白き 神楽剣

 青い宝玉の横に、もうひとつ。見る角度に合わせて極彩色ごくさいしょくに変化する、不思議な宝玉がめられている。

 宝玉は、込められた力の属性に合わせて色を変化させるというけれど、いったいどんな属性が宿っているのかな?


 二つの大きな宝玉の周りには、緻密な彫りが施されている。でも、これは最初からだよね。

 普段は、まじまじと見ることは少なかったけど、改めて見ると、彫刻はつばだけじゃなく、つかや、やいばが納められているさやにも、綺麗に彫られてあった。

 でも、前とは印象が随分と違う。

 何が違うのかな? と、しっかり観察する。

 すると、すぐに気づいた。


 彫刻を際立たせるように、彫りに螺鈿細工らでんざいくが施されてあった。

 極彩色の宝玉と合わせ、きらきらと光を反射していて、とても綺麗だ。


 変化は白剣本体だけじゃない。

 鍔の両端には、すずが装飾として付け加えられていた。

 でも、不思議なことに、白剣を揺らしても鈴は鳴らない。

 それと、鈴自体にも装飾が施されてあって、鍔の端で優雅に揺れていた。


 そして、もうひとつ。

 というか、もう一箇所。

 柄の先端からは、長い帯が垂れていた。


 むむむ?

 何だろうね、この帯は?


 にしきの帯は、指三本くらいの太さ。それが、赤い組紐くみひもで柄の先端にくくり付けてある。帯の長さは、ちょうど白剣の刀身と同じくらいかな?


 鈴もそうだけど、まるで戦闘向きではない装飾に、ちょっとだけ首を傾げる僕。

 すると、ミストラルが少しだけ躊躇ためらいがちに教えてくれた。


「とても、悩んだの。ううん、本当に悩んだのは、宝玉を製作してくれていた竜術師りゅうじゅつしおきなかしら」

「どういうこと?」


 元々、白剣は未完成のまま、僕の手に渡されたんだよね。

 白剣の素材は、スレイグスタ老のきばだ。それを、竜人族の最高の刀匠とうしょうが彫り上げた。

 ただし、僕の十五歳の旅立ちに間に合わせるために、彫刻以外の装飾や宝玉はなかった。


 ミストラルは、最初に白剣を準備してくれた時に、まだ宝玉は間に合っていないって言っていたよね。


 そりゃあ、そうだよね。

 リステアの炎の宝玉などと同じで、竜気を宿した宝玉を作るのだって、長い歳月が必要になる。

 素材となる宝玉が霊樹の宝玉だったり玉泉ぎょくせんから採れる玉石だったりすると、力を込めやすい。でも、鉱石系の宝玉よりも短期間で力を込められるとはいうけれど、それでもちゃんとした逸品いっぴんを作ろうと思えば、それなりの時間を要するんだ。


 つまり、青い宝玉の横で極彩色に輝く宝玉こそが、製作段階から準備されていた、白剣の為の宝玉なんだね。

 でも、そこで何を悩んだんだろう?


 ミストラルは続ける。


「ほら、途中で、巨人の魔王から雷の宝玉を受け取ったでしょう?」

「うん、ちょっぴり呪われているけど、威力は凄いよね」

「そう。その話を伝え聞いた竜術師の翁が、はたして自分が力を込めている宝玉は、魔王の宝玉と釣り合うだけの物なのだろうか、と困ってしまって」

「ああ、そうだよね!」


 僕は魔王から遠慮なく受け取っちゃったけど、そもそも青い宝玉が白剣に嵌められるのは、想定外の出来事だったんだ。

 そうなると、完成した白剣を思い描きながら宝玉を準備してくれていた竜術師の方は、それはもう、困っただろうね。


「それで、随分と前に、相談を受けたのよ。エルネアに必要な力とは何か。貴方に相応しい宝玉とは何かとね」


 まさか、僕の知らないところで、困っている人がいただなんて。そして、密かにミストラルが協力していたことも知らなかったよ。


「ごめんね。迷惑をかけちゃっていたんだね」

「いいえ、それは気にする必要はないのよ。だって、そのおかげで、こうして貴方らしい、貴方に相応しい白剣を完成することができたのだから」


 ふふふ、と微笑むミストラル。

 周りのみんなも、うんうん、と笑顔で頷いていた。


「エルネア。貴方は、自分が思っている以上に、みんなから愛されているわ」


 それは、妻たちだけのことじゃない。竜人族の人々、竜族のみんな、精霊さんたちや、魔獣。他にも、耳長族や獣人族や、魔族。そして、もちろん、人族からも。

 ミストラルは、僕がどれだけ多くの者たちにしたわれているのかを語る。

 そして、そこに白剣の答えがあった、と言う。


「多くの者たちから愛されている貴方だもの。それなら、宝玉に込める力は、誰かひとりの術者だけの力ではなく、みんなの想いを込めた方が、貴方の持つ剣に相応しいと思わない?」


