戻るべきところへ

 炎の聖剣を復活させ、さらに新たなる大聖剣を持ち帰った伝説の勇者、リステア。

 そして、華々はなばなしい帰還と同時に魅せた、大活躍。

 人々は、勇者とその仲間たちの名前を歓喜と共に連呼し、にぎわいをみせる。


 僕は、人々の中心で讃えられる大親友の姿を確認すると、そっと場を離れた。


「それでは、行きましょうか」

「ルイセイネ?」


 すると、なんの合図もないのに、家族のみんなが僕に足並みを揃える。

 そして、あたかも今後の僕の行動を知っているかのように、ルイセイネが微笑んだ。

 もしかして、竜眼で僕の動きだけじゃなくて、思考まで筒抜つつぬけになっちゃったのかな!?

 なんて、思っていたら。


「勇者と聖剣の復活に水を差すのもなんだし、あとはわたしたちの仕事かしら?」

「ミストラル!」


 なんと、ミストラルまでもが僕の動きを読んでいた。

 それだけじゃない。


「この場は、勇者たちに譲るわ」

「この場は、セリースたちに譲るわ」

「でも、美味おいしい部分は、やっぱりエルネア君が持って行かなきゃね」


 僕の両側からお胸様を押し付けてきたのは、ユフィーリアとニーナ。……歩きにくい! だけど、至福ですね。

 それと、冒険者たちを指揮していたセフィーナさんも、合流してきた。


「エルネア様! わたくしもお供いたしますわ」


 もちろん、ライラもついてきた。


 さらに、空を見上げると、紅蓮色に鱗を輝かせるレヴァリアを先頭に、対邪族討伐戦に加勢してくれていた飛竜や翼竜の姿も見える。

 それだけじゃない。


「今回は竜姫の要請で平地に降りてきたが、やはり俺たちはこちら側だろう?」

「人族の祭り騒ぎには、あまり興味はない。ならば、竜峰同盟の盟主であるお前に付き従うのが正しいのだろう」


 イドと、ザン。そして、竜人族の戦士たち。さらには、地竜たちまでもが僕の後を追ってきた。

 ただし、竜人族の戦士のみんなは、竜王であるイドと戦士筆頭のザンが動いたから、追従してきたって感じだけど。


「みんな……」


 驚く僕に、ミストラルが笑いかけてきた。


「ふふふ、わたしたちも、貴方ほど日進月歩にっしんげっぽではないけれど、日々成長しているのよ?」

「そうだよね。僕は特別な存在じゃないんだから、僕が気付くことは、ミストラルだって気付くよね。それに、イドやザンも」

「エルネア君、わたくしたちもちゃんと気づきましたからね?」

「はわわっ。エルネア様は、私たちにとって特別な存在ですわ」

「そうよ、エルネア君。貴方は家族にとって特別だわ」

「そうよ、エルネア君。貴方はみんなにとって特別だわ」

「私が言うのは、おこがましいことかもしれないけれど。竜人族や竜族にとってもエルネア君の存在は特別だから、こうして皆様が付き従ってくれているのだと思うわ」


 やれやれ。僕は、みんなだって僕と一緒で、色々と考えていたり、いろんなことに気付くんだよね、と言いたかったんだけど。なぜか、特別な存在という部分に食いつかれちゃった。


