の大きな顔の近くに移動して、僕が声をかけてみた。
すると、静かに閉じられていたユグラ様の瞳が、ゆっくりと開かれた。
『ふぅむ。どうやら、気持ちよく寝ていたようだ』
「ユグラ様!」
「「「
目を覚ましたユグラ様に、フィレルとお付きの三人が駆け寄る。
『おお、フィレル。それに、お前たち。無事であったか』
「僕たちは、ユグラ伯のおかげでなんとか逃げ出せました。ですが、ユグラ伯に迷惑をおかけしてしまって……」
申し訳なさそうに
「僕たちが、もっとしっかりしていれば……」
ユグラ様は、そんなフィレルをじっと見つめていた。
「……結局、僕たちは自力ではユグラ伯を救うどころか、ここへたどり着くこともできませんでした。全ては、エルネア君たちの協力のおかげなんです」
止めどなく自分たちの無力さを
お付きの三人も、反省しきった様子で
ユグラ様は、そんな四人を静かに見つめたあとに、ようやく周囲へ視線を移す。
今でも、紳士の精霊さんが八手の葉っぱで風を巻き起こしていた。
精霊さんたちが吹き飛び回り、プリシアちゃんたちも風に
アリシアちゃんは遠くから、僕たちや
『やれやれ。昼寝から目覚めてみれば、いつになく騒がしい。やはり、
「えええっ、僕のせいなんですか!? というか、お昼寝って……」
たしかに、ユグラ様はすやすやと寝ていましたね。
しかも、そこに外部の影響はありませんでした。
それってつまり、ユグラ様は抵抗せずに捕まっていたってことかな!?
まあ、抵抗すれば抵抗するほど、精霊たちは悪知恵を働かせてユグラ様を捕らえようとしただろうから、無抵抗こそが賢明な判断だったんだろうけどね。
ユグラ様の全身に絡まった植物が緩そうに見えるのも、抵抗を見せなかったからだと思う。
ユグラ様は、近くを飛んでいったプリシアちゃんを一瞬だけ目で追った後に、救出に駆けつけたフィレルたちへと視線を戻した。
『フィレルよ。其方はまだ未熟である』
「はい、強く自覚しています」
『しかし、それで良いのだ』
竜峰の奥地でフィレルの願いを聞き届け、約三百年ぶりに平地へ降りてきてくれたユグラ様。
だけど、ユグラ様はフィレルの願いを聞いたときに、甘やかしたりはしない、と言った。
厳しく指導する、という条件で、フィレルを背中に乗せてくれた。
だけど、今のユグラ様の瞳は、とても穏やかだ。そこには、厳しさなんて感じられない。
ユグラ様の優しい言葉に、フィレルは
きっと、自分たちの不甲斐なさに対して、ユグラ様から酷く叱られると覚悟していたんだろうね。
でも、実際は違った。
ユグラ様は続ける。
『最初から、この件は其方らには手に負えぬものだと感じておった。なにせ、精霊どもの悪戯であるからな』
「もしかして、ユグラ様は最初から精霊さんたちのことに気づいていた?」
僕の質問に、ユグラ様は頬を緩ませる。
『
「言われてみると! おじいちゃんのところに出入りしていたのでしたら、竜の森の精霊さんたちの悪戯好きも知っていて当然ですね」
きっと、過去にもこういう悪戯を受けたことがあるのかもね。
そして、精霊さんたちの悪戯はユグラ様でさえ
『
そもそもフィレルたちは、楽園で起きている異常現象やユグラ様を捕らえた者が精霊さんたちだったということさえ、わからないでいた。
でも、それって仕方がないよね。
フィレルはヨルテニトス王国の王子であり、建国王の
だけど、精霊が
だけど、ユグラ様はそれを承知で、フィレルたちを森から逃がした。
自分が精霊たちの悪戯によって迷惑を
ではなぜ、ユグラ様はフィレルたちだけを逃がしたのか。
「もしかして、これはユグラ様からの試練だったのかな?」
『
「これは、僕たちへの試練……?」
僕とユグラ様を見つめ返すフィレルの瞳は、とても悲しそうに見えた。
「では、やはり……。自力でユグラ様を救えなかった僕たちは、失格でしょうか……」
『愚か者め。
お昼寝から目覚めたばかりのユグラ様の瞳は、いつまでも優しい光を
きっと、普段は宣言通りの厳しい教えなんだろうね。
だけど、今回の試練はいつもとは
あくまでも、フィレルたちに無力さを自覚させることが目的だったんじゃないかな?
それなら、ユグラ様の
フィレルだけじゃなく、お付きの三人まで反省しっぱなしで、ひどく落ち込んでいるようだから。
『フィレルよ。そなたは理解したであろう。いくら我の助力を得ようとも、世には手に負えぬ問題や事件が
「はい……。最初は、僕たちであれば楽園で起きている問題もきっと解決できる、と思っていました」
『それは、
「はい」
『要は、己の足らなさを正しく知ることが
さらっと、僕が
まあ、良いけどさ。
ユグラ様は、フィレルに大切なことを伝えたいみたい。
だから、僕はもう少し黙っていよう。
『フィレルよ、其方は結婚を控えている。今回の教訓を心に深く刻み、
「は、はいっ!」
どうやらこの試練は、厳しいユグラ様なりの、フィレルへの
ユグラ様は最初から、フィレルたちだけでは精霊の悪戯を排除できないと知っていた。
きっと、僕たちが駆けつけなかったら、フィレルたちは今でも
もしかしたら、解決まで時間がかかったかもしれない。
もちろん、フィレルたちだけでは解決できないだろうから、絶対に誰かの協力が必要だった。
だけど、ユグラ様はそれで良い、と言う。
肝心なのは、自分たちだけで問題を解決しようとしないこと。誰かを頼ることも、時には必要なのだと。
そして、結婚を控えたフィレルが今後頼るべき人は愛する女性なのだと、ユグラ様は伝えたかったんだね。
ユグラ様の思わぬ想いやりに、うるる、と瞳を
「結婚の後も、どうか僕たちをお導きください!」
『夫婦共々、厳しく指導するが良いか?』
「はいっ!」
姿勢を正すフィレルを、ユグラ様は変わらずの優しい瞳で見つめていた。
そういえば、僕もみんなと結婚する前には、いろんな試練を受けたね。
ジルドさんから竜宝玉を継承できなければミストラルを諦めろだとか、双子王女様を見分けられなければ結婚を認めないだとか。
フィレルもまた、結婚前の試練を受けさせられていたようだ。
ただし、自力では絶対に解決できないことが前提の試練だったけどね。
はっ。
そう考えると、やっぱりユグラ様は厳しいね!
自己解決できない試練だなんて、僕だったら途方に暮れちゃうよ……
『いや。其方であれば、無理難題であっても、どうにか思案して克服するであろう』
「僕って、
『いいや、
「な、なぜです!?」
『既に、伝え聞いておる。
優しい瞳でフィレルを見つめていたユグラ様だけど、僕へ視線を移したら呆れたような輝きに変わっていた。
「そ、それこそ、僕ひとりだけの力で成したことじゃないですよ!」
僕だって、いつも誰かに助けられている。
ただし、フィレルと違って、きちんと相手を頼るし、自分は無力だって自覚しているからね。
「でも、いつも騒ぎを起こす自覚はないにゃん?」
「それは、不可抗力だよっ」
すぐ近くを飛んでいったニーミアが、にぁあと可愛く鳴いた。
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