今年最後のお祭り騒ぎ

 勇者の帰還は、国をげてのお祭り騒ぎとなった。

 見事に復活した炎の聖剣と、勇者の新たな伝説に、アームアード王国の国民は誰もが誇らしげにリステアをたたえる。

 劇場や酒場だけじゃなく、広場やちょっとした街角でも、全国から集った吟遊詩人ぎんゆうしじんが、リステアの苦難に満ちた旅を新作のうたとして唄う。


 最初は、聖剣が折れてしまう悲劇。

 次に、竜族や竜人族、そして竜王である僕に導かれて、竜峰を越える旅。

 魔族の国を横断するために、魔族と大立ち回りを繰り広げたり、人族の間でも認知度が高くなった巨人の魔王の協力を得たり。

 そして、ようやく天上山脈に入り、東の魔術師を助けて魔王クシャリラを撃退する。


 脚色きゃくしょくが付いていたり、空想が混ざっていたり。

 もちろん、尾ひれは盛大に付け加えられています!


 でもさ、これで良いんだと思う。

 だって、みんなから愛される勇者の、伝説の旅だもんね。


 人々は、リステアの受難や数々の苦楽に一喜一憂いっきいちゆうし、吟遊詩人の詩を話題に盛り上がる。

 吟遊詩人の人たちも、互いに物語を比べあったり競い合ったりしながら、リステアの旅をさらに盛り上げていく。

 そして、各地に勇者の新たな伝説を広げるために、旅立っていくんだ。


 街を歩けば、年末の喧騒けんそうを包み込むように、そこかしこから吟遊詩人の唄が聞こえてきた。


 でも、人々を歓喜に沸かせ、連日のお祭り騒ぎに発展させたのは、なにも吟遊詩人の唄だけではない。


 リステアが新たに持ち帰った、大聖剣。

 今では大神殿に納められているけど、立春あたりまでは一般に公開されているんだよね。


 大剣という、見応えのある存在感。

 そこに、透明な刀身という、神秘性まで加わった大聖剣をひと目見ようと、大神殿には連日のように長蛇の列ができていた。


 もちろん、賑やかなのは国民だけじゃない。

 王様も、リステアの偉業を讃えて、貴族やお偉いさんたちを集めて毎日のように祝賀会をひらいている。

 まあ、もともと年末で、新年の祝賀のためにいろんな人たちが王都に集まってきていたからね。

 おもてなしも踏まえて、建築途中の王宮は大賑わいだ。


 かくいう僕たちも、何度か晩餐会ばんさんかいに招ばれました。

 だけど、本命は実家にある。


「ごめんなさい、エルネア。わたしがみんなを呼び寄せたばかりに」

「ううん、良いんだよ。ミストラルの機転のおかげで、邪族の被害を抑えることができたんだよ。本当なら、竜峰同盟の盟主である僕が声をかけた方が良かったんだろうしさ」


 そうなのです。

 王都が連日のお祭り騒ぎであるように、僕の実家も大いに賑わっていた。

 毎度のことながら、竜人族や獣人族のみんなは、僕の実家に滞在している。

 広いお庭では、竜峰から降りてきた竜族たちが休んでいた。

 そして僕たちは、対邪族戦に協力してくれたみんなをねぎらうために、こうしておもてなしをしているわけです。


 でもさ、本当に騒がしい。

 なにせ、苦労のあとのお休みだもんね。

 羽目はめを外しすぎるみんなを制御するのが、とても大変です。


 ちょっと、そこの地竜さん!

 物見遊山ものみゆさんだといって、お屋敷から気軽に出ないでね!

 ただでさえ勇者の帰還で騒がしい王都のなかを、大きな身体の地竜がのしのしと闊歩かっぽしちゃったら、火に油を注ぐような展開になっちゃいますからね。

 素直に、飛竜のみんなが狩ってきたお肉を分け合って、談笑していてください。


 そういえば、地竜と飛竜は仲が悪い、と最初に教わったんだけど。

 ああして、お肉を分け合うくらいに仲良くなれたのは、暴君と呼ばれていたレヴァリアが丸くなったおかげかな?

 そのレヴァリアは、ライラに鱗を磨いてもらって、気持ち良さそうに瞳を閉じていた。


 そして、竜族以外にも、お屋敷にはいろんな種族が滞在し、いろんな騒ぎを起こしていた。


 竜人族と獣人族が腕競べをしたり、飲み比べをしたり。

 耳長族と精霊さんたちが楽しそうに踊っていたり。

 子竜のフィオリーナとリームが、魔獣たちと追いかけっこをしていたり。


 まるで、動物園だね!


 カレンさんを筆頭に、お屋敷で働いている人たちは大忙しだ。

 だけど、みんな楽しそう。

 お酒の追加を運んだり、ひっくり返って汚れた人の介抱をしたり。なかには、竜族たちのお世話をしている人も!

