太陽の勇者

「勇者リステア!」


 兵士が叫んだ。

 すると、砦にいた者たちは誰とはなしに全員が走り出した。

 真夏のような太陽の輝きを受けて美しく燃える鳳凰を追い、人々は砦を飛び出す。


「おいおい、お前らなぁ。山は意味不明に燃え上がっちまっているし、どこに邪族が出現するかわかんないんだぞ?」


 歓喜かんきく兵士たちの騒ぎに、ルドリアードさんは苦笑する。でも、そういう本人も、軽い足取りで走り出した。

 もちろん、セリースちゃんを筆頭とした勇者様ご一行の面々は、誰よりも先に飛び出していた。


「……それで、エルネア。貴方は行かなくていいのかしら?」

「はっ! 見つかっちゃった!」


 リステアの名前を連呼しながら砦の外へ向かって走る兵士や冒険者の人たちを、僕は中庭の陰からひっそりと見ていた。

 だけど、ミストラルにあっさりと見つかっちゃった。


 気配を殺した僕に気付くなんて、さすがだね!


「あら、エルネア君だわ」

「まあ、エルネア君だわ」


 ユフィーリアとニーナが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 遅れて、ルイセイネとライラが仲良く近づいてきた。

 そして最後に、ミストラルが苦笑しながらやってきた。


「セフィーナさんは?」

「セフィーナは、冒険者を率いているわ」

「セフィーナは、冒険者の引率だわ」


 聞けば、竜峰に入る審査をっていたセフィーナさんは冒険者に顔が利くということで、冒険者を取りまとめる職務に就いているらしい。

 そもそも、セフィーナさんはおおやけには第三王女であるから、こういう場合は公務優先になっちゃうんだね。


「それで、貴方はこんなところで何をしているのかしら?」

「ええっとですね……」


 話せば長くなっちゃう。

 でも、悠長に長話をしている場面でもないしなぁ。

 それで、簡潔かんけつに事情を説明した。


「あのね、これはリステアの活躍の場面なんです!」


 山の頂に築かれた砦からは、山岳地帯を遠くまで見渡すことができる。

 だけど、その山岳地帯は今や、烈火れっかの炎で燃え上がっていた。


 普通だったら、この異常事態を前に、誰もが度肝どぎもを抜かれて大慌てになるところなんだろうけど。

 でも、アームアード王国の国民は違うんだ。


 炎といえば勇者であり、炎の宝玉をたたえた聖剣を誰もが連想する。

 しかも、炎の勇者であるリステアを象徴するような真っ赤な鳳凰が、空を優雅に飛んでいるんだ。

 これでリステアの帰還を思い浮かべないような人族は、アームアード王国の国民じゃないね!


 そして、我れ先にと砦を飛び出し、リステアの姿を確認しようと興奮するみんなの行動は、実に正しい。

 誰もが、待ちがれていたんだ。

 どんな苦境に追い込まれようとも、勇者のリステアが人々を救ってくれる。

 リステアは必ず聖剣を復活させ、希望をたずさえて戻ってくるはずだと、全ての人たちが信じていた。


 そして、ようやく時はきた。


 炎に導かれ、勇者のもとへと集まる人々。

 待ち焦がれた勇者の帰還を、誰もが疑いもなく確信していた。

 勇者が戻ってきたのなら、もう恐れるものはない。

 竜族をも喰らう邪族であろうと、勇者の活躍の前では、もう恐るべき化け物ではない。


「僕は、思うんだよね。やっぱり、アームアード王国の危機は、勇者が解決しなきゃね」


 けっして、天上山脈で活躍の舞台を用意すると約束したからじゃないからね?

 この場で活躍するのは、リステアが最も相応しいと思ったからですからね!