 結婚の儀のときに、僕は妻たちの想いと力が込められた宝玉を貰った。

 白剣の宝玉は、それをもっと大勢の者たちに拡大した、珠玉しゅぎょくの逸品ってことだね!


「それでね。竜術師の翁と相談して、方針を転換したのよ。竜術師の竜気だけでなく、貴方と縁のある方々に少しずつ力を注いでもらって、完成させましょうとね」

「はいはーい。そこで、私の登場ですよー」

「リリィ!」


 えっへん、と胸を張るリリィ。


「大変だったんですからねー。エルネア君に内緒で、各地を飛び回ったんですよー。スレイグスタ様も、ミスト様も、本当に竜使いが荒いですよねー」


 もしかして、リリィがここ最近はずっと忙しそうだったのって、宝玉を持って飛び回っていたから?


「これが竜の森の守護を担う試練でしたー」

「わわわっ。リリィ、ありがとうね!」


 宝玉の由来ゆらいを知り、胸がいっぱいになる。

 極彩色に輝いている理由は、多くの者たちの、多くの属性に起因する力と想いが複雑に宿っているからなんだね。

 これなら、最古の魔王から贈られた宝玉の横に並んでいても、相応しすぎるほどの価値がある。


「僕は、もっともっといっぱい、努力しなきゃいけないね。そうしないと、みんなの力は引き出せないや」


 この場にいるみんなも、きっと宝玉に力を注ぎ込んでくれたんだ。

 だから、誓わなくちゃいけない。

 みんなの想いに応えられるような、立派な竜王になるのだと。


「エルネア君。鈴と錦の帯なのですが」


 すると、ルイセイネが声をかけてきた。


 そうそう、新しい宝玉に気を取られていたけど、同じくらい気にしなきゃいけない装飾が、白剣には増えているんだよね。


 僕は、改めて質問する。

 こうしてルイセイネが前に出てきたということは、この装飾に関しては、彼女が主導したものなんだよね?


「わたくしは、常々つねづね思うのです。エルネア君はどんどん強くなっていきますよね。そして、いっぱいいろんな物を壊しちゃっています」

「うっ……」


 ルイセイネさん、それは言わない約束だよ?

 だけど、ルイセイネは僕をとがめているのではなく、優しく笑ってくれていた。


「ですが、本質は違うのだと、わたくしだけでなく皆様が知っていますよ。エルネア君の技には想いが詰まっていますし、竜剣舞は、それはもう本当に美しいですから」


 利己的な暴力のために竜剣舞を舞ったことはない。いつも誰かを想い、何かを護るために力と技を研鑽けんさんし続けてきた。それは、自信を持って言えることだ。

 まあ、たまーに、ごくごくまれに、ちょっぴり物を壊しちゃったりすることはあるけどさ?


「にゃあ」


 ニーミアよ、なぜそこで欠伸あくびをするんだい!


「ふふふ。それでですね、宝玉の件でミストさんからご相談を受けた際に、思ったのです。白剣はエルネア君のためだけの武器ではありますが、それと同時に、竜剣舞のための剣でもありますよね」


 炎の聖剣が、人族のための剣であるように。

 大聖剣が、邪族を滅ぼすためだけの武器であるように。

 僕の白剣は、竜剣舞を舞う為の、大切な相棒だ。


「ですので、精霊の鈴と錦の帯は、竜剣舞に必要な装飾として準備しました」

「エルネア君、舞踊に旋律せんりつは必要不可欠だわ」

「エルネア君、演舞に律動りつどうは必要不可欠だわ」

「エルネア様、綺麗な衣装を着て戦うことはできませんが、錦の帯が優雅さを演出してくれますわ」

「よ、余計な装飾だったのなら、謝るわ。エルネア君……」


 すると、みんなが口を揃えて訴えかけてきた。

 そうか、みんなはちょっぴり不安だったんだね。

 僕が、この装飾を気に入ってくれるかどうかをさ。


 僕は鈴を振ってみる。

 だけど、音は鳴らない。

 これは、普通の鈴じゃないんだと気付く。

 ルイセイネは「精霊の鈴」と言ったよね。ということは、鈴が鳴る場面とはすなわち、精霊さんたちが関わる場合かな?