 勇者たちをたたえて歓喜する人族のみんなに気づかれないように、こっそりと抜け出した僕たちだけど。気づけば、僕は僕の方で、妻たちに囲まれて賑やかになっちゃっていた。


「人族が勇者の帰還を待ち望んでいたように、ミストラルたちもお前の帰りをずっと待ち焦がれていたんだ。わかってやれ」


 ザンに言われて、僕は反省する。


「みんな、ごめんね。僕はやっぱり、特別なんだよね! それと、ただいま」


 改まって言うと、ちょっぴりはずずかしい。だけど、言うべきことは言わないとね。

 僕の戻りの挨拶を受けて、家族のみんなが「お帰りなさい」と声を揃えて迎えてくれた。


「……そ、それで。俺たちはいったい、どこへ向かってるんです?」


 そこへ、申し訳なさそうに割り込んできたのは、若い竜人族の戦士だった。

 はぁっ、とイドが露骨にため息を吐く。すると、竜人族の戦士はおびえたように肩を萎縮いしゅくさせて、固まってしまった。


「お前らなぁ。よくもまあ、その程度の能力で竜人族の戦士を名乗れるな。もう一度、戦士の試練を受けなおせ」


 屈強な竜人族の戦士たちでさえも小柄に見えるほどの、化け物じみた巨躯。

 さらに、りあげた頭の天辺から刺青を入れた風貌は、見た目からして恐ろしい。

 そのイドに睨まれたら、そりゃあへびに睨まれたかえるみたいに萎縮しちゃうよね。


 だけど、ため息を吐いたのは、イドだけじゃなかった。

 ザンまでもが、落胆したように仲間の戦士たちを見る。


「八大竜王であるエルネアや、竜姫であるミストラルはまだしも、称号持ちではない奥方までもが気づいているのだぞ? それなのに、お前らときたら……」


 こりゃあ、竜峰に戻ったら、竜人族の戦士の人たちは、イドとザンの指導で厳しい修行が待っているね。

 という今後の展開はさておき。

 僕は、未だに事情が掴めないまま同行してくれている竜人族の人たちに、事情を話した。


「まだ、終わっていないんだよ。たしかに、邪族は大聖剣の一撃を受けた。でも、倒しきれていなかったみたい……」


 僕の言葉を受けて、これまで呑気のんきに構えていた戦士の人たちの表情に、緊張が走る。


「あれだけの攻撃を受けて、まだ死んでいないだって!?」


 竜人族の戦士の人たちでさえ、ほとんど気づけていなかった。そうなると、人族で気づけた人なんて、誰もいないだろうね。

 だけど、間違いではない。


 邪族は、たしかに生きている。


 蛇が脱皮をするように、表面の分厚い鱗を犠牲にして、邪族は太陽が降ってきたかのような大聖剣の一撃を受け切った。

 そして、世界に姿を溶かして人々の視界から消え、逃げ延びた。


「だが、野郎も命辛々いのちからがらに逃げるだけで精一杯だったようだ」


 イドの言葉に、ザンが頷く。


 アレスちゃん伝いに、ミストラルたちから報告は受けていた。

 邪族は、どこからともなく現れて、ひと暴れすると、またどこかに消えるという。

 おそらく、どこかに巣なり寝床なりがあるはずだと、冒険者のみんなが山岳地帯を探し回っていた。だけど、とうとう最後まで、邪族の住処すみかを発見することはできなかったみたい。


 でも、今回は違う。

 邪族は大聖剣の一撃を受けてもなお、しぶとく生き延びた。だけど、さすがの邪族も瀕死の重傷を負ったのか、逃げる際にとうとう尻尾を見せた。

 僕たちはそれに気づき、こうして後始末に動き出したというわけです。


「なぁに、あとは楽な仕事だ。死にかけている邪族に、とどめを刺すだけだからな」


 にやり、と残忍な笑みを見せるイド。

 隣で、ミリーちゃんがどん引きしていますよ!


 とはいえ、本当に楽な仕事なのかな?

