問題発生?

 岸辺にてられた人魚もどきの竜人族を、今度こそ逃げられないようにきつく縛り上げる。

 もちろん、普通の縄では千切られちゃうので、アレスちゃんと霊樹ちゃんの協力をもらって、強化してもらう。


「そういえばさ。他にも竜人族が紛れ込んでいないかな?」


 アレスちゃんに調べてもらうと、昏倒している者の中に、他にも竜人族が二人紛れ込んでいた。

 この二人が意識を取り戻したら大変なので、これまたアレスちゃんにお願いをして、盗賊団はまとめて深い眠りに落としてもらう。


「私たちではどうしても見分けがつかないわね」

「どうして人族だけ、種族を見分けられる能力がないんだろうね?」


 それは、とても不思議なことです。

 耳長族だって竜人族だって、他種族を見分ける直感を持っている。しかも、見分ける直感は生まれ持った能力らしく、獣人族の子供にだってきちんと見分けることができるんだ。

 それなのに、人族はどんなに努力しても、他の種族を見分けられない。

 もちろん、獣人族や耳長族のように身体的な特徴が顕著けんちょな種族は判別可能だけど、竜人族や神族のように見た目が人族と同じような人たちを区別する能力は、僕にもありません。


「人族の世界観で言うのであれば、女神様がお与えにならなかったということは、きっとその能力はあなた達には必要ないということなのでしょう」


 すると、水の精霊王さまがそんなことを口にした。

 まさか、他の種族から女神様のことに言及げんきゅうされるだなんて。思わぬ指摘に、僕とセフィーナさんは目を見開いて顔を見合わせた。


「でも、その意図いとはどこにあるのかしら?」

「考えれば考えるほど、不思議だよね。よし、戻ったらマドリーヌ様に質問して困らせよう」

「ふふふ、エルネア君も悪戯好きね?」

「好きな人を困らせたいと思うのが、男の心理ってやつだよ!」

「あら、それじゃあ私も困らせてくれるかしら?」


 なんて言いながら、セフィーナさんが身体を密着させてきた。

 僕の腕を抱き寄せて、引き締まった身体を押し付けてくる。


「気のせいかな!? 逆に僕の方が困る状況だよ!」


 盗賊団を捕らえることができて、これで楽園の問題は解決できた。それでセフィーナさんもようやく気をゆるめることができたのか、僕の言葉を逆手にとって揶揄からかう。

 でも、便乗してきたのは、なにもセフィーナさんだけではなかった。


「それでは、こちらからも貴方を困らせましょうか」

「はっ。精霊王さまが悪巧わるだくみを!?」


 相変わらず、水の精霊王さまは泡立つ水面の上に立っている。

 精霊王さまは泉の上から、縛り上げた盗賊団を指し示した。


「あの者たちを、これからどうなさるつもりでしょうか。森の外まで連れ出すにしては、お二人では手が足りないように思いますが? それとも、こちらで処分いたしましょうか?」

「しまった、そのことを忘れてた!」


 精霊王さまは、悪戯というよりも、僕たちがすっかり忘れていたことを指摘してきた。


「そういえば、そうよね。盗賊団を何人も引きずって森の外まで運ぶのは、現実的とは言えないわ」

「とはいっても、精霊王さまに処分をお任せするわけにもいかないし?」


 精霊王さまにお任せしちゃったら、きっと問答無用で森のやしにされちゃう。

 でも、それは駄目です!

