最後の難関

「エルネア君、後のことは僕たちに任せてください」

「うん。それじゃあ、お願いしようかな」


 フィレルたちだけでは、ユグラ様を救出するどころか、楽園の森の奥までたどり着くことさえできなかった。

 だけど、セフィーナさんやアリシアちゃんたちの協力を得ることによって、こうしてユグラ様の無事を確認することができた。

 とはいえ、まだ先は長い。

 ユグラ様の全身には未だにつたや枝がからみ付いているので、それをがさなきゃいけない。


 でも、ここまでくれば、あとはフィレルたちだけでも対処できるよね。

 まあ、引き続きアリシアちゃんの補佐は必要だけどさ。

 そして、楽園で起きた問題はあとひとつだけ残されていた。


「それじゃあ、僕とセフィーナさんは盗賊団を捕らえに行かなきゃね?」

「そういうことになるのかしら?」


 アリシアちゃんには、ここに残ってもらう。

 そうすると、必然的にプリシアちゃんも残ることになるね。


「残念だなー。プリシアちゃんたちを残していくことが、残念だなー」

「エルネア君、全然残念そうに聞こえないわよ?」

「気のせいだよ、セフィーナさん!」

「んんっと、プリシアもついていく?」

「いやいやいやいや、プリシアちゃんは、アリシアちゃんと遊んでいてね!」


 風に乗って飛ばされていたプリシアちゃんが、空間跳躍で僕の胸もとに飛び込んできた。それを、また放流ほうりゅうする。

 風に乗って、プリシアちゃんは飛んでいった。


 よし、プリシアちゃんとアリシアちゃんのことは、精霊さんたちを含めてフィレルたちに任せよう!

 けっして、自分が楽をしようとしているわけじゃないからね?


「にゃあ」


 僕はプリシアちゃんの代わりに、アレスちゃんを捕まえる。


「さすがに、アレスちゃんには来てもらわないとね」

「しかたないしかたない」

「プリシアちゃん、アレスちゃんを連れていくね?」

「んんっと、またあとで遊ぼうね?」


 風に舞うプリシアちゃんが、元気よく手を振る。

 いつになく聞き分けの良いプリシアちゃん。

 でも、それは罠です。

 また遊ぼうね。それはつまり、帰ったら続きが待っているってことだからね!


 この騒動が解決して、王都に戻ったら。

 プリシアちゃんとアレスちゃんとニーミアだけじゃなくて、フィオリーナやリームも合流するわけです。

 ははは。

 騒がしくなるね!


「やっぱり、エルネアお兄ちゃんが騒ぎの元凶にゃん」

「いやいや、どう考えても僕が原因じゃないよね!?」


 僕は、自覚のある子です。

 そして、自重する大切さを知っています。

 そんな僕が騒ぎの元凶だとか、絶対に違いますよ?


「んんっとぉ。それじゃあ、盗賊団のところにまで飛ばしてあげるわ!」

「は?」

「えっ!?」


 待って。

 ちょっと待って!


 心の準備が、じゃなくて。

 こちらにも作戦があるんだよ?

 相手は、竜族を相手にするような盗賊団だ。そうすると、少なからず腕前にも自信があったりするはずだよね。

 だから、近くまでしのび寄って、強襲きょうしゅうした方が良いんじゃないかな、とこれからセフィーナさんと作戦会議をする予定だったんだけど?


 だけど、自重を知る僕とは違って、なんでも大騒ぎにしちゃう本当の元凶であるアリシアちゃんは、問答無用だった。


「あああぁぁぁっっっっ!!」


 こちらの段取りや思惑なんて関係ないとばかりに、アリシアちゃんがにっこりと微笑んだ。

 僕とセフィーナさんには、大悪魔の微笑みに見えた。


 ぶわり、と全身が風に包まれる。

 直後に、身構える暇もなく、一瞬で森の樹木を飛び越えて、大空へと舞い上がった僕たち。


「たーすーけーてーっ!」


 地上では、プリシアちゃんが元気よく手を振って見送ってくれていた。

 フィレルやお付きの三人は苦笑していた。

 そしてユグラ様は、騒がしく去っていく僕を見て、呆れていた。


「エルネア君!」

「セフィーナさんっ」


 僕とセフィーナさんを吹き飛ばした風には、指向性があった。

 目的地へとたがうことなく飛ばしてくれている。

 とはいえ、僕たちは空を舞っている。

 このまま無力に地面へ落ちてしまうと、盗賊団を相手にする前に、僕たち自身が大惨事になっちゃう!