「それで、エルネア君は遠慮して、こうして陰から見守ろうとされているわけですね?」

「ルイセイネ、正解です!」

「エルネア様、功績をお譲りになられるなんて、素敵ですわ」

「ふふふっ、僕は大人だからね。ライラ、もっと僕をめていいんだよ?」

「素敵ですわ!」


 とはいえ、このまま砦にこもっていたら、リステアの勇姿が見られません。

 僕はミストラルたちを促すと、一緒に走り出す。

 もちろん、リステアの帰還と活躍の舞台を間近で見るためだ。


 兵士の人たちにまぎれて、砦の外へと向かい、駆ける。

 誰もがリステアに心を奪われていて、ミストラルたちの輪のなかにいる僕には気づかない。


 すると、丸太まるたを束ねて作られた門扉もんぴを通過したときだった。もわっと、大気を焦がす濃密な熱波が肌を撫でた。

 冬だというのに、全身から汗が流れる。

 だけど、嫌な汗じゃない。

 まるで、心を燃えたぎらせるような情熱の暑さに、体のしんから力が湧いてくる。


「はわわっ。山が燃えてしまいますわっ」

「ライラ、大丈夫だよ。この炎は、大魔術だいまじゅつの炎なんだ。自然は燃やさないよ。燃やすのは、邪悪な存在だけなんだよ」


 僕が指摘した通り、山岳全体が燃え上がっているけど、木々は熱風にあおられて揺れているだけ。

 枯れ枝どころか、落ち葉にさえ炎は引火していない。

 砦を飛び出した人々は、誰もがまず最初に、この不思議な炎に見入っていた。

 そして次に、炎の先に佇む精悍せいたんな顔立ちの青年を見つけて、熱狂する。


「勇者リステア!」


 兵士たちの叫びに、炎を身に纏った青年は、頭上高くに剣をかかげた。

 鍔元つばもとから剣先まで欠けることなく伸びたやいばは肉厚で、片手剣にしては随分と長めだ。鏡面のように美しく輝く刃は周囲の炎を反射して、まるで炎を宿しているようにめらめらと揺れる。