 健全であったときは、あのミストラルの全力を受けても軽傷以下の傷しか負わせられなかった邪族だ。

 東の魔術師こと、モモちゃんの大魔術を受けて、瀕死だとはいっても、はたして易々ととどめを刺すことはできるのか。


 でも、不思議なことに、不安視しているのは僕だけだった。


「奴の尻尾は、見失うことなく追えている。どうやら、山をひとつ越えた先に住処はあるようだ。もう、逃げられまい。ならば、のんびりと向かうことにしよう」


 いつもなら確実性を重視するザンが、楽観的な意見を口にする。

 すると、ミストラルも幼馴染おさななじみの意見に同意をみせた。


「邪族の住処へ向かうがてら、貴方の旅を聞かせてちょうだい」

「えええっ、今なの!? 僕としては、この苦難の旅のお話は、あとで落ち着いたときにでも、ゆっくり語ろうと思っていたんだけど?」


 冬が来た。そして、年末も間近だ。

 ミストラルとの約束を守り、今年中に帰ってこられた。

 だから、リステアたちとの旅は、禁領のお屋敷に戻ってからゆっくり話そうと思っていたんだけど?


「小せえ奴らはよ。手に汗握る冒険譚ぼうけんたんに目を輝かせて聞き入るもんだ。だが、大人はよ。先にあらすじを知っておいて、詳しい事情を酒のさかなにして聞くのも、楽しいもんなんだよ」


 そういえば、禁領のお屋敷でゆっくりと、なんてことになれば、まだ招待していないイドやザン、他にも勇者の不在中に平地で頑張ってくれていた戦士のみんなには、聞かせられないってことになっちゃうよね。

 そうすると、僕の想定していた考えは、無効になっちゃう。

 それに、イドの言葉にも一理あるね。


 僕たちにとっては苦難の連続で大変だった旅だけど、こうして無事に戻ってこられたのなら、楽しく語ることのできる物語になるはずだ。

 そして、大人はときとして、手に汗握る冒険譚よりも、わいわいと賑やかに語る気兼ねない話の方が好きだったりする。


 僕がこの場で旅のあらすじを話しておけば、今後あらためて話題になったときに、展開を気にすることなく聞くことができるよね。

 そして、突っ込みが入ったり、思わぬ疑問点を指摘されたりと、新たな話の種になるんだ。


 それじゃあと、僕は邪族の住処を目指しながら、聖剣復活の旅を語った。


「ねえ、みんなは噂とか聞いたことがある? 魔族にはね、物質創造の能力を持った始祖族がいるんだよ。猫公爵ねここうしゃくって言われていてね……」


 猫公爵、アステルさん。そして、その従者であり護衛役であるトリス君。

 漆黒の両腕を持つトリス君との旅は、とても刺激的だった。

 魔族が支配する世界にも、ああいう気概きがいのある人族はいるんだね。

 魔族相手に口悪くちわる口撃こうげきしたり、魔族もかくやという悪巧みを駆使した戦い方は、興味深かった。


 トリス君とは、帰還の途中で別れちゃった。

 というか、彼は自分の生活拠点に戻っただけなんだけど。


「行ってみたいなぁ。エルネア君が盟主を務める竜峰も興味があるし、その先に勇者の国があるなんて、初耳っすからね!」


 アステルさんのお屋敷で別れる際に、再会を誓い合った僕たち。

 いつか、トリス君やアステルさん、さらに黒猫魔族のシェリアーさんとは、また巡り会えるような気がするよ。


「僕たちは天上山脈で、東の魔術師であるモモちゃんにようやく出逢えたんだ。でも、最初は本当に大変だったんだからね?」


 モモちゃんは、衰弱の眠りから四日後に目を覚ました。

 僕たちは、モモちゃんが目を覚ますときに備えて、いっぱい狩りをしたよ。

 結局、狩猟大会の優勝者は、アレクスさんだった。

 まさか、アレクスさんがあれほど狩りの名手だったとは。

 僕も、まだまだ修行不足だね。


 モモちゃんは、僕からの思いがけぬ宝玉の贈り物や、保存を考慮した大量の加工肉、それに動物の毛皮に感激してくれていたっけ。

 そして、僕たちはその後に、苦難の旅を急展開させた事実を知る。


 そう、大聖剣に関することだ。


 驚いたことに、僕たちが囚われていた洞穴の奥には、まだ先があった。

 つまり、あれです。モモちゃんの、魔術です。

 大鷲や鉄格子を具現化させたように、行き止まりだと思っていた洞穴の奥壁も、モモちゃんが魔術によって創り出した幻だった。

 あの、魔王クシャリラさえも、見逃していた真実。そして、幻惑の壁に封鎖されていた洞穴の奥には、モモちゃんが長い歳月をかけて力を注ぎ込んできた、あの大聖剣が保管されていたんだ。