 そんな使用人さんたちも、仕事の合間に手をゆるめて談笑の輪に入ったり、仕事を切り上げてお酒を飲み始めたりと、結構、というか、随分と自由だ。

 きっと、庶民派の母さんのことだから、真面目も大切だけど、それ以上に日々の生活を楽しみなさい、という方針だからじゃないかな?


「だから、自由人なエルネアお兄ちゃんが誕生したにゃん」

「ぼ、僕は自由人なんかじゃないよ!?」

「あら、そうかしら? エルネアから自由を奪ったら、廃人はいじんになりそうだと思うのはわたしだけかしら?」

「うっ……」

「でも、そうね。貴方はいつでも貴方らしく、自由に振るまっていてちょうだい。わたしたちも、そういう貴方の方が好きよ」

「えへへ」


 ミストラルに「好きよ」と言われて、目尻が下がる僕。それを見たミストラルが、隣で可笑おかしそうに笑う。


「ふふふ。それで、自由人なエルネア。あれはどうするのかしら?」


 ミストラルは僕の頭を撫でながら、お屋敷の屋根の上で翼を休める大鷲へと視線を移す。


 天上山脈から遠隔魔術を行うために、僕たちと一緒に飛来してくれた大鷲。

 僕はてっきり、大聖剣を授けたリステアのために、これまで協力してくれたんだとばかり思っていたんだけど。


 大鷲は、日に何度か王都の空を飛び回る。きっと、王都の賑わいを空から観察しているんじゃないかな。

 だけど、最後にはこうして必ず、僕の実家に戻ってきて羽を休めるんだよね。そして、興味深そうにみんなの騒ぎを屋根の上から見つめるんだ。

 ただし、みんなが誘っても、大鷲は騒ぎの輪には入らない。

 なぜだろうね?


 羽を休めるだけなら、リステアのお屋敷だって立派だし、あっちの方も見ていて楽しいと思うんだけど。

 聞けば、騒ぎの中心であるリステアは、毎日どこかに引っ張り出されては、まつり上げられているのだとか。

 でもなぜか、大鷲はリステアではなく、僕の側から離れようとはしなかった。


「もしかして、貴方が魔女の話をしたからじゃないかしら? モモを、禁領のお屋敷に招待したのでしょう?」

「ああ、なるほど!」


 天上山脈では、魔女さんと逢えない。でも、禁領のお屋敷でなら、ばったりと会える可能性がある。それで、僕はお礼も兼ねて、モモちゃんをお屋敷に招待したんだよね。

 もしかしたら、というか絶対に、モモちゃんはそれを期待しているんだね!


「それと、ひとつ。気になることがあるわ」


 すると、これまで頬を緩めていたミストラルが、真剣な表情に戻った。


「このままモモに、こちらの文化を見せ続けても良いのかしら?」

「と、言うと?」

「だって、ほら。モモは、天上山脈で独りなのよね? そんな人が、人々の賑やかさを知ってしまったら……」

「あっ!」


 私も、人々と共に町で生活し、楽しみたい。孤独が寂しい、なんて思ったら……

 そして、天上山脈を離れてしまったら。

 人族の文化圏を守護する東のかなめが、失われちゃう!?


「あわわわっ。どうしよう、ミストラル?」

「ふふふ。ライラのような戸惑いをしないで。可愛いから、抱きつきたくなっちゃうわ。と、冗談はさておき。その辺は、エルネアにお任せするわ。貴方なら、きっと素敵な結果を導き出せるわよ」

「ううーん、そうなのかなぁ?」


 ミストラルが寄せる信頼は嬉しいんだけど、はたして、僕はモモちゃんの幸せな未来と、人族の平和を維持できるのだろうか。


「とりあえず、ちょっとモモちゃんとお話ししてくるね」

「はい、いってらっしゃい」


 ミストラルに見送られて、僕は空間跳躍を発動する。

 すると、お屋敷の屋根の上だって、あっという間に移動できちゃう。


「こんにちは、モモちゃん」


 突然、隣に僕が瞬間移動をしてきたからか、大鷲は丸い瞳をくりくりとさせて驚いていた。


「ねえねえ、みんなと一緒に遊ばないの? 食べ物は……味覚はさすがに伝わらないよね? でも、お喋りはきっと楽しいよ。それにみんなも、モモちゃんに興味いっぱいなんだ」


 ええっと、僕はなにを言っているんだろうね?

 モモちゃんが人の温もりを覚えて、天上山脈を降りてしまうことを危惧きぐして、こうして様子を見にきたはずなのに。


 でも、まあ。そうだよね。

 やっぱり、楽しい場面では、楽しんだ方が良いんだと思う。それが本心だからこそ、僕は上辺だけの言葉じゃなくて、思っていたことを口にしたんだ。


 すると、大鷲はまさに本物のように、頭部をくりくりっと動かしながら、僕をじっと見つめる。そして、人の言葉を口にした。


「は、恥ずかしい……」

「んなっ!?」


 ここにきて、衝撃の事実の発覚です!