 人族の国で悪事を成した彼らには、ヨルテニトス王国の法律にのっとった処罰を受けてもらうのが一番良いと思うんだよね。

 とはいえ、盗賊団にまぎれ込んでいた竜人族の三人を人族がさばくのは難しいだろうから、ミストラルの力を借りることになるかもしれないけど。


「それじゃあ、どうするのかしら?」


 僕の意見に、セフィーナさんが首を傾げる。

 というか、そろそろ離れてくださいよっ。

 傾けたセフィーナさんの頭が僕の肩に寄り掛かる。すると、女性の香りが強く鼻腔びこうをくすぐって、どきどきしちゃう。


「ニーミアだけは連れてくるんだったなぁ」

「でも、ニーミアちゃんを連れてきたら、もれなくプリシアちゃんもついてきたと思うわよ?」

「そして、プリシアちゃんが来るということは、アリシアちゃんも同行してくる?」

「そうなると、ユグラ様の救出にたずさわる者がフィレル王子とお付きの三人になるわね?」

「そうそう。そしてそして、賢者であるアリシアちゃんがあの場からいなくなるということは、また精霊さんたちが騒ぎ出す?」

「それで、結局はまた振り出しに戻るわけね?」

「ニーミアを連れてくる案は、最初から無理だったね!」


 なんて恐ろしい連鎖れんさなんでしょう。

 まさか、ニーミアというかなめを動かすだけで、こうも事態が転変するだなんて。


「それじゃあ、レヴァちゃんを……」

「怒られない?」

「絶っっっっっ対に、怒るよね!」


 僕の確信に、セフィーナさんが笑う。

 とはいえ、他に方法が思いつきません。

 すると、そこに妙案を提示してきたのは、霊樹ちゃんだった。


『精霊さんたちにお願いしてみたら?』

「ほうほう、その手があったね。迷いの術を少し操作してもらって、すぐに森から出られるように……はっ!」


 きらきらとした瞳で、アレスちゃんが僕を見つめています!


「駄目だ。この案は、危険すぎる!」

「どういうことかしら?」

「セフィーナさん。精霊さんたちの悪戯好きを甘く見ちゃ駄目だよ? 協力する振りをして、絶対に悪さを仕掛けてくるからね? この場合だと、絶対に迷わされちゃう」

「ふふふ、なるほどね」

「ざんねんざんねん」


 捕らえた盗賊団は、アレスちゃんの力で眠らされている上に、これまたアレスちゃんの協力によって強化された縄で雁字搦がんじがらめに縛り上げられている。なので、盗賊団が起きて暴れる、という心配はない。

 そして、そういう心配事がない、という状況が、心配なんだよね。


 アレスちゃんだって、場の雰囲気くらいは読む。

 大変な状況の時や、協力してほしい時なんかは素直に手助けしてくれる。

 だけど、事態が収束したこの状況だと、今度は悪戯をしそうです。というか「ざんねん」と言っている時点で、悪戯をする気満々だったってことだよね!


『思い出づくり?』

「首謀者は霊樹ちゃんか!」


 旅の思い出に僕たちを困らせるだなんて、なんて悪い子なんでしょう。


「そういえば、副都の旅館では随分と楽しい思いをしたようね、エルネア君? 私とマドリーヌ様は、まだ同じくらいの体験をしていないわよ?」

「いやいや、僕は結構大変だったんだよ?」

「でも、楽しかったのでしょう?」

「……はいっ!」


 みんなで、いろんなことをしました。

 言えることとか、言えないこととか。

 言えないこと?

 それは、ミストラルたちが寝ている間にアレスちゃんと霊樹ちゃんとやった、悪戯のことですよ?

 はははっ!


「夫婦なのですものね。それはそれは……」

「なんか今、精霊王さまに心というか記憶を読まれた気がします!」

「きのせいきのせい」

「アレスちゃん、君はどっちの味方だい?」


 精霊さんたちに悪戯されるまでもなく、僕はみんなにもてあそばれちゃっています。

 困りました!


「そ、それで……。これから、どうしよう? やっぱり、レヴァリアを呼ぶのが現実的な案なのかな?」

「きっと怒るでしょうけど、怒られるのはエルネア君だけですものね?」

「セフィーナさん、そこは一緒になって謝ってよ? きっと、ご奉仕したら機嫌を直してくれるからさ」

「いいけど、そのあとは私にもきちんとご奉仕してね?」

「ど、どんなご奉仕をすれば良いのかな!?」

「ふふふ、おすまま」

「きゃーっ!」


 どきどきが止まりません!


「ほうこくほうこく」

「アレスちゃん、誰に何を報告するのかな!?」

「プリシア?」

「嘘だっ」

「ほんとうほんとう」

「怒らないから、正直に言ってみなさい」

「ミストラル」

「きゃーっ」


 監視者ニーミアがいないと油断してはいけません。

 アレスちゃんも、危険です!


