秋になりました

「……という経緯で、僕と風の精霊王さまは和解したんだよ!」


 僕は、風の谷で何が起きたのかを、家族のみんなに報告する。

 レヴァリアのうろこを一生懸命に糸瓜へちまのたわしでこすりながらね!


 禁領は、竜峰の東側よりも冬の訪れが早い。だからなのか、短い夏はあっという間に過ぎ去っていくし、夏の収穫物の成長と実りも早めに訪れる。

 僕たちは夏の終わりになって、軒先につるを伸ばして元気に育っていた糸瓜を収穫した。

 糸瓜は天気干しにして丁寧に皮と種を取ると、素敵なたわしになるんだよね。

 それで、僕は風の谷から帰ってくると、これまでのレヴァリアの苦労を労うために、こうしてご奉仕しているわけです。

 ミストラルたちは僕の報告を聞きながら、隣でリリィの漆黒の鱗を同じように磨いていた。


「エルネア君は、風の精霊王よりも自由奔放ですよねー」

「いやいや、リリィよ。僕は独断で物事を決めているわけじゃないからね?」


 そうですね、とルイセイネが微笑んでくれた。


「エルネア君にお任せしたのはわたくしたちですから、エルネア君が決められたことを全力で支えていくだけですね」


 うんうん、とユフィーリアとニーナが同意するように頷く。


「これから楽しくなるわ」

「これから面白くなるわ」

「姉様方たちは、風の谷に出入り禁止でお願いね、エルネア君」


 いったい、何が楽しくなるのか。そして、何が面白くなるのか。それは、風の精霊王さま以上に自由なユフィーリアとニーナしか知らない。だけど、全力でセフィーナに阻止されました!

 たわしを投げ合って、姉妹喧嘩のようないつもの「交友」を始める三人。


「むきぃ、私も混ぜなさいっ」

「はわわっ。マドリーヌ様、巫女頭様がはしたないですわ」

「うっ……」


 ユフィーリアとニーナが騒動を起こせば、そこに必ず便乗してしまうのがマドリーヌです。

 でも、残念ですね。

 遠目から流れ星さまたちがこちらを見ています。その視線に耐えられなかったのか、マドリーヌは振り上げたたわしを投げることなく、仕方なくリリィの高い位置の鱗を磨き始めた。