「だが、大魔術とはいえ、あの威力は尋常ではなかった。使用者には大きな負担がありそうだがな?」


 イドの疑問に、僕は答える。


「実は、ちょっとばかり難点があってね。あれは、一度力を解放すると、いっときは使用できなくなっちゃうんだ」

「いっときとは?」

「百年くらい?」


 人の言葉を口にした邪族を瀕死に追い込んだ大聖剣と、モモちゃんの大魔術。

 だけど、利点ばかりではない。

 やはり、どれほどの威力があったとしても、原点を辿れば、呪術なんだよね。


 大聖剣には、対邪族用となる大魔術が封じられている。

 だけど、力を解放してしまうと、大魔術の再使用にかかる呪力の充填じゅうてんに、長い時間がかかっちゃうんだ。

 それも、半端なく長い時間が。


 今回、リステアは大聖剣によって邪族に勝利した。

 でも、次に大聖剣の力を振るえるのは、少なくとも百年後だ。


「おいおい、俺たち竜人族ならまだしも、五十年程度の寿命しかない人族には、随分と長い歳月だな?」

「でもさ、あれはあくまでも対邪族専用だし。数十年間隔で邪族がぽんぽんと湧いても困ると思うから、良いんじゃないかな?」


 リステアとは、事前に話し合っている。

 勇者の象徴は、これからも炎の聖剣がになう。

 そして、邪族への切り札となる大聖剣は、アームアード王国の大神殿で保管してもらい、人々の最後の希望として、いざとなったときに封印を解く、と決めていた。


「これなら、普段は力を失っているなんて気づかれないでしょ?」


 この悪知恵は、きっとトリス君の影響です。

 力を再充填させている期間は、炎の聖剣で乗り切ってもらう。そして、本当の危機に陥ったときにだけ、大聖剣は振るわれる。としておけば、百年くらいは乗り切れると思うのです。


「うまいこと考えたものだ。それにしても、大魔術か。遠く西の地から、ここにまで影響を及ぼすとはな」

「ああ、それなんだけどね」


 言って、僕は空を見上げた。

 すると、空を飛ぶ竜族たちに混じって、大鷲が付いてきていた。


「さすがに、知らない土地では遠隔魔術は使えないみたいなんだよね」


 それで、大鷲の登場です。

 大鷲の瞳は、モモちゃんが持つ水晶と繋がっている。

 大鷲の視覚を通して、モモちゃんは現在、僕やこの地を視ているわけだね。

 妖魔の群を焼き払った遠隔魔術は、大鷲から伝えられた視覚情報があったから、発動できたってことです。


 ちなみに、あの大鷲は魔術で創られた幻であり、親友である本物の大鷲は天上山脈にいる。


「モモちゃんと、約束したんだ。いつか、禁領のお屋敷に招待するってね。あそこでなら、もしかしたら魔女さんと対面することができるかもしれないから」


 東の魔術師を陰ながら支えてきた、北の魔女。

 だけど、なぜかモモちゃんは、魔女さんと直接顔を合わせて会ったことがないらしい。なら、今回のお礼として、お膳立ぜんだてくらいはしたいよね。


「ところで、エルネア。さっきからモモちゃん、モモちゃんと言っているけれど。変わった名前ね? 古風と言うべきなのかしら?」

「ああ、ええっとね……」


 命名は、僕です!


 いいじゃないか、モモちゃん。

 可愛いよね?