 モモちゃんは、どうやら人見知りみたい!


 でも、考えてみると、そうか。

 天上山脈の奥で、ずっとひとりだったんだもんね。僕たちと出逢ったときもそうだったけど、モモちゃんは人と素直に接する方法を知らないんだ。

 そして、この大賑わい。きっと、気後れしていたんだろうね。

 これは、僕の配慮不足だ。


「大丈夫だよ。僕が紹介してあげるから、一緒に行こう?」

「い、いやっ。恥ずかしいっ」


 おやまあ。随分と可愛らしい。

 きゅっと瞳を閉じて、ぷるぷるっ、と首を振る大鷲。大きな脚を、右、左、右、左、と首振りに合わせて足踏あしぶみさせている。


「そ、それよりも……」


 大鷲の拒否反応が可愛くて、いつまでも見ていたい。だけど、大鷲の方はすぐに話題を切り替えてきた。


「魔女……。会えない?」

「ううーん、今は難しいかなぁ。ごめんね」


 やっぱり、モモちゃんは魔女に会いたいんだね。

 あこがれの人。幼い頃に、耳にした人物。

 きっと、当時のモモちゃんには意味のわからないものだったんだろうけど、不思議と印象に残っていたんだね。

 だけど、強い印象は次第に深い想いへと変わり、いつしか、遠い憧れになっていった。


 僕は、モモちゃんの憧れを叶えてあげたい。

 でも、時期と場所と、そしてなによりも、幸運が重ならないと、難しいかもしれない。


「ここは、禁領のお屋敷ではないんだ。僕の実家だけどね。魔女さんと会える可能性があるのは、禁領のお屋敷の方なんだよ」


 そういえば、モモちゃんに禁領のお屋敷を教えておかなきゃ、来られないよね。

 往来の方法も、問題だ。

 東の魔術師と呼ばれるモモちゃんだけど、さすがに空間転移は使えないみたい。

 そうなると、招待しても移動が大変になっちゃう。

 大鷲の魔術で、ひとっ飛び。なら簡単かもしれないけど、魔女さんと会うのに、大鷲の瞳を通して水晶越しに、なんて味気のない邂逅かいこう勿体もったいなさすぎる。


 そうそう。水晶越しといえば。

 人の言葉を発することでさえ苦手なモモちゃんだけど。なぜか、魔術によって創られた人や動物越しでは、流暢りゅうちょうな言葉になる。

 思考がそのまま言葉になるからなのかな?

 モモちゃんは、自分の喉を使って喋るのが苦手なのかもね。


 そんな、人見知りで、話すことも人と接することも苦手なモモちゃんが、人の温もりや賑やかさを知ってしまったら……

 僕は、改めて大鷲と向き合う。

 モモちゃんも、丸く大きな大鷲の瞳を通して、僕を見つめていた。


「ねえ、モモちゃん。みんなと一緒に、楽しく暮らしたいって思う?」


 聞いて、どうするんだろう?

 モモちゃんの本心を知って、何ができるんだろう?

 もしも、モモちゃんが天上山脈を降りたいと言ったら、僕はどうすべきなんだろう。


 モモちゃんの返答次第によっては、僕は人族の文化圏の運命を巻き込むような問題を抱え込んでしまうかもしれない。

 だけど、ここできちんと聞いておかなきゃいけないんだと思う。

 モモちゃんと接すること。これから関係を築いていく上で、これは目を背けてはいけない課題なんだ。

 そして、人との接し方を知らないモモちゃんに、遠回しな言い方や回りくどい質問はしちゃいけない。単純で明快な問いかけじゃなきゃ、モモちゃんの本心は聞き出せない。


 モモちゃんは、じっと僕を見つめる。

 そして、大きなくちばしを開き、何かを口にしようとした。


「おおーい、エルネア。実は、頼みごとがあるのだよ」


 だけど、別の場所から声をかけられたことによって、大鷲は口を閉じてしまった。


 僕と大鷲は、中庭から声をかけてきたおじいちゃんを見下ろす。

 それは、竜の森に住む耳長族の長老である、白髭しろひげのお爺ちゃんだった。


 ま、まさか!

 竜の森に大変な問題が?

 精霊さんたちが、また大騒ぎでもしているのかな!?

 それとも、スレイグスタ老がまた変な悪戯いたずらをしたとか!


 無意識に身構える僕。

 すると、お爺ちゃんは笑いながら、お願い事を口にした。


「実はなぁ。年末じゃし、プリシアを連れ帰ってきておくれ。あれは一応、村の次期族長だからね」

「な、なるほど!」


 拍子抜けなお願いに、僕は屋根の上で足を滑らせた。

 屋根から落ちそうになった僕を、大鷲が嘴で素早く捕まえてくれた。

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