 セフィーナさんもいきなり空へと飛ばされて不安なのか、僕へと両手を伸ばしてきた。

 僕はセフィーナさんの手を強く掴む。


「楽しいわね?」

「なっ!?」


 しまった!

 この人は、ユフィーリアとニーナの妹でした。

 あの二人の妹が、この程度で音を上げるわけがないよね。


 僕の手を握ったセフィーナさんは、ふふふといつものように格好良く微笑む。


「セフィーナさんは、怖くないの? このまま落ちたら、大怪我をしちゃうかもしれないんだよ?」

「でも、ほら。この風には、アリシアちゃんの精霊力が宿っているじゃない?」

「うん……そうだね?」

「なら、上手く操ってみせるわ」

「なんて頼もしい!」


 僕よりも男前な気質のセフィーナさん。

 僕は全力で頼っちゃう。

 ユグラ様もさっき、自分にできないことを他者に頼ることは、けっして悪いことじゃないって言っていたしね!

 ただしこの場合は、男としての尊厳そんげんは地にちるだろうけど……


「さあ、行くわよ!」

「う、うん!」


 僕たちを乗せた風は、間違いなく盗賊団たちがひそむ場所を目指して流れていた。

 セフィーナさんも、盗賊団の気配を見失っていないようだ。

 楽園の一点を見据みすえるセフィーナさん。

 僕も、来たるべき時に備え、気を引き締める。


 風は、楽園の中心にある泉のそばを目指して流れていた。

 意識を集中させると、気配を押し殺した複数人の気配をたしかに感じる。

 どうやら、王国騎士団の追撃を逃れた盗賊団は、泉で水を補給しながら、動き出す頃合いを待っているようだ。

 そこへ、僕とセフィーナさんは空から強襲をかけた!


 高速で上空から降下する。

 地上が近づくと、セフィーナさんが風の流れを操り始めた。

 僕たちを包む風が変化し、足下に収束する。

 風がやわらかな緩衝材かんしょうざいとなり、僕とセフィーナさんは泉の側に難なく降り立つ。

 それだけじゃない。

 落下の衝撃を吸収した風は、溜め込んだ力を周囲へと荒々しく解き放った。


「っ!?」


 息を呑んだのは、近くで息を潜めていた盗賊団たち。


 盗賊たちだって、周囲を警戒していたはずだ。

 追っ手の騎士団は近づいていないか。それよりも、竜族たちに見つかっていないか。細心の注意を払って警戒していたはずなのに、襲撃者は突然、予想もしていなかった空から降ってきたんだ。しかも、それだけじゃなく、巻き起こった風によって体勢を崩された。


 狼狽うろたえる盗賊団に向かい、僕とセフィーナさんは容赦なく突っ込む。

 この機を逃したら、盗賊団と正面から戦うことになる。そうなると、面倒だからね。


 空間跳躍を発動させる僕。

 一瞬で、盗賊団の背後に回り込む。

 霊樹の木刀を抜き放ち、盗賊に叩き込んだ。

 うめき声を上げて昏倒こんとうする、盗賊のひとり。

 だけど、盗賊団だって一筋縄ではいかない相手だ。

 不意打ちを受けても、すぐに立ち直る男がいた。

 呻き声に反応して、こちらへ振り返る屈強くっきょうな男。

 でも、意識を僕に向けたのが失敗だった。

 遅れて突撃してきたセフィーナさんが、屈強な男の隙を突いて蹴りを叩き込む。

 屈強な男は何が起きたのかも分からず、気絶する。


 その後は、まさにあっという間だった。

 僕とセフィーナさんで、潜んでいた盗賊団をかたぱしから倒していく。

 そして、アレスちゃんが謎の空間から取り出した頑丈がんじょうなわを使って、昏倒した盗賊団を縛り上げる。


 アリシアちゃんのとんでもない行動に巻き込まれた僕とセフィーナさんだったけど、結果から言えば、空からの強襲は手っ取り早くて、しかも上手く成功したね。


 盗賊団を縛り終えて、ふう、とひと息つく僕。

 セフィーナさんも、ぱんぱんっ、と服に付いた汚れを払いながら、泉の方へと向かう。


「思いのほか、手が汚れてしまったわね。泉の水は聖水と同等の清らかさだと言うけれど、手を洗うくらいは良いわよね?」

「うん、多分それくらいなら大丈夫じゃないかな? 僕も、手を洗わせてもらおうっと」


 ユグラ様を救出する時にも、いっぱい手を使ったからね。汚れている手を洗おうと、僕も泉に駆け寄る。


 その時だった!