「にゃあ」


 天上山脈からアームアード王国まで、たった二日で飛んでくれたニーミア。

 今は疲れて、僕の懐に潜り込んで休んでいます。


「そうそう、アレクスさんとルーヴェントだけど」


 二人とは、竜峰で別れた。


「いったん、故郷に戻るんだって。アレクスさんは最後までリステアの旅に付き添うと言ってくれていたんだけど、聖剣も無事に復活したし、二人も長期間、故郷を離れているからね。待っている人たちが心配していると思ったから、遠慮したんだ」


 でも、二人は戻ってくるはずだ。

 今回の旅で、リステアと同じくらい貴重なものを手に入れたのは、もしかするとアレクスさんだったかもしれない。


 偉大な祖先である闘神とうしんの手から奪われた魂霊こんれいを取り戻す。それが、アレクスさんの一族の命題だという。

 先ずは魔王が所有する魂霊の座の複製を奪い、いずれは支配者が持つ真作しんさくを。

 当初、アレクスさんは、僕が持つ魂霊の座にも少なからず興味を示していた。

 だけど、今回の旅で色々と見識を広めたみたい。


「やはり、魔族もあなどれぬ存在だ。魔王はおろか、配下の魔将軍でさえも討ち取れぬような腕前では、到底望みには手が届かない」


 鬼将きしょうバルビアと互角だったとはいえ、アレクスさんは戦果に満足しなかったみたいだ。

 それで、今後は一旦、故郷に戻ったあとに、修行の旅に出るらしい。

 そして、修行先は既に決まっていた。


 巨人の魔王を頼るんだって……

 アレクスさんも、なかなかに大胆な人ですね。

 仲介役には、ルイララが気前よく名乗り出てくれた。


「ねえ、聞いてよ。ルイララったらさ!」


 存在を忘れてなんていませんよ?

 天上山脈を離れる際に、ちゃんと確認しました。

 でもさぁ……


「天上山脈の麓の村で僕たちをかばって、バルビアから時間を稼いでくれたのはありがたいけどさ」


 僕たちを逃がすために、バルビアと対峙したルイララがどうなったのか。それを知るために、僕たちは天上山脈の麓の村へ戻った。

 すると、そこには……


「やあ、エルネア君。待ちくたびれたよ?」


 暖かい部屋で、のんびりとお茶を飲むルイララが!

 怪我なんてしていないし、それどころか休日を優雅に過ごして、お肌つやつやの貴公子!


「本人が白状したんだけどね。僕たちを逃したあと、ルイララはバルビアと取引したんだって。なんとさ、ルイララは事前に、巨人の魔王から書状を受け渡されていたみたいなんだ。巨人の魔王は、クシャリラと争わないって内容だったみたい」


 天上山脈で何が起きようとも、巨人の魔王、ならびに配下の魔族は干渉しない、という文面だったらしい。

 それで、ルイララはバルビアと事を荒立てることなく場を収めた。


 僕たちは売られたことになるけど、まあ、それは仕方がないよね。

 巨人の魔王は、事前に言っていたわけだし。

 僕には不便ふべんさを覚えてもらうために、苦労してもらうってね。


 巨人の魔王は、最初からクシャリラの動きを読んでいた。

 そして、ルイララの案内によって天上山脈には来られたけど、あとは自分たちでどうにかしなさい、ということだったんだと思う。


 それに、あのまま巨人の魔王の配下であるルイララと妖精魔王クシャリラの側近であるバルビアが対決しちゃっていたら、魔王同士の抗争にまで発展する可能性だってあったわけで。