 そして鍔には、炎よりもあかく燃える宝玉がまぶい光を放っていた。


「聖剣は、復活した!」


 リステアの言葉に、歓声が上がる。


「もう、妖魔も邪族も恐れることはない!」


 そう言うと、リステアは炎の聖剣を振るう。

 時を同じくして、燃え上がる炎の奥から、妖魔が飛び出してきた。

 だけど、妖魔は聖剣の炎に巻かれて、灰も残さず燃え散った。

 さらに、大魔術の炎は容赦なく妖魔の群を呑み込み、片っ端から燃やし尽くしていく。


 轟々ごうごう、と低く響く空気の揺れは、炎の火勢だろうか。それとも、妖魔の断末魔だろうか。

 集った人たちは、周囲の炎に恐れを感じることなく、リステアを讃える。

 大魔術の炎をくぐり、リステアに迫る妖魔が現れても、微塵も不安は感じない。

 みんなの期待に応え、リステアは復活した聖剣で容易く妖魔をほうむる。


 リステアが聖剣を振るうたび、炎がとどろくたびに、熱気を帯びた歓声が上がった。


「おらおらっ。本命の邪族はどこだ!」


 リステアにばかり、格好良い思いはさせない。スラットンがドゥラネルに騎乗して、炎の奥に挑発を入れる。

 すると、大気が震え始めた。


 膨大な熱量で大気を揺らめかせていた炎が、金属の振動のように小刻みに震えだす。

 そして、炎の轟きを打ち破るかのように、不愉快なきしみ音が耳に届き始めた。


『ギィ……。ギィ、ギィ。……ユウ、シャ。メザワ、リナ……ソン、ザイ。コ、ロス……。クラッテ、ヤル……!』


 耳障みみざわりな音に、顔をしかめる僕たち。

 歓喜に沸いていた兵士の人たちも、いびつで気持ちの悪い声に、一瞬で顔を青ざめさせた。


「出やがったな! ひがし魔術師まじゅつしとは違って、本当に不愉快な声だな!」


 まるで炎を喰らうかのように、大きく口を開けて炎の奥から姿を現したのは、恐ろしく巨大な大蛇だいじゃだった。

 大蛇は鱗も舌も全てが漆黒で、周囲の炎に照らされても、闇を湛えていた。

 存在そのものが暗黒であるかのように、光を反射しない。


「邪族だ!」


 気の弱い者が、悲鳴をあげて倒れ込む。


「しゃらくせぇっ!」


 そこへ、ドゥラネルが勇猛ゆうもうに突進した。

 背中に騎乗したスラットンが、長剣を振り上げる。

 長剣は、クリーシオの呪力を受けて真っ青に輝くと、光の刀身を数倍に伸ばす。

 スラットンは、ドゥラネルの突進の勢いを乗せて、呪力剣を邪族の眉間に叩き込んだ。


『カハッ……。キカ、ヌ。……ナンジャク、ムノウ、ノ……キワミ』


 だけど、やはり邪族には、生半可な攻撃は通用しない。

 にたり、と気持ち悪く笑みを浮かべる邪族。

 だけど、にやりと悪者の笑みを浮かべたのは、スラットンも同じだった。


「馬鹿野郎め。俺は単なる時間稼ぎだっつうの。この舞台は、勇者であるリステアの独擅場どくだんじょうなんだよ!」


 そうだ!