「くそ女が!」

「セフィーナさん!!」


 昏倒させたと思っていたはずの男が、起き上がった。

 縛っていた縄を千切り、泉に足を向けていたセフィーナさんへ背後から襲いかかる。

 咄嗟とっさに、振り返ろうとするセフィーナさん。

 だけど、男の方が速い。

 残像さえ残さないほどの速度で、セフィーナさんの懐へと入り込む。

 そして、剛腕ごうわんを無容赦なく叩き込んだ。


「くっ!」


 声を漏らしたのは、男の方だった。


 間一髪。

 空間跳躍を発動させて、僕はセフィーナさんと男の間に強引に割り込んだ。

 片手でセフィーナさんを抱き寄せ、もう片方の手で男の拳を払う。


 必殺の一撃を阻止された男は、だけど狼狽ろうばいすることなく、次の動きを取る。

 素早く、僕とセフィーナさんから距離を取る男。


 逆に、僕の方は連続した動きに移れずにいた。

 原因のひとつは、セフィーナさんを抱きかかえていたから。

 セフィーナさんを護ることを優先して意識してしまったせいか、つい抱き寄せちゃった。

 セフィーナさんも、無意識に僕に抱きついていた。

 なので、距離を取る男を追えなかった。……とは、言えなかった。


 なぜなら、それはもうひとつの原因に由来する。


 男の拳を払った手が、じんじんと、熱く痛む。

 見る必要もなく、骨が折れていることがわかった。


「エルネア君……!」


 セフィーナさんが顔を青ざめさせて、痛む僕の手を取る。


「油断はしていたけどさ。でも、遅れをとったつもりはなかったんだよ。竜気で身体強化はしていたんだ」


 空間跳躍を発動したと同時に、全身を強化するために竜気を解放していた。

 なのに、僕は手を負傷してしまった。


 それだけ、男の繰り出した拳は恐ろしい威力を持っていた。

 もしも、セフィーナさんがあの拳を受けていたら、と考えると、僕の方が青ざめちゃう。

 でも、今はそんなことに思考を巡らせている場合ではない。


 強化された僕の肉体に、こうも容易く傷を負わせた男。


「少し、疑問に思っていたんだよね。人族が竜族を相手に悪巧みをするのかなって。でも、確信したよ。盗賊団のなかに竜人族がいたのなら、可能性はあるよね。しかも、凄腕すごうでなら尚更まおさらだ」

「ほう。人族の小僧のくせに、理解がいいな。それに、竜気を使いこなしてやがる。するってぇと、お前が……?」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべた男は、言われてみれば只者ではない気配を放っていた。

 毛髪もうはつのない頭皮とは真逆に、黒々としげった口周りのひげが印象的な男は、油断なく僕を睨む。

 僕はセフィーナさんを背後にかばい直しながら、動く左手で霊樹の木刀を抜く。


「僕は、八大竜王エルネア・イース。僕のことを知っているなら、大人しくお縄につけ!」

「八大竜王、か。知っている。知っているとも。だが、だからこそ抵抗させてもらおうか。俺の腕前がどれだけのものなのか、試させてもらう」


 くっ。

 僕の威圧が通じないどころか、逆にやる気を起こさせちゃうなんて。


「エルネア君、ここは私が。あの男に蹴りを入れて倒したのは、私だわ。でも、倒しきれていなかったのね」

「ううん、セフィーナさん。ここは僕に任せて。平地に降りた竜人族が起こした悪事は、竜姫りゅうきの代理として僕が責任を持って対処するよ」


 きっとこの場にミストラルがいたら、すごく怒っていたはずだ。

 竜人族の名を汚す行為だとね。

 そして、僕はミストラルの夫だ。

 夫として、妻の代理を果たすのは当然の役目だからね。


「どういう経緯で盗賊になったかは、捕らえてからじっくりと聴きだすからね。覚悟してもらうよ」

「がははははっ。捕らえてからだと? めるなよ、人族風情が。生死をかけて挑んでもらおうか。そうでなくては、俺が後で八大竜王を殺したと自慢できねえじゃねえか」


 どこまでも不遜ふそんな態度をとる竜人族の男。

 だけど、自信を裏付けるような気配を漂わせているのも確かだ。

 並みの竜人族の戦士よりも強いことくらいは、瞬時に感じ取れる。


「噂の八大竜王だ。俺も最初から全力でやらせてもらう。丁度、水もあることだしな」


 水が、竜人族の男の本気にどう関わるのか。それは、すぐに判明した。

 男は、僕の動きを警戒しながら、泉に向かって進む。そして、ゆっくりと泉に入る。


「水竜系の人竜化じんりゅうかか!」


 地竜や飛竜などの能力を持つ人竜化は、これまでにも見てきた。

 だけど、水竜系に変化する戦士をたりにするのは初めてだ。

 いったい、どんな変身をするんだろう!?


