悪い予感!?
「んんとぉ、あなた達は
「んんっと、抵抗したらお仕置きですよ?」
「おしおきおしおき」
巨大な植物の
でも、大人しくしていてほしいのは君たちの方ですからね?
とはいえ、精霊の騒ぎを耳長族の協力なしで解決するのは難しい。それで僕は、
そんな、苦悩する僕をよそに、事態は容赦なく動き始めた。
『きらきら綺麗な竜様なの』
『みんなで捕まえたのよ?』
『楽しかったよね』
『面白かったわ』
『竜様は大きくて、素敵なんだ』
『ほんわりと優しくて、癒されちゃう』
『きらきらの竜様は、みんなの宝物なの』
アリシアちゃんたちの
どうやら、黄金色に輝くユグラ様の姿が綺麗だったから、精霊さんたちは捕らえて自分たちの宝物にしたかったようだ。
人だと、美しい宝飾品だとか素敵な絵画や高価そうな金品に心を奪われるけど、精霊さんたちも、きらきらとした存在が好きなのかな?
とはいえ、だからといってユグラ様を捕縛して繭の中に閉じ込めちゃうというのは、やり過ぎな気がします。
『次は、あの男の子を捕まえて、踊ってもらいましょう』
『それと、小さい女の子を誘惑して、お友達になりましょう』
『そうだ、霊樹様を味方にしようよ?』
精霊さんたちが暴走し始めた。
見るからに立派な翼竜のユグラ様を捕らえたという成功例が、悪い方向へ後押しになっちゃったみたい。
こちらには賢者や霊樹の精霊がいるというのに、まるで世界は自分たちの思うがまま、という感じで振る舞い始める精霊さんたち。
「エ、エルネア君!」
フィレルが悲鳴をあげる。
しゅるしゅると、周囲の樹々から枝や蔦が伸びてきて、僕たちの足もとに迫り始めた。
「んんっとぉ、悪い子にはお仕置きね!」
だけど、僕たちが払うまでもなく、伸びた枝や蔦は弾き返される。
精霊さんたちの悪巧みを阻止したのは、もちろんアリシアちゃんだ。
「いいわ。このアリシアが、悪戯の過ぎた精霊たちにしっかりとわからせてあげる」
「おわおっ、おねえちゃん!」
やる気満々なアリシアちゃんを見上げて、プリシアちゃんが瞳を輝かせる。
そして、妹に大きく期待されたアリシアちゃんは、鼻息も荒く精霊力を練り始めた。
「
すると突然、僕たちの前に素敵な
アリシアちゃんへ優雅に
ごくり。
嫌な予感が強くなりました。
「あのね、この子はおねえちゃんの精霊さんなんだよ」
いきなり現れた紳士に驚くフィレルたちに、プリシアちゃんがまるで自分のことのように自慢している。
そんなプリシアちゃんやフィレルたちをよそに、紳士の精霊さんが動いた。
「そおれ、それっ!」
大きな八手の葉っぱを、左右に大きく振る。
すると、楽園の森を不思議な風が吹き抜けた。
『きゃーっ』
『わーっ』
ざわざわ、と
だけど、激しい風じゃない。どちらかというと、春の草原を吹き抜けるような、気持ちの良い風だ。
でも、植物の繭に逃げ込んだ精霊さんたちにとっては、思わぬ威力を示す風だったようだ。
紳士の精霊さんが、右に左に八手の葉っぱを振る。すると、吹き出す風は植物の繭を通り抜けて、奥に引きこもっていたはずの精霊さんたちを風に乗せ、吹き飛ばしていく。
木の枝や蔦といった現実の存在なんて、
「やあ、はあっ」
紳士の精霊さんは、尚も八手の葉っぱを勢いよく
「おわおーっ」
「とんだとんだ」
「にゃー」
はっ!
プリシアちゃんとアレスちゃんとニーミアも飛ばされちゃった!
柔らかい風に乗って、ふわりと浮き上がったプリシアちゃんたちは、そのまま僕たちの頭上高くへと舞い上がる。
そして、植物の繭の周囲を、ぐるぐると回り始めた。
気づくと、紳士の精霊さんが巻き起こす風は、植物の繭を中心にして、森全体を包み込む大きな
「アリシアちゃん、プリシアちゃんたちまで飛ばされているよ!」
「エ、エルネアアアああぁぁぁぁっっ!」
「ぬおおっ!?」
「きゃぁぁっ!」
「ぎゃああぁっ」
なんと!
フィレルやお付きの三人まで飛ばされそうになっています!
フィレルたちは、さっきまで僕たちに襲いかかろうとしていた枝や蔦に必死に掴まって、飛ばされないように抵抗していた。
「んんっとぉ、悪い子はいないかー!」
悪い子は、貴女です!
さすがは、プリシアちゃんのお姉ちゃんだ。
良かれと思って起こした行動が、気づけば騒動の原因になっちゃっている。
風に乗って頭上を舞うプリシアちゃんたちは楽しそうにしているけど、他のみんなは大迷惑を
……あれ?