 きっと、鈴に竜気を宿すことによって、音色をかなでる神秘の宝具だ。


 次に、錦の帯を手に取ってみる。

 とても滑らかな手触り。

 テルルちゃんの糸で織り込まれているのかな。絹糸のような繊細さを感じるけど、とても丈夫そうだ。

 長く垂れた帯が絡まらないように剣を振るう必要がある。そして、帯が綺麗になびくときは、つまり優雅さが備わった、魅力的な剣戟けんげきになっているということだね。


「みんな……」


 視線を上げると、ミストラルたちは真剣な表情で僕の様子を伺っていた。


「ありがとう! とても、素敵だと思う。竜剣舞が、もう一段上の技に昇華したような気がするよ!」


 誇張こちょうではない。

 本当に、そう思えた。


 そうだ。

 これなら、邪族とだって戦える!

 これまでずっと、僕を支え続けてくれた霊樹の木刀。完成した白剣と、みんなの想い。そして、僕の竜剣舞を合わせることによって、大聖剣とは違う、新たな切り札を手に入れたんだと確信する。


 僕の喜びに、みんなは、ぱっと表情を明るくした。

 そんなみんなに、僕は言う。


「ミストラル、それと、ユフィとニーナも手伝ってね。ルイセイネは、女神様への祝詞のりと奏上そうじょうしてほしい。ライラは、竜族の力を取り纏めて。セフィーナさんは、みんなの力の流れを制御して。さあ、やるよ。竜人族の人たちも、竜族のみんなも、全員が協力してね!」