 勇者であるリステアなら、邪族にだって対抗できる。

 先ほどまで、誰も疑っていなかった。だけど、邪族の登場で、少なからず弱気になってしまっていた。

 でも、やはりそれは間違いなんだ。

 リステアなら、必ず邪族を倒してくれる。

 人々は、希望と奇跡を信じ、改めてリステアを見た。


「邪族よ。お前は知らないだろう。幼少の頃に貴様ら邪族に追われた者が、復讐ふくしゅうのために何百年もの歳月をかけて研ぎ澄ませてきた力を」

『ナニ、ヲ……?』


 なぜか、リステアは炎の聖剣を鞘へ納めてしまう。

 だけど、空いた手を、背中へと回した。


『ナン、ダ……。ソレハ!?』


 邪族の表情が、驚きにゆがむ。


 背後に回したリステアの手は、もう一振りの剣のつかを握りしめていた。


「これこそが、もう一振りの聖剣。貴様ら邪族を葬るためだけに鍛え上げられた、新たな聖剣だ!」


 すらり、と背負っていた聖剣を抜き放つリステア。

 大剣だいけんに分類される、大きく長い刃。


 おおおっ、と人々が感嘆かんたんの声を漏らす。


 でも、形や大きさに驚いたわけじゃない。

 ましてや、もう一振りの聖剣、というリステアの言葉に驚いたわけでもない。

 みんなが感嘆の声を漏らした理由。

 それは、見たこともないような美しい刀身によるものだった。


「はわわっ。あれは、水晶でできた剣でしょうか」

「透明な硝子がらすの剣かしら」

「透明な宝石の剣かしら」


 ライラたちも、驚いている。

 でも、それは仕方がないよね。

 だって、リステアが背中から抜き放った剣は、みんなが感想を漏らしたように、透明な刀身をしていたのだから。


 だけど、あの刃は水晶でも硝子でも、ましてや宝石でもない。


「あれは、魔術によって具現化ぐげんかされた玉石ぎょくせきを磨き上げた剣だよ」


 僕の言葉に、ミストラルでさえ息を呑んだ。


「そんな……。大剣の刃にできるほどの大きさの玉石なんて、見たことも聞いたこともないわ」

「うん、そうだね。だけど、東の魔術師は何百年もの歳月を費やして、あの剣を具現化させたんだよ。そしてあれこそが、正真正銘の、東の魔術師から授かった聖剣なんだ」


 初代アームアードから歴代の勇者が受け継いできた、炎の聖剣。

 だけど、僕たちは知ってしまった。

 炎の聖剣は、実は東の魔術師が鍛え上げた剣ではなかった。

 炎の宝玉に呪力を込めた者は、東の魔術師、つまりモモちゃんと、しばらく生活を共にしていた呪術師の男性だった。


 では、独りで何百年もの間、天上山脈を守護してきたモモちゃんは、集大成となる作品を作らなかったのか。

 ううん、作っていたんだ。

 しかも、特大の威力を持つ、対邪族用のとっておきの武器を。


 それが、今リステアが手にしている、透明な玉石の大聖剣だいせいけんだった。


 リステアは、透明な刀身の大聖剣を、天高く掲げる。

 そして、叫んだ。


ほのおよ!」


 リステアの意思を反映するかのように、山岳を燃え上がらせていた炎が揺らめく。

 そして、全ての炎が玉石の大聖剣へと収束し始めた。


『バカ、ナ……?』


 邪族が、驚愕に震える。

 このままリステアを自由にさせてはいけないと本能で察知したのか、邪族が動く。

 鎌首かまくびをもたげ、不気味で長い舌をちろちろと動かす。

 さらに、長く太い尻尾を手繰たぐり寄せると、全ての障害を薙ぎ払うかのように振るった。


 でも、邪族の思うようにはならなかった。


「言ったよな? 俺は時間稼ぎだってよ?」

『グガ!?』


 大きく口を開けた邪族。その口の中に、スラットンの呪力剣が挟まっていた。


「斬れねえがよ、つっかえ棒くらいにはなるんだぜ?」


 口の奥に挟まった呪力剣は、未だに真っ青な輝きを放っていた。

 呪力を帯びた刃は通常よりも強靭きょうじんで、ちょっとやそっとのことでは折れない。

 口に異物を挟まらせた邪族が、憎々しげにスラットンを睨む。


 さらに、振るったはずの尻尾も、目的を果たすことはできなかった。


「お前ら、気合いを入れろよ!」


 イドを筆頭とした竜人族の戦士たちが、暴れる邪族の尻尾を押さえ込む。

 こちらも、邪族に傷を負わせることはできないけど、動きを止めることならできる、という力自慢な竜人族ならではの作戦だ。


 頼れる相棒と竜人族に時間を稼いでもらったリステアには、十分過ぎるほど時間があった。


 山岳を燃え上がらせていた炎の全ては、今や玉石の大聖剣の刃に収束している。

 さらに、リステアは自らの力を解放した。


 人々を導くように飛んでいた鳳凰が、リステアと同化する。

 炎の化身と化す、リステア。

 それだけじゃない。

 真夏の太陽のように燦々と輝いていた天空の炎までもを、吸収していく。


 地上に降りた太陽となったリステアは、大きく大聖剣を振りかぶった。

 リステアの動きに合わせ、スラットンやドゥラネル、それに竜人族の戦士たちが邪族から離れる。


「これが、俺たちの力だ!!」


 気合いとともに、振り下ろされる大聖剣。

 大魔術の炎と地上の太陽の灼熱しゃくねつを受け、邪族が燃え上がる。


『ルアアァァァァガガガアアァァァァァ……』


 耳障りな邪族の悲鳴に、僕たちは耳を塞ぐ。

 だけど、瞳を開き、しっかりと結末を見届けた。


 ミストラルの全力の攻撃や、竜族の桁違いの竜術を受けても、致命傷を与えられなかった邪族。

 その邪族が、業火に焼かれ、炭になっていく。

 さらに、炭さえも燃えて、最後には欠片も残さず燃え尽きてしまった。


「はぁ、はぁ……」


 肩で荒く息を吐き、膝を折るリステア。


「リステア!」


 そこへ、仲間たちが駆け寄る。

 セリースちゃんやみんなの笑顔に包まれて、リステアは笑みを見せた。


 勇者の笑みを見た者たちは、この長く苦しい戦いが、ようやく終わったのだと悟る。

 すると、全員がリステアに駆け寄り、歓声をあげて勇者を称え出した。


 人々の祝福に包まれて、勇者リステアの苦難の旅も、ようやく終わりを迎えたのだった。

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