他のみんな?
風に飛ばされないように枝や蔦にしがみ付いているのは、フィレルと竜人族のお付きの三人。
だけど、僕は風の影響を全く受けていないし、セフィーナさんも平然と立って、周囲の様子を興味深そうに見つめていた。
「セフィーナさんは、風に飛ばされそうになってない?」
「あら、そう言うエルネア君だって、なんの影響も受けていないように見えるけど?」
「ええっと、僕はね……」
『飛ばされちゃう? 一緒に飛ばされちゃう?』
僕の右腰で、霊樹ちゃんが鼻歌交じりに鍔先の葉っぱを揺らす。
僕が紳士の精霊さんの影響を受けていないのは、霊樹ちゃんのおかげだね。
アリシアちゃんが使役する精霊さんの術でも、霊樹ちゃんに影響を与えることはできないらしい。
まあ、霊樹ちゃん自身がプリシアちゃんたちのように飛び回りたがっているから、いつまで平気かは微妙だけど。
説明すると、セフィーナさんはなるほど、と頷く。
「それで、セフィーナさんは?」
霊樹の木刀を帯びた僕はともかくとして、セフィーナさんが飛ばされていない理由が不思議です。
すると、セフィーナさんは周囲に視線を配りながら、恐ろしいことを口にした。
「ほら、周囲の術の流れを操って、無力化しているというか。自分に影響のないように書き換えているから」
「……は?」
もしかして、セフィーナさんって只者じゃない!?
いま、さらっと言い流したけどさ。周囲の術の流れって、それはつまり、精霊術ですよ?
しかも、南の賢者が使役する精霊さんの術です。
そりぁあ、紳士の精霊さんだって全力ではないだろうけどさ。
でも、他の種族が使う術を
「ふふふ。だって、魔族の魔法なんかと一緒じゃない。魔法も受けた瞬間に見切らないと、大変なことになるでしょう?」
「そりゃあ、そうだけどさ」
あの、上級魔族ライゼンの魔法を受け流してみせたセフィーナさんだ。だったら、精霊術だって上手に対応してみせることくらいも、彼女にならできるのかもね。
「んんっとぉ、すごいね! もしかして、天才?」
アリシアちゃんは、自分の精霊術が受け流されていることに驚きつつも、素直に
賢者に褒められて、セフィーナさんは嬉しそうに微笑む。
だけど、微笑ましい状況は限られた者たちの周りだけで、他は大変なことになっていた。
『きゃははっ』
『わーおっ』
『いやっほーい』
気のせいかな?
さっきまで悲鳴をあげていたはずの精霊さんたちが、なぜか歓声を上げ始めているような?
改めて、気配を探る。
すると、予想外のことが起きていた。
八手の葉っぱによって巻き起こる風で、繭の中に逃げ込んだ精霊さんたちは相変わらず吹き飛ばされている。
だけど、その後がいけない。
一度は飛ばされ、周囲で渦を巻く風の流れによって森の先へと飛ばされていく精霊さんたちだけど。時間が経つと、空から地面からとまた繭の中に戻ってくる。そして、また風に飛ばされる。
紳士の精霊さんが巻き起こす風は、あくまでも精霊さんたちを吹き飛ばすだけの効果しかない。そうすると、ぽんぽんと飛ばされるだけの風は、精霊さんたちにとって格好の遊びになってしまっていた。
『次は、もっと遠くへ』
『びゅんっ、と飛ぶよ』
『うほほーい』
「アリシアちゃん、術の効果が出てないよ?」
「そおれ、みんな飛んでいけー!」
「アリシアちゃんまで楽しんじゃってる!」
抵抗を見せる精霊さんたちを制圧しようとしていたはずなのに、気づけば精霊さんたちと一緒になって遊んでいる。
プリシアちゃんたちも、繭の周囲を楽しそうに飛び回っています。
「ふふふ。エルネア君の嫌な予感が的中してしまったのかしら?」
精霊さんたちの気配を感じ取れないセフィーナさんだけど、僕の困った様子や耳長族の姉妹の暴走を見て、あまり良くない状況だと思ったみたい。
セフィーナさんの言う通り、やっぱり大騒ぎになっちゃった、とため息を吐きたいところです。
だけど、どうなんだろうね……?