 そういえば、こちらも聞いていたことだね。

 流れ星さまのみんなが、竜族に興味を持ってくれているみたい。

 ただし、禁領を自由に出入りできる竜族は限られていて、その貴重な一体であるレヴァリアは残念ながら容易くは人を近づけさせない。

 それで妻たちが、僕にどうしようかと相談を持ち掛けてくれていたんだよね。


「レヴァリアは慣れない人を近づけさせてくれないけど、リリィなら大丈夫かな?」

「エルネア君は、自由ですよねー」

「はっはっはっ。だけど、リリィもみんなから可愛がられたいでしょ?」


 と僕たちが向けた視線の先では、プリシアちゃんとアレスちゃんとニーミアとフィオリーナとリームが、流れ星さまたちと楽しそうに遊んでいた。


「ニーミアよ。君の裏切りを僕は忘れないよ?」

「んにゃっん!?」


 僕の声、というか竜心を読んだのか、ニーミアが慌ててこちらへと飛んできた。


「違うのにゃん。ミストお姉ちゃんに言われていたのにゃん。エルネアお兄ちゃんを連れて行ったら、すぐに帰ってくるようににゃん?」

「迎えに来てくれなかったよねー? 深緑の国でも風の谷でも、僕を連れ帰ってくれたのはリリィだったなー?」

「んにゃっ! 誤解にゃん、誤解にゃんっ」


 すりすりすり、とニーミアがふわふわの柔らかい体毛で覆われた身体を僕に擦り付けてきた。


『うわんっ、それ楽しそうっ』

『リームもぉ』

「おわお、お兄ちゃんと遊ぼうね!」

「あそぼうあそぼう」


 すると、ニーミアの機嫌取りが楽しそうに見えたのか、残りのちびっ子たちもこちらに駆け寄ってきた。

 そして、遠慮なく僕に頭や身体を擦り付けてくる。


「痛い痛い。フィオもリームも大きくなって鱗や角も鋭くなってきたから、もう少し相手のことも考えるようにしましょうね?」

『わかったよっ』

『はぁーい』


 素直な子竜たちですね。

 僕は、ちびっ子たちを順番に撫でていく。


「許してくれるにゃん?」

「しかたないなぁ。ニーミアにもいつもお世話になりっぱなしだし、許してあげよう」

「ありがとうにゃん」


 僕とちびっ子たちがわいわいと賑わっていると、頭上にレヴァリアの頭が近づいてきた。


『我はまだ許していないぞ? さっさと我に奉仕しろ』

「はい、喜んでー!」


 そうでした。僕は今、レヴァリアへの感謝のご奉仕中でしたね。

 糸瓜へちまのたわしを握り直した僕は、せっせと紅蓮の鱗を磨き上げていく。

 僕たちから見ると硬そうな糸瓜のたわしだけど、硬い鱗のレヴァリアには気持ちの良い感触らしい。

 僕やライラが一生懸命に奉仕していると、満足そうに瞳を閉じて、丸くなって眠りに入るレヴァリア。


 レヴァリアは、未だにお屋敷の中庭を占領していた。

 どうやら、耳長族の人たちや流れ星さまたちの中庭への出入りは、もう暫く禁止らしい。

 だから、プリシアちゃんたちちびっ子が僕たちの真似をして、リリィやレヴァリアの鱗をごしごしと擦り出した様子を、流れ星さまたちはお屋敷の縁側から遠目に、羨ましそうな視線を向けている。


「そうだ!」


 ぴこーん、と僕は妙案を思いつく。


「ねえねえ、リリィ。さっきのお話に戻るけどさ。リリィは流れ星さまや耳長族のみんなにも抵抗はないよね?」

「ないですよー」


 それなら、と思いついたことを伝える僕。


 耳長族の人たちや流れ星さまたちも、竜族と仲良くなりたいと思ってくれている。

 だけど、レヴァリアは誇りが高い飛竜なので、そう易々とは近づくことも許さない。

 だから、レヴァリアと仲良くなるのはとても難しいんだ。

 だけど、魔族の国で過ごしてきて人に慣れているリリィは、レヴァリアよりも接しやすいよね。

 ということで、リリィには少し移動してもらうことにした。

 具体的には、レヴァリアの側から離れて、お屋敷付近まで。


 リリィの側にはレヴァリアがいるから、人がリリィに近づきたくてもレヴァリアが許さない。

 それなら、リリィに移動してもらえば良いのです!


 リリィは起き上がると、のっしのっしと歩いてお屋敷のすぐ側、流れ星さまたちがいる場所まで移動してくれた。

 古代種の竜族の黒竜であるリリィは、普通の竜族が小竜に見えるくらいに大きい。そして、やっぱり迫力がある!

 だけど、これまで僕たちとリリィの様子を観察していた流れ星さまたちには、もうわかっているはずだ。

 リリィが聡明で可愛い翼竜であるということを。


「エルネア君はおだてるのが上手ですよねー」

「本心だから、煽てているわけじゃないよ?」

「エルネア、リリィ。あなた達はまったくもう。おきなとの関係に似てきたわね? 心の声と言葉を混ぜて話さないでちょうだい」

「はっ。いつものくせで!」


 懐かしいね。

 スレイグスタ老といつもこうして会話をして、ミストラルに怒られていた日々を思い出す。


「そろそろ竜の森くらいは行きたいな?」


 ミストラルは毎日のように苔の広場に行ってスレイグスタ老に会っているからあまり感じないかもしれないけど、僕はそろそろスレイグスタ老のあの悪戯いたずらが恋しくなってきましたよ?