 男の肌に、水色の鱗が浮かび上がる。

 手が巨大化し、指の間に水掻みずかきが生まれる。

 鋭くとがった背びれが現れるだけじゃなく、小さな翼も背中から生える。


水辺みずべで俺とやり合うことになった、己の不幸を呪うことだな!」


 言って、人竜化した男は、勢い良く泉にもぐる。

 水に沈む直前。男の二本の脚が同化してひとつになり、魚の胴体のような形になって、足先が尾びれに変化している様子を、僕は見た。


「くっ。なんで……!」


 人竜化した男が潜った泉を、鋭い視線で睨む僕。

 地上戦はともかくとして、どうやって水中に潜った竜人族と戦うか。

 そんなことよりも、僕には思わずにはいられないことがあった。


「なんで、僕の前に現れる人魚系って、むさ苦しい男ばっかりなのさーっ!」


 ルイララといい、竜人族の男といい。

 少年少女の夢を壊さないでほしいよね?


「エルネア君、戦いに集中したら?」


 さすがのセフィーナさんも、苦笑しています。


「でもさ……」


 僕は、この機に負傷した手を回復しようと、セフィーナさんから万能薬を塗ってもらう。


 竜人族が悪いんだからね?

 負傷していた僕に追撃をかけずに、自分から距離を取るどころか、泉に潜っちゃうんだからさ。

 隙が生まれたなら、利用させてもらう。それが戦いの鉄則だ。

 それと、有利な地形に逃げ込んだ相手を、わざわざ追いかける必要なんてない。

 というか、もうこうなってしまったら、戦う必要さえない。


 もちろん、このまま逃すなんて考えは、僕にはないよ?


 でもさ……


 僕とセフィーナさんは、竜人族が潜った泉を鋭く睨む。すると、水面が激しく泡立あわだち始めた。

 身構えるセフィーナさん。それを、僕がやんわりと止める。


「心配ないよ」

「だけど……?」


 水中から攻撃されたら、回避はできたとしても、反撃は難しい。そうセフィーナさんは思っている。

 だけど、僕は違った。

 僕は最初から、泉のなかの気配を感じ取っていた。


 僕たちが動かない間にも、水面を揺らす泡は次第に大きくなっていく。

 そしてついに、泡の中から人影が姿を現した。


「っ!!」


 驚愕するセフィーナさん。

 僕はアレスちゃんを呼び寄せると、泉から姿を現した人物へと向き直る。


「貴方が泉に落としたのは、このむさ苦しい男でしょうか。それとも、汚い男でしょうか」

「どっちも一緒の人物を指していませんか!?」


 泉から現れ、泡の上に立つ人物。それは、人竜化した竜人族の男ではなく、美しい女性だった。

 肌が透き通って見えるほど薄手のころもを羽織り、妖艶ようえんに微笑む女性。

 その女性が、汚そうに指先に掴んで泉から引っ張りあげたのは、先ほど泉に潜った竜人族の男だった。


「エルネア君?」


 不思議そうに僕と男と泉の女性を交互に見つめるセフィーナさんへ、事情を説明する。


「あの方は、水の精霊王せいれいおうさまだよ。竜人族の屈強な戦士でも、精霊王には敵わないよねぇ……」


 はい。気づいていました。

 最初から、わかっていました。

 泉の奥からは、精霊王の気配が漂っていたからね。

 そこに潜った竜人族の男が悪いんです!


「森の方で、我が子たちが随分とお世話になっているようですね?」

「むしろ、騒がしくしちゃってごめんなさい、って言いたいくらいです」


 水の精霊王さまが汚そうに掴んだ竜人族の男は、白目を向いて、今度こそ完全に意識を失っていた。

 水の精霊王さまは、汚物を岸辺きしべへと無造作に投げ捨てる。


「泉がいつまでも清らかなのは、精霊王さまのおかげだったんですね」

「ふふふ。少し前に、人族の巫女におがんでいただきました。彼女たちの祈りは、清らかで好きですよ」

「そう、伝えておきます」

「つたえるつたえる」

「霊樹さまにこのような場所でお会いできるとは。微力ながら協力できたことを、嬉しく思います」

「僕たちの方こそ、本当にありがとうございます」


 対決をするまでもなく竜人族の男を倒せたのは、水の精霊王さまのおかけだからね。

 僕とセフィーナさんは改めて、深く感謝をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る