「おいもさんをあげるから、僕たちだけの秘密だよ?」

「おいもおいも。でも、たらないの。アレスにもごほうししてね?」

「それは、幼女なアレスちゃんかな? それとも、大人なアレスさんかな?」

「ふふふ。エルネアは大人が良いのか」

「急にアレスさん口調に!?」


 恐ろしい子。

 幼女と大人を使い分けるだなんて、家族の中で最も悪い子は、プリシアちゃんやユフィーリアやニーナではなくて、アレスちゃんだね。


『黙っておくから、ご奉仕ねー?』

「霊樹ちゃんまで、悪い子になってきた!」


 僕の周りには、良い子はいないのでしょうか。

 とほほ、と困る僕を見て、みんなが笑う。


「人の子よ。貴方は、多くの者から愛されていますね?」

「そうなのかな?」

「そうよ、エルネア君。だから、早く私とマドリーヌ様をめとってちょうだい」

「何気に、逆告白されちゃった」

「あら、今更じゃない?」

「でも、そういうけじめは男の僕の方から言いたいな? だから、もう少しだけ待ってね。セフィーナさんとマドリーヌ様のことをもっと深く知って、求婚するからさ」

「ふふふ、それも既に告白だと思うのだけれど? でも、いいわ。待っていてあげる。ただし、おばあちゃんになるまでには告白してね?」

「二人が若いうちに、ちゃんと迎えるよ!」


 水の精霊王さまは、僕とセフィーナさんのやり取りを顔をほころばせながら見つめていた。


 とても優しそうな精霊王さまだね。

 きっと、水の精霊だけじゃなくて、森中の精霊たちからもしたわれているに違いない。


「ところで、気になっていたんですけど。この楽園ができてまだ間もないのに、もう精霊王さまが住み着いてる?」

「言われてみると、疑問よね。それと、水属性の精霊王がいるのなら、他の属性の王も存在するのかしら?」


 精霊たちに関して、僕はまだまだ知識が足らない。

 でも、竜の森や禁領の様子を見ていると、精霊王という存在はそうぽんぽんと生まれるようなものじゃないように感じるんだよね。

 現に、あの広大な自然の禁領では、精霊王の存在を見かけたことも感じたこともない。

 なのに、僕とリステアの影響を受けて生まれたこの楽園には、もう精霊王さまが住んでいる。

 いったい、どうしてなんだろう?


 こちらの疑問に、だけど精霊王さまは直接的な答えを教えてはくれなかった。


「その問いは、どうぞ賢者様へ。あなた方を教え導くのは、私ではなく賢者様のお役目でしょうから」

「ふぅむ。賢者となると、アリシアちゃんかな? それとも、ユンユンとリンリン? もしくは、ユーリィおばあちゃんかなぁ」

「今思ったのだけれど。エルネア君の周りには、賢者が多すぎない?」

「言われてみると?」


 他にも、東の大森林まで足を伸ばせばランランがいて、北の地にはイステリシアだっているしね。

 気づけば、僕の知り合いには竜王並みに賢者が増えていた。

 まあ、それを考え出すと、今更感が強いんだけどね。


 なにせ、僕の周りには珍しい者がよく集まる。

 古代種の竜族だとか、精霊王だとか。魔王とも三人ほど面識があるし、その上位の存在とも会ったことがある。

 他にも、北の魔女さんや東の魔術師のモモちゃん、南の賢者であるアリシアちゃんとも仲が良いよね。


 考えれば考えるほど、普通じゃない者たちが頭に浮かんできちゃうので、これ以上は考えないようにしておきましょう。

 そうじゃないと、人族の王様だとか勇者といった存在の価値が「普通の人たち」という格付けに落ちちゃいそうで、恐ろしい。


「……と、話が違う方向に逸れちゃっているけど。元に戻すと、どうやって盗賊団を外に運び出すかだよね?」


 疑問の答えは、次回に持ち越し。

 それよりもまずは、目先の問題を片付けましょう。


「ユグラ様が救出されるのを待つ、という案はどうかしら? ユグラ様やニーミアちゃんなら、自分たちが戻ってもエルネア君と私が戻ってきていなかったら、捜索そうさくに来てくれると思うけれど?」

「それは、いい考えだね。それじゃあ、もうしばらくここでゆっくりしていこうかな? 精霊王さま、もう少しだけお邪魔させてもらってもいいでしょうか」


 水の精霊王さまは、僕とセフィーナさんの提案をこころよく受け入れてくれた。


「来るもの拒まず、と言います。どうぞ、ごゆっくり」

「ふふふ、これでエルネア君をもう少し独り占めできるわね」

「セフィーナさん、それが狙いだったんだね?」


 でも、忘れていませんか。

 ここにはアレスちゃんと霊樹ちゃんもいるんですよ。だから、きっと独り占めにはならないと思うんです。

 そして水の精霊王さまが姿を現したということは……


『精霊王さまー!』

『一緒に遊びましょ』

『楽しいんですよ』

「ほらっ、来た!」


 周囲から精霊さんたちが集まりだした気配を感じ取り、僕だけじゃなくてセフィーナさんも苦笑していた。

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