「ふふふ。そうね。まだ人族の国へは入れないでしょうけど、竜の森には行っても大丈夫じゃないかしら?」

「やったー! ミストラル、明日おじいちゃんに相談しておいてね?」

「ふふふ、仕方ないわね」

「ミストはエルネア君には甘いですよねー」


 リリィが巨大な口を開けて欠伸あくびをする。

 ずらりと並んだ恐ろしい牙と巨大な口に、流れ星さまたちが驚く。

 だけど、リリィはその後すぐにレヴァリアのように丸くなって、可愛い寝息をたて始めた。

 どうやら、お気にすまま自由にしてください、と流れ星さまたちに示したかったようです。


「プリシアちゃん、指令を出そう。流れ星さまたちに、竜族との接し方を教えてあげてね?」

「わかったよ!」

『お手伝いするよっ』

『リームもぉ』


 まあ、流れ星さまたちはさっきまでフィオリーナとリームと接していたんだから、本当は竜族との接し方をプリシアちゃんに教わるまでもなく学んでいるんだろうけどね。

 でも、そこはちびっ子のやる気を起こさせるために流しましょう。

 僕から特務司令を受けたちびっ子たちは、元気良くリリィに駆け寄って、わいわいと流れ星さまや耳長族の人たちを巻き込んで賑やかに騒ぎ出した。


「それでは、わたくしたちは後をお願いして、夕食の準備に取り掛かりますね?」


 実は、もう夕刻。

 風の谷では、色々とありました。

 結局、僕がお屋敷に戻ってきたのは、ニーミアに風の谷に放置されてから三日後の今日のお昼だった。

 そこからずっと、レヴァリアに奉仕しながらみんなに報告を話していたんだよね。

 だけど、妻たちはそろそろ夕ご飯の準備に入るらしい。


 ミストラルに捕まったユフィーリアとニーナ。ルイセイネに捕まったマドリーヌ。五人が厨房の方へと姿を消す。

 残ったセフィーナは、ちびっ子のお世話をするためにリリィの方へ向かい、ライラは相変わらずレヴァリアに全力でご奉仕しています。


「レヴァリアのことになると、みんなライラにお任せになるね?」

「はい、嬉しいですわ」


 本心から喜んでいるライラの表情を見つめて、僕も嬉しくなる。

 それと、ちょっとだけ嫉妬もしちゃう。

 ライラの心の一部を占有するレヴアリアと、レヴァリアの心の一部を占有しているライラに。


「むむむ。僕も負けずに奉仕しちゃうぞ!」


 嫉妬心を献身に変えて、僕はごしごしと頑張ってレヴァリアの鱗を磨き始めた。

 僕の心を、レヴァリアは受け取ってくれるかな?


『まだ足りん』

「ぐぬぬっ」


 寝ていると思ったら、狸寝入たぬきねいりでした。

 ううん、これは飛竜寝入りだね!


 僕とライラは日頃の感謝を込めて、日が暮れるまで一生懸命にレヴァリアの鱗を磨き続けた。






「……ということでね?」


 夕食刻。

 いつものように、みんなで賑やかな食卓を囲む。

 僕は、妻たちの久々の手料に舌鼓したつづみを打つ。そうしながら、取り止めのない話題に花を咲かせる。

 だけど、レヴァリアの鱗を磨いていて、ふと思ったんだ。

 僕は、身内には恩返しをしたり奉仕したりしているけどね?

 でも、お客様である流れ星のみんなや、傀儡の王やアステルには、まだ満足のいくおもてなしをしていないように思えた。

 だから、みんなが集まる夕食の席で、新たな提案を出した。


「明日は、みんなで秋の収穫にいきましょうー!」


 夏は、もう終わり。

 そして、夏が終われば収穫の秋です!

 僕の提案に、ちびっ子たちがきゃっきゃと嬉しそうに騒ぐ。耳長族の人たちや流れ星さまたちも、禁領での収穫が楽しみだと話題が膨らむ。


 だけど。

 そこに待ったをかけた者が現れた!


「誰がそんな面倒なことをするかっ」


 そうです。

 猫公爵の猫のような性格の始祖族、アステルです!


 禁領には置いていないはずの魔族の高級なお酒を飲みながら、アステルが僕の提案を拒絶する。


「ふふ、ふふふ。それでは雌猫めすねこだけ置いて、私たちだけで楽しめばよろしいのではないでしょうか?」


 傀儡の王は、側近の人形にお肉を切り分けてもらいながら、僕の提案を断片的に了承してくれた。

 でも、それは駄目です。秋の収穫祭は、アステルも一緒じゃなきゃ意味がないんだよね。

 というか、そろそろ薙刀なぎなたを返しなさい。


「エルネア君、何か考えがおありなのですね?」


 ルイセイネに問われて、僕は頷いた。


「うん。だって、何かをするならみんなでやった方が楽しいからね! というわけで、アステルも強制参加です!」

「横暴竜王めっ」


 ぷんすか、とほほを膨らませてそっぽを向くアステル。


「ニーミア?」

「お任せにゃん」


 僕は、対アステル最終武器を投入した。


「アステルお姉ちゃんも一緒に行くにゃん?」


 ニーミアが、アステルの指先を可愛くぺろぺろと舐めた。


「くっ。私のニーミアちゃん!」


 いやいや、アステルのニーミアじゃないからね? と僕の家族全員から突っ込みを受けるアステル。


「んんっと、お姉ちゃんはいかないの? 絶対に楽しいよ?」

「ううっ!」


 更に、プリシアちゃんが追い打ちをかけてきた!

 さすがですね!

 僕だって、プリシアちゃんとニーミアからあんなふうに甘えられたら、一瞬で籠絡ろうらくされちゃう!


「あまあま」

「よし、アレスちゃんも行くんだ!」


 僕の心を読んで笑っていたアレスちゃんも、アステルの側に寄って甘え始めたら、もうアステルの負け確定です!


「ええい、しかたないなっ。今回だけだ。私のニーミアちゃんたちのたっての願いを聞くだけで、絶対に馬鹿竜王の申し出を受けたわけじゃないからな?」

「うん。それで良いよ。それじゃあ、明日はみんなで秋の収穫祭で決定だね!」


 どんな形であれ、アステルが参加してくれることに意義がある。

 全員参加が決定して、その後の食事や食後はいつも以上に盛り上がった。

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