 何を、とは誰も聞き返してこなかった。

 みんな、理解してくれているんだ。

 これから、僕が何をしようとしているのかを。

 そして、僕の行動の先に、邪族を倒す答えが有るのだと信じてくれていた。


 僕は、完成された白剣を右手に持ち、左手で霊樹の木刀を抜き放つ。

 ミストラルは漆黒の片手棍を。ユフィーリアとニーナは竜奉剣りゅうほうけんを携えて、僕と向き合う。


 ルイセイネが祝詞を朗々ろうろうと奏上し始めた。

 僕は祝詞に合わせて、竜剣舞を舞う。

 ミストラルとユフィーリアとニーナが、竜剣舞の相手役を務める。

 竜族たちが、喉を鳴らして律動を取る。男性の竜人族の戦士たちが、低い旋律を、女性の戦士たちが高音の旋律を奏でる。


 祝詞の奏上と律動と旋律によって、音楽が生まれた。

 僕は音楽に合わせて、竜剣舞を加速させていく。


 ひらり、と上半身を流して霊樹の木刀を薙ぐ。ミストラルの漆黒の片手棍と美しく交わり、竜気が弾けた。

 白剣が、綺麗な斬撃の軌道を描く。ユフィーリアとニーナが、黄金色に輝く竜奉剣で受け流すと、弾けた竜気が増幅されていく。

 すると、僕たちが弾けさせた竜気は次第に方向性を生み、いつしか流れ星のように可視化して、尾を引き始めた。


 竜気の流れ星が乱舞し、竜剣舞を華麗に演出する。


 ライラの指揮で、地竜たちが揃いの足踏みを打つ。飛竜や翼竜たちが、優雅な舞踊のように翼を羽ばたかせて、空をいろどる。

 レヴァリアの炎が空を赤く染め、火の粉が花吹雪のように舞う。


 竜剣舞によって弾ける、僕たちの竜気。さらに、竜族や竜人族の戦士たちが解放した力を、セフィーナさんが巧みな技で、ひとつの流れへと誘導していく。

 嵐の竜術を補佐するように、力の本流に回転を加えていき、天空へと導く。


 りぃん、と鳴らないはずの鈴が涼やかに響く。

 大気に満ちたみんなの想いが、鈴の音色に乗って拡散していく。

 すると、音色にかれたように、精霊たちが集まってきた。

 精霊は唄い、竜剣舞に合わせて軽やかに舞う。


 錦の帯は、白剣の軌道をなぞるように、優美にはためく。

 帯の流れを綺麗に見せようと思うと、これまで以上に丁寧な竜剣舞を心がけなきゃいけない。でも、とても難しいけど、無理じゃない。

 むしろ、動きのひとつひとつを深く意識することによって、竜剣舞の精度が増していく。


 竜脈のなかで、魔獣たちが踊る。

 竜脈の流れを変えるほどの、激しい踊り。

 だけど、けっして輪を乱すような無秩序感はない。全ての者たちが音楽と竜剣舞に合わせて、自分の役目を演じきっていた。


 これはもう、僕だけの「竜剣舞」ではない。

 みんなで力を合わせた、世界へ捧げる「竜演舞」だ。


 世界の敵であるという、邪族。

 ならば、世界を想う僕たちの竜演舞こそが、切り札となる。


 剣を交える相手は、敵である必要なんてない。

 むしろ、想いを同じくする相手である方が、演舞としての完成度は極みに近づく。

 そして、演舞を彩る音楽と踊りが、舞台にさらなる華を飾っていく。


 でも、娯楽ごらくの演舞ではない。

 これは、世界と女神様に捧げる、神聖な神楽舞かぐらまいだ。

 ルイセイネの祝詞によって、竜演舞は女神様へと届くはず。

 そして、世界を想う僕たちの心も、きっと伝わる。


 女神様。

 どうか、世界をお救いください。

 世界の敵である邪族をはらい、安寧あんねいをもたらしてください。

 竜剣舞に想いを込めて、竜演舞を奉納する。


 僕たちの想いは、奇跡を生んだ。


 昼日中ひるひなかだというのに、世界に夜のとばりが降りる。

 だけど、暗くはない。

 いつのまにか中天に昇った満月が、僕たちを優しく照らしてくれていた。

 そして、満月の周りには、月明かりに負けじと一生懸命に輝く満天の星々が。


 満月の光と星々の輝きが共存する、不思議な夜空。

 きっと、女神様と世界中の者たちが、この竜演舞を観覧してくれているんだね。


 僕は、白剣と霊樹の木刀を高く掲げた。

 見える世界、視認できなくとも繋がり、折り重なった幾つもの世界を貫き、霊樹は女神様の手へと届いた。そんな、気がした。


 ふわり、と霊樹が優しく光った。

 満月と星々の輝きを霊樹が集める。

 そして、霊樹が集めた想いの結晶は、白剣の新たな宝玉へと注ぎ込まれ、極彩色の輝きが増していく。


 みんなの想いが込められている宝玉だからこそ、世界の意志を受け取るうつわとして相応しいんだね。


 さあ、邪族よ。

 これが、みんなの想い。

 世界の意志だ!


 ここをもう少し進んだ先に、邪族の住処すみかがある。

 でも、瀕死の邪族を確認する必要なんてない。

 世界の意志は、世界に満ちているから。

 そして、白剣の宝玉に強く込められているから。


 遠くで、邪族が悲鳴をあげたような気がした。

 だけど、僕は躊躇うことなく、白剣を振り抜いた。


 宝玉に宿った力が、解放される。

 世界が、満月の輝きで満たされていく。

 眩しくて目を開けていられないけど、けっして激しい光ではない。むしろ、全てを優しく包み込むような、慈愛に満ちた輝きだ。


 女神様は、世界の敵である邪族も、最期さいごは慈愛で包み込むんだね。

 それなら、僕たちも女神様の優しさに応えなくちゃいけない。


 邪族の気配が薄れていく。


 僕は、願う。

 どうか、女神様に導かれた先では、世界の敵だなんて憎まれた存在になりませんように。


 僕は想う。

 邪族だけじゃない。この竜演舞の奉納によって、世界に不和をもたらすよこしまな気がしずんでほしい。

 そのためなら、僕たちはいつでも何度でも、竜演舞を捧げます。


 すると、閉じた瞳の奥で、誰かが微笑んでくれたような気がした。

 背中に翼を生やした、満月のような女性?

 気のせいかな?


 満月の輝きは、ゆっくりと収まっていった。そして気づくと、世界はまた、太陽の輝きに照らされた日中に戻っていた。

 中天に満月は見えないし、太陽の輝きで星なんて、ひとつも確認できない。


 今さっきまでの現象は、まるでミシェイラちゃんが見せた限定的な桃源郷の世界のようだね。


 僕たちは、邪族の気配が完全に消滅したあとも、竜演舞を奉納し続けた。

 全てが終わったから、はいおしまい、ではない。本幕が終わったら、今度は感謝を捧げなきゃね。


 そして。


 真剣に、でも、楽しく。

 竜演舞は、みんなの協力によって賑やかに、夕方まで演じられたのだった。

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