 そう考えると、巨人の魔王の書状やルイララの裏切りは、理解できちゃう。


 てもさ、やっぱり苦労した身からすれば、暖かい部屋でぬくぬくと待っていたルイララが恨めしく思えちゃうよね。


「でも、その変な馬……。自動馬形じどうばぎょう? の面倒を見てくれていたのでしょう? なら、ちゃんと感謝しなさい」


 そうだよね。バルビアの奇襲によって、アステルさんからたくされていた六色の自動馬形は、お留守番をしてくれていたルイララがちゃんと見張ってくれていたんだ。

 もしもルイララがいなかったら、どこかの魔族に奪われて、今頃は売り飛ばされていたかもね。


「よし、次に再会したときは、いっぱい感謝して、お礼をしよう!」


 でも、その前に。


 僕たちには、残された仕事がある。


 簡略的に旅を語っていたつもりだけど、気づけば山を越えていた。

 もう、邪族の住処は近くだ。


 だけど……


「僕は結局、ミシェイラちゃんを探し出せなかったんだ」


 新たな切り札となる大聖剣をモモちゃんから授かったことで、魔女さんに頼る必要もなく、戻る算段がついた。

 だけど、まさか大聖剣でもとどめを刺せなかっただなんて。


 今更ながらに、不安がよぎる。

 これなら、リステアたちには先に帰ってもらい、僕はミシェイラちゃんを探す旅を続けた方が良かったのでは、という後悔も湧いてくる。

 だけど、僕の不安を払拭するように、なぜか全員が微笑ほほえみあっていた。


「なぁに、しぶとい野郎だが、もう瀕死なのは確実だ。なら、超常の力を持つ者に頼る必要もなく、仕留めることはできる」

「そう、お前ならな。エルネア」

「ぼ、僕が!?」


 はたして、僕にそんな力はあっただろうか。

 そりゃあ、竜術を駆使したり、霊樹の精霊剣を使えば、あるいは……


 でも、まだ精霊剣のことは、みんなには話してないよね?

 なのに、なんでザンは自信ありげに頷いているんだろう?


「ふふふ、自分の置かれた立場を、理解できていないようね?」

「ミストラル?」


 なんのことだろうと、ミストラルを見つめる。

 すると、ミストラルは不意に立ち止まり、屈み込んだ。

 そして、自分の影に手を当てると、僕じゃない相手に、声をかけた。


「リリィ、良いわよ。出ていらっしゃい」

「えっ!?」


 ど、どどど、どういうこと!?


 僕の疑問をよそに、ミストラルの影が膨らむ。

 そして、黒い影から、漆黒の鱗をした古代種の竜族、リリィが元気よく飛び出してきた。


「はいはーい。呼ばれましたよー」


 なんで、ミストラルの影に、リリィが?


 リリィは、巨人の魔王の言いつけで、僕に加勢しないように言われているんだよね?

 それなのに、なぜこの場に?


「リリィ、持ってきているわね? なら、渡してちょうだい」

「はいー。回収してきましたよー」


 ミストラルにうながされて、前足をごそごそと動かすリリィ。

 巨大で鋭い爪が、ミストラルの前に出される。


「あっ!」


 僕は、そこで見た。


 リリィが器用に爪で挟み、ミストラルに手渡したもの。


 見慣れた色。

 見慣れたはずの、形。

 だけど、少しだけ意匠いしょうが違う。


 記憶のなかでは、つかから剣先まで、真っ白な剣だった。

 つばには、巨人の魔王の魔力が内包された青い宝玉だけが埋め込まれていた。

 だけど、それは記憶とは少し違う。


 鍔にはもうひとつ、見知らぬ宝玉が。

 鍔先や柄の先には見慣れない装飾があり、緻密な彫りが施されている。


「ねえ、ミストラル。それって……」


 驚きのあまり、声が震えている自覚がある。

 そんな僕を見て、ミストラルだけじゃなく、みんなが優しく微笑んだ。


「待たせたわね。ようやく、白剣が完成したわ」


 リリィから、ミストラルへ。

 そして、ミストラルから、僕の手へ。


 思いを込めて手渡された、馴染み深い剣。

 だけど、新たな力を宿した白剣に、僕は息を呑んだ。

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