「ううーん、僕も空中に浮いてみたい! じゃなくて!」
気づけば僕は、風に煽られて空中を舞うプリシアちゃんたちを見て、微笑んでいた。
そしてセフィーナさんも、困ったような表情ではなく、むしろ楽しそうに笑みを浮かべていた。
「正直に言うと、実は楽しいかもしれない。精霊さんたちにはあまり効果を発揮していないし、騒ぎが大きくなっちゃっているけどさ。でもね、周囲が幸福な気配に満たされていっている感じがするんだ」
「幸福な気配?」
僕は、セフィーナさんより上手に精霊さんたちや森の気配を読むことができる。
気配を探ると、風に乗って飛ばされては、また騒ぎながら戻ってくる精霊さんたちの様子がよくわかる。そして、また元気に飛ばされていく。
精霊さんたちを飛ばした風は森全体に広がり、樹々や草花を優しく撫でる。
植物たちはアリシアちゃんの精霊力が乗った風を受けて、気持ち良さそうに揺れていた。
目先のことだけを見て、事態の打開になっていないこの状況を「悪い予感が的中した」と捉えてしまいがちだけど。でも、それはどうやら浅はかな見識なのかもしれないね。
だって、誰も悲しんでいないし、誰も傷ついていないもん。
まあ、若干名大変なことになっていたり、ユグラ様は依然として救出できていないけど。
でも、これはけっして悪いことではないんじゃないかな?
「ねえねえ、アリシアちゃん。あの植物の繭って、精霊さんたちの術で形成されているんだよね?」
僕はアリシアちゃんに確認する。
すると、アリシアちゃんはにこりと微笑んで、うん、と頷く。
「そうか。それじゃあ……」
僕はセフィーナさんを促して、繭の方へと近づこうと行動に移す。
『やっほーい』
『わはははっ』
『楽しーい』
だけど、近づく僕とセフィーナさんに対して、精霊さんたちからの妨害はなかった。
どうやら精霊さんたちは、繭に接近する僕たちよりも、風に乗って飛ばされる遊びの方が楽しいみたい。
なんの抵抗もなく、僕とセフィーナさんは植物が作り出した巨大な繭にたどり着けた。
「セフィーナさん、手伝ってくださいね?」
「その前に、エルネア君。もう少しこの状況の説明をもらえるかしら?」
少し困り顔のセフィーナさんに、僕は周囲の状況や、そこから生まれた好機について話す。
「そもそもさ。精霊さんたちには本来、物品を収集するような欲求や趣味はないんだよね」
黄金色に輝くユグラ様が綺麗だから、と繭に捕らえた精霊さんたちだけど。よく考えたら、実はユグラ様を捕らえて所有したい、という欲望よりも、どうやって捕らえるか、という方が精霊さんたちにとっては楽しかったんじゃないかな?
そうすると、実際に捕らえてしまえば、所有欲は薄くなっていく。
そこへ、アリシアちゃんが新しい楽しみを提案したんだね。
「つまり、精霊たちはもう、ユグラ様への興味を薄めていて、目の前の新しい遊びに夢中になってしまっているわけね?」
「うん、そういうこと」
試しに、戻ってきては飛ばされていく周囲の精霊さんたちへ確認を入れてみる。
「ねえねえ、精霊さんたち。ユグラ様を返してね? ほら。綺麗なものを所有したり眺めているだけよりも、みんなで遊んだり体験したりする方が楽しいでしょ?」
『そうね、楽しいわ』
『うん、面白いな』
『きらきらも好きだけど、わいわいの方が良いね』
だから、もうユグラ様には
ということで、僕とセフィーナさんは、アリシアちゃんが作ってくれた機会を利用して、ユグラ様の救出に動き出す。
繭を形成している植物に、手を伸ばす。
触れると、自然の生命力とは別に、精霊力の流れを感じることができた。
「セフィーナさんなら、感じ取れるはずだよ。繭に流れる精霊さんたちの力の影響を取り除いて、枝や蔦を解いていけば、ユグラ様を救出できるはずだ」
「けっこうな重労働になりそうだけど、それが私たちの役目かしらね?」
精霊さんたちは、新しい遊びを見つけて無我夢中だ。
しかも、アリシアちゃんやプリシアちゃんたちの暴走っぷりが、精霊さんたちの陽気な心にうまい具合に
僕とセフィーナさんは、枝や蔦をひとつひとつ丁寧に解いていく。
巨大な植物の繭は、何百という蔦や枝や草花によって作られている。それを根気強く解いていく作業は、大変そうだ。
だけど、これは誰も傷つかない最善の策だよね。
強制的に精霊さんたちを排除することはできる。
白剣や竜術で、強引に繭を破壊することができる。
でも、そんな力技では、誰かが悲しんだり傷ついてしまう。
最初はセフィーナさんが言ったように、悪い予感が的中しちゃった、と思いそうになった。
だけど、精霊さんたちの楽しそうな気配や、プリシアちゃんたちの天真爛漫な姿を先入観なく見ることができたおかげで、悪い選択肢の方へ進む
これは、マドリーヌ様のおかげなのかもしれないね。
マドリーヌ様のときに、学んだばっかりだ。
勝手な先入観などに囚われずに、しっかりと相手を見なきゃいけないってね。
精霊力の流れを操りながら蔦を引き剥がすと、難なく解けていく。
繭を解体していきながら、ユグラ様を救出したらアリシアちゃんにきちんとお礼を言おう、と誓う僕だった。
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